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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第2章「新入生編」
19/111

第18話「遅れてきた新入生」

★☆★☆★



 ニコリと微笑んだ聖奈は、これからクラスメイトとなる学生の中に一人だけ白い制服を着用している男子学生の姿を見つけた。

 不意に、その男子が聖奈の視線に気付いて眼が合う。

 聖奈はなぜかその男子学生の視線から眼を逸らすことができなくなり、意図せずして彼と見つめ合うような形になってしまった。

 だが、あっさりと男子学生が視線を外したことで緊張状態にあった聖奈の身体はすぐに弛緩した。内心で小さく息を吐いたところで、横に立つ袋環が彼女の座る席の指示を出した。

 袋環が示したのは、いつの間にか三組の教室に用意されていた三十番目の席だ。クラスメイトたちも初めてその空席の存在に気付いたように、視線をそちらに向ける。聖奈は袋環に恭しく頭を下げると教壇を降りた。通路の左右に並び座る学生たちの間を抜けて座席へ向かう途中、自分に向かって小さく手を振っている女子学生に、聖奈は視線を移した。

 生気に満ち溢れた活発そうな印象の女子学生だ。声には出さず、口の動きだけで「よ・ろ・し・く・ね」と伝える女子学生に、聖奈は笑顔を返した。



★☆★☆★



 今日の一コマ目は専門科目の封術理論であったため、袋環は朝のショートホームルーム(SHR)からそのままの流れで封術理論の講義へと移った。

 誰もが聖奈に声を掛けたくてウズウズしている様子を感じ取った袋環は、溜息を吐きながら定刻よりも十分早く授業を切り上げて——ただしSHR後の小休憩時間を挟まずに授業を行っていたため、実質的な授業時間にほとんど違いはない——教室を出て行くと、クラスメイトたちが一斉に聖奈の席の周りに集まり出した。

 彼女の前に座っていた玲衣はそれに巻き込まれないように一足早く席を立って、いつものように秋弥の席の周りにやって来ていた。

 堅持が振り返り、綾と奈緒も秋弥の席の周りに集まったところで、口々に言い始めた。


「いやぁ、やっぱすごい人気だな」

「転入生——うぅん、新入生か。それが珍しいっていうのもあるけど、だってあのルックスだよっ」

「綺麗な方ですよね。それに、聖條女学院というと、あのお嬢様学校ですよ」

「由緒正しき名家の令嬢が通うっていう触れ込みのアレね。綾と奈緒ももしかしたら通ってたんじゃない?」

「うぅん……、私の家は名家といっても封術師の名家だから」

「『星鳥』の女の子は聖條女学院よりも封術学園に通うと思う。でも、ここに入学できていなかったら、私は今頃聖條女学院に通っていたかも」

「はぁ……やっぱり、あたしみたいな一般人とは違うんだねぇ」


 天然系の奈緒に悪気はないのだが、彼女にはなぜ玲衣が気落ちしてしまったのかわからないようで、小首を傾げていた。


「それは良いとして、玲衣は真っ先に天河さんのところに行くと思ってたけどな」

「……その台詞。似たようなことを前にシュウ君にも言われたかも……」

「つまり、そういうイメージだってことだな」

「どんなイメージよ。何か不服だよっ!」

「そうか? そんなことないよな、秋弥」

「ごめん、否定はできない」

「そんなぁ〜……」


 しょんぼりする玲衣を余所に、綾と奈緒がクスクスと笑った。


「あっ! そういえば天河さんがあいさつしたとき、何かシュウ君と見つめ合ったりしてなかった?」


 シュンとしていたかと思うと、急に玲衣が机に身を乗り出してきた。

 玲衣の座席は教壇を正面として廊下側から二列目の前から五番目。秋弥の座席は窓側から二列目の前から四番目なので、玲衣の視点からは秋弥と聖奈の視線が見えていたのだろう。

