2-04:要救助者は顔見知り[キャラクターステータス付]
気がつけば、この世界にも春が訪れていた。暦の上ではもう5月も終わりに近づき、わたしがこの世界に来て4ヶ月近い月日が流れていた。
王都イェスラを拠点に、無理をしない範囲で依頼をこなしていくうち、冒険者ランクはD、レベルも16にまで上がっている。最初は怖がっていた、槍を用いた武器戦闘も今では普通にこなせるようになった。
今日はどんな依頼があるのかな、とギルドに入ると、すっかり顔なじみになった受付のお兄さん――ジミーと目が合った。途端に受付カウンターを飛び越えてこちらに駆け寄ってくる。
「アンナさん! いいところに来てくれました!」
「どうしたんですか、ジミーさん? ものすごい慌てようですけど」
少なくとも、ここまで取り乱す彼をわたしは初めて見た。何か、ヤバい案件でも舞い込んだ?
「き、緊急の依頼です! 西にあるラート村からなんですけど、森に入った若い娘が魔物にさらわれたようなんです! すでに複数の冒険者が現場に向かってますが、目撃情報によれば敵は植物型の魔物、アルラウネが巨大化したような姿をしていたとかで、ひとりでも多く腕の立つ冒険者を送るべき、とギルドマスターが決断し、こうしてそれなりに経験を積んできた人が来るなり協力を仰ぐことになったんです」
なるほど、緊急の依頼か。しかも、人命がかかってるわけね。
「わかりました、場所はラート村西の森でいいんですね?」
「はい、お願いします!」
人命がかかっているなら、急がないといけないわね。わたしは場所を確認すると、ギルドを飛び出した。
王都からラート村まで歩くと3時間以上かかってしまうため、今回は個人運行の馬車便を使うことにした。これは日本で言うタクシーみたいなもので、行き先までの所要時間に応じて料金が上がるが、急ぐときには便利な乗り物だ。ただし、路面は日本みたいに整っていないため、凹凸の激しい路面で馬車がよく跳ね、揺れる。慣れないと乗り物酔いしやすくなる、ある意味諸刃の剣だ。幸い、わたしはもともと乗り物酔いしない性質だったからこの揺れもなんとも思わないけど。
閑話休題。その馬車便のおかげで、ラート村まで1時間かからず到着した。料金は1万2000ゴルド。毎回使うにはちょっと厳しい金額だけど、今回くらいはいいでしょ。人命には換えられません。
現場となっている森は、ラート村の中を抜けた、その先。わたしが森に足を踏み入れると、先行していたと思われる3人組のパーティが傷だらけで撤退してくるのが見えた。魔法使いっぽい人もいるみたいだけど、足元がおぼつかないところを見ると、MPが切れかかってたりするのかな?
「大丈夫ですか?」
すでに回復魔法のスキルはレベル3に上げており、広範囲回復を習得しているので、それを使う。
「ありがとう、助かったよ。君も王都で緊急の依頼を請けてここに来たのか?」
「ええ、そうだけど……もしかして、かなり強い敵が待ち受けているの?」
観察眼で見たところ、この3人組はいずれもレベル15。剣士の青年、弓使いの少女、それと魔法使いの女性、という組み合わせで、バランスは取れているパーティだと思う。そんな彼らがここまでボロボロになるって、かなりヤバいんじゃない? 特に魔法使いの女性はMPの残量がほぼゼロになってるし。
「ああ、正直言って奴は強い。目撃情報にあったとおり、外見はアルラウネをただ大きくしただけ、なんだが、大きくなった分なのか一撃が重い。しかもさらった人間から少しずつ体力を吸ってるみたいで、触手を切断してもすぐにまた生えてくるんだ。奴を討伐するには、もっと人員が必要だ。おれたちは一旦村に戻って、王都のギルドに増援を要請する早馬を出してもらう。君はどうするつもりだ?」
「わたしは、とりあえず奥まで行ってみるわ。話を聞く限りじゃ、さらわれた人を早く救出しないと、体力を吸い尽くされて干からびてしまうもの。あと、これをそっちの魔法使いの方に飲ませてあげてください。何かあったときのために買っておいた、魔力を回復させるポーションです」
私は懐から出すような感じでインベントリからMPを回復させるポーションを出して、青年に手渡した。この薬、結構高かったけど、辛そうな顔してる人を見て放っておけないからね。
