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29.清廉なる祈りが黄金の苗木を育てる ◆★

 ――開拓とは「船」だ。


 人は期待と不安を天秤にかけて、自分の拠り所を「船」に求める。

 この「船」は安全なのか。金はきちんと支払われるのか。食うに困らないか。

 舵取りや目的地は任せて大丈夫なのか。


 船は漕がねば進まない。傷めば沈む。迷えば飢えか渇きで死ぬことになる。

 一度、乗ったからには「船」には無事でいて貰わねば困るのだ。


 開拓の肝は、用地選びと外との繋がりだ。

 交易のできない開拓地はすぐに干上がる。

 今回の場所はその点では明らかに条件が悪い。地の利に劣る。


 私は、黄金の種を用いて集めた金の力で、迷う者たちの背中を押した。

 支度金、給金、家屋や土地の保証、破格の条件を付ける。

 金が多すぎれば疑われるが、疑いは金で黙らせられる。


 黙らない者は去って噂を撒く――「妙にうまい話がある」と。

 どれだけ疑わしくとも、そこに群がる者がまた現れる。


 護衛として“深淵殺し”達を雇い入れていることも明らかにした。

 あれらは魔樹に通じる刃として用いられるが、怖れ、疎まれてもいる。

 安全の担保であると同時に、不安を掻き立てる材料にもなる。


 だが、それでいい。


 私が立ち上げた開拓事業――この「船」の船首には、とびきりの女神像がある。

 黒禍を浄化し、黄金を生み出す本物の女神だ。それを船首像として利用する。


 “深淵殺し”どもは、金で雇ったが、いずれは女神に救いを求める信奉者になる。

 そうなれば、自ら進んでその力を差し出すために集まってくる。


 私は初めから奇跡の存在を喧伝しなかった。


 噂を流し、存在を匂わせ、体験談を潜ませる。

 あの女神は実在するのだ――やがて確信させる機会がやってくる。


 人は他人から聞かされた“物語”は色眼鏡で見る。

 だが、自分が体験した“物語”は、容易く“伝説”として信じ込む。

 そうなれば後は早い。噂が独り歩きして育っていく。


 私は、社の建立を任せた大工たちを開拓団に抱え込んだ。

 彼らは泉の奇跡の体験者でもある。


 彼らに造ってもらうのは、家や神殿ではなく、信仰の土台、“筋書き”だ。

 彼らに喋らせれば、話は勝手に丸くなる。

 私が口にすれば“商人の口上”だが、職人が口にすれば“実直な証言”になる。

 人間とはそういう生き物だ。自分より金を持っている者を容易くは信じない。


 あの泉には神秘と幻想が実在する。


 あの場所により多くの人を送り込み、奇跡に触れさせれば、必ず事は成る。

 もはや、こちらで金を出さずとも――金を払ってでも、この「船」に乗りこむことを望む。


 そして、私はあの女神の奇跡を、群がる者たちの祈りを、願いを、金に換える。


※※※※※


 私は、泉そのものを表に出さないようにした。

 誰もが自由に触れられる奇跡は、すぐに日用品に落ちる。

 日用品になれば値が下がる。

 だから、その前に出来るだけ値を吊り上げる必要があった。


 それには、泉そのものを飾り立てるのではなく、そこに至る「道」を作る。

 道は泉への導線を支配できる。門を設けて行き来する者を選ぶことが出来る。

 出入りで金を取り、道端に店を並べて金を落とさせる。


 泉へ通じる道が通った日、私は成功を確信した。


 木々を割って伸びた粗い一本道の先に、例の社がある。