 ちなみに、堅持は秋弥の前の座席で、綾は廊下側一列目の一番目。奈緒の座席はその二つ後ろとなっている。


「え、アレってオレのことを見てたんじゃないの?」


 しかし、玲衣の言葉に食いついたのは秋弥ではなく堅持だった。

 彼の残念な発言に玲衣はがくりと肩を落とした。


「そんなわけないじゃない。常識的に物事を考えなさいよ」

「オレじゃ非常識だっていうのかよ!?」

「実際問題、視線が通ってるか通ってないかくらいわかるでしょ」

「ぐぬぬ……」


 玲衣の正論に堅持が恨みがましい視線をこちらに向けてきたが、秋弥は軽く肩を竦めてやり過ごした。


「いや、俺にも良くわからないんだけど。たぶん、俺だけ違う制服を着てたから目立ったんだろう」


 今朝の月姫との会話を思い出した秋弥がそう告げると、玲衣は納得したように頷いた。


「それはあるかも。教壇の上から見ると白一色って感じだもんね」

「やっぱり皆さん、気になりますよね」

「偶然にも新入生が来てくれたおかげで、話題の標的にされなくて助かったけどな」


 おどけた調子の秋弥に皆が笑った。



★☆★☆★



 二コマ目の授業を終えた秋弥と堅持の二人は、女子メンバーを教室に残して先に学生食堂へと向かっていた。

 休憩時間中に「お昼の前にちょっと用事があるから、先に行ってて」と玲衣が言っていたので、秋弥たちは綾と奈緒にも玲衣と一緒に後からゆっくりと来るように伝えて、食堂の場所取りに来たのである。

 学生食堂に入ると、秋弥の自治会役員専用制服に気付いた学生たちの眼が一斉にこちらを向いた。主に教室や自治会室で食事を取っているという役員の昼食事情を知らない秋弥は、図らずも自治会の役員であるということの意味を思い知る形となった。

 その視線を避けるようにして入口から死角になりやすい手頃な場所の座席を確保すると、三人がやって来るまでの間、堅持と他愛のない雑談に興じた。

 その話題の中心はもちろん秋弥の纏う制服と、新入生の天河聖奈の話だ。

 だが、一般制服との違いは基調色を変えただけだと言うと、堅持は途端に残念そうな顔をした。


「それじゃあ、単なる色違いだっていうことか」

「そういうことだな。今朝姉さんにも言われたけど、良い意味でも悪い意味でも目立つだけだから、気を付けないとな」

「さっきみたいにな。つかお前がその制服を着てから改めて思うんだけどよ。入学早々、自治会役員に選ばれるとかすごくね?」

「新入生総代が役員として選出されることは、良くある話みたいだけどな」

「時期的に考えて、って話だよ。特にうちのクラスは『星鳥』の出身が三人もいるし、それに今度は聖條のお嬢様が入学して(はいって)きたんだぜ」

「お嬢様か……。確かにちょっとした仕草とか所作も、上品な感じがしたな」

「だろ? 聖條女学院の女の子なんて俺たちにとっちゃ高嶺の花だぜ。それが同じクラスにいるってんだから、こんな奇跡みたいなアドバンテージを利用しない手はないぜ」


 熱弁を奮う堅持だったが、秋弥の温度は彼ほど高くはなかった。


「止めとけって。またぞろ玲衣に弱みを握られることになるだけだぞ」

「ぐっ……、いや、だけどここで立ち向かわなかったら男が廃るぜ。聖條って全寮制だから、世間ずれしていなさそうなところを突くしかないか」

「……ならもう無理には止めないけど。処世術も身に付けていそうだし、うまくあしらわそうな気がするけどな」


 背もたれに身体を預けた秋弥は、クラスメイトたちの注目が一斉に集まる場面で聖奈が見せた微笑を思い出していた。

 どんな理由があったにしても、一人だけ入学が遅くなった聖奈がクラスにいち早く溶け込むためにはどうしたら良いか。その方法として彼女が選んだのは自身の容姿や経歴も計算に入れた振る舞いをすることだったのではないかと、秋弥は考えていた。

