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天心天命  作者: 燈亜
8/14

   08



 秋が切った空気の塊は思っていた以上の強風となって兵士達を殴打したらしい。迫ってくる者がいない中、秋はフィリアスの後について長い廊下を駆け抜けて中庭に出た。

 柔らかい感触をブーツの裏に感じて足元を見れば、月明かりに浮かびあがる芝生が見えた。周りを見回すと、王宮庭園と呼ぶにふさわしい光景が広がっている。

 城の柱に囲まれた庭園は広大だった。赤や白の薔薇があり、見たことのない鮮やかな色をした花の蕾がそこかしこにある。水の音がする方を見れば、大きな噴水が月光を浴びてきらきら光る水しぶきを放っていた。   

 この時間帯でも息を飲むほど美しかったが、昼間の日の光の下、全ての花が蕾を開いた状態だったらどちらが素晴らしいだろうかと思わず想像してしまう。中世ヨーロッパの王族や貴族はこういう場所でお茶会をしたんだなと、秋は内心で頷いた。こんな状況でなければ社会見学気分で楽しめただろうに、惜しいことだ。

 横に立つフィリアスを見れば、彼は庭園ではなく上空を見ていた。空に何かあるのだろうかと、秋も上を見上げる。

 知らず、息を飲んだ。

 紺色の空には、見たことがないほどたくさんの星が輝いていた。ちかちかと瞬く星。青やオレンジに光る星。それらを従えて強烈に輝く三日月もまた、美しかった。夜に、電灯ではなく星が、月が存在感を増すというのはなんて神秘的だろう。山の上や田舎に行くと都会では見られない数の星があるとは聞いたが、よもやこれ程とは。というか、山の上でも田舎でもない異世界でこんな夜空が見られるとは。 何だか得したような気分だ。

 ますます、こんな状況じゃなかったらという思いが、遠くから聞こえてくる兵士達の声で秋の中に沸き起こった。横を見れば、まだフィリアスは上空を見ている。まさか彼も星空に見惚れていた訳ではないだろうともう一度彼の視線をたどった時、秋はそれを見た。

 黒い、影。

 翼を広げた鳥に似ているような気がするが全然違う。上空にある月のせいで黒く見えるその生物は、首が長く尾があるように見える。秋はそれを凝視した。何だろうあれは。

 異世界、剣、魔法、とくれば次は、……龍?いやいやいや嘘だろう。さすがにそれは……ねえ?

 けれど嘘には見えなかった。フィリアスはその影に向かって叫んだ。


「ロダ!!」


 声が聞こえたのか、その龍らしき生物は庭園の上空を旋回し始めた。旋回しながら、すごい速さでこちらへ降りてくる。かすかに、空気を切る翼の音が聞こえた。

 こちらに近付いてくれば近付いてくる程、秋にはそれが龍以外の何にも見えなくなった。

 蛇やら蜥蜴やらに似た、鱗のある硬そうな爬虫類独特の皮膚。先が鋭く尖った尾と耳。鉤爪の生えた足。大きく広がったコウモリの翼。完璧に龍だ。龍と呼ばなくて何と呼ぼうか。

 上空から庭園の芝生の上に降り立った龍は、伸ばしたフィリアスの手に鼻を寄せた。近くで見てみると、本に出てくるドラゴン程大きくはない。高校の教室に余裕で収まる位だろう。

 瞳孔の開いた緑色の宝石のような瞳が秋を見てきたので、秋は同じようにじっと見返した。

 綺麗な目だった。吸い込まれそうな、濃い緑。

 暫くの間見つめ合っていると、不意に龍が視線を外し、鼻面をフィリアスの方から秋へと向けた。鼻息がかかる。さっきのフィリアスのように腕を伸ばせば、ためらいなく龍は秋の手に鼻を寄せてきた。 鱗で覆われている分少々硬いが、巨大な犬のように思えなくもない。じっと見れば、かわいくないこともない。

 ……未知の生物万歳。


「シュウ」


 フィリアスの声ではっとした。声の聞こえてくる方へ目をやれば、いつの間にかフィリアスは龍の胴体の上に乗っている。城の廊下を見れば、半分位に減った兵士達がこちらへ向かって走ってきていた。


「こいつに乗って俺の国へ行く。来い」

 

