31.俺はお前を殴らなくちゃいけねえ 〇★
泉の畔へ、黒い群れが押し寄せてきた。
黒髪黒目、黒い肌。角だの嘴だの――“人間の設計図”からはみ出した部品をつけた連中が、森の空気を押しのけて詰めてくる。
そして畔で、ぴたりと並んだ。
どいつもこいつも剣だの斧だの弓だの、武器を持ってる。
しかも、どれも、見た目からして嫌な気配をぷんぷん撒き散らしてる。
怖すぎる。チビりそう……いや、これは湧き水だ、そういうんじゃねえから。
その先頭に、木こり野郎。
いや、今はもう木こりっていうより――ヘッド? 若頭?
後ろの連中が「こいつに従ってます」って顔で揃ってる時点で、もうそういうやつだ。
しかも、見たこともない硬い顔で、ズンズン近付いてくる。やめて。怖い。やめて。
木こり野郎は、社を――一瞥だけした。
視線をさっと向けて、終わり。
まるで「確認した。以上」みたいな冷たさ。
俺はビビってるのも忘れて、その態度にカチンときた。
(お前、自分で建てさせたくせに、それは無いんじゃないか?!)
他人の仕事にケチをつけるにしても、最低限ちゃんと見ろ。
コメント残せ。差し戻し理由を書け。てめぇの発注だろうが。
金を出してるからって、出来上がったもんをロクに見ず即却下――それだけは許せねえ。
水面は平静を保っているが、水底の砂利が、ちりちり跳ねた。
奴は迷いなく、泉の畔へ足を向けた。
見るべきものはそこにしか無い、とでも言うような動きだ。
大工どもの成果物なんて眼中にない――そういう態度がまた腹立つ。
靴底が湿った土を踏む音が、一本の線になって近づいてくる。
水底のざわざわは、まだ落ち着ききってない。
木こり野郎は、畔に来ると、まず跪いて、手にしていた銀の斧を静かに水際の地面に置いた。
それから、瓶を置いた。
あの瓶だ。
奴に押し付けた厄介な“物”。ゴミのつもりが、いつの間にかスマホ代わりになってたシロモノ。
回収するか、壊すかしなきゃと思っていたそれが、まるで借り物を返すみたいに丁寧に置かれる。
そして、地面に額を擦り付けんばかりに頭を下げ、祈った。
「――□□イズミール、□□□□□□□□……」
音は届く。意味は届かない。
だが、名前だけは、じゅわじゅわどころじゃない勢いで俺を湧かせる。
俺が増える。密度が上がる。重くなる。
(ああ、いやだ。クソ。ムカつくのに……)
雨の日に、胸の底からワッとアガる感じ――あれと同じものが、俺を満たして増やしていく。
嬉しくて、気持ち良くて、気持ち悪い。怖い。
木こり野郎の後ろで、化け物集団も同じように武器を置いた。
金属が土に触れる音が、何本も、静かに重なる。
その音に我に返る。
(……っ、よし。とりあえず、最悪のシナリオは回避……だよな?)
武装蜂起、下克上――そこからは遠ざかった気がする。
後ろの連中からも、じわじわ信仰が来る。人数が多い分、これも馬鹿にならない。
祈りが終わったのか、木こり野郎がゆっくり顔を上げた。
俺は姿を見せていないから、水面を見つめてくる。
でも、その目は景色に向けるそれじゃない。明らかに、俺という“存在”に向けられている。
畏怖、崇敬、懇願、哀切、歓喜――それだけじゃ足りない、もっと重たい何か。
人に向けていい重さじゃない視線で、俺を殴ってくる。
俺はこの目が怖い。逸らしたい。
でも俺は泉だ。水面は、俺の“目”で、“顔”で、“心”だ。
水面はどれだけ乱しても、視線は消せない。
(やめろ! 俺をそんな目で見るな……!)
身体を創ってどこかへ逃げたい。
でも、姿を見せれば拝まれる。拝まれたら、もっと増える。もっと縛られる。
木こり野郎が立ち上がり、後ろを振り返った。
そして、武器を置いて跪いた連中を、手で指し示す。
「イズミール、□□□□□□□。□□□□□□□………□□□、□□□□□□□□□……」
俺の方を向いて、また何かを言った。
言葉の意味は分からない。
だが、動きと表情だけで十分だった――「あいつらを見ろ」と言っている。
(……は?)
俺の中の水圧が、ぎゅん、と跳ねた。こいつ、俺に何をさせたい?
脳内の候補が、ポップアップ広告みたいに湧く。
→「こんな化け物集団を従えられる俺すごくないですかアピール」
ない。絶対ない。こいつはそういうタイプじゃない。
→「俺のことを自慢したら、会わせろって頼まれて断れなかった」
……ありそうで腹立つ。断れ。断れないなら報連相しろ。
相談されても言葉わかんねぇけど。
待て。瓶で連絡してきたの、これの相談だったんじゃね?
