2-03:刺客
ふう……
やっぱり、見えていても実際にたどり着くまでは結構な距離があったわね。30分くらい、と見積もっていたけど、実際は幾度と無く魔物にも襲われたせいで、1時間以上かかってしまった。正しい名前はわからないけど、頭からツノを生やしたウサギとか、昔、修学旅行で奈良に行った時に見たものより大柄なシカっぽいものとか。幸運にも、一度に複数現れることが無かったから、覚えたての魔法でどうにかなったけど、これで同時に複数の魔物と遭遇していたら、と考えると怖いわね。
今は無事にイェスラの街にたどり着き、街の中を散策中。どうも、このイェスラっていう街がこの国の王都みたいで、とにかく広い。
五重の同心円を描くように城壁が築かれ、中心部に王城。その外側、第一区って呼ばれる地区には公爵・侯爵・伯爵の各爵位を持つ上級貴族の居住区になっている。第一区の外側、第二区には子爵・男爵・士爵といった下級貴族の居住区。第三区は商工業者が立ち並ぶ、商店街みたいな雰囲気。第四区が平民の居住区。日本で言うマンションやアパート、あるいはシェアハウス的なものもあるようで、大小さまざまな建物が並んでいる。そして、第四区の外側にはいわゆるスラム街。奴隷市場とかもここに店を構えているらしい。たぶんわたしは行くこともないだろうけど。ちなみに、貴族階級や騎士階級では無い平民は第三区までしか立ち入ることができない。第二区より先に行けるのはそれらの身分の者か、特別な許可を得た者だけだ、とイェスラの街の門を守る兵士さんが教えてくれた。親切にどうも、って言ったら、「初めて街を訪れる者には必ず説明している」だってさ。まあ、確かに知らずにそこへ行こうとしてトラブルになるのも面倒だしね。周知徹底は大事よね、うん。
それにしても、スラム街などもきちんとイェスラの街の一部としてみなされているようで、街の外と隔てる城壁が築かれている。ただし、街の中の城壁とは違って、高さはそれほどでもないし、何より形が街の中のように同心円の形状ではなく、四角く大ざっぱに囲っただけ、という印象が拭えない。
今後のことを考えると、まずしばらくはここを拠点にしてじっくりとレベルを上げて強くならないといけないわね。街にたどり着くまでの戦闘でレベルが2に上がってはいるけど、こんなんじゃ到底目的を達せられないわ。正式な身分証を手に入れることにもなるし、冒険者ギルドに行きましょう。
登録する際に戦闘テストがあったのには驚いたけど、魔法を中心に据えて戦い、無難に合格を勝ち取った。冒険者はランクで管理され、基本的にはFランクから始まる。一定数の依頼を成功させたり、魔物を一定数討伐することにより、ランクが上がっていくみたい。もちろん、わたしはFランク。受付の男性によると、たまに飛び級でEランクやDランクでの登録になる優等生もいるみたいだけどね。ランクはFからA、それとS、SS、SSSまでの10段階。これだけだと9段階しか無いように見えるのだけど、実はFの下にF-という、通常はまず使われないランクが制度として残っているらしい。その意味は、F-のランクだと戦闘が発生するような依頼には携われない、という意味のようだ。でもそれって、冒険者として失格の烙印を押されてる、ってことにはならないのかな。
ギルドの登録が済んだところで、この街での拠点となる宿を探すことにした。ギルドで聞いたおススメの宿は爽風亭というところと、満月屋という宿。ギルドから近いのは満月屋。ギルドの3軒隣と、本当に近い。でも、1泊夕食と朝食の2食が付いて3500ゴルドと、ちょっと高い気がする。もうひとつの、爽風亭へ行ってみようかな。
しばらく教えられたとおりに歩き、ギルドなどがある第三区の東側のほうに、爽風亭はあった。ギルドや満月屋は第三区の南側寄りだったので、ちょっと遠い。でも、ここだって武具屋も近くにあるし、雑貨を扱う店もある。それに何より、値段が安い。1泊夕食と朝食付き、という満月屋と同じ宿泊条件で2800ゴルドと、満月屋の2割も安い。即決ついでに、理由を聞いてみたら、「私どもの宿はギルドから遠く、冒険者を呼び込むために少し安めの値段設定にしている」んだとか。あとは、純粋に満月屋が少し高めの強気な値段にしているのもあるそうだ。ひとまず10日分ほど先払いすることを告げると、割引が利いて2万5000ゴルドになった。
拠点となる宿も決まったので、次は防具を買わないといけないわね。
「いらっしゃいませ」
宿のそばにある、ハリスン武具店という看板が掲げられた武具屋に入ると、店内は少し狭い。カウンターにはわたしとそう変わらない年頃の女性がニコニコしながら立っている。また、奥からはトンカントンカン、一定のリズムで何かを叩くような音がしている。
「えっと、革製の防具が欲しいんですけど」
「かしこまりました。鎧は首から下の上半身全体を覆うものと、胸部だけを覆うものがございますが、どのようなものをお探しですか?」
いくら革製とは言っても、それなりの重さはある、よね……。だとすると、胸部だけを覆うタイプにしてなるべく軽く、かつ丈夫なものってあるのかな?
