0-02:プロローグ(後編)~トーマの旅立ち~[キャラクターステータス付]
「どこだ、ここは……?」
目を開けると、視界に広がる緑の草原。
辺りを見回す。右、草原。左、草原。前、草原だがやや小高い丘のようになってる。後ろ、草原の先に森が見える。
「落ち着け、俺。まずは状況を整理しよう」
名前、日野刀馬。20歳、大学生。昨日はアルバイトの面接の結果の電話が来て、不採用になって落ち込み、そのまま不貞寝した。
それで起きたらこれである。全く以ってどうなっているのかわからない。
そもそもここはどこなんだろう。今見ている景色には見覚えが無い。俺は都心ほどじゃないとはいえ比較的栄えた街に住んでたからこんな自然に満ちた風景なんて親父の実家がある田舎町でしか見たことないもんな。とりあえず、丘の上から見渡してみれば何かわかるだろうか。
こ、これは……
「どう見ても城塞都市ですね、わかります……じゃなくて、なんでこんな明らかに日本じゃないところにたった一人で放り出されてるんだ」
今更だが服装は愛用してる部屋着のスウェットではなかった。日本で着ていたものよりややゴワゴワした布でできたシャツとズボン。それと革靴。革靴と言っても、日本で高校時代に履いてたようなローファーとは違う。なんていうんだろう、感覚としてはスニーカーみたいな感じか。動きやすい。
それ以外、持ち物は何も無い。財布もスマホも家の鍵も。
それにしても、城塞都市か。ここから見た感じ、中世ヨーロッパみたいな感じがするけど、タイムスリップでもしたんだろうか。それとも……?
『では、チュートリアルを始めよう』
え? チュートリアル? どゆこと? ってか何この声、誰?
『薄々感づいているとは思うが、ここはそなたの暮らしていた世界ではない。いわゆる異世界というものだ。そして私はこの世界、サイネガルドの創造神、ハジュである』
姿が見えず、頭の中に直接声を伝えるとか、ベタだわ……。いやそれより異世界だと? まあ、タイムスリップよりはまだマシ、か?
「で、創造神さまだかなんだか知らないけど、俺をここに拉致してきたのはなんでだ?」
『拉致とはまた身も蓋もない言い方だが、まあ間違ってはいないな。そなたを連れてきた理由だが、その前にこの世界のことを説明しよう。そのほうが理解も早まるであろう』
創造神とやらの話をまとめると、この世界は人間族やエルフ族やドワーフ族、獣人族などが国家や集落を作り、平和に暮らしていたのだが、ある時、邪悪ゆえに地上から追放された魔族が再び地上へ進出を図り、空白地帯だった高山地帯に都市国家を作り上げ、デビルロード帝国を名乗るようになった。それだけなら放置しても良かったのだが、この大陸を統一、支配する計画を進めようとしており、平和のためにそれを阻止しなくてはならないようだ。
「つまり、俺はその魔族とやらの野望を阻止するために戦えということか? どうして俺なんだ、この世界にだって国があるんなら兵士もいるだろう」
『それについては理由はふたつある。ひとつは、そなたが“勇者”の素質を持っていること、そしてもうひとつは、魔族はこの世界の生命体に対して、絶対的有利な能力を持っている、ということが挙げられる』
「俺が勇者であるとかはとりあえず置いておくとして、魔族の能力ってなんだ? やっぱり、人間に比べて高い身体能力とか強力な魔法を操るとか、そんな感じか?」
『うむ。確かに今挙げたような特徴もあるのだが、それよりももっと厄介な能力として、魔族は身体的な接触によって対象の生命力及び魔力を奪い取り、自らの糧とすることが可能なのだ』
え、何それ怖い。身体的接触の内容によっては即刻お子様に見せられない絵面になりかねない。
『だが、魔族の能力はあくまでこの世界で生まれた生命体にしか効果を及ぼさない。よって、最前線で魔族と戦う役目は、他の世界から助っ人を連れてくることに決めたのだ。すでに、この世界にはあと2人、そなたの世界からやってきた勇者とその仲間がいるのだが、仲間は多いほうがいいと思ったのでな。そなたにも十分な素質がある。どうか、力を貸して欲しい』
力を貸して欲しい、か。無断で拉致してそれはどうかと思うのだが、やるしかないか。
「わかった、どうやら断れるような状況でもないみたいだからな。だが、確認しておきたい。何を以って目的を達成したことになるのか、それと目的を達成した後はどういう扱いになるのか」
『目的の達成条件は魔族たちを大人しくさせること。大陸を支配する野望を止められれば手段は問わない。目的を達成した後は、帰還を望むなら、元の生活に戻すことを約束しよう。こちらでの生活が気に入ったのなら、そのまま残っても良い。それは、その際にまた決めてもらおう』
なるほど、帰還を望めば帰ることはできるのか。今の俺の状況はいわゆる「異世界トリップ」ってやつだ。そういう漫画や小説は結構読んできたが、それらの主人公たちが最終的に元の世界に帰還できる、っていう設定は確率的に半々だったからな。まあ、何はともあれ、目的を達しないことには帰るも何もあったもんじゃないんだろうけど。
『他に無ければ、この世界での具体的な生き方の説明に入ろう。まずはメニューの見方だ。メニューを開いてくれ』
えっ、メニューだって? ゲームみたいだな。
などと思ったところ、ファンタジーものでは定番とも言える、ホログラムっぽい半透明の情報ウィンドウが視界いっぱいに出現した。現在の時刻、現在地、付近のマップと世界地図、ステータスに持ち物、スキルやオプションといった、RPG大好きな俺にとっては踊り出したくなるようなメニューリストだ。
ふむふむ、名前はトーマ=サンフィールドになってるな。……って、なんだこの厨二臭が凄まじい名前は。本名は日野刀馬だからトウマ=ヒノじゃないのか。なんで中途半端に英訳してんだよ。
まあ、それはひとまず置いておこう。ええと、現在の時刻は創暦1763年6月12日、午前9時13分。あれ、でもこれって元の世界のカレンダーや時計を基準に考えていいのか?