「そうか。君も冒険者みたいだから、止めはしない。でも、無理はしないようにな。薬も、ありがとうな。これなら、態勢を立て直す時間をかなり短縮できる。少し休んだら、君を手伝いに戻ってくるよ。じゃあ、また会おう!」
そう言って3人組は森を出て行った。名前、聞きそびれたけど、今はそんなこと気にかけている場合じゃないわね。行きましょう、森の奥へ。
「はぁっ!」
気合一閃、迫り来る触手を槍の穂先の一撃で斬り捨てる。だが、すぐにそれは再生してしまう。
この森はすでに素材収集の依頼で何度も踏破しているため、最奥部までは割と簡単にたどり着けた。だが、そこにいたのは、これまで森に入ったときには見たことの無い、巨大なアルラウネだった。その名はQ・アルラウネ。通常サイズのアルラウネと比較すると、実に10倍近いんじゃないかな。触手は全部で10本。そのうち1本に、女性が捕らえられている。観察眼で見ると、ユズキ=サンフィールドという名前らしい彼女はまだ生存している。まずは、彼女を救出しなくては。ユズキ、ってこの世界で見ればずいぶん変わった名前ね。それに、どこかで聞いたことあるような名前のような気も……って、そんなこと考えている場合じゃないわね。早くなんとかしてあげないと。
「ファイアバレット!」
少しでもダメージを継続させるため、火弾の魔法でQ・アルラウネの根っこの部分を狙う。燃え上がる炎に対し、触手が数本集まって粘液を射出し、消火していた。
(これなら……いける!)
少なくとも、消火活動が済むまではこちらへの攻撃も止むようなので、それで時間を稼ぎ、女性を救出する作戦を立て、実行に移す。
「ファイアバレット!」
今度は根っこだけでなく、何本かの触手もターゲットにして火弾を乱射する。うねうね動く触手はほとんどを回避したが、1本の触手が回避した先に飛来した火弾もあり、そいつには見事命中した。根っこももちろんきっちり着弾して炎上しているため、それらを消火するため触手の攻撃が一時的に止まる。
(今だぁっ!)
これ以上機会を伺っていれば、いずれはこの魔法攻撃にも対処してくるかもしれないので、最後のチャンスとばかりに突撃をかける。
スパン! と風切り音を鳴らして女性を捕らえる触手は切断された。さすがにわたしはアクションスターではないので、落ちる女性をキャッチすることまではできなかったが、身体に絡まっている触手がクッションのようになって、吸われていた分以上のダメージはそれほどでもなさそうだった。
わたし自身はきっちり着地を決め、女性を保護して一旦安全圏に避難させようと、女性に歩み寄った、その時。横殴りの衝撃を受け、わたしは吹き飛ばされた。瞬間的に、脱力感をも覚える。
(な、何、が……?)
衝撃で数メートルほど飛ばされ、地面を転がる中で目に入ったのは、消火活動を終えて攻撃を再開したQ・アルラウネの触手だった。
(うぐっ……トワイヒール)
痛みをこらえ、中級回復魔法を使って傷を癒す。
「さて、どうしようかなぁ」
触手に殴り飛ばされたことにより、わたしはQ・アルラウネの後ろ側で転がっている。ここが森の最奥部で、他の街などに通じる道なども無い。つまり、脱出するためにはもう一度、あの触手の攻撃の波を潜り抜けなくてはならない。だが――
(MPの残りが心もとないんだよなぁ……)
あの触手の攻撃には与えたダメージに応じてMPを奪う追加効果でもあるのか、最大値1000以上あるわたしのMPがもう120くらいしか残っていない。アレとの戦闘に入った段階では600以上は残っていたはずなので、使った魔法の回数などを考えても、計算が合わないのよね。
幸い、奴の後ろに入ったわたしや、解放された時に落ちた場所が奴のやや後ろ気味に位置する、さらわれていた女性は現在奴のターゲットからは外れており、ゆっくり作戦を立てることはできる。
(一応、この人にも回復魔法はかけておいたほうがいいかな)
ひとまず、未だ意識が戻らない女性にも回復魔法をかけておく。残りのMPが100を切ったことで、倦怠感がだいぶ凄まじいことになっている。こないだ魔力回復のスキルを習得したけど、最大量が多いから回復が遅い。
スキルの効果により、MPが150まで回復したのを機に、脱出作戦を実行に移すことを決めた。そっと立ち上がり、まずは女性を背負う。さらに、インベントリの中からロープを取り出し、女性とわたしの身体をしっかりと巻きつけて、容易には落ちないように工夫する。両手が空いたところで、ショートスピアと集束具の短杖を持ち、準備完了。
