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Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
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17 Navigators 02

(あははー。アスタちゃんがこうなったら、もう手がつけられないねー)


 トーコが楽しそうに言う。


 俺は周囲の視線に晒されながら……って、あれ。

 いつの間にか、人の気配がなくなっている。


 ガランとした空間には俺とアスタ、犬養と取り巻き連中しかいない。


「さっきの領域からは隔離させてもらったよ。ボクらの同朋が、空間の位相をずらしたのさ。キミは邪魔な人間なんだ。消えてくれるかい?」


 薄笑いを浮かべながら話す犬養。

 こいつが俺を監視しているのだろうか。


「ペド野郎の顔、真っ青だぜぇーーーっ。ぶひゃひゃっ」


「……てめえら」


 どうすりゃいい。これじゃ、カゴの中の鳥だ。

 隔離されたら、誰も入って来られそうにない。

 トーコを呼ぶしかないのだろうか。


「リミッターが効いていると思っているかな? まあ、その通り、死にはしないさ。でもね、ここはリミッターの効きが弱い。言ってることがキミに分かるかな?」


 気色の悪い顔をした犬養が、大袈裟に手を開きながら語る。


「エイリアスに直接大量のデータを流すのさ。すると……なんと! チップがオーバーフローしてしまうんだね! そんなわけで、これからキミのチップは破壊させてもらう。せいぜい半身不随程度だから安心したまえ」


 自分に酔っているのか、ひたすら語り続けている。


 そして、取り巻き連中はナビを引き連れ、少しずつ俺に近付いてきた。

 どうすりゃいいんだ。


(トーコ! このままじゃマズい。頼む)


(うーん、これならアスタちゃん一人で余裕かな)


(ええっ!?)



「我が主を侮辱することは万死に値する。今すぐ死んで詫びろ」


 その顔、めっちゃ怖いよアスタ。


 冷徹な顔をしたアスタの前に、トランプ型の小さなウィンドウが多数浮かび上がる。

 コンソールではなさそうだ。


(それはね、たぶんパケットキャプチャだよ。今、この瞬間に流れてるデータを全て解析してるの。アスタちゃん、凄いね、本気だねー)


 そんなこと言われても、ぜんぜん分からん。

 でも、なんだか凄いことしてるのだけは認める。


「トーリ様、そこで見ていて下さいませ」


 アスタは俺に向かってお辞儀をすると、取り巻き達に向かって歩いて行く。




「どうした下郎? 来ないのかえ?」


「生意気なガキだ。ぶっ壊してやる!!」


 吠えた取り巻き達が、アスタに向かって駆け、一斉に殴りかかる。

 それでも、腕を組んで仁王立ちのアスタは微動だにしない。


(まずいぞトーコ!!)


(大丈夫、アスタちゃんを信じてあげて?)



 次の瞬間。



 取り巻き達とナビは――――


 停止していた。


 殴りかかる態勢のまま停止している。

 凍りついたように動かない。


 が、顔の表情だけは動いているようだ。


(……なんだこれ?)


(特定の空間に負荷を掛けて、データの流れを極端に遅くしてるんだねー。リミッターの処理も遅くなってるから、やりたい放題のフルボッコ。このままデータを流し込んだら、あの人たち死んじゃうかも)


(いくらなんでも殺すのは……)


 犬養が言ったのと同じことをするのか。

 リミッターが効かないのなら、アンダーグラウンドと同じだ。

 受けるダメージは甚大だろう。

 アスタのあの様子じゃ、脳死だけでは済まない気がする。


(うーん、それはトーリくんの命令次第かな? しっかし、アスタちゃんてば、えげつないなー。あれって顔の部分だけ、わざと処理を残してるんだよ?)



「死ぬ前に言いたいことはあるかや?」


 恐怖心を煽るアスタ。

 確かにこれはえげつないな。

 まあ、当然の報いと言えるけど。


「ひっ、ひぃぃい!!」


 取り巻き連中は顔が引きつって言葉が出ない。

 データの流れを遅くしているのなら、コンソールすら呼べないはずだ。


「……死ね」


 アスタがすっと手を向ける。


「待てアスタ!! 殺しちゃダメだ!!」


 アスタに向かって叫ぶ。

 同情の余地がないのは分かるが、さすがに殺すまでは踏み切れない。


「……了解しました。しかし、トーリ様への侮辱だけは認められません。罰を与えることをお許し下さい」


 そう言って、アスタは取り巻き達の頭を一人ずつ殴っていく。

 ポコッという音が鳴りそうな、可愛らしい殴り方。


(あれね、チップだけ破壊してるんだと思う。死にはしないけど、もう二度と仮想世界には入れないね)


