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102.しゅうまつのすごしかた(中編) 〇★

 黄金から戻したばかりの二羽の小鳥が、泡の中を飛び回っていた。

 人間たちは、それを呆然と見上げている。


 火の上をかすめ、布の上を横切り、頭上をくるりと回る小さな影。

 さっきまで、ちびどもにブンドドされていた金ぴかの小鳥。


 それが今は、羽を鳴らし、甲高い声をあげている。


 生きている。


 鳥からすれば、いきなり水の底の泡の中に放り出されたようなもんだ。


 そりゃ混乱もする。


 けど、少し頼りなかった羽ばたきはすぐに整って、泡の天井近くをぐるぐる飛び始めた。


 悪いな……空は今、在庫切れなんだ。

 「そこに無ければ無いですね」ってやつ。


 人々が食事の手を止めてざわめいている。

 祈りの声が混ざり、泣き出す者まで現れた。


 やべぇ、失敗したな。


 試すなら、もっと後にしておきゃ良かった。

 言葉の意味は分からないが、奇跡だなんだって言ってるのは、嫌でも伝わってくる。


 黄金から生き物が戻ったことを、あいつらも知ったんだろう。

 水底には、こいつらの家族や知り合いも沈んでいる。

 そりゃ、もうメシどころじゃない。


「……ふぅ」


 呼吸なんてしてないけど、それっぽく声を出す。

 不思議と一息吐いたような感じになるが、もちろん、何も進んじゃいない。


 気は進まないけど、働かなきゃ駄目だろうなぁ。

 気分は月曜日だ。土曜も日曜も休みなしなんだが。


 いつの間にか、ミュリナがやって来て、俺の脚にしがみついてきた。

 飛んでる小鳥を指さして、『マァマ、たべもぉ……』と呟く。


 お前、ひょっとして、あれが欲しかったのか。


 調子に乗りがちなミュルナに張り合ってばかりかと思えば、末っ子っぽさのあるミュシアに譲ってやったのか?

 クセの強いきょうだいに挟まるとか、お前も損な役回りだな……。


挿絵(By みてみん)


「今度、別のをやるから、あれはやめとけ。あれは生き物って言うんだぞ」


 頭をパチャパチャ撫でてやると、ミュリナはヒレをパタつかせながら『いきもぉ?』と小首を傾げた。

 ただの水フィギュアだった頃、人間どもを浄化する仕事を散々やってきたのに、やっぱり生き物ってものをイマイチ理解できていないらしい。


 俺から玩具を取り上げられたミュルナは、元に戻った小鳥を追いかけ回し始めた。

 ミュシアも『たべもぉー、ぱたぱたぁ』とか言いながら、後をついて回ってる。


「ミュルナ、ミュシア、ちょっとこっち来い!

