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EX(119.13+).水は交わり、一と成る 〇★△

EX(119.13).『世界樹の森・大缶蹴り大会(前編)』~EX(119.14).『世界樹の森・大缶蹴り大会(後編)』と同日のできごと。

「ちょ、待て。おい、これって――」


 腹へ当てた手を動かせないまま、もう一度、自分の内側へ意識を向けた。


 やっぱり俺が動かしているんじゃない。


 俺じゃない。あいつがやった。知らない。済んだこと――なわけあるか!

 あいつってどいつだよ!?


「イズミール……」


「待て待て、おっ落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない!」


 心配そうなアイオリスを制し、さらに深く探る。


 ……やっぱり、いる。


 いや、いるって言い方が正しいのかもまだ分からない。


 ずっと俺の中にあった、アイオリスの水だ。


 こいつと結魂し、身体を重ねていくたびに俺の中に残り続けていたもの。

 俺の水へ溶けきらず、かといって異物でもなく、金と銀がずっと大事に抱え込んでいたもの。


 それが今になって、勝手に動き出した。


 ――のじゃ様から聞いた話が、嫌でも頭へ浮かんだ。


 俺とアイオリスの間にも、精霊の子どもなら出来る可能性がある。

 ただし、やることやれば勝手に出来るわけではなくて、俺とこいつが心から望まなければいけないんだとか。


 当時は、それを聞いて安心した。


 そんなの、この俺が望むわけねえだろ。はい、俺氏、大勝利。

 精神論式超高性能セーフティで避妊ヨシ! ご安全に!


 そんな風に思ってた時期が俺にもあった。


 でも――。


 こいつとなら、一人くらい増えても、まあいいか。


 あの時、確かにそう思った。

 ちょっとだけ先のことまで想像して、悪くないかもだなんて。


「……いやいやいや」


「何か心当たりがあるのか」


「あるっちゃあるんだけど、だからってこんな急に……」


 そんなワンクリックで「許諾確認、製造開始します」なんて話があるか。


「心当たりがあるなら言ってくれ」


「それを今から確認するから、ちょっと待ってろ!」


 繋いでいた手をいったん離し、のじゃ様の龍珠へ意識を向ける。


(のじゃ様。おい、のじゃ様、緊急案件だ)


 …………。


 返事がない。


(おいこら、のじゃロリ! ジャガラモガラ!)


 海の存在自体は感じるから、接続が切れているわけじゃない。けれど、いくら呼んでも応答なし。

 あの礼儀にうるさいジャガラモガラが、着信拒否とか既読スルーなんかするはずもない。


 仕方なく他の龍珠にも呼びかける。


(おーい、ババア。黄色いのでも水色のでもいいから誰か出ろや! 俺だよ俺おれオーレっ!)


 結果。見事なまでに全滅だった。


「何でだよぉ!?」


 少し考えて、思い当たる節があった。


 四六時中、全力出動態勢でいるのをやめろ。

 世界中の水を常時監視とかしてんな。

 ちびどもに会いたきゃ、休みの日にでも勝手に訪ねろ。

 なんでもいちいち仕事やら神話的行事にすんな。


 そう言ったのは俺だ。


 いや、言ったけどさあ。


「だからって一斉休業することはねぇだろ!?」


 休日に仕事の電話をかけまくって文句を言うクソ上司みたいになってきたので、これ以上はやめた。


「八海と連絡が取れないのか」


「全員応答なしだ。どこでなにやってんだあいつら……」


「何があったかは分からないが、君だけでも湖に戻った方がいいのではないか」


「あー、確かにそれがいいか――」


 今の身体をほどき、いつものように湖へ戻ればいい。

 聖地にはサルディスの爺さんやリディアもいるし、何か分かるかもしれない。


 そう考えて、腹へ置いた手を見た。


 俺は戻れる。


 でも、こいつは?


