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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第3章「四校統一大会編」
62/111

第61話「星条の名を継ぐ者」

★☆★☆★



 一般的に知られているあらゆる情報体は、光の速度を超えることが不可能とされている。

 しかし、光速よりも速く移動する情報体は、実は数多く存在している。

 物理的にしろ、見かけ上にしろ、この地球上にはいくつも存在しているのである。

 それでは、封術の事象の改変によって光速よりも速く移動する情報体——超光速の情報体を創り出すことは可能であると言えるだろうか。


 答えは、否である。


 ただし、これは正確ではない。正しくは『実用レベルを満たす超光速の情報体』を創り出すことが不可能なのであって、理論上では超光速の情報体そのものを創り出すことは可能とされている。

 そう、あくまでも理論上は、である。


 勘違いされがちなのだが、封術は何も万能の技術ではない。

 この世界(現層世界)に存在しない情報体(もの)は創れないし、事象を改変するための元となる情報体の存在は必要不可欠だ。

 だがこれは、裏を返すと現層世界に存在している情報体であれば——要素となり得る情報体が存在していれば、封術によって事象の改変が行えることを意味している。

 すなわち、超光速を有する情報体が観測されている以上は、封術による事象改変が行えるということだ。


 とはいえ、理論上と前置きしたとおり、実際に超光速の情報体を創り出す封術式を構築することは容易なことではない。

 世界を満たす物理法則を熟知しており、物理学や量子力学に精通し、また、粒子や量子などといった精緻な組み立てを必要とする情報体を操作することに長けた術者でなければ、複雑に入り組んだ構築式を——封術式を組み立てる時点で躓くことになるであろう。

 さらには首尾良く構築式を組み立てられたとして、事象改変における『演算』のプロセスでは多少の誤差すらも許されないレベルで構築式の解を導き出さなければならない。

 おそらく、人ひとり分の無意識領域の全てを演算処理に割り当てたとしても、数百回以上のアプローチを行ってようやく演算に成功するか否かであろう。

 だが、事象改変のプロセスは『演算』で終わりではない。『構築』し、『演算』によって導き出された情報体(けっか)を現層世界の領域に『干渉』させなければならないのである。

 新たに創り出した情報体を世界に強く干渉させるためは、情報体を強固に定義付けなければならず、最初に組み立てるべき構築式がさらに複雑なものとなることくらい容易に想像がつくことだろう。


 つまるところ、大規模な——たとえば対人、対物レベルで影響を与えるほどの干渉を伴う超光速の情報体を創り出すことは、理論の上では可能と言えるが、現実にそれを実現した術者は一人としていないのである。




 さて、四校統一大会最初の競技種目である『光速の射手(ファスト・ドロー)』が選手たち——広義的には封術師——に求めているものは速度と精度の二点である。


 精度とは、標的(まと)を狙う際の命中精度のことを意味している。

 投擲系統の封術は標的の座標を指定することで発現するため、標的に封術を命中させるためには座標を正確に算出する必要がある。


 一方速度とは、術式の『構築』『演算』『干渉』という三段階のプロセスを経て発現した現象が標的を射止めるまでの時間を指している。

 それはたとえば『構築』の場合、構築式を組み立てる段階から対象の座標を埋め込む方法(限定的な構築式)と、予め準備しておいた構築式に対象の座標を外部変数(パラメータ)として与える方法(汎用的な構築式)のどちらを用いるかによって、『演算』を行う際の効率が変わってくる。『演算』における処理速度は術者の才能や経験により向上するし、『干渉』する範囲を絞り込むことで構築式は単純な造りとなり、結果的に術式の発動速度はより速くなる。