 あんまり生き物を追っかけ回すんじゃねぇ、そいつらは弱っちいんだ」


 ミュルナは遊びを邪魔されて、メーメー言っていた。

 仕事を与えてない時は、本当にただのお子様だな、お前は。


 こいつらには、一度ちゃんと言い聞かせておいた方が良いかもしれない。


 ……いや、なんで俺が、ちびどものしつけみたいなことまで考えてんだよ。


 俺はママじゃねえ。


 ただ、こいつらが将来、問題社員化しないようにしてるだけだ。

 そう、これは新人社員研修だ。


 俺は気を取り直して、小鳥の飛び方を見た。


 あいつら、戻った瞬間、ちょっと混乱していた。

 そりゃそうか。空を飛んでいたら、いきなり何もかも止められたんだ。

 で、気が付いたら、知らない場所で説明も引継ぎもなしに活動再開だ。


 つまり。


 人間を戻す時にも、同じことが起きる。


 俺は泡の内側に残っている、人間の形をした黄金を思い出した。


 腕を上げたままの奴。

 身体を捻ったままの奴。

 何かを避けようとした姿勢の奴。

 膝をつきかけたままの奴。


 今は全員、その姿勢で止まっている。

 でも、戻した瞬間、その続きから動き出すはずだ。


 叫ぶかもしれない。

 暴れるかもしれない。

 逃げ出すかもしれない。

 家族を探そうとしだすかもしれない。


 こうなってくると、誰でもただ戻せばいいって話じゃない。

 戻した時にフォローが必要になってくる。

 あと、食わせなきゃいけない奴が増える。


 戻せるようになったらなったで、問題が増えるんだからたまらない。


 俺は、ちびどもを呼び集めて、後ろ髪に引っ付かせておく。

 滑り台でもロープ代わりでも、おしゃぶり扱いでもいいから、大人しくしてろ。


 意を決して火のそばに向かうと、全員の視線が集まる。怖い。

 痛いくらいの沈黙の中、チチチ、という小鳥の囀りと羽ばたきがやけに大きく聞こえる。


「……おい、アイオリス」


「はい」


 あいつは火のそばから少し身を起こしてこちらを見ていた。

 お前、食ったら寝ろって言ったよな?

 まあ、今は通訳が必要だからしょうがない。


「あの鳥、見たな? 生き物を戻せた。

 次は人間を戻してみようと思ってるけど、いきなり全員は無理だ」


 奴は驚かない。口を挟んでこないで続きを聞こうとしている。


 俺があいつと話してる間も、人間たちの視線が刺さる。

 ちびどもが後ろで『だぁ』とか『マァ』とか言って、わちゃわちゃしてる方に注意が逸れてくれないかと思ったけど、今は俺とアイオリスのやり取りが注目度ナンバーワンらしい。勘弁してくれ。


「生き物を戻すと、たぶん止まる直前の状態に戻る。

 だから、戻った途端に、騒いだり暴れたり転んだりするかもしれない。

 カストールに言え。戻した後に備えとけって」


 アイオリスは頷き、人々へ向き直った。

 そして、いつものように俺の言葉を女神様のありがたい御言葉みたいに訳す。


 さじ加減は任せているが、妙に自信たっぷりに言ってるような言葉になっててむず痒い。

 「たぶん」とか「無理」みたいな言葉をそのまま伝えるのが悪手だってくらい、俺だって分かる。


 でも、こいつは俺のやった事で何か不味いことがあった時は、自分が責任を取るつもりでいやがる。

 聞かなくたって分かる。こいつは絶対にそういうことをする。人の気も知らないで。


 畜生が。


 それって結局、俺が失敗しないように、上手くやらなきゃってことじゃねえか。


 こいつこそ、一度と言わず言い聞かせなきゃいけねえ。

 これは社員教育じゃない、制裁だ。


 アイオリスの説明に人間たちの表情が、困惑から期待と不安の半々に変わった。

 それは、食い物が見つかった時の変化に似ていて、概ね好意的なものに見えた。


 カストールは、すぐに動き出した。

 兵士たちに声をかけ、黄金像を一つ一つ見て回った。

 戻した後にどうなりそうかを考え、どう動くべきかを段取りを探っているようだ。


 ギュゲスは、樽の中身や布の在庫を確かめているように見えた。

 人数が増えたら、何が足らなくなるかを考えているのかもしれない。


 リディアが近づいてきて、ちびどもに声をかけた。

 俺の髪に潜り込んで、ピチピチチャパチャパしていたミュルナが「りぃやー」と叫んでそっちに行く。

 すると、後の二人もつられて動いた。


 まさか、自分から子守りを引き受けて、俺の手を空けてくれた……?

 コミュ力五十三万かよ。リディア、恐ろしい子……!


 いいぞ。


 こういうのが人間の仕事だ。集団のパワーだ。

 俺だけじゃ、絶対に回しきれなかった。


※※※※※


 最初に選ばれたのは、比較的動きの少ない姿勢で固まった男だった。

 水を避けようとしたのか、片腕を少し持ち上げ、表情と身体を強張らせている。

 でも、走った姿勢でもなければ、倒れかけてもいない。


 カストールともう一人の兵士が、黄金像の傍に控えて俺に敬礼してきた。

 そういうのいらねえからと思ったが、周りの目もあるので鷹揚に頷いておく。


 俺は黄金の男の前に立った。


 正直、怖い。


 兜も戻った。

 布も、粉も、鳥も戻った。

 理屈としては、いけるはずだ。


 でも、人間と小鳥じゃ、身体の作りも、血の量も、失敗した時の重さも違う。

 戻ったけど、息をしていなかったら。心臓が動かなかったら。


 また、いつもの“最悪”が浮かんできて、やめとけって囁いてくる。

 もし駄目なら、俺は大量殺人者だ。それなら、いっそ――


「イズミール」


 アイオリスの声がした。


 俺は振り返らなかった。顔を見られたくない。

 なんでいつもこういう時に限って、声をかけてくるんだよ、お前は。


「分かってる」


 何を分かってるんだか、自分でもよく分からない。

 自分のことは分からないが、木こり野郎の考えそうなことは分かる。

 どうせまた、変にまっすぐな目で、こっちが逃げられないことを言うつもりなんだろ。


 やればいいんだろ、やれば!