 うっかり事故でミツバを置き去りにしかけた時のことが頭をよぎる。

 あれとは事情が違うとしても、安全だと分からないことを試す気にはなれなかった。


「……やめとく」


「湖へ戻るのではないのか」


「俺だけならいいけどさ。今、こいつまでどうなるか分かんねえだろ」


 口にしてから、自分でも止まった。


 もう「こいつ」と呼んでいる。

 まだ、そうと決まったわけじゃないのに。


 アイオリスの視線が、俺の顔から腹へ落ちる。


「――こいつ?」


 心配の表情から真顔に変わった。


 しまった。


「そこ拾うなよ……今説明すっから」


 ああもう。


 言いたくねえ。でも、こうなったら言うまで追及してくるやつだ。


「えっと、だから、あのさ……お前の水が、その、なんか勝手に動いてて」


 アイオリスの目が僅かに見開かれる。


「だから、その……子供、とか。そういうやつなんじゃねえかって」


 口をぽかんと開けたマヌケ面になった。

 腹へ落ちた視線が上ってきて、再び目が合う。


 そこには、さっきまでの心配や緊張とは違うものが混じっていた。


 期待だ。


「ま、まだそうだと決まったわけじゃねえんだからな!」


「ああ」


 声がもう違う。


 おい、何期待してんだよ。


 ――いや、するだろうけど。


 こいつがずっと何を欲しがっていたかくらい、俺だって知ってる。

 温泉で子どもの話を振った時も、こいつはこんな顔をしていた。


 あの時は余計なこと言ったと誤魔化したが、今度ばかりはそうはいかない。


「……あ」


 そこでようやく思い至った。


 腹の中のこいつの担当者どもは、俺の中にいる。

 外の有識者を探す前に、当事者に聞けって話だった。


「おい、ツラ貸せ。緊急会議だ」


 人目につく街道から外れようと岩場へ視線を向けた瞬間、身体が浮いた。


「うわっ、おい!」


 アイオリスに抱え上げられていた。


「歩けるって!」


「急ぐのだろう」


「だからって抱える必要ねえだろ!」


「足場が悪い」


「俺、水だぞ。転んでも――」


 そこまで言って、腹へ置いた手を見る。


 今は、本当に平気かどうか分からない。


「……クソ。もういい、早く行け」


 岩陰へ入ると、アイオリスの顔が近づいてきた。

 こいつ、いつになくせっかちだな。


 首に腕を回し、重ねた唇から水を流し込んだ。

 アイオリスの中にある俺の水が応じるのを確かめ、そっと意識を沈めた。


※※※※※


 足の下で、白い水面が揺れた。


 隣にはアイオリス。

 向かいには、金色の“わたし”と銀色の“私”。


 “わたし”は俺たちを見るなり満面の笑み。“私”も、いつもの澄ました微笑より目元が柔らかい。


 ……こいつら、完全に察してやがる。


「おい。緊急事態――」


「あかちゃんのことでしょう?」


「!? ぎ、議題を最後まで言わせろぉ!」


 こっちは開会宣言すらしてねえんだが? 