 ——速度。


 この速度には当然、術式によって事象改変を受けた情報体の物理的な運動速度も関係している。

 この世界で最も速く運動する情報体は何か。

 光だ。

 光——すなわち、光速。

 『光速の射手』という競技種目名はつまり、そういうことだ。


 光速への到達。

 光の速さで標的を射貫く、術式の速度と精度の融合だ。


 それでは、封術によって超光速の情報体を創り出すことは現実的に不可能としたが、光速の情報体ならば創り出すことは可能だろうか。


 無論、可能だ——ただし、光の性質を創り出すだけならば、と言い換える必要があるが。

 光の性質を持つ情報体を創り出すことは超光速の情報体を創り出すことと比べて遙かに容易いことではあるが、それでも構築の難度は圧倒的に高い。

 術式の速度と精度を求められる『光速の術式』という競技においては、光を用いた光速の術式は、高速の術式よりも遅いのである。


 ゆえに、『光速の射手』という競技種目名は大言壮語も良いところだろう。

 創り出した情報体の運動速度が光速に到達することはできても、その情報体を創り出す人間の演算速度が光速に達することができないのだから、全くどうして、どうしようもない話だ。

 星条悠紀が装具を手にするまでは——。



★☆★☆★



 次代の星条家当主として最有力候補に挙げられる星条悠紀が初めて装具を手にしたのは、彼女がまだ小学二年生の頃だった。彼女の装具は当時、星の煌めきを連想させる美麗な片手剣であり、確かな実体と強固な形状から強化型としてカテゴライズされていた。


 それから数年、悠紀は当時の星条家当主——彼女の祖父を師として封術の技術を学ぶことになる。

 祖父に付いてまわり、様々な『星鳥』の封術師たちを見てきた悠紀はあるとき、ふと気付く。

 ごく一般的なカテゴリに属している装具を操る悠紀と違い、『星鳥』に連なる封術師の多くは特殊な形状の装具を操っていたのである。

 そのためか悠紀の持つ装具を異端視する者も少なからずいたのだが、星条家の人間に直接意見をする厚顔無恥な者は一人としていなかったし、彼女自身も装具は封術を操るための橋渡し(インターフェース)であって、封術師にとっての必須道具(ツール)であるということくらいにしか考えていなかった。

 祖父の指導のもとで封術師としての才能を次々と開花させていった悠紀は、いつしか周囲の大人たちから封術社会の将来を強く嘱望されるようになった。

 周囲の雑音はいつの間にか消えてなくなっていた。


 悠紀が装具の隠された性質を垣間見たのは、彼女が中学一年生となったばかり頃のことだ。


 『天童神楽』討滅作戦。

 クラス1stの隣神を斃すために結成された封術師団に、彼女は弱冠十二歳という若さで参加することになる。

 封術師団の指揮を執ったのは彼女の祖父であり、前線の部隊には父や傍付きの関内桃花も参加していた。悠紀の役割は後方部隊の一員となって下位クラスの隣神を斃すことだった。


 作戦開始から十七時間後、その出来事は起こった。


 その日はちょうど月蝕が起こる日なのだと桃花から教えられていたが、悠紀は別段興味を持たなかった。

 しかし、彼女の妹は違った。

 妹の奈緒は月蝕を見るために外へと出ていた——そのときを待っていたように、違法封術師の手によって拉致されてしまったのである。

 その知らせを悠紀たちに届けたのは、作戦行動中の間だけ奈緒の傍付きをしていた術師だった。その者は現役こそ退いていたが優秀な術師であり、いくら作戦のために手薄となった隙を突かれたからといっても、違法封術師に遅れを取るとは想像もしていなかった。

 だが、現実に奈緒は拉致された。知らせを届けた術師も致命傷を負っており、手当の甲斐も虚しく、やがて最期のときを迎えた。

 そして、その知らせを聞いて悠紀が取った行動は、祖父や父が想像もしていないものだった。


 悠紀は月が地球の影に入り、第一接触が始まった夜の工業地帯を疾駆していた。

 祖父の命令を無視して戦線を離脱し、単独で違法封術師の隠れ住む場所へと乗り込んだのである。

 なぜそんな後先のことを考えない突飛な行動をとったのか、そのときの悠紀にはわからなかった。

 ただ、心の奥のさらに深いところで脈動する感情が、彼女を動かしていた。


 隣神との長時間に渡る戦いの疲労や傷のためか、単独先行していた悠紀に追いついた桃花とともに向かったその場所で二人を待っていたのは、違法封術師と思しき人物と手足を鎖で繋がれた奈緒の姿だった。