 道なき道を拓かせる一見無為な作業の先に、神秘を感じさせる清浄な場と対面させる。

 それだけでも十分だったが、あの女神はついに姿を見せたという。


 大工どもは「女神が社を訪れた」と騒ぎ立て、むせび泣いた。

 そして、大工どもの話す“物語”に疑いと嘲笑を向けていた者たちの目が変わった。


 私もそこで“物語”を吹き込む。

 あの女神の美しい見目を。黒禍を祓い、異形と化した獣を元の姿に戻したことを。

 そして、奇跡の証拠として黄金の種を見せた。


 その瞬間から、私は信用のならない商人から、“伝説”を共有する“真の仲間”になった。

 “奇跡の先駆者”として羨望と尊敬すらされ始めた。

 信用と信頼がタダで手に入った。本当に笑いが止まらない。


 女神を目撃した者たちは、その日から大工と同じ語り部になった。

 再現し、共有された奇跡は、もはや“物語”ではない。

 奇跡は“伝説”となり、真実として開拓団の間で貨幣よりも広く浸透していった。


 不安に金を払う者は多いが、救いに金を払う者はもっと多い。

 そして、救いは高くても売れる。むしろ、「高い方が本物」に見える。

 これは、難民の列の中で何度も学んだ相場だ。


 だが、広く売り出すのはまだ先だ。

 女神。奇跡。救い。

 実在はするが姿をなかなか見せないそれらを商品にするには、看板が必要だ。


 私は、それを社や護符などで生み出そうと考えていた。


 ――その頃だ。


 行方不明だった“深淵殺し”の英雄の名が、奇跡の噂と共に戻ってきたのは。


※※※※※


 その話は、にわかには信じがたいほど都合がよかった。


 アイオリス――かつて失陥した城塞都市オルセイスの領主の子。

 “深淵殺し”として頭角を現し、いくつもの成果を上げた“英雄的な化け物”。


 世界樹の森で消息を絶った彼が生きていた。

 黒髪、黒い瞳はそのままに、異形化が収まった姿で現れたという。

 そして、“深淵殺し”ではない“銀の斧”を振るい、独りで魔樹を討伐した。


 それだけならば、独り歩きした英雄譚に過ぎない。


 だが、この話の趣が違うのは、彼が「神の名」を口にしていたという噂だ。

 英雄の帰還、異形化からの復帰、魔樹の討伐、神。


 私には引っかかるものがあった。


 噂は噂だ。誇張は混じる。

 だが、誇張が混じったとしても、“核”が本物である可能性がある。

 誰も見ていない奇跡は膨らまない。膨らむ奇跡は、どこかで誰かが見ている。

 この泉でそれが起こったように。


 私は、アイオリスの噂を買い集めた。

 口から口へ渡る話を、銀貨で、金貨で、酒で、塩で買い取った。

 “深淵殺し”達が囁き合う内容を集め、擦り合わせ、骨組みにする。


 アイオリスは、帰路で黒禍を退け、浄化で人を癒したという。

 神の名を唱え、祈り、瀕死の者が息を吹き返した。黒筋の走る皮膚が薄れた。

 彼は“伝説”を、救いを生み出しながら移動している。


 これは商機ではない。商機などという小さな言葉では足りない。


 私はアイオリスが唱える神の噂を買い漁った。


 『清浄な泉に住まう女神』

 『慈悲深く偉大な女神』

 『深淵を退ける女神』


 『女神イズミール』


 私はその名を、あの泉と女神を売り込む看板に使うことにした。


 泉は動けない。奇跡は容易に顕現しない。

 なら、泉の「代行」を作ればいい。

 英雄が名を呼んだなら、その名を「正しい名」として売ればいい。


 “奇跡の泉の女神イズミール”

 そして、“女神の代行者、聖アイオリス”


