6話 『奴隷の購入』
ブクマありがとうございます。
ようやくヒロインのお目見えです。
奴隷。
それは人間であるにも関わらず、物として扱われる人々のことを指す言葉だ。
シュウヤも奴隷という言葉自体は説明されるまでもなく知っていたが、実際に現実に存在するものとして言われるとなかなか実感がわかない。
受付嬢の説明によると、この国、つまりジュノーの街を統治するウィンダルシア皇国には明らかな支配種族と被支配種族が存在するらしい。
支配種族というのはもちろん人間である。ウィンダルシアが国教として信仰している宗教、パラディース教は、「人間こそが地を統べる唯一の種族」という価値観を標榜しており、国家の是認のもと人間以外の種族を奴隷として扱うことを合法化しているようである。
また、宗教裁判によって異端とみなされた人間も人としては扱われない。その大半が処刑されるか、奴隷や汚れ仕事に身を落とすらしい。
そんなこの世界における奴隷についての情報を脳裏に浮かべながら、シュウヤはジュノーの表通りを地図を片手に歩いていた。
目的地は奴隷商館である。
受付嬢から奴隷の話を聞いたシュウヤは冒険者登録を後回しにして、さっそく奴隷を扱っているという奴隷商館を覗いてみることにしたのだった。
気にいれば買うし、気にいらなければとりあえずパーティメンバーの件は後回し。というのが今のシュウヤの方針である。
「それにしても奴隷ね……」
奴隷を買うことは認めらている、しかし自分の良心がそれをよしとするかどうかは別の問題である。
奴隷の話を聞いたときに、シュウヤにも一抹の戸惑いがあった。
だが、あくまで制度として認められているのであれば、奴隷をどう扱うかは所有者の裁量次第である。シュウヤは奴隷だからといって、暴行を加えたり、強制的に労働につかせる気は毛頭ない。シュウヤが求めているのは信頼のおけるパーティメンバーだからである。
結論として、その迷いにシュウヤは買った奴隷はきちんと人間として、仲間として扱うという答えを出し、奴隷を求めることにした。
そして今、地図が示す奴隷商館の前に辿りついたわけだが。
「意外と大きい建物なんだな……」
目の前の建物は冒険者ギルドほどではないにせよ、二階建ての立派な石造りの建物だった。
奴隷制度が認められているとはいえ、あまり人に誇れない商売なのだろうと思っていたシュウヤからしてみれば、こうして大通りにどっしりと軒を構えているのは意外だった。
そんな感慨に耽りながら、店の扉をくぐる。
店の中に入ると、小さな待合室が備えてあり、その向こうにカウンターがあった。カウンターには一人の細身で若い長髪の男が足をカウンターに投げ出して座っていた。
「いらっしゃい。今日はどんな御用で?」
「奴隷を買いたい。どんな奴隷がいるのか見せてくれると助かる」
「あいよ」
長髪の男は、立ち上がると店の奥に向かって叫んだ。
「旦那! お客さんですぜ!」
カウンターの男が店の主人を呼んでしばらくすると、一人の男が現れた。色黒で筋骨隆々、おまけに禿頭といういかにも奴隷商人然りといった風貌の男だ。
「いらっしゃいませ、お客さん。今日は奴隷の購入ですかい?」
その風貌からは想像もできないような物腰の低い口調で奴隷商人がシュウヤに尋ねてきた。
「ああ。商品を見せてほしいんだが……」
「かしこまりました。うちの商品は地下に置いてますんで、どうぞ」
奴隷商人がシュウヤを店の奥へと手招きした。
シュウヤがそれに続くと、薄暗い廊下といくつかの小部屋、そしてその奥にある苔むした石の階段が見えた。階段は地下に続いているようだ。
奴隷商人の先導で階段を下りていく。
階段の中ほどに差し掛かると、下から不吉な声が響いてきた。
くぐもった呻き声、怒りのこもった苦悶の声。その声が地下にいる奴隷から発せられたものだというのは想像に難くない。
「お客さん、奴隷の用途は? それにより紹介できる奴隷も変わってきますが……」
「奴隷の用途はパーティメンバーだ。戦える奴隷がいいな。贅沢を言うなら後衛を任せられるような奴隷だ」
シュウヤは銃も所持しているが、基本的には前衛で戦うスタイルだ。
なので、最初の仲間は後ろから支援してくれるような戦闘スタイルを得意とする仲間が好ましい。