 目隠しや猿ぐつわ等をされていなかった奈緒は、泣き腫らしたように真っ赤な顔で悠紀の姿を見つけると、声に出して彼女の名を叫んだ。


 ——おねぇちゃん!


 と、悲痛な表情で、くしゃくしゃに歪めた顔でそう叫んだのだ。


 そのときになって、悠紀は思い知った。

 妹は幼い頃から何故だか自分にとてもよく懐いていた。

 無邪気な笑顔で、いつも妹の方から自分に話し掛けてくれていた。

 たまに封術の訓練をしているところにやって来ては、お姉ちゃんはすごいねと褒めてくれていた。

 だけど、正直に言うと悠紀は当時、まだ小学四年生だった妹のことが苦手だった。

 好きでもなく、嫌いでもなく、苦手だった。


 悠紀はこの世に生を受けたときから封術師となることを運命付けられていた。物心がついた頃から様々な教育を受け、装具を手にしてからは大人たちの中に加わって封術の訓練に明け暮れた。

 今ではこうして隣神との戦いにも参加している。

 しかし、妹はそんな自分とは違う。

 半分だけ血の繋がった妹は封術を使ったこともない普通の女の子であり、普通ではない悠紀は妹とどんな風に接すれば良いのかわからなかったのだ。

 だがそれは建前であって、単なる言い訳に過ぎなかった。


 本当は、ただ羨ましかっただけなのだ。

 同じ家で暮らしながらも普通の女の子として生活している妹のことが。

 何の重荷も背負っていない妹のことが。

 父親から望まれて産まれてきた妹のことが。

 産みの母親が生きている妹のことが。


 羨ましかった。

 嫉妬していた。


 だけど、そんな妹はいつだって自分のことを無条件に慕ってくれていた。

 たったそれだけのことで、悠紀にとっては十分だった。


 悠紀の想いは自身の『(こころ)』を強く揺り動かした。

 いつからか心の奥深くで芽吹き、しかしずっと眠ったままでいた想いが目覚めようとしていた。


 天上には第二接触を終えて食甚(しょくじん)を迎えた夜空が広がっていた。

 月が人々の眼から隠され、その光は地上には届かない。

 そんな夜空の下で、悠紀は強く願った。

 全ての災厄から大切な者を護るための力を。

 そして今は、たった一人だけの妹を護るための力を。


 その瞬間だった。

 剣型の装具が悠紀の強い想いと願いに呼応するように変形を始めたのである。最初に刃にうっすらと縦方向のスリットが刻まれた。次いで、分かたれた刃が飛び立つ前の白鳥のようにしなやかな動作で羽ばたいた。

 それは永遠のようでもあったし、刹那のようでもあった。

 

 悠紀はそのとき、本能的に悟った。

 この装具の特性と、その扱い方を。


 悠紀は装具を構えた。その途端、装具が纏っていた光が一点に集中して一本の光の矢を創り出した。その光の矢は悠紀がこれまでに身に付けたあらゆる封術式よりも速く発現し、あらゆる封術よりも速く敵を射貫いた。形容でもなく誇張でもなく、それこそ光の速さで——妹を苦しめた者の身体を射貫いたのである。


 光の矢に射貫かれて壁に串刺しとなった者がその後どうなったのかは知らないし、知りたくもない。

 鎖に繋がれて満足に歩くことができない奈緒に向かってよろよろとした足つきで近寄ると、悠紀は全身の力が抜けたようにその場にくずおれた。右手から落ちた装具は一夜の夢の如く元の剣型へと戻っていたが、悠紀は気付かなかった。妹が無事で良かったと、その想いの方が強かったのである。


