忠誠を誓いたかった大臣の記憶
私は、忠臣だった。
少なくとも、
そう在ろうと努めてきた。
王に仕え、
王妃に仕え、
そして――
あの方に仕えた。
だが今となっては、
それが本当に「忠誠」だったのか、
私には分からない。
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王女が生まれた日、
私は祝福の言葉を述べた。
未来は明るい。
国は安泰だ。
この方がいる限り――と。
だが、それは
大人の都合の言葉だったのかもしれない。
私は、彼女を「王女」として見た。
「希望」として見た。
だが――
一人の子供として、見ただろうか。
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あの方は、幼い頃から、
不思議なほど「分かってしまう」子だった。
小鳥の事件も、そうだ。
侍女たちが慌て、
私が止めようとしたとき、
彼女は、こちらを見た。
その瞳は、
怯えでも、反抗でもなかった。
――理解。
「静かにしよ」
その一言に、
私は逆らえなかった。
今思えば、
あの瞬間からだったのかもしれない。
彼女が、
誰にも止められない存在になっていったのは。
⸻
下町への視察を願い出たのも、
彼女自身だった。
私は反対した。
危険だ。
早すぎる。
知らなくていい。
だが彼女は、
はっきりと言った。
「知らないままのほうが、こわい」
その言葉に、
私は……折れた。
いや、違う。
――折れてはいけなかった。
⸻
馬車の中で、
彼女は窓の外を見つめていた。
寒さに震える子供。
飢えた目。
希望を失った背中。
帰路で、彼女は尋ねた。
「どうして、あの子たちは、寒いの?」
私は、制度の話をした。
仕組みの話をした。
長い歴史と、避けられない歪みの話を。
大人として、
正しい説明をしたつもりだった。
だが――
あれは、逃げだった。
彼女が求めていたのは、
「説明」ではなく、
「答え」だったのだ。
⸻
「優しくするだけじゃ、だめなんだね」
その呟きを聞いたとき、
私は、訂正すべきだった。
違う、と。
優しさは無力じゃない、と。
だが私は、
沈黙した。
なぜか。
それは――
私自身が、そう思っていたからだ。
⸻
姫が異国へ嫁ぐと決まったとき、
私は、胸をなで下ろした。
これで、
王女の「拠り所」が一つ減ることを、
深く考えもしなかった。
出立の日、
姉妹が抱き合う姿を、
私は少し離れた場所から見ていた。
――あの時、
私は気づくべきだった。
王女の背が、
あまりにもまっすぐだったことに。
⸻
時が流れ、
王と王妃が相次いで亡くなった。
突然だった。
あまりにも。
十六歳の少女が、
玉座に座ることになった。
私は、支えると誓った。
導くと、決めた。
だが実際には――
彼女の決断を、肯定することしかできなかった。
⸻
「絶対王政を敷きます」
その言葉を聞いた瞬間、
私は、全身が冷たくなるのを感じた。
進言した。
反対した。
危険だと訴えた。
だが彼女は、
静かに言った。
「弱さは、国を殺します」
その目は、
あの小鳥を見つめていた頃と、
同じだった。
だから私は――
それ以上、言えなかった。
⸻
今、私は思う。
あの方は、
変わってしまったのではない。
変わらざるを得なかった。
そして私は、
それを止める立場にいながら、
止めなかった。
いや――
止める勇気が、なかった。
⸻
私は、忠臣だった。
だが同時に、
臆病な大人だった。
その後悔は、
彼女が斃れた今も、
私の胸を離れない。
だから私は、
語り続ける。
彼女が、
冷酷な女王だったという物語ではなく――
誰より優しかった少女が、
王になってしまった物語を。