 俺は黄金の男に水を這わせた。


 止まっていたものを動かす。


 止めただけだ。

 殺したわけじゃない。

 そう信じなきゃ、俺はもう何もできない。


 働け、心臓。

 働け、肺。

 働け、脳。


 お前は黄金じゃない、人間だ。


 人間なら、半分以上が水分だろうが。


 水だったら、俺に従え――


「……さあ、戻ってこい。仕事の時間だ」


 ぱちん、と。


 何かが切り替わる。


 金色が褪せた。

 肌に血の気が戻る。

 黄金として固まっていた毛髪が、柔らかさを取り戻す。


 突然、男が叫び声をあげた。


「――□□□□□□っ!?」


 身体が跳ね、腕を振り、必死に何かを払いのけようとする。


 カストールと兵士が即座に取り押さえ、大きな声で呼びかける。

 男は自分の腕を見て、顔を触り、周囲を見て、さらに混乱したように喚く。


 衰弱している様子はない。

 呼吸も詰まってない。自分の足で立てそうだ。

 ただ、黄金になるまでの直前の恐怖が、そのまま戻ってきている。


 人間たちの中から一人、泣きながら男の名前らしいものを呼ぶ。

 カストールが低い声で落ち着かせる。

 リディアが水を差し出す。


 しばらくして、男はようやく自分が動けることを理解したのか、声を詰まらせて崩れ落ちた。


 俺は、それを見てようやく息を吐く真似をした。


 ああ、戻せた。


 俺は人間もちゃんと戻せる――まだ、取り返しがつく。


 膝をついた誰かが、震える声で女神の名を呼んだ。

 それに続くように、あちこちで押し殺した嗚咽が漏れる。


 泡の中に、ざわめきが広がる。

 祈りと安堵と、次は自分の身内を、という期待が混ざって押し寄せてくるのを感じる。


 気持ちは分かるが、今は駄目だ。

 戻すときのこと、戻したあとのこと、どっちにも人手や物資がいる。


 ……ああ、カストールが言ってた統制ってやつは、本当に必要だったわけだ。


 ここにいる人間は何十人しかいないが、縁を辿って助け始めれば、際限なく増える。

 水が止まらないうちは、下手にまとめて解除なんてしたら溺れ死ぬ奴が出る。


 本当にままならない。


「アイオリス……カストールに言え。

 元に戻す人間は、当面の間はここにいる奴だけにする。

 食い物も着る物も足りてないだろ。今は安全優先だ」


 アイオリスが訳すと、泡の中に少し重い空気が落ちた。

 当然だ。自分の家族を先に戻してほしい奴はいるだろう。


 でも、不思議と責める声は上がらなかった。

 むしろ、ほぼ全員が、怖がりながらもこちらの判断を待つ目をしていた。


 まぁ、ここにいる連中は、たぶん、女神様信者どもだ。

 御本尊の俺が言うことには従うしかないし、他に頼るもんだって無いもんな。


 カストールは深く頷いた。


 いきなり死のうとしてた奴とは思えないくらい、今は生き生きと動いている。

 いや、死なないと決めたから、動けるのかもしれない。


 お前も程々にな。

 ここには労基がたぶん無いとはいえ、過労死とかされたら困る。


 うちは健全経営を目指してるんだよ。建前上はな。


※※※※※


 さて、人間も戻せた。


 だったら、次は――。


 自然と、俺の視線はアイオリスの肩へ向いた。


 黄金に固めた傷口。

 刺さったままの矢。