 頬を伝う涙の滴の温かさは今でもハッキリと思い出せる。

 封術の訓練がどんなに辛くても涙を見せなかった悠紀が妹の前で見せた、初めての涙だった。

 視界が滲んで、ぼやけて、自然と身体が震えた。

 伸ばした両手でぎゅっと抱きしめた妹の身体から感じる体温がとても愛おしかった。

 妹が生きていることを確かめるように、絶対に離さないようにと強く抱きしめた。

 そして悠紀は子供みたいに大声で泣いた。

 子供だったけれど、子供みたいに泣いた。

 妹も泣いていた。

 姉妹そろって、泣いていた。




 その日の出来事を境にして、悠紀は自身の装具に目を向けることとなる。

 装具に『月蝕(つきはみ)』という名を与え、装具が秘めていた性質を分析し、研究したのである。


 それは決して自分自身のためや、ましてや『星条』という家柄のためではなかった。

 大切と思う存在を護れるように。

 たとえどこにいようとも、いつだって空を舞う鳥のように羽ばたいていけるように。


 装具とは己の『(こころ)』が具現化した姿である。

 悠紀の強い願いが——『意』が生み出した弓型の装具は、その姿こそがこれまで周囲の大人たちに望まれるままに生きてきた彼女自身の本当の想い(こころ)なのだとわかったから。




 自分の意思で装具を剣型から弓型に切替えられるようになるまで、半年かかった。


 封術式の三段プロセスを必要としない『月蝕(つきはみ)』専用の装術を発現できるようになるまで、さらに一年以上もかかった。


 装具『月蝕』のカテゴリが強化型近接系直剣から特殊型特殊系天衝弓へと変更になったのは、ちょうどこの頃ぐらいからだろうか。

 それと同時期に、悠紀は封術協会から≪光輝月天≫という固有の銘を与えられることになる。


 かくして悠紀は、光速の術式を手に入れたのである。



★☆★☆★



 大会規定により『光速の射手』に封術紋を使用することはできない。

 ゆえに悠紀は封術紋が刻みこまれた蒼の左眼を特殊な眼帯で覆い隠している。そのため片方の眼だけで標的に狙いを定めなければならないのだが、遠近間隔を狂わせるその行為が彼女にとって不利に作用することは全くといって良いほどなかった。

 

 悠紀は『月蝕』を構える。

 出現した標的に悠紀が意識を移したその瞬間——装具『月蝕』が光矢を創り出す。

 そこに思考も思慮も思索も思量も思案も何もかもが不要だった。

 悠紀はただ何千何万とそうしてきたように、右手の指で光矢を不可視の弦に番えて軽く弾いた。

 たったそれだけの動作で、光矢が標的を穿った。

 後はその繰り返しだった。

 次から次へと出現する標的に対して、悠紀は構えたままの『月蝕』を最小限の動きで向けて指を弾く。

 それはまるで竪琴を弾くかのように鮮やかで流れるような運指だった。




 競技終了のブザーが場内に鳴り響く。

 三分という予選の競技時間はあっという間に終わってしまったようだ。

 悠紀はふぅと一息吐いてから『月蝕』の構えを解いた。次いでスクリーンに映し出された自身のスコアには一切眼を向けようとせずに、観客席の方を——秋弥たちの座っている辺りへと視線を向けた。

 彼らのいる席については競技が始まる前に選手控え室に呼んでいた亜子と聖奈から聞いていたのだが、それ以前に悠紀は選手宣誓の際に彼らの姿を見つけていたのでわかっている。

