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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第3章「四校統一大会編」
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第62話「観客としての視点」

★☆★☆★



「星条会長の圧勝だったな」


 『光速の射手(ファスト・ドロー)』女子決勝戦が終了し、続けて行われる男子決勝戦の選手たちと入れ替わるようにして女子選手が演習場から出て行く姿を見届けながら、秋弥が独り言のように呟いた。


「……予想していたことだったけれど、これはチョット予想以上だったかなぁ」


 すると、玲衣が特殊加工の施された偏光メガネを外してそう言う。


 スクリーンの表示は既に男子決勝戦に備えて切替えられてしまっていたが、そこに表示されていた悠紀のスコアはまさに『圧勝』と呼ぶに相応しいものだった。

 前年度の例があるとはいえ、他校の代表選手と比べてもここまでの力量差があるとは想像の埒外だった。

 こうなると、もはや『光速の射手』という競技で悠紀に匹敵する封術師見習いは、彼女が卒業するまで現れないのではないかと思えてならない。


(これが、星条家の次期当主候補の実力というわけか……)


 星条家の本邸で思わぬ邂逅を果たした彼女の父——星条家の現当主が認める悠紀の実力を目の当たりにして、秋弥は内心で思う。

 封術が発現するまでの三段プロセスを省略(ショートカット)する恐るべき装術に対して、自分ならばどう対処するか、と。

 しかし、秋弥がそのような考えに没頭してしまいそうになったところで、隣に座る伊万里が彼の制服の裾を軽く引っ張った。

 それによって意識の回帰を果たした秋弥は眼を瞬かせながら、顔を横に向けた。


「ん、どうした伊万里?」


 何やら伊万里の様子がおかしい。

 心配になって秋弥がそう声を掛けると、玲衣も反対側から顔を覗かせて「どしたの?」と言った。


「……シュウ兄、玲衣さん……」


 不安げな表情のまま顔を上げた伊万里は、二人の顔を交互に見詰めてから、


「封術学園には、星条悠紀さんみたいな人たちが、たくさんいるのかな……」

「え、急にどうしたの?」


 玲衣が首を捻ってそう問いかけるも、伊万里は言葉を返さない。だが秋弥には伊万里が何に対して不安を覚えているのかすぐにわかった。

 おそらくこの辺りは、一般家庭から封術学園に入学した玲衣(ひと)と、封術師の家庭から封術学園に入学する(しようとしている)伊万里(ひと)の考え方の違いなのかもしれない。

 たとえば前者の場合は、自分とは違うのだという認識を持った上で、そういう人になりたいと思うかもしれない。対して後者の場合、自分と同じなのに、その遙か上を行く存在に畏怖してしまうのだろう。

 それが映像越しであれば、文字どおりにフィルタがかかって認識が曇ってしまうものだ。

 だけど今は実際に自分の眼で大会を観戦している。

 自分自身の五感から直接得る情報の量は機械を通してでは得られないほど膨大で、そして容赦がない。

 悠紀の封術を見て、伊万里が自身の将来に不安を覚えてしまうのも無理からぬ話だった。


「心配するな、伊万里。星条会長(あのひと)は格が違う」


 ——あるいは規格外とも言うのかもしれないが。

 秋弥は何てことない風を装って伊万里の頭を撫でる。


「会長は封術師見習いの中でも最高クラスの人だから、会長を基準に考えたらできることもできなくなってしまうぞ。……そうだな、今の伊万里だったら玲衣あたりを基準に……いや、目標にするとちょうど良いかもしれないな」