 痛みに顔を顰めることは無くなったけど、決して良くはない顔色。


 こっちは、ただ全身を戻すのとは違う。

 黄金をほどいた瞬間、止めていた傷が動き出す。


 ……駄目だ。やっぱりまだ、おっかない。


「アイオリス」


「はい」


「怪我の処置に足りないもの、全部確認しろ。足りないものは、俺が取りに行く」


 お前の治療用だなんて、いちいち言わない。どっちにしたって必要なものだ。


 アイオリスは周囲へ問いかけた。


 リディアが人に聞いて回った。

 カストールが必要なものを言う。

 ギュゲスが何かを付け加える。


 俺には分からないそのやり取りは、人々が「生きるため」に出し合っている言葉だ。

 水だけあればどうとでもなる俺とは、真剣みが違って見える。それが少しだけ眩しい。


 アイオリスが俺へ向き直った。


「清潔な布と、針と糸、刃物はやはりきちんとしたものも必要です。

 止血のための布は増えましたが、処置後に寝かせる外套や毛布はまだ足りません。

 それと、火にかけられる器。煮るための鍋があれば助かると」


「分かった」


 俺はすぐに答えた。


「今から取ってくる」


 たぶん、もう外では日が落ちてる。

 泡の中も焚火と俺やちびどもの発する明かりが無ければ真っ暗だろう。


 俺は眠る必要もないし、自分の水の中なら明かりが無くても見通せる。

 元からさっきの一回で終わりにするつもりはなかった。


「イズミール様も、お休みになった方が良いのでは」


「お前にだけは言われたくねぇよ!」


 休まない奴に休めと言われて俺はキレた。俺は悪くない。


 俺はミュルナたちを探した。

 さっきまでリディアに何かを教わって、小石か何かをカチャカチャ並べて遊んでいた。

 けど、いつの間にか三人とも行く気満々って顔でこっちを見ていた。


『マァマ! ミュルナ、さがす!』

『ミュリナも! ミュリナも!』

『いきもぉ、たべもぉ』


「食い物だけ探すんじゃねぇぞ。布、鍋、道具、外套、糸。分かるか?」


『だぁーじょ!』

『……みぅ』

『もにゅ、もにゅ』


 うん、何一つ信用できねぇ。


 まあ、俺が見てればいいか。


 人間たちに見送られて、俺たちは、また泡の外へ出た。


※※※※※


 夜の水底は、暗くて明るい。


 水面の月の光は遠く、薄っすらした二つの点として揺れている。

 黄金の森、黄金の街、黄金の荷車、黄金の人影。

 暗い水の中でも、それらは金色に輝いているように見える。


 その中を、俺とちびどもだけが動いていた。


 終末世界で物資を求めてショッピングモールの廃墟を巡る、みたいな絵面だ。

 けど、ここにはゾンビもいない。水はあるけど、サメも出てこない。

 盛り上がり要素の無いクソ映画みたいな状況だが、最悪なことに現実だ。


『たぁる! たぁー……ヤーッ、ヤーッ!?』


 ミュルナは相変わらず大物狙いで、でかい箱だの樽だのを持ってこようとする。

 相変わらず、持ちきれなくて下敷きになったりと学ばない。


『マァマ、いっぱい、えらい?』


 ミュリナは袋や箱を避けて、布っぽいものを集めている。

 周りの反応が良かったものを覚えているらしい。賢い。


『うゆ……』


 ミュシアは勝手にどこかに行ったかと思うと、変な形のものを拾ってくる。

 こいつの感性は本当に謎だ。突拍子もないことをする。誰に似たんだ?