 視線を向けた先では妹と妹のクラスメイトである玲衣、そして見知らぬ女の子を挟んで秋弥が並んで座っていた。

 悠紀の黒い瞳が秋弥を捉える。

 顔つきや背格好は全く異なるが、秋弥の纏う雰囲気は彼の姉であり悠紀の同級生だった月姫にとても良く似ている。

 まるでそこに彼女が座っているかのように思えたのである。

 悠紀は口元に小さな笑みを浮かべると、わざと気取ったような態度で視線を外し、踵を返す。

 その際に、悠紀の視界の端にスコアが映った。

(あぁ、また月姫を超えられなかったな……)




 入場ゲート前では悠紀の次に試技を行う女子選手が立っていた。

 退場する悠紀と入れ替わりで場内に入るべき彼女は、しかしその場から全く動こうとせずにスクリーンを見上げたまま、全身をわなわなと震わせていた。

 それは昨年度と同じ光景だった。

 悠紀の叩きだした圧倒的なスコアを前にして、しり込みしてしまったのだろう。悠紀が女子選手のそばを通りかかったとき、彼女は驚いたように肩をビクンと跳ねさせた。どうやら悠紀が既に退場していることにも気付いてなかったようだ。

 可哀想にと思うが、それを口には出さない。

 本当ならここで一言二言声を掛けても良かったのかもしれないが、悠紀はそうはしなかった。

 これは個人戦で、自分を護ってくれるものは自分しかいないのだから、それでは彼女のためにならないと思ったからだ。

 きっと彼女の試技は散々な結果に終わることだろう。乱れた『(こころ)』では封術にしても装術にしても上手に扱えるとは思えない。

 だが、幸いなことに『光速の射手』の予選は試技が二度行われる。

 彼女には二度目の試技で頑張ってほしいものだと、悠紀は他人事のように思った——実際悠紀は二度目の試技をパスするつもりだったから完全に他人事だった。


 入場ゲートから通路へ出ると、悠紀は鷹津封術学園の出場選手に宛がわれた選手控え室と戻った。

 ドアを開けると、真っ先に視界に入ったのは目も眩むような金髪だった。


「おかえり、ユウキ」

「……ただいま」


 スフィアが振り返り様にそう言ったので、悠紀も反射的に応じる。

 選手控え室には、スフィアの他に悠紀と同じように『光速の射手』に出場する二人の女子選手がいた。


「やりましたね、星条会長! 大会新記録ですよ! 新記録!」


 競技に出場する選手の一人である二年生の女子が興奮した様子で「おめでとうございます」と拍手を送る。

 すると彼女の隣に立っていたもう一人——最上級生(ごねんせい)の女子も両手を叩いた。


「ま、会長さんの場合はこういう方が正しいかもしれないけどな。自己ベスト更新おめでとう、と」

「ありがとうございます」


 悠紀は二人に向かって笑顔を見せる。最上級生の言葉どおり、今回の試技で悠紀の出したスコアは、昨年度に彼女自身が出した『光速の射手』の大会記録を上回っていた。


「ま、そこはさすが星条家、と言ったところかな」

「いいえ、そんなことはありません。昨年度の自分を超えられなくては、何のために一年間を学園で過ごしてきたのかわかりませんから」


 何事に対しても常に向上心を持つということは当たり前のことだ。それは昨年度もその前の年も同じ競技に出場している悠紀に限らず、全ての封術師見習いが心がけていることだと彼女は思っていた。


