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04.奨学金に頼らない生き方

 この研究発表会にかかっているクラエスフィーナの個人的事情はだいたいわかった。わかったけれど。

「まあ田舎に帰りたくないって気持ちは理解したけどさ」

 ホッブがぼやく。

「なんつーか、この一時間でクラエスフィーナさんのイメージがガタガタに崩れたな」

 それはラルフも思っていた。

「確かにねぇ……もっと研究に人生捧げたみたいな浮世離れした人かと思ってた」

「あなたさっき私のこと、取り巻きを侍らせて好き放題している女王様みたいに言ってなかった……?」

 才色兼備の神秘的な麗人が、いきなり都会にハマり込んだお上り娘に大変身だ。ラルフとホッブの戸惑いも、多分我が王立エンシェント万能学院の関係者なら誰でもわかってくれると思う。

 二人の呆れたと言いたげな目線をまずいと思ったらしく、クラエスフィーナが慌てて身振り手振りを入れながら釈明し出した。

「いやいやいやいや! 研究を続けられなくなるのもホントに嫌なのよ!? グルメとファッションにしか興味が無い今時の女子学院生とかと一緒にしないで!?」

 いや、あなたは今の今までそういう趣旨の主張をしていましたが。傍目には同じことに見えるけど、クラエスフィーナの中では自分と女子学院の低層学生の間に何らかの線引きがあるようだ。


 近年は王立エンシェント万能学院みたいな旧来の学院以外にも、色々特色のある学院ができている。

 一つの特定分野のみに特化した専門学院などは方向性が明確で、教授陣も著名な学者を揃えていたりする。おかげで真面目に研究者を志す若者は、最近は万能学院よりもそちらに集まることが多いようだ。上流階級の子女を相手に良妻賢母教育を施す女子学院なんて学者育成目的でない所も学院を名乗っていて、「それ職業訓練校の一種じゃないの?」ってツッコミが庶民からもたびたび入っている。

 女子学院の学生は基本的に貴族や上流市民の子女ばかりなので、金も暇もあって浮世離れしたところがあるイメージが強い。しかも婚約したら卒業資格獲得みたいなゆるい環境なので、自然と遊びにばかり熱心な層がいて……今のクラエスフィーナみたいに「学院生の肩書を持った遊び人」と馬鹿にする人も多い。確かにラルフとホッブもその手の学生に比べたら、自分たちはよほどまじめに勉強していると自負している。

 まあ、後日そのことをホッブがダニエラに言ったら“はあ? テメエらもドングリの背比べだよ”と馬鹿にされたのは後の話。

 クラエスフィーナがそういう連中みたいに遊びまくっているとは言わないけれど……ただ、やっていることは率直に言えば五十歩百歩じゃないかなあとは思わないでもない。

「その“違いの分かる”クラエスさんの楽しい研究生活(とかいぐらし)が、今のままでは危機的状況なわけだねえ」

「なにか、含むところがある言い方ね……」




 頬を膨らますクラエスフィーナを放っておいて、ラルフはホッブとダニエラを見た。

「正直な話、現状は他所よりスタートが遅れているうえに飛行のヒの字も知らない畑違いが4人だけ。ここから挽回の手があると思う?」

 唸って首をひねるホッブ。一方のダニエラは自信満々に胸を叩いた。

「まあ乗り掛かった舟ってヤツよ。出来るだけの事はやってやらあ」

「具体的には?」

 ダニエラが拳を突き上げて二の腕をポンポンと叩く。

「専攻が違うとはいえ、あたしだって工造学科だからな。図面を持って来てくれりゃ大抵の工作は何とかしてやるよ」

 ラルフとホッブは顔を見合わせた。この動作、今日何回目だろう。

「ダニエラ」

「あんだよ?」

「工造学科は君しかいないじゃないか」

「そうだな。それが?」

「つまり図面が必要なんだったら、それを書くのがあんたの仕事」

 力こぶを見せていたダニエラが固まった。

「…………あんだって?」

「だから。空を飛ぶ機械なり道具なりを設計して、図面に起こして概要書を付けてクラエスがレポート書けるようにするのはダニエラの仕事だろ? 二度も言わすなよ」

 さっきから傲岸不遜な姐御肌を通していたドワーフが、ホッブの言葉にフルフル震えたかと思うと……芋虫を見つけた乙女のように金切り声を上げて飛び上がった。

「フォアーッ!?」

 悲鳴はいまいち可愛くないけど。

 ホッブも言い募った。

「いや、何を驚いているんだよ。あたりまえだろ? 俺たちさっき言った通り静学系だからな」

 そう。今この場で、図面なんてものを書くスキルがあるのは工造学科のダニエラだけ。専攻違いかもしれないが、それを言ったら他の三人は学科が違う。

 驚愕の表情で硬直したダニエラが、ギクシャクと首を回してクラエスフィーナを見た。見られたクラエスフィーナも、申し訳なさそうに顔の前で手を横に振る。樹木生命学のクラエスフィーナに工造学の図面が書ける筈がない。

 どこにも救いの手が無いのを理解したダニエラが、頭を抱えて泣きそうな顔で叫んだ。

「図面を書けって言われたって……あたし、あたし機械系の理論苦手なんだよお!」


 研究室を沈黙が支配する。

 たった一人の工造学科が図面を描けない。


 ……それって、かなりヤバくない?