 逆にそれが聖奈にとっての自然な振る舞いであるとするならば、彼女は無意識のうちに多くの人の意識を惹きつけることだろう。

 封術師を目指す者にとって、その制御不可能なカリスマ性は危険だ。

 心の力である装具が事象を操る力である以上、人心を掌握する才に秀でた者は、己でそれを制御することができなければ、その存在そのものが隣神以上の脅威となりかねない。

 スフィアの言葉を借りるまでもなく、人間の敵が、必ずしも人間ではないとは限らないということだ。


「まあ無難にストレートにぶつかっていって、砕けるのが一番良いと思うぞ」

「砕ける前提かよ……」

「砕け散ってみるか?」

「破片も残らないのか!?」

「実際のところ、相手を最大限引き立てながら、やんわりと断わりそうだな」

「そういう奥ゆかしいところがまた良い!」


 もう好きにしてくれ、と嘆息する秋弥。

 あまり勝手な想像を膨らませすぎて、後で落胆しなければ良いが……。


「あ、いたいた〜」


 と、秋弥たちの姿を見つけた玲衣たちがこちらに近付いてきた。

 溌剌とした声に振り向いた二人は、女子三人に連れられる形で、今まさに話題にしていた渦中の人の姿を見つけて目が点になった。


「あ、あああ、天河さん!?」


 堅持が思わず席を立った。だからどうしたということでもないが、反射的に腰を浮かせてしまうほど彼が驚いたということだ。

 その分、秋弥は平常でいることができた。

 玲衣の言っていた用事というのはこのことだったのかと、秋弥は合点がいった。新しいクラスメイトを昼食に誘うなんていう競争率の激しそうなイベントに対して、玲衣がいったいどんな手を使ったのかは想像も付かない。だが、席の前後同士ということもあってか、その勧誘は見事成功したようだ。

 驚いたのは、何も秋弥たちだけではない。

 聖奈もまた、二人——主に秋弥の姿を認めて、今朝のこともあってか、わずかに目を見張った。


「……すみませんが、ご一緒させていただきますね」


 それでもすぐに微笑みを浮かべると、先に座って待っていた二人に頭を下げた。

 入学初日で学園のことを右も左もわからない聖奈であったが、キョロキョロと周囲に視線を向けるような真似はせず、玲衣に促されるまま、彼女の隣の席に座った。

 なお、堅持と向かい合って座っていた秋弥の両隣に綾と奈緒が座り、堅持は席を右にずらして、その隣——つまり秋弥の正面に玲衣が座り、その隣が聖奈という座席配置となっていた。


「二人はもう何か頼んだのかな?」

「いや、これからだよ」

「それじゃあ先に料理頼んじゃおうか」


 玲衣の一声で皆がデバイスを起動させると、彼女は聖奈の面倒を見ながら食堂メニューのなかから料理を選ぶように伝える。

 緊張に背筋を伸ばしたままの堅持だったが、彼は待っている間に今日の昼食は決めていたようで、ややぎこちない手つきでデバイスを操作すると、あっという間に料理を選び終えた。

 それぞれが料理を選び終えて、デバイスを片付ける。

 料理が運ばれてくるまでの間に、秋弥と堅持は聖奈に自己紹介を済ませてしまうことにした。


「オ、オレは沢村堅持。よよよよろしく!」

「九槻秋弥だ。……この制服が気になってるみたいだから言っておくけど、これは学生自治会役員用の制服なんだ」


 キョドりながらの堅持と平常どおりの秋弥。

 対極的な二人から自己紹介を受けた聖奈は、今朝からずっと気になっていた事柄が本人に気取られていたと知って、頬を赤らめた。

 ほどなくして給仕姿の夜空が料理を運んできた。夜空は秋弥の白い制服に一瞬目を奪われ、次に聖奈の容姿に気を取られたが、学生バイトとはいえ給仕としての接客マナーを忘れることなく、各人の前に料理を並び終えると「それでは失礼いたします」と恭しく一礼して持ち場へと戻っていった。