「ファイアバレット!」
有効な作戦は何度だって繰り返す。とにかく、今はこの女性を連れて脱出することだけを考える。さっき入り口で会った冒険者たちが言ってた通り、コイツの討伐はもっと人数が必要になる。
再び炎上するQ・アルラウネの根っこ。触手が消火活動を始めた隙に脱出を図ろうとしたんだけど、ちょっと見通しが甘かったみたい。
今度は消火活動を行いながらも、それに参加していない触手がわたしを逃がさないとばかりに進路に叩きつけるような攻撃を加えてきた。意識が無く、ずっしりとした感触の人を背負っているため、どうしても動きが鈍ってしまう。回避しきれずに、掠る程度だが何発も攻撃をもらってしまい、HPと一緒にMPも削られていく。MPが再び100を切り、倦怠感で崩れ落ちそうになった、その時。Q・アルラウネの根っこや触手がさらに炎上し、わたしを攻撃していた触手が斬り落とされた。
「間に合ったか!?」
そう言って駆け込んできたのは、さっき森の入り口で別れた3人組パーティだった。
「だ、大丈夫です。この人も、まだ生きてるわ」
触手の攻撃を3人組が往なしてる間に、わたしは女性を背負って安全圏へ退避することができた。わたしが退避したのを確認すると、3人組も撤退してきた。
「助かったわ、ありがとう」
背負っていた女性を3人組のうちの弓使いの少女に預け、わたし自身も剣士の青年に肩を貸してもらいながら、どうにか森の入り口まで戻ってきたところで、3人組に礼を言う。
「いいや、おれたちだって君の回復魔法と薬が無かったらこんなには早く戻れなかった。そういえば、自己紹介がまだだったな。おれはポール=オズボーン。冒険者ランクはCだ」
「わたしはフローラ=エッカート。同じく、冒険者ランクはCよ」
「あたしはベティ=ラッセルズよ。二人と同じく、冒険者ランクはC。薬、本当に助かったわ。あなたは?」
3人組はそれぞれ、剣士がポール、弓使いの少女がフローラ、魔法使いの女性がベティと名乗った。
「わたしはアンナ=ブラックウッド。冒険者ランクはDです」
「変わった名前だな。どこか違う国から来たのか?」
耳慣れない名前に、ポールさんが早速食いついてきた。
「ええ、まあ……」
だけど、まさか異世界から来ましたなんて言えるわけ無いので、苦笑いでお茶を濁すだけに留める。下手な事言って墓穴掘りたくは無いからね。
「ポール、そんなことより早く保護した人を休ませてあげるべき。それに、あの巨大アルラウネの討伐隊も組まないとならない」
そこへ、フローラさんから助け舟が出される。ポールさんもそれが正論であると思い直し、わたしへの質問は打ち切られた。
「ふう……」
ラートの村の宿に移動し、わたしは助けた女性の様子を見ているために同室で部屋を取った。なお、ポールさんたちはポールさんが一人で、フローラさんとベティさんが同室で部屋を取ったみたい。まあ、妥当な線よね。
「うぅ……ん」
その時、女性が意識を取り戻した。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……えっと、ここは……?」
「ここはラート村の宿屋よ。あなたを襲った魔物はまだ討伐できていないけど、すぐに片付けるから安心していいわ」
わたしは女性を安心させるべく、言葉を選んで話す。
「あ、あれ……杏奈さん? 黒木杏奈さんじゃないですか?」
すると、突然女性がわたしの名前を呼んだ。半ば確信でもあるような言い方だけど、わたし、この人に会ったことあったかなぁ? いや、ちょっと待って。この人、日本にいた頃の呼び方しなかった?
「ええ、わたしはアンナですけど、どこかでお会いしたことありましたか?」
「やっぱり! あたしは日野柚希です! 杏奈さんがお付き合いしている刀馬の妹です!」
「……えっ?」
そう言われてみると、革鎧とかを身につけていて雰囲気が変わっているけど、確かに柚希ちゃんだわ。前に刀馬君の実家に挨拶(別に結婚の挨拶とかじゃなく、初めて彼女を持った刀馬君に一度連れて来い、って言っただけの、単なる顔見せ程度のもの)に行った時にちょっと話をしたくらいだけど……ってそうじゃなくて、なんで柚希ちゃんが異世界サイネガルドにいるわけ!?