 冗談めかしてそう言うと、


「そうだよ伊万里ちゃん。伊万里ちゃんはあたしみたいに……ってちょっとそれ、どういう意味かなっ!」


 微妙なノリ突っ込みで玲衣が抗議の声を上げた。


「どういう意味も何も、言葉どおりの意味だが?」

「言葉どおりって、つまりアレだよね。えっと……あれれ?」


 自分の言葉に自分から混乱し始めたようだ。頭を捻る玲衣に、秋弥が補足する。


「つまりだな。いきなり会長のような遙か高みにいる相手を目標にするよりも、玲衣や俺みたいに身近な相手を目標にして目指すことから始めた方が堅実的だということだ」

「そうそれだよ、それっ! でもシュウ君は普通じゃないから、そうなると、やっぱりあたしかな」

「おい、ちょっとまて。俺が普通じゃないってどういう意味だ?」


 玲衣の言葉に秋弥がすぐさま反論すると、彼女は悪戯っぽく笑った。


「どういう意味も何も、言葉どおりの意味だよ?」


 先ほどの秋弥の言葉をそっくり真似して言い返すと、伊万里がふっと笑った。


「玲衣さんそれ、さっきシュウ兄が言ったことじゃないですか」

「あはは、バレちゃったか」


 見え透いた三文芝居であったが、幾分元気を取り戻した様子の伊万里を見ると多少の効果はあったようだ。

 それに、伊万里もこれで理解したはずだ。

 自身の認識している世界を再認識するという行為。

 浅間総一郎が封術学園の入学試験を数か月後に控えている娘をこの場所に連れてきた理由は、既に果たされたと言えるだろう。


「それにしても、やっぱり星条会長の封術は飛び抜けてすごかったね。ね、奈緒」


 玲衣が話を振ると、それまで桃花と二人で悠紀の話をしていた奈緒たちの視線がこちらに向いた。


「うん?」


 奈緒が疑問符で応える。急に話を振られたので玲衣の言葉は耳に入っていなかったようだ。


「『光速の射手』は会長の圧勝だったって話だよ」

「うん、そうだね!」


 姉の悠紀が褒められたことが嬉しくて、奈緒は顔を綻ばせた。


「あれ? そういえば奈緒はメガネをかけなくても会長の封術が見えたの?」


 一度外したメガネをかけ直して、玲衣が言う。

 メガネが気に入ったのだろうか。指の腹でフレームを軽く持ち上げる仕草をしている。


「お姉ちゃんの封術だもん、当然見えるよ」


 術式が持つ性質は光であるため、封術による視覚補助や偏光メガネのような道具を使用すればその輝跡を辿ることはできる。実際、秋弥は洞察眼(インサイト)を使用していたし、奈緒と伊万里は偏光グラスをかけていた。だが、奈緒はどうしていたのだろうか。

 さすがに動体視力だけでは捉えきれないと思うのだが……。


「でもやっぱり、半年封術を勉強したくらいじゃお姉ちゃんが何をしているのかもよくわからなかったよ」


 続けてそう言うと、「大丈夫、あたしもだよっ」と玲衣が同意した。

 それを聞いていた秋弥は、同じ封術師見習いとしては何も大丈夫じゃないだろうが——むしろ悠紀のような並外れた封術師と相対するようなことになったらどうするのかと、心配になった。しかし、よくよく考えて見れば玲衣と奈緒の二人は秋弥のように学生自治会の『課外活動』には参加しないし、学生であるうちに封術絡みの事件に巻き込まれることもないだろう。ならば、対違法封術師——封術協会の定めた秩序(ルール)を無視して封術の力を私利私欲のために用いる封術師だ——との戦いを想定する必要なんてないかと思い直した。


「しかし、奈緒お嬢様。僭越ながらに申し上げますと、奈緒お嬢様は星条家の直系であらせられますので、そのような認識を持たれておりますと面目がございません」


 桃花が眼を伏せ、本当に面目がなさそうな表情を見せる。どうやら彼女は、秋弥とは別の理由で奈緒の態度に将来が心配となったようだ。


「そ、そうだよね……。ごめんなさい、桃花さん」


 奈緒もそれは重々承知の様子で、慌てて謝罪の言葉を口に出した。


「いえ、ご理解いただけたのならばそれで良いのです」

「……だけど、桃花さん。二人とも私が星条の直系なのに普通の娘なんだって、もう知ってるから……」

「奈緒お嬢様。あまりご自身のことを卑下されるのはお止しくださいませ。お嬢様が封術を学び始めたのは半年前のことなのですから、それは致し方ありません。しかし、お嬢様には星条の血統と才能がございます。それにお嬢様の装具『(あかつき)』におかれましても、悠紀お嬢様の装具『月蝕(つきはみ)』のような特殊な性質が秘められているかもしれないではありませんか」


