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第13話 宿

 冒険者となったティナとトールは、隣国クロンクヴィストへ向かうというモルガン一家の護衛を受け、王都を出発した。


 セーデルルンド王国では聖女の張った結界のおかげで魔物に襲われる心配はないが、国境を超えると結界の効力がなくなってしまう。

 しかも国境付近には森があり、魔物も出没するので、危険度が一気に増す。それでも定期的な魔物の駆除や街道の整備がされているので、商人や旅行者の利用は多い。


 隣国クロンクヴィストへは馬車で一ヶ月ほどかかる。

 ティナはその間に、出来るだけ愛らしいアネタの相手をしようと思い、めちゃくちゃ構い倒していた。

 アネタもティナにすっかり懐き、今では年の離れた姉妹のように仲良くなっている。


 そうして王都から出立してからしばらく、ティナたちは辺境の村で宿をとった。

 ここから先は村が無いため、しばらく野営となる。今日がこの国の宿で寝ることが出来る最後の日だ。


 ティナも聖女時代は浄化の巡業で野営を何度も経験したことはあったが、冒険者として経験するのは初めてだった。

 今までは馬車の中で聖騎士達に守られながら眠っていたが、これからは交代で火の番や寝床の確保、料理をしなければならないのだ。


「明日から野営かー。楽しみだなー」


 しかしティナは、冒険者として初めての野営を心待ちにしていた。それは昔、両親とともに旅をした、楽しかった記憶が心に残っているからかもしれない。


「ティナちゃんってば変わってるわよね。普通女の子は野営を嫌がるのに」


 すっかり仲良くなったアネタの母、イロナが面白そうにティナを見ている。

 アネタと一緒に体を洗っていたのだろう、女から見ても色っぽい姿だ。


「え、そうなんですか?」


「そりゃそうよ。だってお風呂には入れないし、お手洗いだって気を使わないといけないし」


「そっか。そう言われればそうかも……」


 ティナはイロナの言葉に改めて自分は運が良かったのだと気が付いた。

 お風呂の代わりに浄化魔法で身体を綺麗にできるし、お手洗いは結界を張れば誰にも気付かれることなく出来る。

 それは<神聖力>を持つティナだからこそ可能なことなのだ。


 当たり前に使っていた自分の能力が希少なものなのだと自覚したティナは、改めて気をつけなければ、と思う。

 誰かに能力を見られ、神殿に通報されれば無理矢理にでも連れ戻されるかもしれないからだ。


 ティナが考えごとをしていると、イロナの後ろからひょこっとアネタが顔を出した。


「あ、アネタちゃん髪の毛乾かそっか」


「うん」


 アネタに声を掛けたティナは魔法で温風を出すと、アネタの黒い髪の毛を乾かしていく。この歳の子供の髪はサラサラで、ティナはアネタの頭を撫でるのが大好きだった。


「いつも有難うね。ティナちゃんのおかげでとても快適だわ」


 アネタの髪を乾かし終われば、続けてイロナの髪の毛を乾かしていく。母娘ともどもすっかりティナに世話になっている。


「えへへ。快適なら使えるものは何でも使う主義なんです」


「でも、それって風と火の複合魔法でしょう? ティナちゃんって優秀な魔術師なのね」


「いえいえ。自分が楽しようと覚えたんですよ。この魔法、洗濯物も乾いて便利ですし」


 二属性の複合魔法は魔力のコントロールが難しく、魔力操作に長けていないと上手く使いこなせない。しかしティナはごく自然に魔法を発動しているのだ。


 普通であればティナレベルの魔術師なら冒険者にならずとも、高待遇の仕事は山ほどある。しかし敢えて冒険者になったティナに、イロナは訳ありかな、と考えた。


 それでも護衛以外の仕事はする必要無いのに、こうして世話になりアネタを可愛がってくれるティナに、イロナは余計な詮索はしないでおこうと思っている。


「そう言えば、トール君と同じ部屋でなくても良いの? 私としてはアネタを見て貰えるから助かるけれど」


「ふぇ?! そ、そんな同じ部屋なんて無理です無理!!」


 ティナが赤い顔で否定する。どう見ても両想いの二人なのに、お互いがお互いの気持ちに気づいていないようだ。


 そんなじれじれな二人の関係はとても微笑ましく、イロナはお節介を焼きたくなる気持ちを何とか抑え込む。


「……まあ、何か悩みがあったら教えてね。私で良ければいつでも相談に乗るし、次の新月には占ってあげられると思うから」


「有難うございます。次の新月までもうすぐですよね。楽しみです!」


 旅をしていくうちに、ティナたちとモルガン一家が仲良くなることは必然だった。

 そして親しくなるうちに、二人はモルガン一家のことを色々教えて貰うことが出来た。

 そのうちの一つとして、イロナが占術師として有名なこと、モルガンの商会の顧客相手に時々占いをし、アドバイスしていたことなどを教えて貰ったのだった。





 * * * * * *





 イロナの占いの腕は確かで的中率が高く、占って欲しいと人が殺到するのを防ぐべく、正体を隠したり商会を通すなど色々制限を設けていたのだが、それでも希望者が殺到し、一年の順番待ちだったという。


