後日談1.5 初めてのホワイトデー
リクエストいただいた冬樹と菫のバレンタイン&ホワイトデーです。後日談2よりも1年ほど前、菫が18歳の3月です。
やっと大学受験が終わった。
親戚の、というか、叔母さんの家に、試験前から合格発表までご厄介になっている。首尾良く合格できたら、大学4年間に延長だ。
紅葉叔母さんは、お父さんの妹だ。旦那さんの秋桜叔父さんは、お父さんの従弟。小さい頃から、毎年夏休みにうちに遊びに来ていたから、幼なじみでもあるそうだ。
叔母さんは、小さい頃から叔父さんのことが好きで、色々あったけど初恋を叶えて結婚した。
叔母さん夫婦には、2人子供がいる。3つ上の皐月ちゃんと、1つ下の冬樹。
冬樹は、わたしの初恋の相手で、恋人で、婚約者だ。小学生の頃に告白と結婚の約束をしていたけど、半年前、わたしの誕生日にもう一度約束した。
告白したときにファーストキスをあげて、半年前に処女をあげたけど、それからずっと会えていなかった。
元々夏休みにしか会えない関係だったし、諦めてはいたけど、体も結ばれてしまった今では会えないことが辛くてたまらない。
メールするたびに、電話で話すたびに、「会いたい」って言うのを我慢するのに苦労している。
わたしは、自分で思うよりもわがままだったみたいだ。
冬樹の気持ちを疑うわけじゃないけど……疑ったことなんか一度もないけど、会いたい気持ちが抑えられない。
顔が見たい、声が聞きたい、それはずっと昔からそうだったけど、今は…抱き締めてほしいって強く思う。
冬樹が触れたところが熱くなる、あの感覚をまた味わいたい。
そんな思いを抱いていたわたしに、皐月ちゃんから嬉しいお誘いがあった。皐月ちゃんの部屋に下宿しないかって。
皐月ちゃんは3年前から県外の大学に通っているから、今、空いてる部屋がある。そこに住まないかって。
冬樹の部屋の、隣だ。
皐月ちゃんは、あっちで彼氏ができたこともあって、家に戻らずに就職するつもりらしい。
なんだか皐月ちゃんを追い出すみたいな感じもするけど、あっちに彼氏がいるんなら、むしろ帰ってきたくないって気持ちもわかる。彼氏のことは、叔父さんには秘密にしてるらしいけど。
わたしは、ありがたく下宿させてもらうことにした。
お父さんと叔母さんの間でどういう話し合いがあったかは知らないけど、わたしは皐月ちゃんの部屋に入らせてもらうことになった。もちろん、大学に受かったらって条件はついてるけど。
下宿に先だって、受験の時も叔母さんとこに泊まることになったわけだ。
冬樹に会える。
受験のことより、まずそっちが頭に浮かんだけど、お父さんからは
「浮かれるのは、合格してからだぞ」
って釘を刺された。
そんなに顔に出てたかな。
ともかく、冬樹との関係が一歩進んだこともあって、今年は初めてバレンタインチョコを送ってみた。
今までは、どうせ手渡しできないんだからと避けてきたけど、クール便で手作りチョコを送ったんだ。ホワイトデーの頃に、受験で冬樹の近くにいられることがわかってたから。
利己的だなと思わないでもないけど、冬樹からホワイトデーのお返しを直接貰えるチャンスなんて初めてだから。
恋する乙女の想いということで、許してほしい。
受験を終え、叔母さんの…というか、冬樹の家に帰りついて「ただいま帰りました」と挨拶すると、冬樹が「おかえり」と出迎えてくれた。
合格できれば、本当にここがわたしの帰る家になる。
多分、わたしは大学を卒業してもここに住み続けて、そのまま冬樹と結婚する日を待つんだろう、
叔母さんがお義母さんになっても、気心も知れてるし、嫁いびりされる心配もない。なにせ、わたしが赤ちゃんの頃から可愛がってもらってるし。
合格してここに住むことになったら、「お義母さん」って呼んじゃおうか? …さすがに図々しいかな。
「おかえり、菫。コーヒー淹れたげるから、着替えておいでよ」
「うん、ありがと」
冬樹の優しさが伝わってくる。毎日こうして冬樹と会えたら、幸せすぎて死んじゃうかも。
皐月ちゃんの部屋でささっと着替えてリビングに降りると、ちょうどコーヒーが入ったところだった。テーブルに向かい合って冬樹とおしゃべりしながらコーヒーを飲んでいると、一緒にいるんだと実感が湧いてくる。絶対に合格して、4月以降もこの幸せを味わうんだから!
夕ご飯の片付けを手伝った後、部屋に引き上げた。
叔母さんは、試験が終わるまではそっちに集中してねって言ってくれてたから甘えてたけど、もう試験は終わったし、これくらいはしないと。
叔母さん達は試験の手応えとかは聞いてこない。気を遣ってくれてるというよりは、むしろ受かる前提で話をしている感じ。なにせ、4月の話とか普通に出てくる。
そりゃもちろん、落ちる気はないけど、受かる保証があるわけじゃないから、正直プレッシャーなんだよね。
部屋に戻って一息吐いていると、ノックの音がした。たぶん、冬樹だろう。
夕飯の時の叔母さん達のことで、フォローを入れに来たんだろう。本当にマメだよね。
どうせなら、デートのお誘いとかの方が嬉しいんだけどな。明後日はホワイトデーだし、合格発表まではわたしここにいるんだし。
「どうぞ」
元々は皐月ちゃんの部屋で、わたしの部屋じゃないんだし、そんなに気を遣わなくてもいいのに。
どうせ、このタイミングで着替えなんかしてるわけないんだから。さすがに、着替えてるところに入ってこられたら、ちょっと恥ずかしいけど。いくら全部見られた後とはいえ、そこはやっぱり女の子としてはね。
部屋に入ってきた冬樹は、勉強机の椅子に座った。
「菫って、しばらくはこっちにいられるんだよね。
明後日、時間作れないかな?」
あれ? フォローじゃなかった。
…明後日? もしかして…。
「あ、うん、合格発表までは特にすることもないし、平気だけど」
もしかして誘ってくれるの?
「普段はさ、デートもほとんどできないし、僕も寂しいんだよね。
せっかく菫がこっち来てるし、僕も春休みに入ったし、デートしたいなって思ってさ」
冬樹も、わたしと会えなくて寂しいって思ってくれてるんだ!
「う、うん、どうせ予定ないし、いいよ。っていうか、嬉しい。
わたし、この辺の遊ぶとこ知らないから、冬樹に任せちゃっていいかな」
「もちろん。菫と一緒に行きたいところとか、色々あるんだ。
先は長いから、焦って回る必要もないけど、とりあえず行くところは決めてあるから、そこにしよう」
さすが冬樹、気が利くよね。
せっかくデートするんだし、外で待ち合わせするのもいいかなあ。
あ、でも、ここから手を繋いで出掛けるのもいいかも。
そんなこと思ってたら。
「外で待ち合わせるのは、大学行ってからいくらでもできるし、今回は一緒に家を出るってことでいいかな」
やっぱり、冬樹はわたしのことわかってくれてる。
「うん、それでいいよ」
「それじゃあ、楽しみにしてる」
冬樹が出て行ったドアを見ながら、考える。
初めてのホワイトデー、冬樹はどうやってわたしを喜ばせてくれるんだろう。
絶対に期待を裏切らないと、わたしは信じている。