「胸部だけを覆うタイプで、なるべく丈夫で軽い鎧がいいんですけど、ありますか?」
「それでしたら、ただいま在庫をお持ちしますので、どうぞご試着なさってみてください」
店員の女性はそう言って一度奥へ引っ込むと、数分後、3着の革鎧を持って戻ってきた。あまり力持ちじゃなさそうな彼女でも3着の革鎧を持てるということは、あまり重くは無いのかな?
持ってきてもらった革製の胸当て型の鎧を試着してみると、全体的に軽い感じだが、少しずつ微妙に重さが違うことがわかった。
「はい。それぞれ、ビッグボア、ブラックバッファロー、バーサクベアの革を加工して作っています。軽いものはビッグボアの革、重いものはバーサクベアの革を材料にしており、値段も違います。当店では鎧、籠手、ブーツを一式とするセット割引を行っておりまして、同じ素材で一式揃えていただきますと、ギルドカードの割引にさらに割り引かせていただきます」
なるほど、3種類の鎧はどれを着ても動きに支障が出るほど重さを感じるわけじゃなかった。だったら、丈夫そうなバーサクベアの革のセットにしようかな。
「えっと、バーサクベアの革鎧で一式揃えるといくらになります?」
「ええと、バーサクベアの革鎧ですと、割引込みの総額で8万ゴルドになります。お買い上げになりますか?」
「はい、それにします」
「ありがとうございます。他には何かご入用ですか?」
「あ、集束具っていうのはここでも売ってますか?」
さっき、ギルドで戦闘テストを終えた後、言われたのよね。魔法を戦闘に取り入れるなら、集束具は持っておくべきだ、って。よくわかんなかったから詳しく聞いてみたら、なんでも魔法使いにとっては必需品とも言えるもので、そのままだと拡散しやすい魔力をそれに集めることで魔法の威力を高めたりすることができる道具みたい。武具屋ならたいてい取り扱ってる、とも言ってたけど、ここにはあるかしら?
「はい、ございますよ。ただ、当店では武器と一体化した品の取り扱いはしておりませんので、在庫は短杖のみになりますが、ご覧になりますか?」
へえ、武器と一体化してるものもあるんだ。でも、それって要は接近戦をしながら魔法も使って攻撃する、ってことでしょ? 今はまだ、そんな勇気はないかな。
「はい、お願いします」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
店員の女性は再び店の奥へ行くと、今度は1分もしないうちに戻ってきた。
「こちらになります」
その手には、直径がおよそ2センチ、長さがおよそ30センチほどの細長い棒のようなもの。これが、短杖? まあ、見た目のままではあるんだけど……
ともかく、それを手に取り、先端に水弾の水球を生み出してみる。これ、すごいかも……。たぶんその気になれば、10連射くらいは軽くできそうね。
「すごいわね、これ。集束具が魔法使いの必需品っていう意味、よくわかったわ。これ、おいくらですか?」
「それは、集束具としては最も安い品なので、2000ゴルドになります」
「わかったわ、これも一緒に買わせてもらいます」
革鎧と合わせて8万2000ゴルド。手持ちのお金の半分近くが飛んでったけど、武具をケチって死ぬのはごめんだからね。お金は天下の回り者、とも言うし、武具を揃えて生存率を上げたうえで、ギルドの依頼、という名の仕事をこなしていけばいいんだもの。
「あの女が勇者の素質を持つ者か。なかなかの上玉だな、殺すには惜しい」
「いけませんぞ、マインツ殿下。我らの野望を遂げるためにも、勇者の素質を持つ者は確実に排除せねばなりませぬ」
「排除というが、要は我らの邪魔をしなければそれで良いのであろう? なぁに、あのような娘ひとり、簡単に堕としてみせよう」
「殿下、焦りは禁物ですぞ!」
「はっはっは、わかってる、わかってる」
その日の夕食のとき、マインツと名乗る妙な男に相席を頼まれた。周りの席は全て埋まっており、やむなく了承したんだけど、めちゃくちゃキザったらしくて、「アンナ。僕たちの出会いに、そして君の瞳に乾杯」なんて言った時には、鳥肌が立ったわ。早々に食事を済ませて引き上げてきちゃったけど、急いで食べたせいで料理の味もよくわかんなかったわ。あの男も冒険者だとしたら、今後も顔を合わせることになるだろうけど、めんどくさそうな男ね。名前を教えたのは失敗したかなぁ。