「牧瀬さんたちはいつも、ここで昼食を取っているのですか?」

「うん、だいたいそうだね。今度からは聖奈も一緒に食べよ?」

「え、良いのですか?」


 玲衣からの意外な申し出に聖奈は目を白黒させて、全員の顔を見回した。


「もちろんだよっ! ね、シュウ君」

「ん……、ああ、俺は構わないよ」


 答えながら、秋弥は右隣の綾にも視線で同意を求めた。


「皆さんで食べた方が楽しいですしね」

「もちろん、大歓迎です」

「断るわけないじゃん」


 その連鎖は全員へと繋がり、皆が快諾した。


「というわけだから、後は聖奈次第だねっ」


 他の皆からも同意を得て、改めて玲衣が聖奈に尋ねる。


「ありがとうございます。これからも是非、ご一緒させてください」


 はにかんだ聖奈の笑顔に、堅持が小さくガッツポーズをした。



★☆★☆★



 放課後、秋弥は自治会室を訪れていた。

 学生自治会に決まった活動日はなく、呼び出されたわけでもないのだが、正式に自治会役員となった初日にあいさつもせずに帰ったのでは、会長二人からどんな仕打ちを受けるかわかったものじゃない。

 そんな考えもあって、秋弥は自治会室の前までやってくると、


「失礼します」


 これまでのように内部の許可を必要とせず、自動認証のみで入室する。

 誰もいなければ踵を返して帰るだけだと淡い期待をしていた秋弥だったのだが、件の会長二人は秋弥が訪ねてくるのを待っていたかのように、午後のティータイムに興じていた。


「やっと来たか、シュウヤ」

「こんにちは、秋弥君。すぐに紅茶を淹れてあげるから、ソファに掛けていてね」

「……お構いなく」


 なんて言っても無駄なんですよね、と小声で付け足しながら、スフィアの向かいに腰掛ける。


「うんうん、その制服姿でも似合っているね」

「ありがとうございます」

「んん? つれない反応だね」


 スフィアが珍しく(?)正直な感想を述べたにも関わらず、秋弥からあまり気のない反応しか返ってこなかったので訝しんだ。


「ふむふむ……、いろんな人から同じようなことを言われ続けたから、ワタシたちが何を言っても、キミは今更何とも思わないというわけだね」


 しかし、見事に図星を突かれてしまって、秋弥は視線を彷徨わせる。

 その様子がよほど可笑しかったのか、スフィアは彼をからかうことができて満足したようだった。


「今日はお二人しか来ていないんですか?」

「普段からこんな感じだよ。行事でもなければ自治会の仕事はデバイスひとつで済ませてしまえるからね。言ってしまえば、自治会室(このばしょ)は組織としての体裁を保つために用意されているようなものなのだよ」

「そういうものですか」

「自治会室は実質的に、歴代の学生自治会長専用の個室という意味合いが強いんだ。自治会長ともなると、学内にいると煩わしく思える場面が多くなるからね」

「招集命令がなければ自治会室(ここ)に来なくても良いというは、本当だったんですね」

「ユウキとワタシに会いたければ、毎日だって来てくれて構わないんだよ」


 どう答えて良いかと迷っているうちに、紅茶を淹れ終えた悠紀が戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 ソーサーをローテーブルに置く。

 秋弥は湯気を立ち上らせたティーカップを見て、首を傾げた。


「星条会長、ティーカップを変えたんですか?」


 秋弥の前に置かれたティーカップは、彼が初めて自治会室に呼ばれたときに用意されたものと違っていた。

 取っ手部分と外縁が金で彩られ、カップの側面には様式化された単色の花柄が描かれている。ティーカップを持ち上げると、ソーサーにも同色の花柄が描かれていた。


「この間のは来客用のものだったのよ。それで、こっちは秋弥君専用のティーカップよ」

「役員は全員、自分専用のカップを持っているんだよ。シュウヤのティーカップは、ワタシたちで勝手に選んでおいたよ」

「それは……わざわざすみません、ありがとうございます」

「どういたしまして。気に入ってくれると嬉しいな」


 と、不意にスフィアが吹き出した。

 何事かとそちらに眼を向けてみれば、笑った顔のままで「聞いてくれよ」と前置きした。


「そのティーカップは昨日、ユウキに誘われて二人で買いに行ったんだけどね」

「わわわっ、止めてよスフィア!」


 慌てて身を乗り出した悠紀がスフィアを制止しようとする。しかしローテーブルを挟んで反対側に座るスフィアの口を閉ざすことができずに、結局は彼女が言葉を続けるのを許してしまった。


