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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第64話:蒼真vs魔族ベルク

ベルクは蒼真を見据えたまま、じわりと瞳を細めた。

瘴氣に満ちたこの空間で、なお臆することなく剣を構え、まっすぐ自分を睨むその眼

その鋭さと底に宿る氣の質に、どこか人間らしくないものを感じ取っていた。


(……妙だな)


ベルクの脳裏に、魔族の間で共有された情報がよぎる。

王都に潜む《勇者》たち――その中でも特に警戒すべき存在として、いくつかの名前と顔が記録に上がっていた。


そのうちの誰かか? そう思い、記憶の中の顔と照らし合わせる。

しかし――


(……違う。顔が一致しない。髪も、装いも、立ち振る舞いも、報告のどれにも該当しない)


それどころか、目の前の男からは勇者特有の神聖な氣のようなものは感じられない。だが、ただの人間とも思えない。


(氣の底にある、あの異様な揺らぎ……人間には持ちえない質だ)


蒼真の氣は、表面こそ人間のそれだが、内奥には確かに魔に近い何かが混じっている。瘴氣と違う、だが極めて近い――そんな不可解な氣の気配。


(何者だ……?)


ベルクは初めて、興味だけでなく警戒を抱いた。

勇者でも、ただの剣士でもない。

それでいて、魔族に通じる何かを持っている――


(人間の顔をして、俺たちの側に立っているかのような男……)


不気味だ。

だが、それ以上に――


(面白い……)


口元に薄く笑みが戻る。

未知の存在を前にして、ベルクの瘴氣がさらに膨れ上がっていく。


「貴様……一体、何者なんだ?」


低く、呟くような問い。

それは威圧ではない。

確かな探求だった。


ベルクの拳が唸りを上げて迫る。

蒼真はわずかな足捌きで死角へと抜け、紙一重でその豪撃をかわした。


「……」


蒼真は何も答えず、ただ剣先をわずかに傾けて構え直す。

その沈黙に、ベルクの瞳がさらに細まった。


「……名乗る気はないか」


ベルクの声が低く沈む。

その表情には苛立ちではなく、次第に高まりつつある愉悦の色が混ざっていた。


ベルクは問いを重ねるように、一歩踏み込み、肩越しに瘴氣を噴き上げた。

黒い霧が床を舐め、視界を覆う。

それは獲物の動きを封じるための罠のはずだった。


だが、蒼真はまるでそれを見透かしていたかのように、霧の中でも位置を正確に保ち、剣先が微動だにしない。


「なら――叩き伏せて、吐かせてやる」


瘴氣が一瞬で渦を巻き、巨腕のように変形して蒼真へ襲いかかる。

空間がきしみ、黒い波動が押し寄せる中、蒼真は一歩踏み出し――その渦を斬り裂いた。


金属の響きとは違う、氣と氣がぶつかる鋭い音。

切り裂かれた瘴氣が霧散する瞬間、ベルクは確信する。


(やっぱり……ただの人間じゃない。……お前は、一体何なんだ?)


その問いは、もう戦意を煽るためではなく、純粋な好奇心と狩人の本能から発せられていた。

蒼真は、ベルクが武器ではなく素手で殴りかかってきたことに内心わずかに驚いていた。瘴氣を纏ったその拳は、石壁すら粉砕できるほどの質量と圧を帯びていた。


(……力押しか。だが、避けられないほどじゃない)


踏み込みを半歩ずらし、拳が頬をかすめる位置でかわす。

頬を撫でた風が熱を帯びていて、皮膚の奥にまで重さが響く。

わずかな感触だけで、当たれば骨まで砕かれていたと理解できた。


「チッ……」

すれ違いざま、ベルクが舌打ちする。


蒼真は視線を外さず、呼吸を整えながら距離を取った。


(初手からこれか……だけど殺す気じゃなく、試している一撃だ)


ベルクの構えは崩れていない。むしろ、次の一撃に向けてより深く腰を沈め、瘴氣の濃度を上げている。殴り合いの間合いに誘い込み、力でねじ伏せる。そんな戦い方だ。


「避けるか……悪くない」


ベルクの口元が吊り上がる。

それは獰猛な笑みであり、次の瞬間には踏み込みが地面を砕いていた。


瘴氣が爆ぜる。

二撃目は先程よりも速く、重く、殺意を孕んで迫る――。


ベルクの二撃目が、地面を砕く衝撃と共に振り下ろされる。

だが蒼真は、わずかな腰の回転と足運びだけでその拳をすり抜けた。


拳が通り過ぎるたび、空気が爆ぜるような圧が耳を打つ。

瘴氣が髪をかすめ、皮膚を焼くような感覚を残す。

それでも蒼真の動きは淀みなく、次の攻撃が来る位置を読んで、半歩、また半歩と間合いを外す。


(……やはり速い。だが――軌道が見える)


ベルクは苛立つどころか、ますます愉悦を深めていた。

かわされるたび、獲物の力量を正確に計り取っていく狩人の眼。

瘴氣が濃くなり、空気が重く沈む。


「面白い……避け続けられるなら、ずっとやってみろ」


三撃目、四撃目――

岩を砕く拳が連続で迫る。

蒼真は刃を振るわず、ひたすら紙一重で躱し続けた。


ベルクの腕が掠めた瞬間、袖布が裂け、白い布地が舞う。

しかし蒼真は表情を変えず、呼吸一つ乱さない。


(距離を取らせないつもりか……)


拳圧と瘴氣で動きを封じる戦い方。

それは、斬り結ぶよりもはるかに危険な間合い――だが蒼真は一切の怯みを見せなかった。


次の瞬間、ベルクの動きが一瞬止まり、口元に嗜虐の笑みが浮かぶ。

「そろそろ……捕まえるぞ」


そして、踏み込みがこれまでとは段違いの速度で迫った――。


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