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第12話 婚約破棄の後


 ティナ──クリスティナ・ダールグレンが婚約破棄をされ、去った後の学院は大騒ぎになっていた。


「殿下!! 本当にクリスティナ様と婚約破棄されるのですか?!」


「クリスティナ様がゴロツキ共や賤民達と懇意にしていたって本当ですか?!」


「<聖女>の称号剥奪は流石にやりすぎなのでは?」


「神殿が黙っていないと思いますよ? もし王家と神殿の関係が悪化すればこの国は……」


 <稀代の聖女>と称されるほど、強い<神聖力>を持つクリスティナは、その能力だけでなく心優しい性格もあって大勢の生徒に慕われていた。

 クリスティナに対して不満を持つとすれば、平民で孤児だというところだろう。

 実際、クリスティナの出生にこだわる者はほとんどが貴族であり、彼女が王子の婚約者に選ばれたことに、彼らは不満をあらわにしている。


「黙れ! もう私が決めたことだ! クリスティナは浄化に行くと言いながら、本当は街のゴロツキ共と遊んでいたのだぞ!? 奴は私をずっと欺いていたのだ!!」


 フレードリクの言葉に、生徒たちが驚愕する。

 品行方正が求められる聖女や王妃候補だったクリスティナが、まさかそんな事をするとは夢にも思っていなかったのだろう。


「それは本当ですか?!」


「クリスティナ様がまさかそんな……! 何かの間違いでは?!」


 クリスティナは王国中の瘴気を浄化し、清めるために多忙を極めているということは周知の事実なのだ。

 しかも浄化の巡行には神殿の神官や聖騎士も随行している。そんな中、クリスティナが実は遊び呆けていたと聞かされても誰も信じないだろう。


「でも……私見たんです!!」


 誰もがフレードリクの言葉に懐疑的になっている中、ずっとフレードリクの横にいたアンネマリーが叫んだ。

 悲痛な声に生徒たちの意識がアンネマリーへと向かう。


「え? 見たって、何を?」


「そ、その……! クリスティナ様が巡行で学院を休まれていた日の放課後、貴族街で買い物をしていたら、クリスティナ様を見掛けて……それで……」


 アンネマリーが言葉を濁らせる。この先を話して良いのか迷っているように見える。


「ほら、アンネマリー。皆んなに教えてやってくれ。クリスティナがどれほど卑しい女だったかを!」


 フレードリクがアンネマリーに話の続きを促すと、意を決したらしいアンネマリーが、話の続きを語りだした。


「は、はいっ! クリスティナ様は、その、大柄で人相が悪くて、言葉遣いも荒々しい粗暴な男性たちと親しげに歩いていたんです!! 私びっくりして、あとを追いかけたら……」


 生徒たちはアンネマリーの言葉に耳を傾け、静かに話を聞いている。その様子に、アンネマリーはニヤリと口角を歪ませた。

 しかしその表情は一瞬で、そんなアンネマリーに気付く者はいない。


「……クリスティナ様が、その男たちと平民街の……とある建物の中に、一緒に入って行って……! 私、とても怖くなって、その場から逃げてしまって──!!」


 アンネマリーが言葉を詰まらせ、両手で顔を覆う。その姿はまるで信じていた者に裏切られた、純真無垢な少女のようだった。


「アンネマリー、よく話してくれたね」


 弱々しく震えるアンネマリーを、フレードリクがそっと抱きしめる。


「諸君! アンネマリーが話してくれた通り、クリスティナは私を! そして王家も国民も騙していた悪女なのだ!! そんな女に聖女、ましてや王妃なんて地位を与えるわけにはいかない!!」


 アンネマリーの話と、フレードリクの言葉に生徒たちは混乱する。しかし、アンネマリーが嘘を言っているとはとても思えない。それにもしこれが虚偽だったら、アンネマリーもアンネマリーの家門も無事ではすまないだろう。