『そ、それは私から説明しよう』
あ、しばらくぶりの神さまの声。なんだかバツが悪そうに聞こえるのは気のせいかな?
『その娘がこの世界にいるのは、私のミスだ。本来ならば、その娘の兄をこの世界に喚ぶはずだったのだが、間違えてしまった。ゆえに、その娘には勇者の素質は無い。だが、短期間に何度も同じ者を次元を跨いだ転移をさせると、肉体への負担が大きくなる。そこで、彼女には事情を話して謝罪した上で、この世界でしばらく過ごしてもらうことになったのだ』
え、ちょっと、人違いって……いやそれより、本来召喚されるはずだったのは柚希ちゃんの兄、ってことは刀馬君もこの世界に来るって事?
『うむ。居場所はすでに掴んでいるから、後は私がその娘を召喚するのに使った力が戻ればすぐにでも新たな勇者として召喚することができる。もう、間違えはせんよ』
うーん……ちょっと、複雑な気分ね。刀馬君に再会できるのは嬉しいけど、異世界で、か……
「あの、杏奈さん。あたしも、一応戦えます。動物好きだったのを活かした、魔物を調教して自分の手駒にできるスキルを覚えさせてもらったので」
すると、柚希ちゃんがそう申告してきた。
『事実だ。何の力も持たずに生きていけるほど、この世界は甘くはない。それで、この娘の言ったとおり、動物を手懐けることに長けていた彼女に最も合うスキルとして、調教を授けた。同時に、武器スキルは鞭を与えている。そなたのように勇者の素質は持たないため、スキルポイントによる自由なスキル習得はできないが、努力次第でいろいろな道が開けるであろう』
神さまの声はそれを肯定し、補足説明をすると、消えていった。
とりあえず、柚希ちゃんのステータスを確認しましょうか。
【名前】ユズキ=サンフィールド
【Lv.】12
【HP】108 【MP】184
【STR】58 【VIT】54
【AGI】115 【DEX】143
【MAG】92 【LUK】86
【スキル】鞭3 調教3 料理1 生活魔法 索敵2 回避3 薬の知識
へえ、思ってたよりスキルの数もレベルもあるみたいね。っていうか、名前がやっぱり酷い。日野だからサンフィールド、っていうことになると、刀馬君もこっちに来たらそんな感じの名前で冒険することになるのかな? まあ、それはひとまず置いといていいか。
ユズキちゃんはMPも高めだし、頑張れば魔法も習得できるかもしれないわね。でも、やっぱりスキルで身体強化や魔力強化ができるわたしなんかと比べるとステータスはどうしても低くなっちゃうだろうから、前面に出すのは危険ね。後方で支援してもらうか、いっそ戦闘に参加しないで隠れててもらったほうがいいかしらね。
ちなみに、さっきユズキちゃんが目を覚ます前にスキルのレベルを上げたので、今のわたしのステータスはこうなっている。
【名前】アンナ=ブラックウッド
【Lv.】18
【SP】28
【HP】470(188) 【MP】1695(678)
【STR】280(112) 【VIT】235(94)
【AGI】400(160) 【DEX】278(139)
【MAG】848(339) 【LUK】88
【スキル】長柄武器4 料理3 家事3 火魔法3 水魔法3 風魔法3 土魔法3 光魔法3 闇魔法3 無属性魔法3 聖属性1 回復魔法3 生活魔法 身体強化3 魔力強化3 魔力回復3 毒耐性2 索敵3 観察眼
【補足】HP・MP・STR・VIT・AGI・MAG 各150%上昇
DEX 100%上昇
身体強化と魔力強化がともにレベル3、これで2.5倍。それを踏まえても、MPの数値が異常だと言わざるを得ないわね……でも、弱いよりは強いほうがいいに決まっているし、もう確定したスキルだから元には戻せないし、これでユズキちゃんを守りながら戦えるかな?
よーし、ギルドから増援が来たら、Q・アルラウネを討伐しに行きましょうか。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……2-05 Q・アルラウネ討伐戦