 人型の黄金には近づかせない。

 水門の方へも行かせない。

 黒い気配がないかは、“私”にも見張らせる。


 ちびどもは楽しそうだった。

 俺に名前を呼ばれて、褒められて、何かを持って帰ること自体が遊びになっている。


 こっちは物資の確保で必死なんだが。

 それでも、こいつらが笑ってると、ほんの少しだけ気が楽になる。


 水底を回り、使えそうなものを集め、泡へ戻す。

 それをまた黄金から戻し、使えるか確認する。


 そんなことを、何度か繰り返した。

 眠る必要のない身体はこういう時は便利だ。

 便利すぎて、少し嫌になる。良かったとも思う。


 俺が人間だったら、もうとっくに倒れているだろう。


 でも水だから、動けてしまう。

 終わらない流れ作業を、いつまでも続けられてしまう。


 有限会社“泉の女神”~無限残業編~開始だ。

 なお、終わりはない。


 やっぱり、ブラックじゃねぇか、弊社。


※※※※※


 泡の中にも朝が来た。


 水の向こうから差し込む光が、ほんの少しだけ白くなる。

 朝って言っていい明るさじゃない気もする。


 種火は消えずに続いている。


 ミュシアが拾ってきた瓶の中に、油があった。

 それを燃料にする簡易のランプみたいなのをギュゲスがこさえたらしい。


 あいつは何気にガチャ運が良いな……油を舐めて『ンビャア』とか泣いてたが。

 だから何でも口にするなって言ったろうが。


 今日も粉を練ったり焼いたりして作った簡単な食べ物が配られる。

 昨夜の収穫で、昨日よりは具が多い。


 子どもや老人は布にくるまって休んでいる。布は最低限行き渡った。

 便所の場所には目印が立ち、寝床は少し増え、道具や布も一か所にまとめられていた。


 避難所は、昨日よりも避難所らしくなっていた。

 昨日よりマシな今日っていう実感があるからか、泡の中は薄暗いが空気は悪くない。


 そして、いよいよアイオリスの処置だ。

 ……そのはずだったのだが。


『ミュルナ、いくます!』

『ミュリナも』

『まむー』


 ちびどもがまた外に行く気満々になっていた。

 しかも、自分たちだけで物を探しに行くつもりらしい。


 昨日、黄金ガチャで褒められたのを完全に味しめていやがる。

 若者の間で広がる深刻なガチャ中毒……まぁ、無料みたいなもんだが。


 いや、むしろ児童労働か?


 えー、我が社は同族経営であり、これは教育の一環と申しますか、家族のお手伝い的な何かなので、給料とかそういうものが発生することはなく……。


 存在しない労基か児相への言い訳をつい考えてしまう。


 リディアが心配そうに何かを言う。

 たぶん「危なくないんですか」とかそんな感じだ。


 ミュルナは胸を張った。


『ミュルナ、だぁーじょ!』


 はい出た、安請け合い二号。一号は永久欠番の木こり野郎だ。


 ミュリナはミュルナの前に出て、スンとした顔で頷く。


『みゅりな、みてぅ』


 たぶん、自分がいるから大丈夫という主張だ。

 妙な信頼感はある。ミュリナは三人の中では一番、話を聞いてる風ではあるからな。


 ミュシアはというと、すでに泡の縁の方へふわふわ漂っていた。


「おい、話を聞け、末っ子」


『んま?』


 駄目だこいつ。早くなんとかしないと。


 でも、治療中にこいつらがそばにいる方が危ない。血を見せたくもない。

 アイオリスが痛がるところを見て、騒ぎ出したらそれこそ困る。


 水の中なら、こいつらは自由に動けるし、身体が崩れたって幾らでも戻せる。

 俺の水の中だ。何かあれば分かる。


「いいか。水門の方には行くな。黒いのは分かるな、見つけたら近づくな、帰ってこい。

 何でも口に入れるな。狭いところに突っ込むな。喧嘩するな。何かあったら俺を呼べ」


 我ながら、「あれをするな」「これをするな」ばっかりだな……。

 だって、こいつら何するかわかんねぇんだもん。目を離すの、正直怖い。


『いこぉー!』

『だぁじょ』

『しぁー!』


 なんて頼もしい返事だ、まるで信用できない。


 でも、行かせることにした。


 俺はミュリナの頭を指でつついた。


「ミュリナ、あいつらがどっか行かないようにちゃんと見てろよ。

 お前はそういうのに気付ける子だ。そうだろ?」


『みゅりな……!』


 ミュリナが誇らしそうに頷いて、ヒレをパタつかせた。

 よし。行ける気がしてきた。


「ミュルナ、お前は勝手に突っ走るな。昨日周ったとこだけだ、いいな。

 ミュシアは誰かにくっついてけ、うろちょろすんな、以上。返事!」


『『『ミュィ!!!』』』


 よく分からんが返事だが、やる気だけは満点。ヨシ。


 俺が頷くと同時に、三人は泡の外へ飛び出していった。


 ミュルナは先頭で大きく手を振り、ミュリナはその横にぴたりとつき、ミュシアは少し遅れてくるくる回っている。


 心配そうなリディアに、俺は親指を立ててみせた。

 意味が通じているかは知らないが、リディアもおずおずと返してきた。

 何故か、周りの連中は「ありがたや」みたいな顔をしていた。何なんだ?


 さて。


 ちびどもは出かけた。余計な騒ぎはない。


 ――治療の時間だ。

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