 そんな危険を冒してまで、クリスティナを貶める理由がアンネマリーにあるようにも思えない。


 ──アンネマリーは確固たる自信を以って、クリスティナを告発しているのだ。


「……まさかクリスティナ様が、本当に?」


「とてもじゃないけど、信じられないな」


「見間違いではないのか?」


 それでも、長年聖女として国を守り続けてきたクリスティナを信望する者は多く、あちこちでアンネマリーの話を疑問に思う声がする。


『──チッ!!』


 アンネマリーは小さく舌打ちする。

 卑しい孤児で平民のクリスティナを慕う者が予想以上に多かったからだ。


「……私も、クリスティナ様がそのような方だとは思っていませんでした……! でも、私は本当のことしか言っていません! この聖女の腕輪に掛けて誓います!!」


 アンネマリーは腕を出し、クリスティナから引き継いだ腕輪を生徒たちの目の前に掲げた。アンネマリーの魔力に反応しているのか、腕輪に埋め込まれた魔石が淡く光を放つ。


「……おお……! 聖女様……!」


「なんて神々しい……!」


「新しい聖女様だ!」


 この国の者たちにとって、聖女の存在は必要不可欠だ。だからその分、聖女は尊敬されているし、国王に匹敵する権力を与えられている。


 アンネマリーもフレードリクによって聖女の称号を与えられたものの、神殿から正式に指名されたものではない。

 それはいつでも剥奪されるような、砂上の楼閣に過ぎない。

 しかしアンネマリーは、クリスティナを聖女に相応しくないと貶め、逆に自分こそが聖女に相応しいのだと、生徒たちに印象づけることに成功した。


 この学院は優秀な留学生や奨学生が通っており、将来各国の中枢となる者たちを育成している。

 そして影響力がある家門の貴族の子女も在籍している学院の生徒が、アンネマリーを聖女だと認知したこの事実を、神殿は無視出来ないはずだ。


 ──アンネマリーは心の中でほくそ笑む。

 膨大な<神聖力>が籠もった聖女の証に人々の信望と巨大な権力──その全てをクリスティナから奪えたのだと。





 * * * * * *





 アンネマリーはベイエル男爵家の一人娘だ。

 爵位は低いものの、アンネマリーの魔力量はかなり多く、セーデルルンド王国が誇る最高教育機関であるブレンドレル魔法学院に、特待生として入学することができるほどであった。


 特待生で尚且、可憐な容姿を持つアンネマリーは、入学早々人気者となる。

 誰もがアンネマリーと親しくなろうとしていたし、アンネマリー自身も自分より爵位が高い生徒たちが羨望の眼差しを向けてくることに快感を覚えていた。


 このまま学院での地位を確立し、高位貴族に見初められれば、誰もが羨むほどの輝かしい人生を送ることができる──! と、アンネマリーは明るい未来の夢を見る。

 その夢を叶えるために、彼女が目をつけたのがセーデルルンド王国の王子、フレードリクだ。


 如何にも王子然とした整った容姿が、アンネマリーの好みであることも相俟って、彼女はフレードリクに取り入ろうと考えた。


 しかし入学して一ヶ月後、アンネマリーの夢は脆くも崩れ去ることとなる。


 何故なら瘴気浄化の巡業から戻ってきた当代の聖女、クリスティナが学園に遅れて入学してきたからだ。


 クリスティナが学院に通い出した途端、生徒の関心はほぼ全て彼女に集中した。以前はアンネマリーに向けられていた羨望の眼差しも、今はクリスティナのものとなってしまった。


 始めはアンネマリーも美しい上に才能があるクリスティナが羨ましかった。自分が欲するモノ全てを持った彼女が。

 でもそれだけならまだ生まれ持ったものだから、と諦めもついた。しかし王子の婚約者の座まで手に入れたクリスティナに、アンネマリーの心は羨望から嫉妬へ、更に憎しみへと変化していく。


(卑しい身分のくせに! 私より恵まれているなんて許せない──!!)


 そしてアンネマリーはクリスティナを陥れるにはどうすれば良いか考えた。

 だが、クリスティナは模範生で、糾弾できるようなネタは一切見付からなかったのだ。


 アンネマリーがクリスティナと街のゴロツキっぽい男たちが親しそうにしている場面を目撃したのは僥倖だった。

 これでクリスティナを聖女の座から引きずり落ろせると、アンネマリーは思い立つ。


 しかしアンネマリーはあまりにも無知過ぎた。

 <聖女>はただの称号ではなく、神に愛された娘だと、本当の意味で理解していなかったのだ。


 ──そうして、アンネマリーは幸せな未来を想像して恍惚とする。己の欲望を満たすための代償が、どれほど大きいのか気付かないまま。

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