 三人の虚ろな視線を受けてワタワタとパントマイムをしていたダニエラは、しばらく踊った後に「音声発信」という知的生命体の根本機能を思い出した。

「い、いや、あのな……図面を見て何か作るのは得意なんだけどさ……その、元になる図面を引くのっていろいろな法則とか理屈とかあって形を決めているわけじゃん? あたし、そういうのを考えるっていうか理屈を覚えるのが嫌いでさ……」

 “図面屋”が製図を嫌いなら覚えなくても仕事に差し支えないという話は、古今東西聞いたことが無い。必死に身振り手振りを入れながらあれこれ弁解しているドワーフに、エルフが疑問を呈した。

「それを覚える為に学院に入ったんじゃないの?」

「ぐはっ!?」

 クラエスフィーナのもっともな一言に、デリケートなところを突き刺されたダニエラが反論(いいわけ)も出来ずにがっくりと項垂れた。なんかもう、すでに一人で敗残者の負け犬感を醸し出している。

「コイツもクラエスと一緒でポンコツか……」

「坑道の安全設計って人の命がかかってるヤバいヤツじゃないのか? ダニエラおまえ、鉱山に就職する時は間違っても管理部署行くなよ?」




 クラエスにダニエラと、亜人種が高い専門能力を持っているという幻想が立て続けに打ち砕かれたところで。

 元々のメンバーが当てにならないので、ラルフは自分の相棒に尋ねてみた。

「ホッブは何か、いい手がある?」

「そう言われてもなあ……」

 自信なさげに頭を掻いたホッブ。クラエスフィーナを見る。

「まずそもそもなんだがな。クラエスフィーナさん」

「クラエスでいいわよ」

「ああ、クラエス。おまえさんにとってだな、『ここで研究を続けること』と『学院でなくても王都に住み続けること』。どちらの優先度が高い? それによって話も変わってくるんだ」

「えっ!?」

 ホッブにいきなり考えてもいなかった二者択一を迫られて、クラエスフィーナは口元を押さえて考え込んだ。ちょっと考えて言葉を紡ぎ出す。

「ええっと……正直、王都に住む事かなあ。私の専門は薬草の成長促進だから、こちらに居さえすれば個人の身分でも文献や実験器具を手に入れて研究を続けることはできると思うんだよね」


 学院は研究者に環境を提供する組織という側面もあるけど、本来はあくまで後進の育成機関。だから学院に所属する事と学会に参加する事はイコールではないし、自宅や研究だけの組織に所属して研究を続けている学者はいくらでもいる。

 特に在野の研究者は研究機関に所属するのに比べて厳しい立場に置かれるけれど、それでも発表の場はあるし公立文書館に出入りもできる。最悪でもクラエスフィーナの言ったように、金を出せばある程度の物は街で買えるのが王都に残る利点だ。学生の身分が無くても金さえあれば自宅で研究もできるだろう。


 もちろん経済事情が好転するなら学費を払って居残ることもできるわけで、王都に残った上で、学院にも残りたいのが一番の願いなのだが。

 クラエスフィーナの答えを聞いて、ホッブがなるほどと頷いた。

「それなら、手がないでもないな」

「どうするの?」

 期待で目をキラキラさせているクラエスフィーナ……には悪いけど、多分まともな提案じゃないだろうなとラルフは思った。こういう時のホッブの当てにならなさを甘く見てもらっちゃ困る。

 親友が自分の事をどう見ているかも知らず、ホッブは自信ありげにニカッと笑ってサムズアップした。

「ああ、とっておきの手がある」

「どんなの!?」

 期待に瞳を輝かせるクラエスフィーナに、ホッブは自信満々に答えた。

「上流階級向けの新聞に、クラエスが援助者(パトロン)募集の広告を出すんだ。エルフで学院に通う年齢の女子だってちゃんと書いてな。そうすれば金持ちがいくらでも名乗り出るって」

「え?」

 クラエスフィーナは意味が判らなかったらしい。

「まだ私、全然研究実績ないよ? それでも資金援助する人がいるの? 個人に?」

 頭から疑問符を飛ばしまくっているクラエスフィーナの肩を、意味を理解したダニエラが叩いた。

「そういう意味じゃねえよ」

「どういうこと?」

 ダニエラもホッブと同じ満面の笑みでビッと親指を立てた。

「クラエスが愛人になりますっつったら、金持ちがありったけの金貨を積んでパパさん(パトロン)になってくれるって言ってんの。なにしろ王都でエルフのお妾さんなんて誰も持ってないからな」

「おっ、おめっ……!?」

 クラエスフィーナが口をパクパクさせるけど、言葉が出てこない。このエルフ、生活が乱れやすい学院生のわりになかなかウブなようだ。


 絶句していたクラエスフィーナはホッブとダニエラが真面目に言っていると理解すると、湯気が出そうなほどに真っ赤になってラルフの肩を揺すった。

「ちょっと、この二人に何とか言ってやってよ! わ、私、そんなの……」

 泣きつかれた方のラルフは、天を仰いで額を押さえている。

「あちゃー……」

「ね? ね? 二人とも酷いよね!」

 ラルフはホッブに降参したとゼスチャーで示した。

「ホッブ、オマエ思ってたより頭いいな! 僕は学院長か主任導師へ色仕掛けしか考え付かなかったよ」

「はっはっは! ラルフ、そいつは学院に残るのが優先の場合の選択肢だな。だがそれだと金銭問題が解決しないから、王都に残る方が優先かなと思ったんだ」

「おっと、そこまで考えての両面作戦か。おまえ冴えてるなぁ、ホッブ」

 感嘆したダニエラがホッブに握手を求め、二人は笑顔でがっちりシェイクハンド。

「ダニエラまで……!? ううう、退学もパパ活も嫌だぁ! もっとマトモな作戦は無いの!? ていうか課題をクリアする方向で考えてってば! もう、みんな嫌いよぉっ!」

 なごやかに三人が讃えあっている所へ、クラエスフィーナの罵倒が重なった。

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