 私はこの噂の根源がこの場所だという筋書きを作り、広め、膨らませた。

 人が望み、金を出すものこそが“真実”だ。事実など、どうでもいい。


 女神の名と聖者の噂は、ここで生まれた“伝説”に裏付けを与え、「格」を押し上げた。

 人々は顔も知らない聖者を崇め、名付けられた女神の名を唱え、社に祈った。


 人は、ただ救われたいのではない。救われるに“値する自分”でありたい。

 だからこそ、人は救いに「格式」を求めるのだ。


 それが手に入ったことで、村の空気は変わった。

 人々の顔が、未来を見る顔になった。


 彼らは働く。働きながら祈る。祈りながら働く。

 不安や金に背中を押されずとも自ら働く。

 信仰という鎖で自分を縛り付けて、金を生みだす道具になる。


 奴らはその鎖が如何に尊く美しいかを称え合うのだ。

 それがまるで黄金で出来ているかのように。


 そして開拓が始まってから二ヶ月が過ぎた。


※※※※※


 アイオリスとその信奉者の一団が”帰還”したのは、村の入口が町のような形を持ち始めた頃だった。

 彼らがこの場所に向かっているらしいことは、噂で伝え聞いていた。


 実際に訪れたという報を聞いて、私はついにこの時が来たと感じていた。


 今やこの開拓村では、王や物語の英雄よりも、聖者アイオリスへの敬意が浸透している。


 彼の行いはすべて女神の偉業となる。

 彼が救いをもたらせば、この村が信奉する女神の格が上がる。

 それを信じる自分たちが特別だと信じられる。


 彼の姿を見た者が、最初に息を呑んだ。

 髪も、瞳も、肌も忌まわしい黒がある。だが、そこに異形の兆しはない。

 人の形のまま残っている黒だ――それは「女神に救われた」という印象を強烈に刻む。


 彼は、その身に異形を宿した”深淵殺し”たちを伴ってやってきた。

 ”救われた者”と”救いを待つ者”の対比が際立っている。


 そして、次に見たのがアイオリスの手にする斧だった。


 銀の刃の戦斧。


 村の者たちは、”深淵殺し”達の武器が吐き気を催す黒い脈動を孕んでいるのを知っている。

 それに比べて、あの斧は普通の武器に見える。

 だが、その普通の武器で魔樹を滅ぼしたという”事実”が、噂として広まっている。


 村の人間が、護衛の”深淵殺し”たちが、勝手に膝をついた。誰かが叫んだ。


 「聖者アイオリス様!」

 「女神イズミールの遣わした聖者様!」


 その叫びが合図になった。


 人が集まり、膝が落ち、手が組まれる。

 泣く者がいる。笑う者がいる。呻く者がいる。

 祈りの声が立ち上がり、空気が熱を帯びる。


 アイオリスは、明らかに戸惑った。

 それもその筈だろう、彼はここに村があることさえ知らずにいた筈だ。


 彼は戦場では一騎当千なのだろう。

 だが、刃を向けられるより、熱狂や期待を向けられる方が扱いにくいものだ。

 