「言うね。でもま、会長さんの言うとおりだよ。人間は常に進歩する生き物だからね」


 最上級生女子はあっさりと同意する。仮に彼女が大会記録を超えられなかったとしても、彼女には彼女の自己ベストがあり、それを上回ることで己の進歩を示せば良い。

 そうは言っても、できることなら悠紀の出した大会記録を塗り替えるくらいの向上心は持っていてほしいものだが……。


「ところでスフィア。貴女が選手控え室(ここ)に来ているということは、作戦スタッフ席で観戦していたのよね?」


 今更、選手でもないスフィアがなぜ選手控え室にいるのかとは問わない。代わりに悠紀は確認の問いかけをした。


「うん? うん、役員特権はこういうときに有効に活用しないとね」

「……貴女は役員じゃないでしょう」


 しかしながら治安維持会長という役職は学生自治会長と同等の役員特権を有するため、それはほとんど同じようなものだった。


「まぁいいわ。あの席に行かせたのは亜子と聖奈さんの二人だけだったはずだしね」


 作戦スタッフ席というのは、四校統一大会の各競技種目を行うにあたって各学園から三名まで座ることの許された特別席のことだ。その席は競技がもっとも良く見えるため、戦術を組み立てる作戦スタッフが他選手の分析を行う際に用いることからその名が付けられた。


「二人にはあそこで競技を観るように言ったのかい?」

「えぇそうよ。今後のことを考えるとその方がいろいろと良いでしょ?」

「そうだね。でもユウキ、『光速の射手』には作戦スタッフなんていらないのだから、それも立派な職権乱用じゃないのかい?」


 スフィアがニヤリと笑う。


「あらイヤだわ、後任の育成も仕事の内よ」


 わざとらしく悠紀も微笑む。

 スフィアが言うとおり、『光速の射手』は完全な個人競技であり、どちらかと言えばルーチンワークに近いため作戦スタッフを必要としない。

 それでは、なぜ悠紀は二人を選手控え室に呼び出し、作戦スタッフ席で競技を観戦するように指示したのだろうか。

 それは来る決勝戦に備えて——昨年度に引き続き大会記録を更新した彼女の決勝戦出場はほぼ決まっているようなものだ——他校の有力選手の情報が必要だった、というわけではない。

 悠紀は二人に——特に聖奈に封術というものをもっと知って欲しいと考えたからだ。

 スフィアとの会話の中で口にした後任の育成という言葉は、あながち嘘ではない。

 封術学園に入学するまで封術を知る機会のなかった聖奈にとって、これは良い機会だと思った。

 それに、おそらく自分が最上級生となる来年度に自治会長になるのは亜子だろうとも、漠然とだが思っていた。自治会長という役職は学園全体を俯瞰的な視点で観測し、様々なことに対応しなければならない。そのためにも『他者を識る』ということが必要であり、理解して、尊重して、吸収して、意見して、纏められるようにならなければならない。

 それらは一朝一夕でどうにかなるものでもないが、いつかはそうあってくれれば良いと、悠紀は心中で願っていた。



★☆★☆★



 二位以下を大きく突き放して余裕の一位通過を果たした悠紀と鶺鴒封術学園の四年生、烏丸封術学園の五年生による『光速の射手』女子決勝戦は、男子予選後の昼休憩を挟んでから行われた。

 三選手が並び立つと、全員がそれぞれ種類の異なる弓型の装具を構えた。

 いよいよ決勝戦が開始される。

 最初に標的を捉えたのは、悠紀の術式だった。

 光速の矢が射貫いた後の標的を二つの矢が射抜いていく。

 もちろんそれらは得点には結びつかない。

 次に標的を射貫いたのも悠紀だった。残る二人の術式は今度も虚しく空を過ぎていく。

 次も、次も、その次も。

 誰も悠紀の速さに付いて行くことができない。

 時間経過とともに出現頻度とその数が増していく標的に対して、本来の標的を逸れてしまった術式が偶然にも別の標的に当たって得点となることもあった。しかし、狙ったとおりの標的を正確に射抜いている悠紀は、そのようなラッキーとは無縁だった。