 それに、と桃花はむしろこちらの方が本題であるというように続けた。


「確かに牧瀬様と九槻様は現在の奈緒お嬢様の実力をご存じなのかと思いますが、ここは学園の中ではございません。このような衆人環視の場では、何処でどのような者が聞き耳を立てているかわからないのですから、不用意な発言はできる限りお控えくださいますよう、お願いいたします」

「は、はい……」


 桃花から丁寧な言葉遣いで叱責された奈緒は、(しお)れた花のようにシュンとしてしまった。その様子を端から眺めていた玲衣は、


「あははは……怒られちゃったね」


 少しでも奈緒の気を紛らわせようとして、明るい調子で言った。

 声のトーンが固くなっていたのは、自分も桃花に怒られている気分になったからだ。


「えへへ、恥ずかしいな」

「ところで九槻様」


 と、話の区切りがついたところで珍しいことに桃花の方から秋弥に話し掛けてきた。


「私からひとつ、九槻様にお尋ねしても宜しいでしょうか?」

「? えぇ、構いませんよ。何ですか?」


 そんなことでわざわざ確認を取らなくても良いのにと秋弥は内心で思いつつも応じると、


「はい。例えば九槻様と悠紀お嬢様が『神の不在証明(オール・フォー・ワン)』で相対したとして、悠紀お嬢様の装術『月光』に対抗することは可能だと思いますか?」


 それは先ほど秋弥が頭に思い浮かべていたことだった。

 『月光』という名の術式が星条悠紀の固有銘≪光輝月天≫の由来である特殊な封術であることは知っている。

 そしてその性質は、あまりに特異だ。


「そう、ですね……。会長の封術は発現までの時間が恐ろしいほど速いですし、術式が放たれてから回避したのでは間に合わないでしょう」

「つまり、対抗することは不可能であると?」


 平坦な言葉には感情の色が見えない。

 秋弥は桃花の双眸を見つめ返す。

 まるで眼を逸らすことのないその視線は、不可能だとは思っていない眼だった。


「……いいえ、方法はいくつかあります」


 ゆっくりと首を振ってから、秋弥はそう応えた。

 すると、ほんのわずかにだが、桃花の口元に笑みが浮かんだような気がした。


「なるほど……。たとえばどのような方法でしょうか?」

「簡単なことですよ。術式が放たれる前に避ければ良いんです」


 伊万里たちが頭上に疑問符を浮かべているような気がするが、構わずに秋弥は言った。


「会長は術式を放つときに必ず指を動かしています。これは俺の勝手な推測ですが、おそらく矢を創り出すプロセスの中に『放出』の情報が含まれていないからだと考えます。だから、その指の動きを見ていれば術式が放たれるタイミングがわかります」


 たとえそれがわかったところで、本当に避けることができるかまではわからない。

 秋弥はあくまでも可能性の話をしていた。


「他にも会長の視線を辿れば弾道予測ができますし、もっと言えば——これは弓型にしても銃型にしても同じ事が言えますが——装具の構造が現実の武器を模している以上、矢や銃弾が放たれるポイントは必ず同じになります。ならば、弾道予測はより精密に求めることができるので回避も容易になるでしょう」