俺が既読つけたから、オッケーだと思ったのか? ウッソだろ。
既読は“読んだ”であって“了承”じゃねぇんだよ!
じゃあ結局、これか。
→「浄化してやって」
……。
(……あ、これだ)
あいつらは黒い。黒いだけじゃない。皮膚の奥に黒い筋が薄く走る奴がいる。
角や嘴や、輪郭そのものが人間じゃなくなりかけてる奴がいる。
木こり野郎や鹿もどきのときと同じ匂い。
(お前……まさか……俺に“治せ”って……?)
木こり野郎が、もう一度、集団を指し示す。
胸に手を当て、額に触れ、両手を祈るみたいに組む。
そして、また、俺を見る。その目が言ってる。
“あなたならできる”
“あなたしかできない”
(ふざけんなよ)
声は出ない。水面は静か。
水底では、怒りが濁流みたいに渦を巻く。
(無茶ぶりやめろ! 俺だって仕組みわかってねぇんだぞ!
なんでいきなりこんな人数連れて来るんだよ! 加減しろ、馬鹿!!)
営業が無茶な仕様と納期を安請け合いして、現場に「なんとかお願いします」案件。
デスマーチの始まりはだいたいこれだ。
水面をピタリと平らにする。
今この水面は、俺の意思と同じで、コンクリート並みに固い。
(知らん。知らん知らん。俺は知らん。お前が勝手に連れてきたんだろ。お前がなんとかしろ)
俺は完全に居留守を決め込む――はずだった。
木こり野郎は、その場でまた跪いた。
化け物集団も、微動だにせず跪いたままだ。
武器は置かれたまま。視線も上げない。
森の音だけが妙に大きい。風、鳥の一声、遠くの杭打ちの一定リズム。
その全部が、俺に「時間」を突きつけてくる。
(……え、待って……待ち続ける感じ? これ……許しが出るまで待つやつ?)
すげぇ気まずい。
俺の中の体育会系データベースが勝手に一致する。
――くっだらない理由で腹を立てて、仕事放り出して不貞腐れたアホを、正座して黙って待つやつ。
しかも、“許し”が出るまで、じっと。
(やめろやめろ、そういう空気やめろ……! しかも俺がそのアホのポジションじゃん……!)
水底の岩盤を引っ繰り返したい衝動に駆られる。
(何だよこの状況……俺が悪いみたいになってる……!
いや悪くないだろ! お前が無茶ぶりしたんだろ!!)
水面から見えるのは黒髪の頭、頭、頭。
祈りだけが滾々と俺を湧かせて、嬉しい気持ちを押し付けてくる。
こいつらはずるい。
俺の都合も考えず、話も聞かず、何をやっても良い方に曲解して、俺を女神に祭り上げる。
応える義理なんて無いのに、応えてあげたいが腹の底から湧いてくる。
違う。こいつらの“応えてほしい”が、俺をそう仕向けている。
『イズミール……』
木こり野郎の声が、音じゃなく心に響く。反射で浄化しそうになるのを抑える。
(……っ、あー! もう……っ)
俺は、水底の地面を、水圧でぎゅっと固めた。感情を押し込むみたいに。
水面だけを、ほんの少しだけ、揺らす。
波紋が、畔へ向かって、静かに広がる。風は吹いていない。
“反応”、してみせてしまった。
木こり野郎の肩が、ほんの少しだけ、緩むのが見えた。
(……その顔すんな。そういう顔、ずるいんだよ……)
奴は顔を上げていない。水面にその表情は映っていない。
だが、あの日の泣き出しそうなクッソ情けないツラをしている気がした。
俺はお前のそういうとこ、マジで大っ嫌いだ。
※※※※※
前にやらかしたばっかりだ……俺は、姿を見せない。絶対に。
だから――“代わり”を作る。
とりあえず、この連中には水をぶっかけて浄化してやれば良いんだろう。
治るかどうかは知らん。そこまで責任持てるか。病気(?)は医者に行け。
だが、思い出されるのは、あの間欠泉&粘土弾で頭吹っ飛ばされ事件だ。
信仰が爆増して、なんか水量と水圧が滅茶苦茶上がってる予感がする。
水流を浴びせるにしても、加減を間違えるとヤバいことになりかねない。
べ、別に怪我をさせるとか心配してるわけじゃない。
まかり間違ってウォーターカッターみたいな勢いが出たら、グロ画像待ったなしだ。
グロはノーサンキュー、痛そうなのは見たくない、ヒュンとする。
あと、余波で弊社ビルもぶっ壊してしまうかもしれない。なので、却下。
そこで、水フィギュアを造ることにした。
俺の代わりにフィギュアを飛ばして水をぶっかける。
自分の手を汚さず、女神さま降臨キター!祭を防げる……ような気がする。
逆効果な気もするが、放置しても解決しない。やるしかない。
造るのは別に”球”で良いんだが、手抜き造形って思われるのは癪だ。
メカだとこの世界の人間には鎧姿とかに見えて、攻撃だと誤解されるかもしれん。
木こり野郎はさておき、他の連中はキレたら何をするかわからないしな……。
そこで考えたのは人型。
大きさは一メートル未満、浴びせるくらいには十分な容積だろう。
そこそこの人数がいるから、形状は揃えていく。
それだって、複数体をまとめて作って、形を維持しつつ動かすのは相当なもんだ。
だから、ちょっとだけズルをする。
俺は自分の身体を創るとき、ほぼ無意識で、半ば自動的にあの形に収まっていく。
あの製造工程にタダ乗りする方法を思いついたんだ。
俺そのものの形が完成してしまうと、意識がそっちに移ってしまう。
だから完成の前に造形を弄って、別の形にしてしまうわけだ。
俺に近い形状で、異なる特徴に変更して、俺の身体ではなく水フィギュアに流用する。
ジェネリック俺? いや、弄ってパチモンにするからジェネリックじゃないな……。
コストカットした量産型俺か?