 私は群衆の端で、その困惑を見ながら笑いそうになった。

 本当によく育った。芽吹きが早い木は、刈り取りも早い。


 だが――刈り取る前に“手入れ”をしなければならない。


 聖人という肩書きは、本人が否定すると崩れる。だから本人が否定できない状況を作る。

 私は、最初からそこに手を入れる。


 アイオリスは戸惑っていた。彼は清廉で、責任感が強い。

 自分が受け取った救いを軽んじない。

 だからこそ、救いを踏み台にする者を嫌う。――嫌うはずだ。


 そして、同時に、彼は女神を妄信している。


 妄信は、清廉さと相性が良い。清廉な者ほど「疑う」ことを不純だと感じる。

 責任感が強い者ほど「放っておく」ことを罪だと感じる。


 私は、彼の立ち居振る舞いからその性質を嗅ぎ取っていた。


 群衆がざわめく中、私は護衛を連れて彼の前に歩み出た。


「……ようこそおいでくださいました。アイオリス殿」


 彼がこちらを見た。目に警戒が宿る。

 だが、同時に“助けを求める者”の目でもある。状況を知る糸口を求めている目だ。

 私は頭を下げた。深く、丁寧に。


「名はペッシヌス。いま、この地の開拓と物資の取りまとめをしております」

「――あなたのお噂を聞いております。魔樹を討ち、道すがら多くの者を救ったと」


 事実の列挙だけでいい。事実は相手の心を縛る。

 アイオリスの口が開く。だが、すぐに閉じた。周囲の耳が多すぎる。

 彼は言葉を選んでいる。言葉の影響力を思い知った者の仕草だ。


「……私は女神から授かった使命を果たしたに過ぎない」


 彼はそう言った。その清廉さと、女神への信仰ゆえに行いを偽れないのだろう。

 私は視線を落とし、少しだけ声を落とした。


「あなたがお仕えになる女神の御名を、私は耳にしました。偉大なる女神イズミール、と」


 アイオリスが息を呑んだ。頑ななまでに強い意志が瞳に宿った。

 真っ直ぐな瞳だ。女神への不遜を赦さないという意思がそこにある。

 私はそこに“共感”を滑り込ませる。


「私は……貴殿のお陰でその御名を初めて知ることが出来ました」


 ここで一拍置く。視線を落とす。罪を告白する者の芝居。


「ですが――かつて、私も、命を救われたのです。あの美しき御方に」


 あの泉で助かったのは本当だ。黒禍の獣が“元に戻った”のを見たのも本当だ。

 私はそれらの"事実"を、扱いやすい”真実”に組み替えて用いるだけだ。


 アイオリスが瞠目した。彼の中の信仰が、私への疑いの芽を踏み潰す。


「あの方が御姿をお見せになったのか……」


 私は頷いた。わざとらしくない角度で。


「ええ。黒禍の獣に追われました。森で護衛を失い、私も終わりだと思った」

「その時、泉が……煮立つようにざわめき、水面から女神が顕れた」

「黒禍の獣は、あの御方に牙をむきました。……ですが、女神はそれを――元の生き物へと戻された」


 アイオリスに付き従う者たち、そして村の護衛の”深淵殺し”たちがどよめいた。

 それは彼らにとって、何よりも欲する救いの形なのだから。


 私は続ける。ここが肝だ。


「……貴殿も、そのようにして救われたのでしょう?」


 確認。断定ではない。確認は相手に頷かせるための言葉だ。


 アイオリスの喉が動いた。迷い。だが彼は迷いのまま頷けない。

 彼は“救われた事実”を決して否定できない。否定すれば女神を否定することになる。


「……その通りだ」


 その一語で十分だった。


 私は、そこで次の“切り札”を出す。

 懐から、小さな布包みを取り出す。布を解き、掌の上に一粒の黄金を乗せた。


 黄金の種。


 それは、あまりにも美しく、あまりにも重い。


 周囲の目が吸い寄せられる。欲望の目ではない。信仰の目だ。

 いまこの村では、この種は奇跡の証明として私の「格」を示す品となっている。


「……これは、御方から授かったものです」


 言い切る。堂々と。嘘は弱い声で言うと嘘になる。強い声で言えば、物語になる。

 拾った、では商人や盗人の話になる。だが「授かった」なら神話になる。


 アイオリスの視線が、黄金の種に刺さる。

 その驚きが、初めて見る品に向けられたものではないことに私は気付いた。


 この男はこの種を知っているのだ。

 彼の持つ斧は、あの日、私が泉で取り落とした斧で間違いない。

 この種のことも知っていたとしても不思議はなかった。


「それは私があの御方にお返しした物だ……それを、授かったと?」


 彼の目が揺れる。怒りか、疑いか。――どちらでもない。

 彼の揺れは“自分だけが知っていたはずの神秘が、他人の手にあること”への不快だ。


 私にはそれが彼の独占欲と映った。


 彼にもあるのだ。私情が、欲が。

 救いを得ると同時に、あの美しき女神に心を奪われたか。


 彼はそれを醜いと思っているのだろう。

 すぐに心の揺れを飲み込んだ。

 だが、そういう者ほど、縛りやすい。


「あの御方が何故、私にこれを授けられたかは分かりません」

「私はあの御方の言葉を理解できず、御名を伺うことも叶いませんでした」

「しかし、貴殿のお陰でご尊名を知ることが出来ました」


