104.件名:【必ずお読みください】精神貸与に関する事前告知(返信は任意/対応は不要) ◆
新章突入!新主人公を迎えて物語は新展開に!
井澄流雨は、自分の人生を、わりと気に入っている。
もちろん、面倒なことがないわけじゃない。
朝は眠いし、テスト週間はだるいし、クラスの空気を読むのだって面倒な時はある。
友達同士の「別に怒ってないよ」が、だいたい普通に怒ってる時だって知ってるし、誰かの失恋話を二時間聞いたあとに「るう聞き上手すぎ、助かるー」と言われて、いや私の時間、と内心でだけ突っ込むこともある。
それでも、総合点で言えば、ぜんぜん悪くない。
学校のことをちゃんとしてれば、両親はそんなに厳しくない。
やりたいことや欲しい物があるときは、相談すればなんとかなる。勝率は結構いい方だ。
友達は「家族旅行とか面倒」って言うけど、流雨はそれなりに楽しんでる。
クラスでもわりと目立つ方だし、友達は多い。
顔だって、まあ悪くない。
……というか、悪くないどころではないんだろうな、と鏡と周りの反応を見ていれば分かる。
こういう言い方をすると感じが悪いから言わないけれど、自分はかなり恵まれている方だと思う。
流雨はだいたい明るい。
友達の恋バナに「えー、でもそれ向こう絶対意識してるって」と乗っかり、昼休みには他クラスの子まで混ざった輪の真ん中で笑い、放課後には駅ビルで新作コスメを見て回る。
今日はちょっとしょんぼりしてたなって友達がいれば、コンビニスイーツを半分こしたりもする。
もちろん、あとで新作が出てきた時には、半分もらう。
家に帰れば、机の上にはアクスタと缶バッジが並んでる。
深夜枠アニメはサブスクで追っかけてるから、夜更かしとは無縁……嘘。たまに止まらなくなる。
現実が充実してる子は二次元に逃げない、なんて言う人もいるけど、あれはたぶん嘘だ。
現実が楽しいのと、二次元が楽しいのは普通に両立する。
というか、推しアニメを観てる楽しさと、その感想で騒ぐ楽しさは、ぜんぜん別腹だ。
今日は推しアニメの最新話がある。
夕食を終えて自室に戻り、風呂に入る前に配信を確認する。
ついでにグループチャットを開くと、案の定、友達はすでに盛り上がっていた。
『あの予告だけで、もう無理なんだけど』
『作画やばかった。劇場版かよって』
『今日絶対、特殊EDでしょ、Cパート待ってる』
「始まってから言いなよ……」
笑いながらそう呟いて、流雨はベッドに転がる。
部屋は、自分の好きなものでちょうどよく埋まっている。
机の上には学校のプリントと開きっぱなしの雑誌、その隣には今の推しのプチ祭壇。
ベッドの上にはクッション、肌触りで選んだブランケット。
ちょっと雑然としているけど、流雨の中ではちゃんと居心地が良い空間。
「ん」
スマホに通知。
ベッドの上でそのメールを見つけた時、流雨は思わず笑ってしまった。
差出人不明。
件名も、差出人名も、どこかの企業でも通販でもない、英数字の羅列。
通知欄に見えた文言もひどかった。
――精神貸与に関する事前告知
「え、なにそれ」
配信開始まで時間がある。
流雨は暇つぶしに通知を開いた。
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件名:【必ずお読みください】精神貸与に関する事前告知(返信は任意/対応は不要)
To:井澄 流雨 様(照合名:ISMIR-ORIGINAL/一致率…99.8%)
This is an automated notification. Please read if possible.
