第21話 疑問の勇者様
「・・・なんてことだ」
カイは目の前で起きた出来事に目を見張った。
つい先ほどまで戦っていた相手・・・目玉の魔物は、体を燃やしながらこと切れた。
普通なら死骸が残るはずで、カイはこの魔物をよく調べようとしていた。リックにしても後でここであった戦闘について報告し、死骸については国軍で保存して調査をするつもりだった。
だが、死骸は光り輝いたかと思うと、そのまま無数の蛍に化けたかのように小さな光の粒となって四散し、跡形もなく消え去ってしまったのだ。
斬られた肉片の一つとして、その場には何も残らなかった。まるでその場では何も起こっていなかったかのような、そんな錯覚さえ抱いてしまいそうだ。
「・・・・・・」
カイは黙って消えた死骸のあった場所をただ見つめた。
このような消え方をする魔物は初めて見たからだ。ゴースト系やスライム系も死骸が残らないタイプではあるが、このような消え方はしない。自分が知らない間にこうした種族でも誕生したのかと思ったが、リックの反応を見るに恐らくそれも違うだろう。
古き時代の自分も、現代を生きるリック達も、両方が存在を認識しない種族に出会ったということなのか。かつて自分が出会い、戦った種族とは似て非なるものだというのか。
「まぁ、それはそれとして」
カイは悩んでいた様子だったが、突然頭を切り替えたかのようにリックのところへ歩いて行った。
「・・・?」
どうしたのだ?と疑問に思うリックを余所に、カイはスッとリックの肩に触れた。
「何を・・・?」
状況が理解できないリックだったが、直後、異変が起こった。
「これはっ!?」
一瞬カイの手が光ったかと思うと、目玉の魔物の攻撃で損傷し、動けなかった体から痛みのほとんどが消え、動くようになったのだ。
「え、え、なっ・・・?」
キョロキョロと体を見回すと、全快ではないものの、体は動くのには問題がないと思われる感じになっていた。戦うことだってできそうだ。
「これは・・・回復魔術・・・」
効能からして回復魔術をかけられたことをリックは察した。
だが、こんな詠唱もなく即座に効果の出る回復魔術をリックは知らなかった。回復魔術は攻撃魔術と違いデリケートな性質を持っており、効率よく治療をするためには攻撃魔術の倍近いほどの詠唱を必要とする。だがそれをカイは瞬時にやってのけた。
「いや・・・」
今更か。
彼は既に高威力の攻撃魔術を二度も無詠唱でやってのけたではないか、と。リックはそのことを思い出したのだ。
「すみませんが全員分は私の魔力が足りないかもしれません。重症の人を優先して治療を行います」
カイはそう言ってから、重症の兵を優先してリックと同じように治療を始めた。
そして、皆すぐに動けるようになった。誰もかれもが奇跡を目撃したかのように目を見開いた。
「あの・・・出来れば彼を優先して治療してやってほしいのです」
いくらか治療を進めたところで、それまで見ていたリックがカイに言った。
リックはルーカスの方へ顔を向けていた。
「ん・・・?」
カイはルーカスに向き直る。
ルーカスは気力を振り絞り、奇跡的に立ちこそしたが、この場にいる誰よりも攻撃を受けたからである。
リックはそれを見ていたので、誰より優先してルーカスが治療を受けるべきだと思っていた。
「お、俺は別に大丈夫です・・・」
そういうルーカスに、リックは強がりを言うなと叱る。
周りで先に治療を受けたほかの兵士も、ルーカスに治療をしてくれと嘆願した。
だが、それに対するカイの言葉は皆の度肝を抜いた。
「彼はもう大丈夫ですよ。ご自分で回復してみせたようですが」
「え?」とルーカスを含めたこの場にいる誰もが声を洩らした。
回復?まさか・・・と、ルーカスはここで初めて自分の体の状態に気づく。
「え・・・動く・・・?」
全快ではないが、十分に体が動くようになっていた。
これにはルーカス自身が最も驚いていた。
「あれ・・・?え?」
回復魔術を使った記憶はある・・・が、そのときは何も起こらなかった。
時間差で効いてきた?そんなことはあるのか?
ルーカスは自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
何にせよ、先ほどまであった戦闘で死者が出ることはなく、また怪我人もほとんどが回復し重傷者は残らなかった。
未知の強力な魔物と遭遇しておきながら、これは奇跡のような状態であった。この奇跡を引き起こした者・・・カイに対し、ルーカスは興味が尽きなかった。
「・・・え?内緒に・・・ですか?」
このことを報告し、カイに後に礼と報奨金を与えなければと言うリックに対し、カイはこの件に関し上層部はおろか誰に対しても内緒にしてほしいと言った。
「思うところがありまして、私はあまり目立ちたくはないのです。どうかお願いいたします」
そう言ってカイは深々とその場にいた面々に頭を下げた。
命の恩人にそのようにされてしまった以上、皆カイの言うことを聞くしかなかった。
「そうなると、どうやって報告すりゃいいんだ・・・」
ただでさえ苦労しそうな報告書の作成に、リックは更に頭を悩ますことになるのだった。