 フィリアスが自身の前を叩く。どうやらそこに座れということらしい。

 龍の上に座るとは。もしやこいつで空を飛ぶのだろうか。何と言うか、ブ、ブラボー。

 秋を引っ張り上げようとしたのだろうか、フィリアスがこちらへ手を伸ばしかけたが、その前に秋は軽くジャンプして、すとんとフィリアスの前へ座った。違和感を感じる。兵士達と戦った時も思ったが、やっぱり体が異常に軽い。異世界だから重力とかも元いた世界と違うのかもしれない。

 首を捻った秋は不意にふわりと浮く感じを覚え、慌てて落ちないように目前の龍の首を掴んだ。バサッバサッと翼の音がし、見れば地面から離れている。飛行機以外で空を飛ぶのは初めてだ。少しわくわくする気持ちを抑えて、秋は振り返った。つい声が出そうになって、秋は慌てて口を閉じた。

 遠く、額から血を流した優梨が、こちらを見ていた。依然として秋はフードを被っていたが、それでも優梨と目が合ったような気がした。


「ゆう……」


 名前を呼びそうになったが、何とか押し留めて首を振った。呼んではいけない。

 歯を噛みしめて顔を前方へと戻す。すがるような視線が首をさしたが、自分に言い聞かせて気が付かないふりをした。

 高度が高くなって頭上の星が近付き、耐えられなくなって振り返った時にはもう、優梨の姿は見えなかった。







 何も言わずに上空の星を見上げたり眼下に広がる街を見る少年の背中を、フィリアスは見つめた。同じ男のくせに呆れる程細いこの体に、高位の魔術攻撃を短剣一つで切り裂き、大の男を昏倒させ、自分の頭よりも高い位置にある翼龍の背中に簡単に飛び乗り、しかも使用人の誰にも懐かないロダを手なずける力があるとは到底思えない。

 フィリアスの脳裏に、とある男女の姿が浮かんだ。

 ――そうだ。そういえば彼等も、一見では剣士だと分からないような見た目だった。

 この少年、そういう所もそっくりだ。

 警戒心を露わに短剣を構えた姿を思い出し、フィリアスは思わず声を出さずに笑った。今この細い背中に剣を突き付けたらどんな表情をするだろう。フィリアスが王だと知っても特に何の反応も示さなかったこの少年。この細い背にひやりとした刀身を当てれば、絶望に染まった顔をするだろうか。黒い瞳が暗く陰り、白く整った顔が歪むのも見てみたい気がする。

 想像して、フィリアスはぞくぞくとした何かが背中を駆け抜けるのを感じた。綺麗なものが汚される様には強く惹きつけられる独特の魅力があるものだ。少年の顔が整いすぎているのが悪い。

 そう、シュウという少年はあまりにも整いすぎていた。男としてではなく、中性的にだ。合ったドレスを着せれば確実的に美少女にも見えるだろう。所々跳ねている髪はどこか愛嬌があり、それと同色の目も大きくて美しい。それと正反対に白い肌は傷一つなく、サテンのように滑らかで、女共が羨ましがるのは間違いなかった。体も男の割には細すぎるが均整がとれていて、繊細なようだがすらりとした手足に溢れる力がそうは思わせない。全体的に、まるで人形のような。計算されたかのような体。

 とにかく、どこをとっても美しかった。

 その時突然強い向かい風が吹き、目の前の少年の頭からフードを取り払った。肩より少し上の黒髪が風になびく。慌ててフードをかぶり直そうとするシュウの手を、フィリアスは知らないうちに止めていた。あまりに細い手首に驚く。

 振り返る彼に、フィリアスは口の端を上げた。視線で問うてくるシュウに、手首を離す。


「俺の国ではフードを被る必要はない」

「そうですか」


 そっけなくそう言って視線を前方へ戻す少年に、フィリアスはなぜか苛立った。

 あの部屋で向けられた、真っすぐな視線を思い出す。強い光を宿した、真っすぐな目。思わず見惚れた目だ。男には欠片も興味が無いフィリアスが、素直に美しいと思った。

 美しい?

 思わず鼻で笑った。聞こえなかったのか、シュウの姿勢は変わらない。まさか自分が同性に対して美しいなどというようなことを思うようになるとは。

 ――ある意味本当に悪魔の子(ディスタ)なのかもしれないな。

 もう一度細い背中を見る。女のような細い背中。

 ふと、もし女だったらと思った。

 ぞくりと、肌があわだつ。それは、興奮に似た感覚だった。

 もし女だったら。……自分はどうするだろう?



つまり秋はぺちゃなんです。

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