 主の敵には、一切容赦しない。

 俺はその無慈悲な残酷さに戦慄を覚える。


 そして、処刑を終えたアスタは、残る一人に目を向けた。


 ちょうどその時、シフトの気配。


「ちょっと待ったぁ!!」


 慌てた表情で現れたのは、西川とサガリス。

 ようやく助っ人の登場だった。


「西川! お前何してたんだ!!」


「すまん、トーリ。ちょっと訳ありでな。あとで話す」



「よう、犬養、機嫌はどうだ? 全てのログは取ってある。何か言いたいことはあるか?」


 西川が睨みながら、挑発気味に話し掛ける。

 手には銃が握られていた。


「やあ、西川クン。いや、北條クンと呼んだ方がいいのかな?」


 取り巻き達が倒されたにも関わらず、まったく態度に変化がない。


「貴様……やっぱり知っていたのか」


「手持ちの駒はやられてしまったようだ。今日のところは負けを認めようじゃないか」


 両手を上げて降参のポーズ。ニヤけた顔がやけに不気味だ。

 負けを認めているようには、とても見えない。


「では、知ってることを話してもらおうか?」


 銃を向けながら、西川は静かに問う。


「……悪いが西川クン。そろそろ時間だヨ。ボクにはそんな暇はないのさ」


 両手を上げたままの身体が、ぼんやりと揺れ始める。

 それは次第に薄らぎ、光の粒子になっていく。


「逃げる気か!?」


 西川は猛然と走り出すが、間に合いそうにない。


 犬養は最後まで不敵な笑みを浮かべながら、消えていった。


 そして、ずらされた空間も元に戻る。

 シフトとは異なる、俺たちの突然の出現に、周りの生徒達が驚いていた。



「……消えちまったな」


「そうだな。情報を聞き出すことに、気を取られ過ぎた。まあ、もともと用意周到な奴だ。これも予想の範囲だよ」




 アバンテに戻った俺たちは、源さんに今日の出来事を報告した。


「逃げられたのは仕方ねぇな。どうせハナからそうするつもりだったんだろうさ。要はあちらさんの挨拶ってところだろう」


 源さんがニヤリとしてこちらを見る。


「トーリ、これでお前は晴れて狙われる身となった。人気者になった感想はどうだ?」


 肩を組んできた西川も笑いながら言う。


「嬉し過ぎて、涙が出てくるな。そういえば、犬養は同朋がいるって言ってたぞ?」


「ほう、まだ他にも繋がっている奴がいるってか」


「あらかじめ学内の領域に細工した奴がいるはずだ。そうでなければ、トーリだけ隔離することなどできないからな。ゲンさん、そっちの調査頼める?」


「分かった。調べさせよう」


「それからトーリ、さっき俺が遅れたのは、アスタロトの頼みだ」


「アスタの?」


「活躍するところを、トーリに見せたかったようだな。今朝、二人が連れ去られただろう? その時、サガリスに伝えたそうだ。もちろん危険な場合は踏み込むつもりだったけどな」


「じゃあ、お前わざと遅く来たのか……」


 思わず溜め息。


「悪かった。まあ、アスタロトがやろうと思えば、簡単にあそこからは抜け出せたはずだ。でも、それをしなかった。それがなぜだか分かるか?」


「いや……」


「トーリ、お前の信頼が欲しかったんだよ。主を思う、アスタロトの気持ちも汲んでやれ」


「分かったよ」


(アスタ、聞いてるか?)


(はい……大変申し訳……ございませんでした……)


 消え入りそうな声が頭の中に響く。


(いや、怒ってるわけじゃないよ。あの時、俺はアスタを信じてやれなかった。悪いのはこっちだ。ゴメンな)


(……滅相もございません)


(そしてアスタ、改めて言うよ。これからもどうか宜しく頼む)


(はい、トーリ様。私は貴方様の所有物、この命尽きようとお傍におります)


(あー、アスタちゃん。ひょっとして顔赤くなってるー!?)


(トーコ! 余計なことを言わないで!!)


 俺はこの日、二度と引き返せない道に足を踏み入れてしまった。

 しかし、後悔はしない。大事な目的があるのだから。





 あれから、ひと月が過ぎた。

 今のところは何事もなく、平穏な毎日を過ごしている。


 ただ、その間に変わった事もある。

 まずは犬養の姿が学園から消えたことだ。今では家族共々、行方はようとして知れない。

 ちなみにアスタが処断した取り巻き連中は、日常生活には問題ないものの、二度とインプラントできない身体になってしまったそうだ。トーコが言った通り、一生仮想世界にログインすることはできないだろう。


 今回の事件は、ふざけ合った末の事故として処理され、そのまま闇に葬られた。

 おそらくはサムエルとバベル、両方からの圧力が掛かっているはずだ。

 落とし処としては、妥当なところだと思う。


 なお、その後の調査で、あの領域にはバックドアが仕掛けられていたのが分かったそうだ。

 結局、痕跡は一切残されておらず、犯人は分からず仕舞い。

 念のため、俺もアスタにも調べさせてみたが、結果は同じだった。


 そして、俺はプログラムの構築と実行ができるようになった。

 まあ、種を明かせば、単にトーコに代行してもらっているだけだが……。

、さすがに全てを代行させるのは、色々な問題があるので、適度に手を抜いている。

 おかげで単位を落とすことはなくなった。




 学園からの帰り、俺は西川と共にアバンテを訪れた。

 最近は毎日来ているせいか、常連客扱いされている。というのも、現在バイトは休止しており、放課後は西川から特訓を受けているのだった。


 奥の部屋に入った俺たちを、やけに機嫌の良さそうな源さんが出迎えた。


「坊ちゃん、いいとこに来たな。あっち側(仮想世界)で光霊会のアジトが割れたようだ。今すぐ支度してくれ」


「それを待っていた。トーリ、悪いが今日の特訓は休みだ」


「了解。じゃあ、俺は帰るよ。気をつけてな」


「ああ、すまない。それじゃ、行ってくる」


 軽く片手を上げた西川は、心底嬉しそうな顔をしてカウンター奥へと向かった。

 俺はそんな後ろ姿を見つめながら、こう思う。


 どうやら束の間の平和は終わったようだ。

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