『1日は24時間でそなたの世界と変わりは無いが、暦は6日で1週間、30日で1ヶ月、それが12ヶ月で360日、1年だ』
そうか、暦だけ微妙に違うのか。大きな差は無いとはいえ、2月30日とかはきっと違和感バリバリなんだろうな。ま、今は6月だから気にすることも無いだろうけど。
で、現在地は大陸の北東部にあるノーランド王国という国の南部、シトアという街の近くだ。ってことは、あの城塞都市がシトアなのか。
でもって、ステータスは……おおう。なんだこれ。
【名前】トーマ=サンフィールド
【Lv.】1
【SP】10
【HP】58 【MP】197
【STR】31 【VIT】29
【AGI】26 【DEX】12
【MAG】99 【LUK】13
【スキル】料理1
MPがずいぶん高いな。今までのゲーム知識が有効ならば、STRは力、VITは体力、AGIは素早さのことだろうな。DEXは器用さ、まあ低い。MAG、これはおそらく魔力で、MPと比例するんだろうな。たぶんVIT、体力もそっくりそのままHPに影響してそうだ。LUKは運だな。それにしても、バランスの悪いステータスだな、全く。
『うむ。それが今のそなたの強さだ。習得スキルは元の世界での生活を反映させたものだ。だが正直、今の状態では並の魔物ならともかく、魔族と遭遇すればまず生き残れないだろう。ステータスに表示されているSP、スキルポイントを使用すれば、常人が数年かけて習得するような技能を一瞬で身につけることができる。上手く活用できれば、並の魔物や魔族相手にはまず負けないような力をも身につけられるであろう』
「なるほどな。ところでこのSPはどうやって得ればいいんだ?」
『強くなってレベルが上がれば自動的に獲得できる。ただし、レベルアップで得られるポイントは毎回ランダムで、一定ではない。また、取得することを確定させたスキルはリセットしてポイントに戻したりすることはできない。スキルを取得する際は、よく考えてからにしたほうがいいだろう』
なるほど、その辺もゲームみたいな仕様になってるが、唯一スキルのリセットはできない、と。覚えておこう。
『インベントリの説明に進む前に、一つ聞いておきたい。剣、槍、ハンマー、斧、鞭、弓矢の中から餞別として私からそなたに武器を一つ贈るつもりなのだが、そなたはどの武器を選ぶ?』
「それだったら、やはり剣だろう。槍とかも捨てがたいがな」
『うむ、承知した。……では、次にインベントリの説明だな。そなたがこの世界で生きていくために必要な物資をインベントリの中にある程度用意しておいた。確認してみたまえ』
そう言われて持ち物を確認してみると、剣が一振り、冒険セット、数日分はありそうな保存食と水、そしていくらかの硬貨が納められていた。これ、もしさっきの武器選びで槍とかを選んでたらそれに対応した武器が入ってたのかな?
『インベントリの中にはあらゆる道具を際限なく保管しておける。一つ辺りの大きさや重さ、保管しておける個数の制限など一切ない。一般人の中にもこの系統の能力を持つ者は稀にいるが、その収納能力には制限が付く。そなたには神の名において、無制限のインベントリを付与するから、上手く活用したまえ』
なるほど、大きさも重さも、個数さえ無制限となると、某有名ゲームの画期的なシステムだった『ふくろ』をより便利にしたようなものか。まあ、同じものをそんなに大量に入れることがあるのかどうかわからんが。
また、硬貨の入った皮袋をインベントリから出して中身を確認してみると、銀貨が20枚と銅貨が50枚入っていた。合計金額は20万5000ゴルドなので、銀貨は1枚1万ゴルド、銅貨は1枚100ゴルドか。そうでないと計算が合わない。
『通貨は現在そなたが所持している銀貨と銅貨以外に、1枚100万ゴルドになる金貨がある。そなたの生き方次第ではやがて目にすることもあるだろう』
なるほどな、金銀銅の3種類か。シンプルでいいな。こっちの世界の通貨での所持金はわかったが、それらが日本円換算でいくらになるのかは、街へ行ってみないとわからないだろうな。とりあえずそれは保留にしておこう。
『では、これで基本的な説明は終わりにする。最後に、この世界の言葉や文字を理解する能力を付与し、持ち物に入れておいた剣を扱うために剣術スキルのレベル1と、生き延びるための回復魔法のスキルをレベル1で習得させてあげよう』
ほう、なかなかサービスいいな。まあ、自分らの手に余る魔族の野望を阻止するためにわざわざ連れてきたんだし、このくらいは普通か?
