And I love...4
「藍澤」
先生の瞳が真っ直ぐと私を見据えている。
私は、張り付いてしまったのかと思う程、カラカラに乾いた喉の奥から何とか声を絞り出す。
「…はい」
自分で思う以上に掠れた声が出てビックリした。
先生はそんな私にふっと微笑むと、握っていた私の左腕を離し、きゅっと唇を結んだ。
先生の周りに漂う緊張が伝わり、私の体にも知らず力が入ってしまう。
窓の外は、今が梅雨だという事を忘れてしまいそうになるくらいの晴天。
お昼過ぎの太陽は、真上から少し西に傾き始めたところ。
気温はピークに差し掛かろうかという時間帯、カーテンを閉めていない窓からは強い日差しが入り込んでくる。
梅雨特有のジメッとした不快な湿気も手伝って、冷房が付いている筈のこの部屋も蒸し暑い。
いや、もしかしたら、この異様な緊張感と、先生と視線を合わせている高揚感で、そう感じるだけかもしれない。
それでも縫い付けられてしまった私の視線は、先生から外す事もできず、ただ先生を見つめている。
ドクンドクンと、鼓動は相変わらずものすごいスピードで脈打っていて、息苦しさすら感じる。
背中に一筋、ツーっと汗が流れた。
暑さからか、緊張からか。その両方かもしれない。
「藍澤が好きだ」
「――!」
ドクンと一際大きく鼓動が鳴った。
始業式のあの日、初めて先生を見た時から、魅了されてしまったかのように目が離せなくなった。
嫉妬からみっともなく先生に気持ちをぶつけてしまって拒絶された。
辛くて痛くて…それでも先生を好きな気持ちが変わる事はなかった。
最後にもう1度、今度はきちんと想いを伝えて、振られてもちゃんと決着を付けられればそれで良いと思ってた。
いつか「先生の事が大好きだったな」って思い出にできれば良いと思ってた。
好きな人と気持ちが通じ合う奇跡のような幸せが、自分の身に降ってくるなんて思いもしなかった――。
まっすぐ私を見つめる先生の瞳が、だんだんぼやけて、ちゃんと見えなくなる。
「ごめんな、いつも藍澤にばかり言わせて」
返事をしなくちゃと思うのに、うまく声が出せない私は、ただ只管 首を横に振る。
先生の優しい瞳に、いよいよ しゃくり上げてしまいそうになった時、グイッと腕が引かれた。
心地良い暖かさと力強い腕、それに微かな煙草の香り。
先生に抱き締められて、堪え切れなかった涙が次々溢れ、しゃくりと共に零れ落ちる。
「きっと辛い思いもさせると思う。人に言えないし、堂々と一緒に歩く事もできない。
我慢ばかりさせてしまうかもしれない。…それでもいいか?」
先生の切なそうな声色に、自分1人が辛かった訳ではないのだと気付いた。
これから先、もっと辛い事が待っているかもしれない。
でも、それでも。
「…いい、先生といられるなら、それでも…」
言い終わらないうちに、グッと抱き締める腕に力が篭められる。
「守るから。傷付けない。約束する」
「――! 先生…」
先生の背中に腕を回して、きゅっと抱き締め返す。
暖かくて心地良くて嬉しくて…腕の中にある現実に、また涙が溢れた。
「先生が好きです…」
「うん、俺も好きだ」
窓の外には大きなアカシアの木。
ミモザと呼ばれるこのギンヨウアカシアの花言葉は『秘密の恋』
花の時期は終わって、そろそろ来年の花芽を付けようかというところ。
これ程までに人を好きになる気持ちも、痛くて苦しくて切ない恋も、全部 先生が教えてくれた。
教師と生徒、許されない恋かもしれない。
後ろ指をさされるかもしれない。
手を繋いで歩く事も、誰かと恋の話をする事もできない、秘密の恋。
それでも。
大好きで大好きで本当に大好きな人だから。
私は先生と歩いて行く。
私達の恋は始まったばかり。
これにて「Acacia」完結になります!
お読みいただいた方、ありがとうございました(*^^*)