「他の役員たちのものもユウキが選んで用意したものなんだけれど、キミのティーカップを選んでるときのユウキはそれはもう舞い上がっちゃっててね。ひとつひとつ手に取っては、アレはどうかコレはどうかって尋ねてきて、それはもう大変だったよ」

「嘘よ! 全部スフィアの嘘だからね、秋弥君」


 悠紀が声を荒げて否定するも、紅潮した顔がその発言を裏切っていた。

 最早スフィアの口を止めることは無理だと諦めると、悠紀は対象を秋弥へと移した。


「スフィアは何でも大げさに言いたがる癖があるのよ。真に受けてないとは思うけど、私、秋弥君のこと信じてるからね」


 悠紀にジッと見詰められた秋弥は返答に迷った。


「信じるのは会長の勝手ですが、取捨選択くらいは自分でしますよ。……このティーカップ、とても気に入りました」


 途端、悠紀は黒と蒼の二色の瞳を目一杯見開いたかと思うと、秋弥から視線を外してそのまま身体ごと背を向けてしまった。

 スフィアは相変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべているだけで、何も言おうとはしない。

 とりあえず悠紀の態度が元に戻るまでは何を言っても無駄だろうと思い直して、秋弥は紅茶に口を付けた。

 仄かなサクラのフレーバーが、鼻腔をくすぐった。



★☆★☆★




「あー……、こほん。ところで秋弥君。新しく来た学生とは仲良くしているかしら?」


 気を取り直した悠紀が、わざとらしい咳払いをしてから言う。


「今日来た新入生ですか……、知っていたのなら教えてくれれば良かったのでは?」

「あら、教えてほしいなんて一言も言われていないのだけれど」


 秋弥が非難めいたことを言うと、悠紀は先ほどの意趣返しだとばかりに悪戯っぽく黒い瞳を閉じてウィンクをした。

 どうやら今朝の話で奈緒と見解が一致したとおり、悠紀が何も言わずにいたのは、ただ秋弥を吃驚させたかっただけのようだった。


「でも急で驚いたでしょう、聖條から来たお嬢様だったから」

「詳しいですね。自治会は学生のデータも管理しているんでしたっけ?」

「えぇ、そうよ。乙女の秘密(・・・・・)までは閲覧できないけれど、基本情報だけならね」

「……誰も求めてませんよ」


 げんなりしながら言った秋弥に、スフィアが顔を上げた。


「何と……、シュウヤ。キミは女の子に興味がないというのか」


 秋弥は危うく口に含んでいた紅茶を噴き出すところだった。

 間一髪でそれを飲み下して、直後に軽く咳き込みながら、抗議の声を上げた。


「そんなことは言ってませんよ!」

「何をそんなに慌てているんだい? おかしなシュウヤだね」

「頭が痛くなりそうだ……」


 額を押さえて項垂れる秋弥。

 悠紀とスフィアのペースにまんまと乗せられていることはわかっているのだが、この二人の包囲網から逃れることはそう容易いことではなかった。


「……仲良くも何も、天河は今日来たばかりですよ」

「おやおや? でもシュウヤと新入生が一緒にいる姿を目撃したという情報を、こちらは既に握ってるんだけど」

「……どこ情報なんですか、それ」

「我々治安維持会の情報網を侮ってもらっては困るよ、シュウヤ」

「治安維持会は学内で諜報活動もしているんですか……」


 スフィアが会長を務める治安維持会が何人で構成されているのか、普段どんな活動を行っているかを、秋弥はまだ知らない。

 秋弥が苦い顔をすると、スフィアがさらりと種明かしをした。


「まあその制服を着て食堂に行けば、嫌でも皆の注意を引くよ」

「……なるほど。会長たちは普段、昼食はどうしてるんですか?」

「ワタシは、ここか教室で食べているかな」

「私は大体毎日ここで、亜子や美空と一緒に食べているわ」

「あんまり食堂には行かないんですね」

「行きたくないわけじゃないんだけどね。皆が注目してくるから、食べづらくって……」


 先ほどのスフィアの言葉を思い出して、秋弥は納得した。なぜなら秋弥もまた、昼休みに堅持とともに食堂へ行ったときに他人からの視線を強く感じていたからだ。