 アイオリスは私の言葉に聞き入っている。

 私の言葉の真偽を見抜こうとしている。

 だが、信じさせる必要などない。

 疑われ、嫌悪されようとも構わないのだ。


 今、この”場”で、私を糾弾できる材料を彼は持たない。それが全てだ。

 彼が否定の材料を揃える前に、こちらが状況を作ってしまえばいい。


「アイオリス殿。偉大なる女神を讃え、その御名を広めることこそ――私たちの使命なのではないでしょうか」


 使命。彼に効く言葉だ。責任感の強い者に、使命は毒でもあり蜜でもある。

 拒めば女神の威光を否定することになる。

 あの女神がそれを望んでいようといまいと、人々がそう思う。


「この村では、すでに女神イズミールを讃えています」

「美しきあの泉を穢さぬよう、誰もが敬意をもって拝礼に臨んでおります」


 信仰と敬意ゆえに、アイオリスはこの村の在り方を、私を否定できない。

 この村で生まれた「格式」に、この男を取り込むための言葉を続ける。


「――ですが、私は恐れている」


「私利私欲に塗れた者が、女神の御名を利用することでしょう。救いだけを求め、泉を穢す者が集まるでしょう……そうなれば、あの御方の美しき微笑みを曇らせることになる」


 これは真実だ。私こそが“穢す者”の筆頭だが、アイオリスと共に“穢す者を憎む立場”に立つ。

 同じ神を信じる者同士、刃は向け難くなる。


「貴殿は清らかな心で御方を崇めておられる。だからこそ、貴殿が前に立つべきだ」

「貴殿が立てば、卑しい者どもが勝手な“解釈”で御方を穢すことを防げる」


 私は彼をこの「船」の船頭に祭り上げる。

 信仰を、規律を、崇敬を守る立場に嵌め込んで、その逃げ場を奪う。


 アイオリスの唇が震えた。反発しそうになる。だが反発の矛先を作らせない。


 私は、すぐに一歩引いた。


「もちろん、私などが貴殿に意見する立場ではない。私はただ……救われた者として、御方への敬意を形にしたいだけです」


 耳障りがいい。だから効く。

 そして私は、最後の楔を打ち込む。


「……それに、私はオルセイスの出です」


 その瞬間、アイオリスの表情が固まった。

 燃え落ちた故郷。城壁と神秘への信頼と共に葬った過去の遺物だ。

 その名が彼に効くことを、私は確信していた。


 私は続けた。慎重に、丁寧に、しかし確実に。


「こうして領主様のご子息と、同じ女神に救われたのも……御方のお導きに違いない。私は、そう信じております」


 導き――信仰、神話に相応しい言葉だ。偶然を意味に変える言葉だ。

 私にとっては何の意味もない、看板に記す売り文句の一つに過ぎない。

 だが、アイオリスは、私を糾弾できなくなる。


 私を糾弾することは、同郷の生き残りを切り捨てることになる。

 私を切り捨てることは、“女神の導き”を否定することになる。

 否定すれば、救われた自分の足元が崩れる。


 彼の瞳の奥で、天秤が揺れているのが見えた。


 ――そして、揺れは止まった。


「……あの御方への崇敬を、正しく伝えられるのであれば」


 出た。言わせた。これで良い。


 私は深く頷き、黄金の種を布で包み直した。


「ならば、共に守りましょう。貴殿が前に立てば、人は頭を垂れる。私は裏で整えましょう」

「あの御方の救いを求めて、多くの人々がこの地に集うことになります」

「私は彼らに屋根とパン、そして、清い水を用意しましょう」


挿絵(By みてみん)


「すべてはあの御方のために」


 “御方のために”。


 この言葉は便利だ。誰もが逆らいにくい。誰もが自分の欲を正義に見せられる。


 アイオリスは、まだ戸惑っている。だが、戸惑いは時間が解決する。

 群衆が“聖人”を求めれば、聖人はそれに合わせて形を変える。


 人が像を作り、本人が像に追いつく――信仰とは、そういう圧力だ。


 私は群衆の方へ向き直り、声を張った。


「皆の者!女神イズミールの御名を粗末に口にするな!救いはただ与えられるものではない!」

「この御方は女神の代行者たる聖アイオリス殿だ!この方に倣い、教えを乞おうではないか!」


 歓声が上がった。泣く者がいた。膝をつく者が増えた。


 アイオリスは息を呑んだ。飲み込んだ。

 彼はもう止められない。止めれば、彼の信じる“救い”が踏みにじられることになる。


 私はその横顔を見ながら、内心で静かに数えた。


 芽は、もう出ている。

 あとは、幹にするだけだ。

 幹が立てば、枝が伸びる。


 生い茂った枝葉には無数の黄金の花の蕾が膨らみかけている。


 黄金の実がなる大樹の姿が、私の裡にはっきり形を見せた。

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― 新着の感想 ―
マジでこの糞商人、地獄に堕ちねーかな… なまじ詐欺師や商人(或いは政治家や文官)としての才能だけは本物なのが余計に腹立たしい 必要悪とは言え土台は既に作られた以上、もうこいつが居なくても何とか回せる…
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