女性型、髪は長く、角があってヒレ耳があって、水の羽衣を纏わせる――ここまでは俺と同じ。
流れ込む水量を搾って、身体を小さくする。体型も角もシンプルに。
それを水面からポンポンと押し出すみたいに生み出していく。
泉の畔でどよめきが起きた。
木こり野郎と黒髪集団が顔を上げ、水面に現れた水フィギュアを見て唖然としている。
驚いてる、驚いてる。
ほんの少しだけ気分が晴れる。やらかしたって気持ちは無かったことにする。
よく考えたら俺の造形物を、あの身体以外で人に見せるのは初――
いや、あの小便たれ盗っ人中年がいたわ……あいつはノーカンで。
ポン、ポン、ポンと次々生まれる、俺を小型簡略化(特に体型)した水フィギュア。
小さなボディ、短い手足。ちまちまとした動き。水面を歩かせたり、軽く飛ばしてみる。
手足の欠け、可動域の異常なし、髪や服のすり抜け、突き抜け、なし。
うん、まぁ、こいつらの使い方、実質、自爆ドローンだから。
飛ばして、ぶつけて、浄化するだけで済むんだよな。
じゃあ、なんで手足の可動域を確認したかって?
――決まってんだろ、木こり野郎をぶん殴るためだよ!!
(かかれーっ!!)
量産型俺の集団が水面から一斉に飛び立つ。
木こり野郎どもはまだ固まったままだ。
他の連中はソフトランディングで勘弁してやる。
ワー、のりこめーとばかりに頭に飛び込んでいってバシャンと弾ける。
同時に浄化。
弾けた水が頬を濡らした瞬間、皮膚の奥の黒い筋が、油膜みたいにすっと薄れた。
息を呑む音が、列のあちこちで重なる。
呻いたり喚いたり苦しみ始める奴もいる。知らん、俺のせいじゃない。
当製品は医薬品ではありません。効果には個人差があります。個人の感想です。
駄目なら病院にいけ。怪しい民間療法とか、よく分からん水で治そうとすんな。
――で、お前だよ、お前。木こり野郎。
お前には浄化は必要ねえだろうが、制裁は必要だよな? そうだよな、俺が決めた。
今のこの、諸々面倒臭い全部、お前のせいだ。お前だけは許さん。
一体だけ、ちょっと私情を込めて念入りに造った選別個体がある。
そいつを、高度限界のギリギリまで飛ばして、勢いをつけて急降下――
(こんの、ボケカスがぁーーーッ!!)
量産型俺・特務仕様の渾身のドロップキックが木こり野郎の顔面に突き刺さった。
バッシャァンと盛大な水音を響かせて、水フィギュアは奴の顔面で砕け散った。
木こり野郎が僅かに仰け反る。イケメン面にいくつもの疑問符が並んだ。
何で殴られたかわかってない顔だ。蹴りだけど。
中に石ころを仕込んでないだけ、俺ってかなり優しいと思う。
はぁ、スッキリした……。
木こり野郎が連れてきた元化け物集団から、驚き戸惑う声があがった。
続いて、歓声やら号泣やらが沸き起こる。男の噎び泣きとかマジ喧しい。
(あー、うるさい、うるさい。聞こえませーん、留守でーす)
俺は水面を震わせてくる大騒ぎに、塞ぐ耳が無いので、泉の中の小魚やエビを見つめて、ひたすら現実逃避に勤しんだ。
後のことはまた考える、もうどうにでもなーれ。アハハハ……はぁ。




