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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第4章「可能性の魔女」
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第87話「可能性のはじまり」

★☆★☆★



 日も沈みかけた放課後、鷹津封術学園の静かな敷地内で突如として轟音が響き渡った。

 音の発生源は本棟の一階――保健室。

 ただし現在は『保健室だった』と言い換えた方が適切なのかもしれない。

 入口の扉は内側から強い力で吹き飛ばされたかのように吹き飛び、廊下にその残骸が散らばっていた。室内も悲惨な状態で、衝立が倒れ、ベッドは真ん中からへし折れている。薬品棚に並べられた薬瓶は棚から落ちて中身を床中に撒き散らしていた。

 床に零れて混ざり合った液体がガス状の気体へと変化して立ちこめる部屋の中で、ガタリ、と物音を立てる影があった。


「…………っ」


 壁際に背中を預けて項垂れていた鵜上亜子がゆっくりと顔を上げる。

 焦点が定まっていない虚な瞳で室内を見つめた。


「……そ、んな…………どうして」


 ぼんやりと呟きながら、亜子はもうそこにはいない誰かを探して視線を這わせる。その視界に、もう一人の女子学生の姿が映った。


「……朱鷺戸さん」


 朱鷺戸綾が倒れた衝立の下敷きになっていた。


「朱鷺戸……さん」


 繰り返し呼び掛けてみたが、暫く待っても返事はなかった。どうやら気を失っているらしい。見える範囲内では外傷らしい外傷は見られないが、身体のほとんどは衝立の下に隠れてしまっていて見えない。衝立自体の重量は大したものではないとはいえ、"それ"が起こったときに最も近くにいたのは彼女だ。外傷よりももっと重大な……『(せいしん)』に何らかの傷を負ってしまっているという可能性もないとは言い切れなかった。

 と同時に、亜子の脳裏に昨年の封術事故の出来事が蘇った。『星鳥』に名を連ねている自分たちが近くにいながら何もできなかったあの頃――皆を護るために封術結界を行使した九槻月姫は精神に深い傷を負った。その光景を目の当たりにした亜子は、もう二度と彼女が目を覚ますことはないのではないかと思ったほどだ。

 あんな辛い思いは、二度としたくはない。

 そう決意していたはずなのに。


「朱鷺戸さん……」


 亜子は壁と地面に打ち付けられて痛む身体に鞭を打ち、四つん這いになりながら綾の傍へと近寄った。

 ぐったりとしている綾の顔を間近で見つめると、か細い呼吸音が聞こえる。ふと視線を下へと向けると、彼女の手には一枚の札が握られていた。

 亜子はその札を何度か見たことがある――朱鷺戸家が操る特殊な装具"術符"だ。術式発生の過剰光は確認していないが、咄嗟の反応で封術結界を張ったのだろうか。もしそうだとするならば何と言う判断力と行動力なのだろうかと、亜子は場違いにも感心してしまった――ここが封術学園本棟の保健室であり、本棟内では一般学生の封術利用が禁止されているにも関わらずだ。

 だけども、いまは感心しているときではない。

 綾が無事だと分かれば、すぐに次の行動を起こすべきだ。

 亜子はもう一度辺りを見回した。

 この惨状を作り出した者の姿は、やはり見当たらない。扉の破砕状況を見ると、保健室を出て何処かへ向かったのだろう。

 亜子はその後を追おうとして立ち上がろうとしたが、下半身に力が入らずにその場でくずおれてしまった。一瞬自分の身体に何が起こったか分からずに呆然として、すぐに悔しさを堪えるように唇を噛んだ。必要なときに力を振り絞ることもできない自分自身が腹立たしいと思い、情けないとも思った。

 変わりたいと思い、願うだけではきっとまだ足りなかったのだろう。

 亜子は気を失っている後輩にちらと眼を向けた。自分と同じ『星鳥』の一員で封魔よりも調律が得意な家系の後輩だ。物静かであまり表に出ないタイプの彼女と自分は、ともすればよく似ていると思う。

 そんな彼女でさえ、刹那のときを戦っていた。

 それにはおそらくだけども、少なからず彼が影響しているのかもしれない。

 自分たちと同じく学生自治会の役員であり、綾と同級生でもある彼が入学してから、もうすぐ一年が経とうとしている。

 いまにして思えば、彼が役員となってから――より正確に言い表すのであれば、彼と初めて出会ってから自分の中の価値観が崩れるような出来事ばかり起こっているような気がする。


 その身にクラス1st級の高位隣神を宿し、異能の装具を操る学生――九槻秋弥。


 第一線で活躍する封術師にも比肩する力を持つ『光輝月天』星条悠紀をさらに凌ぐとも言われていた『矛盾螺旋』九槻月姫の弟である彼もまた、産まれ持った才能に恵まれていたということなのだろうか。

 否、そうではないのだと、いまの亜子には確信できる。

 九槻秋弥と高位隣神リコリスの関係性は記憶の追想という形で体験している。それはいまもなお自分の心の中に頑として残っており、あれから四ヶ月が過ぎたい現在でさえも鮮明に思い出せるし、思い出すたびに胸が痛くなるほどだ。

 あの鮮烈で凄惨な出会いが九槻秋弥の『(こころ)』を強くしたのならば――。

 秋弥と出会った彼女たちもまた、強くなったのだろう。

 『肉体(からだ)』だけでなく――『精神(こころ)』の方が。

 亜子は頭を振る。

 封術教師や会長たちが不在のいま、この現状を打開できるのはもはや彼と彼女だけなのかもしれない。

 後輩の――それも『星鳥』ですらない一年生を頼りにするというのは先輩として情けない話なのだが、現状を鑑みればなりふり構っているときではない。

 いまは自分にできることをする。

 後悔はあとですれば良い。

 反省もあとですれば良い。


――わたしにできること。わたしにしかできないこと。


 亜子は瞳を力強く見開いた。

 すると、多くの色で満ちた世界が滲み、色褪せた世界は黒褐(セピア)色で満たされた。


「やっぱり……そうなんだ……」


 『神秘眼』鵜上家の血を受け継ぐ亜子の瞳には、現層世界に漸近している異層領域を色として映し出すという特殊な力が備わっている。

 しかし、持って産まれたその才能以上の才能を持たない亜子は、こんな力なんて無ければ良いのにと思うことがこれまでに幾度もあった。大した力も才能も持たずに、一般の家庭に産まれてさえいればどんなに気が楽だったかと思うときもあった。

 それでも――この眼を素敵だと言ってくれた後輩がいた。

 その後輩を助けるための力に、ほんの少しでもなれるのならば、この眼があって良かったと思えた。

 亜子は端末(デバイス)を取り出すと、これまで一度も使ったことのない緊急用の番号を入力した。

 一回、二回とコール音が聞こえてから、三回目のコール音を待たずに応答が返ってくる。


『何があったの?』


 開口一番、早口でそう問い掛けられる。

 挨拶を省略したのは、それがいま必要な状況ではないからだと承知しているからだ。


「会長、学園で問題が発生しました」


 亜子はできる限り現状を的確に伝えるため、一拍の間を置いてから――。



「天河聖奈さんが――神格化しました」



 その事実を告げたのだった。



(第4章『可能性の魔女』編――開始)

ほぼ一年ぶりの新章突入になります。

全12回(予)としていますが、終わりは見えていてもいつ終わるのか、書いてる本人もわかりません。


また、各話の文量もこれまでよりだいぶ多めになると思いますし、細かい伏線回収も含めて、整合を取るために不定期の掲載になりますが、よろしくおねがいします。

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