宿の部屋は、日本のホテルみたいにしっかりした施錠ができるわけではなく、閂? って言うんだっけ? 扉のつっかえ棒みたいな簡易的な施錠しかできないけど、無いよりはマシかな。施錠を確認し、部屋の明かりであるランプを消して、ベッドにもぐりこむ。この国でも四季があるみたいで、1月の現在は夜になるととても寒い。でも、外よりはマシだと思うので、ここは我慢ね。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。扉がわずかにきしむ、キィ、という音で目を覚ますと、部屋の中に大柄な影が立っていた。
「だ、誰っ!?」
ガバッと身を起こし、ランプを点けると、ようやく侵入者の顔が判別できた。
「あ、あなたは……夕飯のキザ男!」
「きざ、おとこ? 聞いたことの無い言葉だが、あまり良い響きではないな。まあ、そんなことはどうでも良い。俺の用事を済ませよう。――――ア~~ンナちゅわ~~~~んっ!!」
部屋に侵入してきたキザ男――マインツは突然、豹変したかのように跳躍しながら服を脱ぎ捨てる、いわゆるル○ンダイブと言われる動きでわたしに飛び掛ってきた。いくら異世界だからって、リアルでこんなことできる人がいるなんて……
「じょっ、冗談じゃないわよぉっ!!」
右も左もわからない異世界に突然拉致されて、その初日の夜に暴漢に襲われるとか、なんなのよっ!?
とっさに目に付いたのは、ベッドの脇に立てかけておいたショートスピアだった。迫り来る恐怖(?)に、半ば無意識にわたしはそれを手に取り、足を折り曲げて座る、女の子座りのまま、振り回した。
「ぐはっ……」
あ、なんかザクッて嫌な手応えがした。閉じていた目を開けると、部屋の中は返り血で所々に赤い飛沫が飛び散っているほか、襲ってきたキザ男が槍に貫かれて白目を剥いていた。自分でやっといてなんだけど、これは致命傷よね。この世界、正当防衛ってあるのかしら……
その後、宿の主人を通じて騎士団が呼ばれ、男の死体は運び出されていった。また、夜が明けたら第三区の西側に騎士団の詰め所があるので、そこで話を聞かせてほしい、とわたしに告げて、騎士団は去っていった。
現場は保存しておいてほしい、と騎士団から宿のほうに要請があったらしく、わたしはその晩、部屋を変えて眠りについた。
「なるほど、話はわかりました。寝ているところに突然侵入され、襲われればやむを得ない行動だった、と言えますね。今回の件であなたが罪に問われることはありません。ただ、どのようにして閂のかけられた部屋に侵入できたのか、その検証に付き合っていただいてもよろしいですかな?」
良かった、この世界にも正当防衛みたいな、犯罪を打ち消す制度は存在してるのね。でも確かに、閂をかけておいた扉を壊すことなく侵入することに成功した、その手法は気になるわね。
「はい。わたしとしても、今後の身の安全に関わってきますから、喜んで協力しますよ」
しかし、いくら調べても彼がどのようにして閂を外したのか、はわからなかった。外から扉を揺らして外そうと思うと、ガタガタと大きな音を立ててしまうので、除外。細長い物を扉の隙間に差し込んで閂を跳ね上げる手法も考えられたが、閂が床に落ちたときに大きな音がするので、これも無し。
「ともかく、一般的な手段では侵入できないことがわかっただけでもまだマシだな。最近は大きな盗賊団とかも出てきていないが、もしかしたらそういうのが王都で暗躍しているのかもしれないな」
騎士団の皆さんはそう結論付けると、引き上げていった。
アンナが騎士団と現場検証に向かっている頃。街の共同墓地に葬るため一時的に安置されていたキザ男の死体が、何者かに持ち去られる事件が発生していた。
「殿下のご遺体、回収してまいりました」
その日の夕暮れ時、街の外では、その男の死体を取り囲む謎の一団の姿があった。
「で、殿下ぁ……あれほど焦りは禁物だと申し上げたのに……」
「ともかく、一度撤退しましょう。陛下への報告と殿下の埋葬をして差し上げねば」
「うむ、そうだな……」
謎の一団は、男の死体を抱えて南西のほうへ去っていった。
アンナは知らない。襲ってきたキザ男が実は魔族の国、デビルロード帝国の第二皇子で、アンナへの刺客だったことを。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……2-04 要救助者は顔見知り