「そうですねえ……そんじゃあ一通り見ていきますか? お気に召すものがあったら遠慮せずにどうぞ」
階段を下りると、地上と同じような細い廊下が現れた。地下は陽の光が入ってこないので、ランプによって薄明るく照らされている。
違う点は、材質が牢獄のように石造りであることと、部屋を区切る扉が鉄格子であることだ。
どうやら奴隷はこの廊下に並んだ檻の中にいるらしい。
澱んだ空気の中を歩いていると、様々な奴隷が目に入ってくる。
犬がそのまま二足歩行を始めたかのような獣人。鱗に覆われた蜥蜴人間。人間から羽根が生えたような鳥人。
どれも人間からはかけ離れた種族だ。
「狼獣人や蜥蜴人はどちらかといえば近接戦闘向きですね。こっちの鳥人種は弓とかを得意としている種族なので、後衛が務められますが……」
歩きながら奴隷の特徴について説明する奴隷商人。
その説明を聞きながらシュウヤは奴隷たちを眺めていたが、いまいちピンとくる奴隷は見当たらなかった。
というのも、シュウヤが想像していたよりもはるかに人間離れしている種族が多かったからだ。
シュウヤの記憶によれば、元の世界に人間以外の生物はいなかった。なので、どうしても仲間にすることを考えると、親近感が湧いてこないのである。
「すまない、贅沢を言うようで悪いが……もっと人間に近い種族はいないのか? できれば魔法を使えたりする奴隷がいるといいんだが……」
ダメ元で尋ねてみるシュウヤ。
奴隷商人は少し困った顔を見せた。
「人間に近くて魔法が使えるとなると……いちばん要望に合うのはエルフとかなんですが……残念ながらウチには在庫がないんですよ」
「そうか、ダメならいいんだ。こっちも妥協するさ」
「……あまりオススメはできないんですがねえ、一つだけお客さんの要望に合う商品がありますが……見てみます?」
「……あるのか?」
「ええ、ただまだ商品として出すのが難しい不良品みたいなもんなんで……買ってくれるんだったら在庫処分みたいになっちまいますが、大丈夫ですか?」
「買うか買わないかは見てから決めることだろう? まずはその不良品とやらを見せてくれ」
「ええ、じゃあこちらにどうぞ」
奴隷商人はずらりと並んだ檻の向こう、その先にある小部屋へとシュウヤを案内してくれた。
扉を開けると、そこは用途がわからない様々な器具が雑多に積まれている部屋だった。そしてその一角に、外の檻と比べると比較的小さい檻があった。
中には小さな人影が一つ。
「これが例の商品なんですが……」
「これか……」
奴隷商人が薄暗い部屋を照らそうと部屋の壁にかけてあるいくつかのランプに火を点けた。
おかげで、檻の中の奴隷がはっきりと照らしだされた。
檻の中の奴隷はまだ面影に幼さの残る少女だった。顔立ちは恐らく人形のように愛らしいものだったに違いない。
過去形なのは、彼女の今の有様が目に余るほど酷いものだったからだ。
整った顔は汗と埃に塗れ、白い肌は薄黒く汚れていた。腰ほどまである銀色の癖がない長髪は肌と同じように汚れて色がくすんでしまっていた。
身なりもそれは酷いものだ。着せられているのは襤褸切れを適当に縫い合わせたような、防寒の役目などこれっぽっちも果たせない貫頭衣。
さらに意識があるのかどうかも分からない薄く開かれた瞳には光など欠片も宿っていなかった。半開きの口から時たま漏れる浅い呼吸の音だけが、彼女の生を物語っていた。
それがなければ恐らく死体だと勘違いしてもおかしくはない。
「これは酷いな……」
「でしょうねえ……言ったでしょう? 不良品だって」
「これは大丈夫なのか?」
「あんな様子ですけどねえ、とりあえず今のところ命に別条はないんですよ。詳しい情報見ます?」
「そうだな……とりあえず頼む」
あまりの奴隷の状態に若干、言葉を失ったシュウヤだが、すぐに気を取り直して、奴隷商人に情報を寄こすよう求めた。
奴隷商人は埃が積もった机を乱雑に掻きまわして、一枚の書類をシュウヤに手渡した。
「一応、こちらがこの奴隷の情報になります」
渡された書類に目を通してみる。
『1028番 商品情報
種族:人間と思われる。
状態:健康状態は命に別条はないものの、不良。肉体的衰弱が見られる。加えて、精神状態が不安定なため要調教。