 “わたし”は悪びれもせず、自分の腹へ両手を重ねた。

 同じ顔でそれをやられると、妙に生々しい。やめろ。


「……間違いないのか」


 隣から抑揚の抜けた声が落ちた。


 アイオリスの視線が、“わたし”から“私”へ移る。


「はい。貴方から頂いたものが、私たちの水と混ざり合い、ひとつの命として巡り始めています」


「……私と、君たちとの子が」


「ええ。成りました。私たち(イズミール)の中に、あなたの子が」


 “私”がどこか誇らしげに頷いた。

 アイオリスが息を呑む音が、すぐ傍で聞こえる。


 おめでた宣言。


 会議の開始早々、議論も反論も挟む隙なく、事実として提出されてしまった。


「お、おい。本当に? なんか炭酸ガス的な、その、誤検知とかで」


「ありえません」


「ちびどもの残留水とか」


「あの子たちの水を、私が見間違うとでも?」


「おい、なんでそんな強火なんだよ。ちょっとは忖度しろ!」


「紛れもない事実です」


 “わたし”は俺とアイオリスを交互に見て、くすくす笑っている。


「あなたも、もう分かってるでしょう?」


 腹へ視線を落とす。


 この世界の身体は本物じゃない。

 それでも、俺とは違う水の存在を今も確かに感じる。


「……マジかよ」


 言葉にした直後、身体を抱き寄せられた。


「うわっ!?」


 両腕が背中へ回ってくる。

 さっき岩陰で抱えられていた時より、ずっと強い。


「おい、急に――」


 胸へ押しつけられていた顔を上げようとしたところで、耳元から震えた声が落ちた。


「……イズミール」


 思わず動きが止まる。


 こいつの声がこんな風になるの、あんまり聞いたことがない。


 顔を上げる。


 近すぎて全体は見えないけど、目元だけで分かった。


 喜んでいる。


 普段の落ち着きが保てないほど心が揺れていて、それは背中へ回った手の震えからも伝わってくる。


「……力、強えんだよ」


「すまない」


「いいよ、別に……」


 離れろと言うつもりだったが、力を抜いた。

 代わりに服を掴み、もう片方の手を肩へ回す。


 “わたし”も“私”も口を挟まない。

 何も言わずに、しばらくそのままでいた。


 アイオリスの呼吸が落ち着いてから背中を叩く。


「まだ確認することあんだろ……続き、聞こうぜ」


「……ああ」


 緩んだ腕から抜け出し、アイオリスの隣へ戻る。

 何となく気まずくて横を向いたら、触れた手へそのまま指を絡められた。


 よし。会議再開。


「……で。いつ生まれるんだ? どうやって? どう扱ったらいい?」


「それは、まだ分かりません。ミュルナたちとは授かり方が異なります。

 これからどう育っていくかも不明です」


「お前、散々ママ女神面しといて、そこは分かんねえのかよ!?」


「私も初めてのことですので」


 さっきまでの断言ぶりは何だったんだ。

 あと、微妙に色っぽい目で旦那を見つめてんな。いや、お前も俺だけどさぁ!


 アイオリスが横から俺の状態を確かめてくる。


「痛みや苦しさ、身体に不調はないのか?」


「ねえよ。なんか動いてるのが分かるだけ」


「少しでも異変があれば教えてくれ」


「お前に言ってどうなるんだよ」


「君たちだけに抱えさせたくない」


 その言葉に、金の“わたし”が待ってましたとばかりに一歩進み出た。


「アイオリス。わたし、ついにやったのよ。ほめて?」


 アイオリスの空いている方の手を取り、めちゃくちゃ誇らしげだ。


「おい……お前、また何かやらかしたんじゃねえだろうな?」


「ちがうわ。わたしは、あなたから受け取ったものを大事にしていただけ」


 こいつはいつだって、誰よりもアイオリスを見ている。


「少しだって失くしたくなかったから。あなたに愛されるのが、わたしはずっとずっと嬉しかったわ。

 わたしを見て、欲しいって思ってくれる、あなたが好き」


 うわぁ、やめろ。

 恥ずかしげもなくそういうことを言うな。聞かせんな。


「前は全部一つになりたいと思ってたの。そうすれば、いつまでも離れなくて済むでしょう?」


 こいつらしい物言いだ。

 けれど源流で溶けそうになった時、俺自身も似たことを思った。

 だから今なら、こいつの気持ちも分かってしまう。認めたくねえけど。


「でも、今は違うわ。別々だからあなたを見られる。あなたに抱いてもらえる。好きって言ってもらえる」


 “わたし”は自分の腹へ触れた。


「それにね、ここにもあなたがいるの。今は、わたしたちとあなたで一緒に喜べるものになった。素敵ね」


 こいつはヤンデレっぽいイカれ女だけど、自分の幸せにはどこまでも正直だ。

 そういうところだけは素直に羨ましいと思うし、まだ、真似できない。


 俺と絡めていた指をほどき、アイオリスが“わたし”を抱き寄せた。

 “わたし”は嬉しそうに胸へ頬を寄せる。


「……ありがとう」


「お礼だけ?」


「愛している。私が君を求めることを、そんなふうに喜んでくれていたのだな」


「ずっとそうだったわ」


 即答だった。

 アイオリスの腕が、もう一度“わたし”を抱き直す。


 そのやり取りを見ていると、背中がむずむずしてきた。


 ――これ、NTRじゃねえ?