 方法としてはこんなところだろうか。

 これ以上続ける言葉はないという意思表示のために一拍以上の間を空ける。

 桃花が視線を一度外して、すぐに元に戻してから頷いた。


「さすがです、九槻様。その方法を実践で利用することができれば、悠紀お嬢様の封術に対抗することは、おそらく可能といえるでしょう」


 やや含みのある言い方だが、否定する材料を持っていないので反論のしようがない。

 その代わりに、秋弥は彼女に尋ねた。


「……ところで、どうして俺にそんなことを聞いたんですか?」


 それは秋弥だけでなく玲衣や奈緒にしても同意見だったようで、一斉に視線が桃花へと集まった。


「それは、九槻様に個人的な興味があったからですよ——」


 瞬間、伊万里と玲衣の表情がピキリと音を立てて固まった。


「——というのはもちろん冗談なのですが、その問いにお答えする前に、九槻様に謝罪いたします」


 桃花が座ったままで丁寧に腰を折る。

 思い当たる節はないのだが、何か謝られるようなことをしただろうか。

 秋弥が疑問を覚えていると、桃花は視線を秋弥から外して、奈緒へと向けた。


「九槻様の分析をきちんと訊いておられましたか、奈緒お嬢様?」

「え、あ、うん」

「さようでございますか。であれば幸いです」


 どうやら桃花は先ほどの玲衣たちの会話を掘り返して、単なる娯楽として競技を観ているだけではダメなのだということを奈緒に伝えたかったらしい。

 それは何とも遠回しなやり方だった。


「そう……だよね。私ももう、ただ観ているだけじゃダメなんだよね」


 封術師見習いとなったことでこれまでの立ち位置と変わったのだと、奈緒も改めて理解できたようだ。

 桃花の思惑にまんまと乗せられた形となった秋弥であるが、別段悪い気持ちはしなかった。


「今回の四校統一大会は奈緒お嬢様にとっても良い機会だと思われます。大会は本日を含めてもまだ七日もありますので、もしも不明な点などがございましたら、何なりとお尋ねくださいませ」


 と、桃花は何かを思い出したようにふと表情を和らげた。


「奈緒お嬢様、九槻様、牧瀬様、それに浅間様。これは余談なのですが……知らないことを知らないままでいると、永遠に知ることはできないでしょう。ですが、知ろうと思う気持ちさえあれば、私たちはそこから『知る』か『知らずにいるか』を選択できます。……この言葉は私の学生時代の旧友からの受け売りなのですが——誰かに聞いて知ることができるのであれば、一人で悩み続けているよりも、早々に聞いてしまった方が良いでしょう。その上で、知ったことを自身の中で振り返り、整理して理解を深めることに時間を費やせば良いのですから、悩むことに時間を浪費する必要はございません」


 それは、以前に何処かで聞いたことのある言葉だった。


「特に皆様は封術師見習いの一年生なのですから、知らないことの方が多くて当たり前なのでございます。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』ということわざがありますが、わからないことを他人に尋ねるという行為が恥ずかしい行為でないのは現在の皆様の特権なのですから、それを利用しない手はございません」


 悠紀お嬢様の封術に対して見事な分析をなされた九槻様には不要なことかもしれませんが、と桃花は言う。


「あぁ、そういえばその旧友は現在、封術学園で教師をしているようですね」


 そして桃花は、まるで今まさに思い出したかのような口調でそう言った。


「ひょっとしたら今後、彼女から封術を教わる機会があるかもしれません。その際には、わからないことがございましたら彼女に尋ねてみると良いでしょう。彼女は容姿や雰囲気でクールな人物と捉えられがちなのですが、その実、内面は学生思いの教師ですので」


 私からの話は以上です、と桃花は最後にそう締めくくって口を噤んだ。

 しかし、桃花が誰のことを指して『彼女』と言っているのか、秋弥と玲衣、それに奈緒にはすぐにわかってしまった。

 否、わかってしまったというよりもむしろ、秋弥たちは現在進行形で桃花の旧友たる人物から封術を教わっていると言い換えるべきだろう。

 

 『光速の射手』男子決勝の開始を知らせるアナウンスが場内に鳴り響き、秋弥たちの意識は自然と演習場へと移っていった。


『光速の射手』の後日談的な位置付けの回です。


今回の登場人物紹介は浅間総一郎の娘です。

これからの時期、受験生はラストスパートをかけている頃でしょう。

もうひと踏ん張りです。最後まで頑張ってください。


■浅間伊万里

年齢  :15歳

所属  :公立中学

学年  :3年

容姿  :艶の良いライトブラウンの髪をAラインシルエットでまとめている。

    :前髪はやや長めで目元に重なっている。

    :声と顔立ちには年相応の幼さが残っている。

性格  :玲依に憧れていることもあって、明るく活発で行動的。

一人称 :あたし

装具  :-

得意系統:-

得意術式:-


2012/12/27 可読性向上と誤記修正対応を実施

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