詳細:性別は雌。年齢は人間年齢で13~15歳程度と思われる。簡易性能検査の結果、肉体強度、腕力、体力ともに最低レベル。ただ、魔法能力に関しては高い適性が検出されたものの、数値にばらつきがあるため情報の精度に疑いあり。戦闘、労働向きではない。性別が雌であるため、愛玩用奴隷としての販売が考えられるが、奴隷売買に関する国法上の取り締まり対象である人間種と思われ、また肉体的成熟が途上段階であり、未発達であるため、一般での売却は難しいと思われる』
末尾まで呼んで、頭の中で情報を整理する。
「この子は人間なのか?」
「ええ、外見的にはそれっぽいんですが……まあ、人間と見分けがつかないような種族もいるにはいるのでねえ、何とも言えないですね。まあ、この商売をやってきた長年の勘ですが、こいつはたぶん人間ですよ」
「人間を奴隷として売買することは法で禁じられているんだよな?」
受付嬢から説明されたこの世界の奴隷制度について思い出しながら、シュウヤは奴隷商人に重ねて尋ねた。
「まあ、そうですね。だから言ったでしょう? 一般には売りだせない不良品だって。なので、人間以外の種族ってことにして、マニアな貴族とかに売り払うつもりだったんですよ。こいつ、こんな貧相な身体ですが、そういうのが好きな好事家もいるにはいますしねえ」
まあ私には理解できませんがねえ、と奴隷商人はぼやくように呟いた。
「この書類によると魔法適性があるようだな。それは確かなのか?」
「そいつがまた不思議でしてねえ。一度測ったときにはあり得ないぐらいの数値を叩きだしたかと思えば、次測ると今度は大したことない数値になるんですよ、こいつ。まあ、多少は魔法の才能があるとは思いますよ」
「それも長年の勘というやつか?」
この短時間でも、目の前の奴隷商人がどういう男なのかは多少理解できた。
この男は奴隷商人という仕事にやりがいを感じ、また楽しみも感じているのだろう。それが人道的に正しいかは別問題だが……少なくとも商売相手としてはこの上なく信用できる相手だ。
「ええ、よくお分かりで」
奴隷商人が気を良くしたように笑顔を見せた。それからすぐに商売人としての顔に戻る。
「で、どうしますか旦那? こいつは総合的な能力はどうみても低いし、おまけに調教が済んでないから精神状態も不安定ですよ? 旦那の求める即戦力にはならないかもしれませんが……」
「そうだな……現状での多少の能力不足は育成してみせるさ。その方が育てがいがあるってもんだろう?」
「へへっ、よくお分かりですね、旦那。まあ育てがいって部分に関しては奴隷を商売の道具とするこっちとしてもよーくわかりますぜ? まあうちらは育ててるんじゃなくて、調教してるんですがね」
意地悪く笑う奴隷商人。
商売人として信用できるが、友人にはなりたくないタイプだ。
「雑談はこれくらいにしよう。次は金の話だろ?」
「よくお分かりで! さあ、旦那はこいつにいくら出してくれます?」
「8万メルクでどうだ? 奴隷の相場はわからないが……」
奴隷の相場は分からないのは事実だ。なので、予算として考えていたうちの一番低い金額でも持ちかけてみることにした。
「もうちょい欲しいですね、12万メルクで売りましょう。ちなみに前の部屋の奴隷は一番安いのでも15万メルクですよ?」
「そうか、それじゃあ10万だ。どうだ?」
奴隷商人がここでシュウヤの提案した額より高い金額を持ちだしてくるのは想定済みだ。それくらいは商売の経験がなくてもわかる。
なので、シュウヤはその中間点の金額を提示することにした。
12万メルクでも払えないことはないのだが、やはり安いに越したことはない。10万がシュウヤの考える理想のラインだ。
「それが旦那の限界とみましたぜ? いいでしょう、10万メルクで売りましょう。こっちも不良品を高値で売り付けたとあっては、評判が落ちますしねえ。その代わり、返品、クレームは無しでお願いしますよ?」
「いいだろう。それで行こう」
「お買い上げありがとうございます! それではさっそく手続きに移りましょうかね。なあに、全部こっちでやるんで、旦那は俺の言うことに従うだけで大丈夫ですよ」
奴隷商人の男は交渉が成立したことに満面の笑みを浮かべながら、鍵の束をズボンのポケットから取り出した。