『なるべくそなたのことは見ているようにするが、そなたのほうからも何かあれば、心の中で念じれば私に通じるようにしておこう。では、達者でな』
それっきり、創造神の気配はしなくなった。
じゃあ、移動する前にスキルを習得して……うお、すげぇ数のスキルだな、これ。
スキルメニューから一覧を表示してみると、各種武器や魔法、耐性と言った戦闘に直接関わるようなスキルから、おそらくステータスを強化する類のスキル、そして料理や鍛冶、錬金など、生活に絡むスキルまで、多種多様なスキルがあるな。ほとんどのスキルはレベルが5までになっているが、中には3が最大のものやレベルの概念が無く、1だけだったりもある。それぞれのスキル習得に必要なスキルポイントはレベル相当のポイントだけで済むようなものと、習得したいレベルの2倍や3倍のポイントを注ぎ込まなければ習得できないものもあるようだ。
とりあえず、10ポイントしか今は持ってないから、よく考えないとな。まずは、素の状態で身体を動かしてみるか。身体強化のスキルはレベル1を取得するのに2ポイント必要になるから、現段階で本当に必要かどうか考えないと。
丘の上で軽くウォーミングアップをしてから丘を駆け下りてみる。ふむ、元の世界での感覚とさほど変わらない。これは2ポイント使ってでも、強化スキルを取っておいたほうがいいだろうな。
というわけで、2ポイントを使用して身体強化のレベル1を取得する。ステータスを確認すると、HPが58から87に、STRが31から47、VITが29から44、AGIが26から39に、それぞれ上昇した。なるほど、50%の上昇率か。だが、DEXは上がらなかった。対象外なんだな。
その状態で今度は丘を駆け上がってみる。おお、全然違う。さっき駆け下りたときよりも疲れを感じない。
次は剣の扱いか。持ち物に入っているショートソードを選択すると、いきなり手の中に剣が出現した。ゲームとかで見ると軽いイメージがあったが、意外と重いんだな。
両刃なので、うっかり自分を傷つけないよう、まずは慎重に振ってみる。すでに剣術のスキルをレベル1で習得しているおかげか、重さはすぐに気にならなくなった。ちょっと振るだけで、ヒュヒュン、と剣が風を切る音が聞こえる。
念のため、剣術はレベル2を取得しておくか。そうしてから剣を振ると、下半身に安定感が出て、連続攻撃を繰り出せるようになった。まだ3連撃くらいが限度だが。
これで残りは6ポイント。いざと言うときのために、無手で戦う格闘のスキルもレベル1は取っておこう。あと5ポイント。魔法も習得しておきたいな。魔法は火水風土のよくある四大属性と無属性、回復魔法。そのほかにも何かあるみたいだけど、今はまだ習得できないのか「???」になってるな。習得には何か特別な条件があるのかもな。まあ、無難に四大属性のどれかでいいだろう。ひとつの属性だけだと、もし属性の相性とかで通じなかったら困るから、2種類くらい覚えておいたほうがいいかな。これがゲームなら、旅立ち早々にそんな初心者殺しみたいな魔物はいないはずだが、これはゲームではなく現実だ。何がいるかわからないわけだし、警戒しておくに越したことは無い。
少し考えた末に、水属性と風属性をそれぞれレベル1で取得することにした。水属性のレベル1は水を圧縮して敵にぶつける“水弾”、風属性のレベル1は圧縮するのが空気に変わるだけで水属性と大差ない、“風弾”。どちらも単純な攻撃魔法みたいだな。
練習がてら撃ってみると、連射や複数同時発射、軌道操作といった応用はイメージ次第でいくらでもできることがわかった。結構練習で撃ちまくったが、MPは80くらいは残っているようだ。
残りの3ポイントはそのまま取っておく。本当は観察眼というスキルを取りたいが、スキルレベルの概念が無く、1取れば十分な代わりに5ポイントも必要になる特殊なスキルなので、SPが足りないのだ。
さて、そろそろ街へ向かうとしよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……1-01:あの街を目指して
同時公開です! よろしくお願いします!




