5話 エピローグ 2年後の夏
平成最後の夏から2年がたった。
俺は無事に現役で東京の大学に合格し、医者になるための勉強をしている。慣れない一人暮らしに四苦八苦しながらもなんとかやっていけている。
一方でなっちゃんはというと……。
「いやあ、すごい人ですね」
「もう疲れた。夏帆、帰っていいかな?」
「だめでーす」
隣に立つなっちゃん、改め夏帆はあの日の浴衣姿だ。今日は2人で隅田川の花火大会に来ている。
あの夏祭りから夏帆は宣言通り猛烈なアピールをしてきた。家の場所を教えたことはないのに、ある日いつの間にか家に来て料理を作っていた。しかも母さんや妹とはすでに打ち解けていた。逃げるように学校で勉強するようになったが、今度は学校にも現れて弁当を持ってくるようになった。
どこへ行っても夏帆がいる、通い妻を通り越してストーカーの領域だった。うちの家族が容認しているものだからなおさらタチが悪い。
夏休みが終わり学校が始まると、夏帆は毎朝迎えに来るようになった。学校同士が近いので仕方なしに途中まで一緒に登校するのだが周りの視線が痛い。あっという間に噂が学年中に広がり、怨嗟の目で見られるようになってしまった。
秋の文化祭が終わり、夏帆の生徒会長としての任期が終わると下校時にも現れるようになった。校門の前で待ち構えているものだから、今度は学校中の噂になってしまった。生活指導の先生からも怒られてしまう始末である。声を大にして言いたい。『俺は何も悪くない!』と。
そんなこんなで夏帆と毎日顔を合わせる日々が続いた。最初は鬱陶しいと思うこともないではなかったが、段々と気にならなくなっていった。むしろ夏帆がいて当たり前、そんな風に感じるようになっていったのだ。
そして、受験真っ最中のバレンタインデー、俺は人生で初めての告白をした。夏帆と過ごしているうちに、俺は夏帆の想いを段々と理解していった。相手と一緒にいたい、触れていたい、構って欲しい、元気のないときは励ましたい……。そういったたくさんの想いと接しているうちに俺は感化されていった。
結果はもちろん二つ返事でOK。晴れて俺と夏帆は恋人同士になった。それから互いに名前で呼ぶことにしている。
「それにしても夏帆まで東京に来るとはなあ」
「まだ言ってるんですか? 嬉しかったくせに」
「それは否定できないな」
俺が合格通知を受け取ったその日、夏帆は俺と同じく東京の大学へ行くことを宣言した。親父さんのあとを継ぐために製菓専門学校にでも通うものだと思っていた俺はかなり驚いた。
そもそも夏帆はモントレゾーを継ぐつもりはなかったらしい。夏帆が料理やお菓子作りを頑張っていたのは立派なお嫁さんになるためで、親父さんもそれを了解していたようだ。
その後の1年間はある意味地獄のようだった。夏帆と会いたくて仕方がないが気軽に会いに行ける距離でもない。そもそも夏帆は受験生なのだからそんな暇はない。長期休みで帰省したときに少しデートをしただけで、あとは電話やメールでのやりとりだけだった。
そんな辛い時期を乗り越え、夏帆は無事に現役で合格した。いまは大学で栄養学を勉強している。
「あっ! 花火が打ち上がりましたよ!」
「おっ、本当だ。手筒花火もよかったけど打ち上げ花火もいいよな」
あたりに響き渡る破裂音。多くの観客がスマホを構えている。
ちなみに今日は俺も浴衣姿だ。これは夏帆からのリクエストでもある。そんな浴衣の袖をちょんちょんと引っ張られた。
「どうした?」
「ちょっと耳貸してください」
花火の音に負けないよう互いに大きな声を出す。夏帆はなにか言いたいことがあるようだ。
言われるがままにしゃがみこんで右耳を寄せる。
「これからもよろしくお願いしますね、優司先輩」
囁き声が聞こえるやいなや、目の前が夏帆の顔でいっぱいになる。首に両手を回され動けなくされると情熱的な口づけをされた。その口づけはやけに長く感じられた。
長い長い口づけが終わると、夏帆は少し照れながらはにかむ。
このちょっといたずら好きで愛おしい女の子とずっと一緒にいたい。
俺たちは体を寄せ合って、夏の夜空に咲く大輪を眺めていた。
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