 と思ったものの、嫌悪感も悔しさもない。


 他所の女と同じことしてたら町ごと沈めるが、“わたし(おれ)”も“(わたし)”も同じ俺だ。

 あいつが嬉しいなら、俺も嬉しい。たぶん、そういうことだ。


「ねえ、口づけをしましょう?」


「おい、余計な注文つけんな!」


「だってしたいでしょう?」


「俺を巻き込むな!」


 アイオリスが笑い、“わたし”も名残惜しそうに腕をほどいた。


 今度は“私”が進み出る。


「私からも、一つだけよろしいでしょうか」


 いつも通り落ち着いて見えるが、腹の前で組んだ指先だけが何度も触れ合っていた。


「私も、貴方との子を授かる日を待ち望んでいました。貴方の願いに応えたいから、だけではありません。

 もちろん、それも大切です。ですが――」


 一度、目を伏せる。


「私自身が、貴方との家族を育みたかった」


 “わたし”は欲求を躊躇いなく口にするが、“私”は少しだけ恥じらう。


「私は今でも、人々に助けを求められれば手を伸ばしたいと思います。それは私の一部です。

 ですが、私も誰かのためだけに在りたいわけではありません」


 “私”はアイオリスへ手を伸ばした。


「貴方が帰ってこられる場所でありたい。貴方の妻として、貴方との子を共に育てたかったのです」


「イズミール……」


「この子を授かったことが、私は何よりも嬉しい」


 アイオリスが差し出された手を両手で包む。


「私も、君たちとその子を育てたい。愛している、イズミール。

 君が女神として誰かへ手を伸ばし続けるなら、私も君が帰ってこられる場所でありたい」


 “私”の澄ました顔が少しだけ崩れ、握られた手を自分から握り返した。


「……はい。愛しています、アイオリス」


 “わたし”は、にこにこと嬉しそうに見守っている。


 一つだけじゃねえじゃん。


 茶化そうとして、やめた。

 これは茶化さない方がいいやつだ。


 いつもちゃんとしようとしている奴にだって、そうじゃない時が必要だ。

 それに、あいつの望んでいることは俺と変わらない。


 しばらくして、アイオリスが“私”の手をそっと離した。

 俺たちをそれぞれ見てから、最後に俺へ顔を向ける。


「……ずっと、望んできた」


 短い一言なのに、積み重なった重みがあった。


 知ってる。


 結魂した時、こいつが失ったものも、俺を失いたくないという執着も、嫌になるほど伝わってきた。


 その上で、俺はここにいる。


 アイオリスの手が俺へ伸びかけ、止まった。


 さっきは考えるより先に抱き締めたくせに。

 “わたし”と“私”には迷いなく愛してると言ったくせに。


 今度は“俺”の答えを待っているんだろう。


 本当、面倒くせえやつ。


「君は……どう思っている」


 三人分の視線が俺に集まった。


「……できちまったもんは、しょうがねえだろうが。いいよ、産んでやろうじゃねえか」


 アイオリスが何か言おうとした。


 でも、その顔を見て、自分で「これは違う」と感じた。


 違う。これはフェアな答えじゃない。


 しょうがないとか、見捨てられないからだとか。

 俺はいつも言い訳ばっかりだ。


「……いや。違う、今のなし」


 アイオリスが口を閉じ、俺の言葉を待った。


「俺、さ……お前との子どもなら、いいかって思ったんだよ」


 そこまで言ったら、もう逃げられない。


「俺も、望んだんだ」


 恥ずかしくて死にそうだ。

 白い世界に穴掘って埋まりたい。


 少し間を置いて、アイオリスが低く答えた。


「……君にそれを望むのは、私の勝手だと思っていた」


「今さらだろ。お前より勝手なやつ、他にいねえよ」


「そうだな。君のことになると、諦めがつかない」


「うわ、最悪だなお前!? 何か言い訳とかねえのかよ」


「愛してる」


「出たよ、万能解答。そんなもんで誤魔化されねえからな、俺は」


 ああ、畜生。

 悔しい。ムカつく。嬉しい。


 なんでこんな奴と、こんなことになってんだ俺は。


「……俺の旦那なんだろ。まとめて幸せにしやがれ、ばか」


 顔を上げると、アイオリスの表情がさっきとは違っていた。

 ずっと息を止めていた奴が、ようやく吐き出せたみたいに安堵している。


 伸びてきた手が肩へ触れ、一度止まった。


 俺が逃げないのを確かめるように、ゆっくり抱き寄せてくる。

 背中へ腕を回してやると、強張っていた背中から力が抜けた。


「なんか子どもが出来たって時より、旦那呼びした方が嬉しそうじゃね?」


「どちらも嬉しい」


「欲張りめ」


「君ほどではない」


「はぁ?」


 文句を言いながらも、離れる気はなかった。


 こいつが欲しかった未来を、俺も悪くないと思った。

 それを初めて、ちゃんと本人へ伝えられた。


 だったら、まあ。

 言って良かったんだろう。


 しばらくして顔を上げると、金と銀もこちらを見ていた。


「……何だよ」


「あなたも嬉しいのね」


 “わたし”が笑う。


「悪いかよ」


「いいえ」


 “私”も穏やかに表情を緩めた。


「私たちも、それが嬉しいのです」


「お前らも俺だろ。今さら俺だけ関係ねえみたいに言えねえよ」


 二人が黙って続きを待つ。


「お前らがずっと大事にしてくれてたから、こいつも今ここにいるんだろ。その……ありがとな」


 “わたし”の顔がぱっと明るくなった。


「じゃあ、ほめて?」


「今のがそうだろ!」


「ありがとうと、ほめるは違うわ?」


「めんどくせえなぁこいつ!」


「わたしはあなたよ?」


 笑いながら俺の腕へ絡んでくる。


「では、私にも慰労の言葉をくださっても良いのですよ」


 “私”まで反対側から手へ触れながら、ふざけたことをぬかしやがる。


「お前もかよ!?」


 妻が三人、夫が一人。


 子どもはちびども三人。三人揃えばミューズになって、ミツバまでいて、今度は腹の中にもう一人。


「ほんっと、何なんだよこの家族構成……」


 天井のない真っ白な空を仰いでぼやいたが、答えは降って来なかった。


挿絵(By みてみん)