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「対応は不要って言われても、気になるでしょ普通」
指で画面を少し送る。
日本語としては読めるけど、意味が噛み合わないというか、合わせる気がないというか。
機械翻訳っぽいけど、変に丁寧かと思えば、すごく一方的でよく分からない。
流雨は冒頭の「概要」だけ拾い読む。
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1.概要(Outline)
当方世界(以下「こちら」)は、外来性侵蝕体(暫定呼称:黒禍/深淵/魔樹/■■■)により、継続的な損耗状態へ移行しています。
自然修復・神格防疫ともに十分な成果を得られていません。支援を要請します。
貴殿の精神振幅帯(以下「精神」と略記/mind-soul pattern)が、「こちら」の精霊核(霊子源器/spirit core)と高い整合を示したため、思念片の分割投射による協力要請が自動選定されました。
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「……はい、来た」
ベッドの上で、流雨はスマホを顔の上に掲げた。
ウイルスとか詐欺系だったらどうしようと思ってたけど、そういう感じじゃなかった。
「異世界案件じゃん」
この出だしから、どう続くのか流雨はちょっと楽しみになってきた。
その下にもまだ長文は続いていた。
許可および管轄。
投射先。
付与能力。
副作用。
暫定対応指針。
利用規約か、設定資料集か、もしくはその両方を悪魔合体させたみたいな見出しが延々と並んでいる。
全部を読む気にはならない。
でも、単語と設定だけはところどころおいしそう。
「精霊体、浄化、神格化、信仰……」
流雨はそこでとうとう吹き出した。
「何これ、聖女じゃなくて、精霊姫ルート? それとも女神とかまで行っちゃう?」
しかも末尾の一文が無駄に強かった。
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「こちら」の現在浸蝕率は 46.49% です。
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「割と高くない?」
何の数字かはよく分からないけど、たぶん、敵っぽいのに押されてますって数字。
まだ半分以上残ってるけど、スマホのバッテリー残量がこれだったらちょっとだけ焦る。
世界の終わり度だとしたら、結構やばそうな気がする。
「そっか、終わりかけの世界に聖女として呼ばれるやつじゃん」
ピンときた。
お気に入りの異世界恋愛ジャンルでよく見るパターン。
流雨の頭の中で勝手に物語が始まった。
白い石造りの神殿。
高い天井。色ガラス越しの光。
日本から召喚されて「聖女様」と跪かれる自分。
瘴気だかなんだかに汚染されて世界が終わりそうで、浄化の力で救っちゃうやつ。
黒髪が特別扱いされたり、日本人だから小柄で幼く見られたりとか。
で、もちろん、守護役的なのがいっぱい。
やっぱり、基本は金髪碧眼の聖騎士様かな。
最初はちょっと冷たくて、なんか呪いとか重たい過去とか背負ってて。
それで、私が浄化とかで助けてあげたら、一気に仲が進展しちゃうの。
無口で、生真面目で、融通が利かなくて、でも、ルートに入ると甘々。
はい王道。
その隣には、口髭の似合う年上の副官騎士とか?
こっちも厳格で、規律にうるさくて、でも、ちょっと不憫な立ち位置が美味しい。
「貴女にこの命を捧げます」とか言っちゃうタイプ。
ワイルド系も定番だよね。
ガタイが良くて口が悪くて、「俺はバカだから分かんねぇけど」とか言いつつ地頭が良い。
何か頼むと絶対断らないのに、「別にあんたのためじゃねえ」とか言う。言うに決まってる。
賢者ポジションも絶対欲しい。チュートリアル要員。
白髪とか銀髪で、年齢は不詳。皮肉屋で、偏屈で、かわいい系の弟子とセットだと良い。
周りが聖女だってもてはやす中で、一人だけ「お手並み拝見といこう」とか言うくせに、誰より先に資質を見抜いているやつ。
後は……笑顔は柔らかいけど、裏がありそうな執事みたいなの。
悪い権力者とかの配下で、最初は完全にこちらを利用するつもりで近づいてくる。
物腰も言葉も優しくて、けれど裏では暗殺までこなす汚れ仕事の人間で、最終的に私にだけ優しくなる。
あ、可愛いマスコットキャラ的なのも居てもいいかも。
妖精さん的な癒し枠で。一体いれば十分かな。
「……いや、何このフルコース」
流雨は枕に顔を押しつけて笑った。
「属性、盛りすぎじゃない?」
でも、テンプレは盛ってなんぼだ。
属性は足し算じゃなくて掛け算、盛れば盛るほど強いって誰か言ってた。
私だけど。
もう一度メールに視線を戻すと、本文はなおも延々と続いていた。
自己同一性偏位。再構成不能の可能性。
うん、これはいいや。
「そのへんは後で読むね」
読む気はないけど。
この夢小説メール(?)の作者的には、たぶん読んで欲しい部分なんだろうけど、妙に細かくて面倒臭い。
もっとこう、大事なことはシンプルに言ってほしい。
あなたは選ばれた聖女です、とか。世界を救ってください、とか。
なのに、このメールは、変に難しかったり怖い単語、注意事項と、意味の分からない専門用語を事務処理みたいに並べ立てている。
そういうところが、変にそれっぽい。
流雨は半分ネタのつもりで返信ボタンを押した。
新規メッセージ画面が開く。
何て返そう。
よろしくお願いします?