 悠紀の創り出した光矢が標的の中心を正確に捉えて貫く。二人の選手の創り出した矢は射貫かれた後の標的のギリギリを掠めて背後へと抜けていく。

 術式の速度だけではない。命中精度ですらも悠紀は他者を圧倒していた。




 競技も中盤を迎えて、当てると減点対象となってしまう標的が出現し始める。

 だが、悠紀はそれらも冷静に処理していく。加点対象の標的に紛れ込んでいた減点対象の標的を判別して、狙いを中心からわずかに逸らす。

 一方、鶺鴒封術学園の四年生選手の矢が減点対象の標的を射貫いてしまい、スコアが差し引かれた。それは全体でみればほんの些細なミスであったはずなのだが、四年生選手はこのミスによって冷静さを欠いてしまった。すぐ傍に出現した加点対象の標的を狙って放ったはずの矢が標的を大きく逸れていく——正確に狙えていたところで、その標的は悠紀の光矢が先に射貫いていた。

 星条という家柄が悠紀に与えたのは、才能だけではなかった。

 他の選手がミスショットを放つ中、悠紀だけは一発も狙いを外すことはなかった。

 それに、たとえ万が一にもミスショットをしたとしても、彼女はまるで動じないだろう。

 四校統一大会という封術師見習いにとっての大舞台でさえも、平常心や集中力を乱さないほどの強靭な『(いし)』が、齢十九歳の悠紀は既に備えていた。




 悠紀が着々と得点を伸ばしていく中、二人の選手の得点が拮抗していた。

 二人は予選の結果もほとんど横並びであり、実力的に見てもほとんど同格だった。鶺鴒封術学園の四年生選手は先ほどのミスからは何とか立ち直れた様子で、現在は標的を慎重に処理している。

 そもそも大会に出場している選手たちは、いずれも各学園を代表する学生たちだ。全く冷静さを欠くことのない悠紀が特出しすぎているのだが、他の選手にしても、この程度のミスからすぐに立ち直れないようならば、最初からこの舞台には立っていないだろう。

 それに彼らは合理的だった。

一位の悠紀に無理に追いつこうとしてミスを犯すよりも、堅実に得点を稼いだ方が良いと判断したようだ。

 そう、女子決勝戦はもはや、二位決定戦という様相を呈していた。




 そして競技が終了する。

 優勝は今更確認するまでもなく、二位との差をダブルスコアで締めくくった鷹津封術学園四年生の星条悠紀だった。

 さらに付け加えるならば、本人はあまり意識していなかったが、鷹津封術学園の総合優勝三連覇に先駆けて悠紀の『光速の射手』三連覇が達成された瞬間でもある。

 二位は烏丸封術学園の五年生選手で、鶺鴒封術学園の四年生選手は後一歩が及ばなかった。

 予選から少し延びて五分の競技時間に己の持てる力を全て注ぎ、集中力を使い切って精神的に疲労困憊であるはずの選手たちは、しかしそんな様子はおくびにも出さなかった。大歓声が飛び交う観客席に向かって、ある者は丁寧にお辞儀をして、ある者は手を振って演習場を去ったのだった。


現時点で最高レベルの封術師見習いの登場です。


本編を少しだけ補足しますと、星条悠紀は1年生の頃から四校統一大会に出場していますが、1年目は『光速の射手』には出場していませんでした。


なので、『光速の射手』に出場したのは2年生からであり、そのすべてで大会記録を塗り替えました。


また、九槻月姫は過去三回の大会で『光速の射手』には出場していません。



■星条悠紀

年齢  :19歳(四校統一大会編開始時点で誕生日を迎えている)

所属  :鷹津封術学園

学年  :4年1組

役職  :学生自治会 会長

容姿  :緩くウェーブの掛かった髪。

    :左右で瞳の色が違うオッドアイ(ヘテロクロミア)。

    :左眼が蒼色、右眼が黒色。左眼には封術紋が刻まれている。

一人称 :私

装具  :特殊型特殊系天衝弓「月蝕」

得意系統:『水』『風』 ※ただし苦手な系統はない。

得意術式:弓装術『月光』

固有銘 :光輝月天


次回は少し短くなります。


2012/12/27 可読性向上と誤記修正対応を実施


補足:2047年の月蝕(皆既食)は設定上のことで、実際には部分食となるはずです。

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