「……それはともかく、だ」


 しばらくして、俺はアイオリスへ指を突き付けた。


「このガキは、お前みたいな激重ストーカーにならねえように、きっちり躾けるんだからな」


「私も面倒を見る」


「お前は過保護を止める側じゃなくて、止められる側だろうが」


「君に言われたくはない」


「お前、絶対、歩き始めたら転ぶ前に石全部どかすタイプだろ」


「危険なものなら取り除く」


「ほらみろ! そういうとこだぞ」


 “わたし”が楽しそうに笑う。


「でも、アイオリスに似て、好きなひとを大切にする子だったら素敵じゃない?」


「こいつ似なんて絶対、クソ重面倒奴になるに決まってんだろ!」


「わたしたちに似ても変わんなくない?」


 恋愛バカのくせに鋭い自己分析をかますな。やめろ、それは俺に効く。


「黙らっしゃい!」


 更に“私”まで口を挟む。


「守ることと、何もさせないことは違います。その子が自分でしてみたいことも、大切にしてあげたいですね」


「そう、それ。少しは分かってるじゃねえか」


「そのうえで、危険がないよう先回りして備えて、問題が起これば全力で――」


「よし分かった、お前も止められる側だ。失格!」


 アイオリスも真顔で頷く。


「……君の懸念は心に留めておこう」


「今の間はなんだよ。お前も似たようなこと考えてただろ」


 黙るな。


「図星じゃねえか!」


 白い世界に笑い声が響く。


 気づけば、もう育てる話をしていた。


 どんな姿になるかも、いつ生まれるかも、そもそもどう生まれるのかさえ分からない。

 それでも俺たちは、転んだらどうするとか、何をさせるとか、そんなことを考えている。


「……ちびどもに知られたら、うるさそうだな」


「喜んでくれるだろう」


「ミュルナは張り切るんじゃないかしら。おねえさんだもの」


「ミュリナが無駄に張り合わねえと良いんだが……」


「ミュシアも、きっと興味を持つでしょうね」


 ミューズになってる時も含めて、想像出来るような出来ないような。

 そこにミツバや八海のジジババどもまで加わったらどうなるのか。


「まあ、それは後だ、後。今日はここまで。これ以上は俺の精神がもたん。

 ジジババどもにも連絡がつかねえし、一旦、歩きでゴルディウムに戻るぞ」


「承知しました」


「えー、もっとみんなでお話したいわ」


「ぶーたれてんじゃねえ。どうせ勝手に湧いてくんだろうが」


「それはきっと愛よ」


「うるせぇ」


 “わたし”も“私”も、少しだけ笑った。


「じゃあ、そろそろお開きだ」


「ああ」


 白い水面が揺れ、二人の輪郭も白の向こうへほどけていく。


 消えたわけじゃない。

 いつもの場所へ戻っただけだ。


※※※※※


 風の音が戻り、目の前に岩肌が見えた。


 俺は会議前と同じように、アイオリスの腕の中にいる。


 唇が離れる。


 腹へ手を当てなくても、俺の中に別の命がいるのが分かる。


 アイオリスの視線が腹へ落ちた。


「……触れても?」


「触ったって何も分かんねえと思うぞ」


「触れてみたい」


「勝手にしろ」


 大きな手が腹へ触れてくる。

 その上から自分の手を重ね、意識を内側へ向けた。


 こぽ。


 小さな流れが巡る。


「……今、動いた」


 アイオリスが目を見開いた。


「お前が触ったからとか、返事したとかじゃないと思うぞ。たぶん」


「ああ……」


 クソ、なんてニヤけた面してやがる。

 俺まで貰い笑いしそうだろうが。