 全学生中、現時点で六人しかいない学生自治会の役員が物珍しいということは身を以て理解しているが、昼食くらいは落ち着いて食べたいものである。

 その秋弥の内心を読んだのか、悠紀が自治会室で一緒に食べないかと提案してきた。

 それも良いかなと秋弥は思ったが、クラスの皆と食べる方を選んで、悠紀からの提案をやんわりと断った。


「そう。それじゃあ、たまにで良いから一緒に食べましょうね」

「そのときは事前にワタシにも連絡を頼むよ」

「それで、新入生の天河聖奈さんと仲良くお昼を食べていた秋弥君。天河さんはこの学園でもうまくやっていけそうかしら?」


 悠紀がさり気なく話を元の軌道に戻す。その言葉からわずかだが棘のようなものを感じたが、気のせいだろうか。


「玲衣……クラスメイトの一人が気にかけてるんで、大丈夫だと思いますよ」

「女の子?」

「ただの幼馴染みですよ。騒々しいけど面倒見が良くて、早速天河を昼食に誘ったのも、そのクラスメイトなんですよ」

「それで今日、食堂で一緒にいたというわけだね」

「そういうことになりますね」

「なるほどね……。それじゃあ天河さんの事は秋弥君たちに任せても大丈夫そうね」

「……何でそうなるんですか」

「これから一緒にいる機会が増えると思うからよ。新入生は右も左もわからないんだから、ちゃんと面倒を見てあげてね」


 俺だってまだ新入生なんですが、と言ったところで取り合ってはもらえないのだろう。

 秋弥は反論しかけた言葉を飲み込んで、肩を落とした。

 とはいえ、何かをしろと言われているわけでもないので、普通に接すれば良いのだと思う。

 悠紀の言葉はつまり、「聖條女学院との違いで困ったことがあったら手助けしてあげてほしい」という意味なのだろうから。


「話は変わるんだけど、紅茶を飲み終わった後で、秋弥君には早速、やってもらいたいことがあります」

「仕事ですか?」


 顔を上げて、視線を悠紀へと向ける。

 彼女は薔薇の花柄が描かれた大人しめのティーカップを持ち上げると、一口飲んで喉を潤した。


「自治会の仕事ではないのだけど、スフィアと一緒に学内を見回ってほしいの。それで、校則で定められている以上の干渉力を及ぼす封術を行使している学生がいれば、それを取り締まって来てもらいたいのよ」

「それは、治安維持会の仕事の手伝いということでしょうか」


 自分の言葉でまとめると、悠紀が首肯した。


「そういうことになるわね。とは言っても実際に取り締まるのはスフィアで、秋弥君はその付き添いかな」

「おいおい、ユウキ。もしかしてシュウヤにワタシの監視をさせるつもりかい?」


 心外だと言わんばかりにスフィアが腕を組んだ。


「だって、貴女を一人にすると大した問題でもないのに大事になるんだもの」

「検挙率が高いんだから良いじゃないか」

「それと同じくらい、学生の負傷率も高いのだけれど?」

「名誉の負傷さ」

「貴女自身が無傷なのだから、誰にとっても不名誉なだけよ」

「でも、それが治安維持会の仕事だろう?」

「余計な怪我人を出すための組織ではないわ」

「何の犠牲もなく、何かを為すことはできないよ」


 神妙な面持ちでスフィアは言うが、


「かっこよく言ってもダメよ。事実は不変的だわ」


 悠紀は全く取り合わなかった。


「ああ言えばこう言うな、ユウキは」

「ああ言えばこう言うわね、スフィアは」


 そうして、互いに乾いた声で笑い合う二人。

 最初から段取りが決まっている台本どおりのやりとりを、秋弥は呆れ顔で見物していた。


「そういうことだから、秋弥君。今日はスフィアに付き添って、治安維持会の仕事がどんなものか、しっかり学んできてね」

「了解しました」


 そんなことだろうとは思っていたが、そこには二人の茶番にすっかり慣れてしまっている秋弥がいた。


2013/01/04 可読性向上と誤記修正対応を実施

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