第22話 人は自由に生きるべきなんだ
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家に来ようとした渚を振り切って、俺は自宅に向かって歩いていた。
しかし力は入らず、亀よりも遅い歩調でしか歩く事が出来なかった。卑屈な感情に俯き続ける俺は、歯ぎしりをしながら鉛のように重たい足を動かしていた。
到底正気でなどいられなかった。
なあ、渚。お前は俺となんて居ちゃいけないんだ。どうして俺と一緒に居ようとするんだよ?どうしてついて来ようとするんだよ?
全く理解できない。俺は頭も良くないし運動も出来ないし、顔もかっこよくなければ面白くもない。
お前はそんなに可愛くて素敵な女の子なのに、どうして。
俺なんかが話しかけられるべきじゃないんだ。
そんな事を考えながら、これまで生きてきた中で一番のろまな足で住宅街を歩いていた。そうして卑屈な感情に打ちのめされながら一時間程歩いたあたりで、自宅が見えてきた。
ボコン。
一瞬だけ目が回るような衝撃が、脳天を直撃した。
ようやく家の前に辿り着いたその時、どこかから放り投げられたであろうボールが俺の頭目掛けてぶつかった。
落ちたボールを拾い上げて声がした方向を見ると、小さな男の子が居た。十歳くらいかな?その子は俺を見上げて、「ごめんなさい」と謝った。
向こうを見ると、キャッチボールをしていたであろうもう一人の男の子も俺に頭を下げていた。
俺はそのボールを、申し訳なさそうに謝ってきた男の子に優しく投げ返した。そして大丈夫だよ、と言おうとした。しかし俺がそれを言う前に、子供たちはボールを受け取ってすぐに怯えたような表情で走り去っていった。
どうしたんだろう。
下を見ると、父から譲ってもらってずっと掛けていた黒縁眼鏡がボールにぶつかった事で無造作に落ちていた。
…………ああ。目が悪いから。細くなった目を見て、睨まれたと思ったのかな。
頭がじんじんと痛む。まるで今心が痛み続けているように。
俺はその場で眼鏡を拾うことはしなかった。ただただ、地面に無造作に落ちたままの眼鏡を見つめて立ち尽くしていた。
人の役に立ってそれが何だ。
今俺はこんなに小さくて卑屈で、醜い。褒めて欲しいとわざわざライヌをくれた子に、褒め言葉のひとつすらまともに送ってやれないんだ。
父さんは俺にこうなって欲しかったのか。
憎たらしくて仕方がないそれを、俺は何度も壊そうとして壊せずにここまで生きてきた。
俺がもっと魅力的だったら。男らしかったら。強かったら。頭が良かったら。渚と対等に、堂々と話せる人間であったなら。
自分という人間に、胸を張ることが出来たなら。
歯をきつく噛み締めて眼鏡を睨む視界が、怒りと悔しさの涙で滲んでいく。
くそ。くそ…………!くそ!!
ガシャーーーーン!!
??
突然視界の外から現れた足が、眼鏡を木っ端微塵に踏み潰した。
間違えたとかではない。明らかにそれを狙って力強く踏み潰した。
顔を上げるとさっき拒否したはずの渚が、いつの間にか俺の目の前に立っていた。
身体が動かない。だけどそれは恐怖じゃない。
彼女の姿は真っ黒だった。まるで悪魔みたいに。真っ黒のフードパーカーに、真っ黒のミニスカート。真っ黒のタイツに、真っ黒のスニーカーを履いていた。
そこに居たのは、俺とは全く正反対の女だった。ただただ衝撃的な、その行為と光景に目を奪われた。
「ヒロの邪魔しないで」
小さな声だったが、渚は粉々になった眼鏡を冷たく見下ろしながら低い声ではっきりとそう言った。
そして渚は俺の方を振り向いた。冷たかった眼差しは一変し、今まで見た中で一番嬉しそうに無邪気に笑っていた。
「んー。やっぱりヒロは眼鏡無い方が似合ってるし、カッコいいよ」
「渚……?なんで」
「週末コンタクト買いに行こ?」
呆然とする俺に、渚は構わず目の前まで歩み寄ってきて言った。
「何悩んでるか知らないけど、人は自由に生きるべきなんだよ!ヒロがヒロ自身を壊しちゃう、その前に」
渚は俺を見てそう言い、薄く笑った。その瞳の奥には、何も無かった。
そこにはただ反射した俺だけが映っていた。自分の命も何もかも全てを投げ打ってでも、その言葉を伝えたいのだと。そう物語っている目だって、一目で俺は理解した。
その場しのぎで取り繕おうとしても嘘をついても、この目が全部見抜いて来るんだろうって、そう思った。
どうしようもなく図々しく自分勝手で、どうしようもなく可憐なその姿に。
俺は、恋に落ちた。
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第一章完結となります。
ここまでお読みいただけた事、心より感謝いたします。
ありがとうございました