「その顔やめろ」


「難しい注文だ」


「馬鹿言ってんじゃねえよ」


 俺の水の中にいる、俺じゃない水。


 まだ顔も形も分からない、小さな流れ。


 こいつと、俺の子。


 そう考えると、やっぱり変な感じがした。

 恥ずかしいし、信じられない。でも、何度確かめてもそこにいる。

 そこにいるんだって確認したくなる。


 ――そっか。俺、ちゃんと嬉しいんだ。


 さっき散々言わされたくせに、今になって妙に実感が湧いてきた。


「……そろそろ降ろせ。歩くぞ」


 アイオリスが身を屈め、慎重に俺を地面へ立たせた。

 足がついても、腰へ回った手は離れない。


 街道へ踏み出そうとすると、こいつは先に足元を確かめ、空いた手で俺の手を取って、やけにゆっくり歩き出した。


「おい。普通に歩けるから」


「分かっている」


「どう見ても要介護者に対する動きだろうが」


 腰へ回された手からするりと抜け出し、手だけ繋ぎ直す。


「これで十分だろ」


「だが、転びでもすれば」


「ガキ扱いするんじゃねえ。おら、行くぞ!」


 少し引っ張ると、ようやくいつもの歩幅が戻ってきた。


「ったく、うちに着くまでその調子で行く気かよ」


「急ぐ必要もないだろう」


「俺は程度と限度の話をしてんの」


 言い返しながら街道を進む。

 繋いだ指を、アイオリスが必要以上にしっかり握り返してくる。


 まだ生まれてもいないのに、この調子だ。


 先が思いやられる。


 こぽり。


 腹の奥で、小さな流れがまた一度だけ巡った。


 まるで同意されたみたいで、俺は少しだけ口元を緩めた。


 ……まあ、そんなわけねえけど。

〈TIPS〉

「スタビアエ」

 ヘルクラネウム山の麓に位置する町。


 女神ミューズ降臨の地であり、かつてヘルクラネウム山の噴火危機から町そのものが守られたことから、「奇蹟の地」として復世史上でも名高い。

 当時の出来事を記した『スタビアエ復世縁起』は、復世期を知るうえで重要な史料として知られている。

 また、古くから鉱業、鍛冶や金属加工が盛んで、復世後には周辺地域へ農具や生活道具を供給する工業都市として発展した。


 ――が、現在この町の名をもっとも広く知らしめているのは、温泉であろう。


 火山の熱によって湧く豊富な湯を目当てに各地から旅人が訪れ、大小さまざまな浴場や宿が軒を連ねる一大温泉地となっている。


 中でも有名なのが、「子宝の湯」と呼ばれる古い源泉である。

 町から離れた場所にあるその湯が、いつ頃からそう呼ばれ始めたのかは定かではない。

 だが、夫婦円満、子授け、安産、多産に御利益があるとされ、現在でも多くの人々が訪れる。


 町の特産品として特に人気なのは、水の御子――幼龍を象った小さなお守りである。

 木彫りの品が一般的だが、鉄製・銀製・金製の三種一揃えが最も霊験あらたかとされる。

 その意匠は、女神ミューズが噴火を告げるため遣わした預言者に託した黄金のお守りに由来すると伝えられているが、詳しい起源については諸説ある。


 なお、当地のミューズ神殿では現在も、女神降臨と火山鎮静の奇蹟、復世期におけるスタビアエの歴史について詳しい解説を行っているほか、月ごとの凪の祝日には演劇が催される。


 だが、参拝者からもっとも多く尋ねられるのは、子宝の湯までの道順である。

 整備された路はあるが、勾配と段差も多いので注意されたし。

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