ご縁がありましたら?
それとも、本当に異世界なんですか? いや、それはダサい。
もちろん、本当に返信を送るつもりなんかない。
それこそ、詐欺とかウイルスだったら家に迷惑がかかるし。
「でも、精神貸与ってなんなの、ほんと……。
レンタル聖女? 派遣社員みたいな感じ?」
くすくす笑いながら指を止めた、その時だった。
また受信通知が落ちてきた。
反射的にそちらを開く。
さっきより短くて、もっと冷たい。
簡潔だけど、やっぱり意味不明で、目が滑った。
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追加通知/処理終了: Mission completion confirmed.
現時点において、精神貸与の追加実施は不要となりました。
This message has been sent from either the past or the future.
IZMIR-02[Model:Mercury]による暫定防疫措置AxE000、確立成功を確認。
触媒の受領を確認。保存処理および手順共有は成立。Executed.
現在の浸蝕率は1.17%。自己免疫機能の再構築を実施中。Rebuilding...
したがって、「そちら」への貸与要請は停止しました(再会は未定です)。
あなたは不要です。GOD Lack.
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「……は???」
流雨はしばらく瞬きを忘れた。
あなたは不要です。
不要。
「いやいやいや、ちょっと待って」
ベッドの上でがばっと起き上がる。
「そこ、もう少し言い方ない? 不採用とか、見送りとか、予定数に達しましたとか。
なんでそんな雑に切ってくるの? いきなり感じ悪いんだけど」
意味は分からない。でも、ニュアンスだけは嫌なくらい伝わった。
誰かが、もうやった。
誰かが、もう間に合わせた。
だから、お前はいらない。
しかも浸蝕率とかいう数字が、46.49%から1.17%まで下がっている。
「おかしいでしょ。世界、急回復しすぎじゃない?」
流雨は呆れてしまった。
さっきまで瀕死だった世界が、ほとんど一瞬で立て直されている。
急展開にもほどがある。そんなのってある?
別に本気で信じていたわけじゃない。
異世界転移なんて、あるわけない。
それでも、さっきまで自分の頭の中で勝手に育っていた妄想が、「不要になりました」の一文で雑に切り捨てられたみたいで、ほんの少しだけ面白くなかった。
聖女ごっこが始まる前に、舞台から降ろされたみたいだった。
「まあ、いいけどさ」
流雨は少しだけ唇を尖らせてメール画面を閉じた。
グループチャットでは、もう「始まった!」だの「OP変わった!?」だのと通知が流れまくっていた。
流雨は慌てて配信画面を開き、ベッドの上でクッションを抱え直す。
『るう来るの遅い!』
『今日マジでやばいから早く』
『OPカット変わってた! これ特殊くる!』
「ちょ、待って待って待って!」
慌てて配信を開きながら、流雨はちょっとだけ笑う。
さっきのメール、あとでみんなに見せよう。
絶対、「なにその選ばれしレンタル聖女スパム」って盛り上がる。
そうして、白い画面の中の「あなたは不要です」も、「GOD Lack.」も、頭の隅へ押しやられた。
その夜の流雨にとって大事なのは、まず推しアニメの最新話だった。
この先、出番がないぞ、つまり、引き返せ