 しかし、そんなに人気がある占術師で、商会の経営も好調だったモルガン一家はクロンクヴィストへの移住を突然決めた。

 その理由は、言わずもがなイロナの占いが、モルガン一家をそう導いたからだ。


 そしてイロナからその話を聞いた時、話の流れでティナの未来を占うことになったのだが、何故か占うことが出来なかった。こんなことはイロナも初めてだと言う。


「……もしかして、ティナちゃんの運命値が高すぎるのかもしれないわね」


「運命値?」


「私が勝手にそう呼んでるだけなんだけど、簡単に言うと運命値が高い人は、人々に称賛される人生を送る人が多いの。例えば救国の英雄とか、偉大な発明をした魔道士とか」


 ティナはイロナの話を聞いてドキッとする。今はもう剥奪された称号とは言え、人々から崇め奉られる立場だったのだ。運命値が高いというイロナの言葉に思わず納得してしまう。


「な、なるほど……。もしかして私、英雄かもしれないんですね!」


「ふふ、随分可愛い英雄さんね。……でも、何だかそれだけじゃない気がするのよ。何かに妨害されてるような……ティナちゃんって、すごく信心深いのかしら?」


「ええっ?! ど、どうしてですか?!」


「ティナちゃんがすごく神に愛されているような気がしてね。……まあ、私の考え過ぎかもしれないけれど」


 まだ占って貰っていないのに、それでもズバズバと言い当てるイロナにティナは戦慄する。

 これで実際占って貰ったとすると、自分が聖女だったことなんてすぐにバレてしまうだろう。


(別に聖女だったって隠してるわけじゃないけど……。それでも、今のように気さくに接して貰えなくなるのは嫌だな……)


 ティナはモルガン一家との今の関係を心地よく感じていた。だから自分のことを打ち明けるのをつい躊躇ってしまう。


 聖女としてティナをこの国の人間の誰もが敬い、尊敬し、その功績を賛美した。まるでティナを生き神のように崇拝する人間もいた。


 もちろんティナは普通の人間で感情だってある。好き嫌いもはっきりしているし、些細なことで腹を立てる普通の少女だ。


 しかし聖女の称号が、その類まれな<神聖力>がティナを普通の少女として認めてくれなかった。


 平等に慈愛の心で、人々のために別け隔てなく接することを、ティナは当然のように強いられた。そこにティナの感情など必要ないとでも言うように。


 だからティナは学院の生活に憧れた。同じ年代の少年少女が集まる学院なら自然な、年相応の自分に戻れるのではないかと期待して。


 結局、聖女という先入観が邪魔をし、誰も本来のティナを見てくれることはなかったのだが──ただ一人を除いて。


 ティナは気が付くとトールのことを考えている自分に戸惑ってしまう。そしてまるで恋する乙女そのまんまではないかと思う。


 正直、ティナはトールの本心を知りたいと思っている。彼の気持ちが友情なのか愛情なのか気になって仕方がない。

 だからイロナが占ってくれると言った時、一番初めに頭に浮かんだのは、”トールの気持ちが知りたい”だった。けれど、人の気持ちを占いで知るのは何かが違う、とティナは自重することにしたのだ。


 ティナは改めてイロナに何を占って貰おうかと考える。


(占って貰うとすれば、やっぱり月下草のことだよね。なんて聞けば良いのかな? イロナさんになら、正直に話して良いと思うけど)


 幻の月下草の群生場所を聞くべきか、栽培場所に適している場所は何処か聞くべきか悩むところだ。


『新月なら神の眼は閉じているし、妨害されないんじゃないかしら』


 ティナはイロナの言葉を思い出す。

 占星術に長けているからか、イロナは時々不思議なことを言う。それがまたティナにとっては新鮮で面白く、もっと話が聞きたいと思うほどだ。


 ティナはモルガン一家との不思議な縁に感謝しながら、明日からの野営に備えるべく、早く眠ることにしたのだった。

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