前世が殺し屋でも、異世界では婚約破棄をされてしまう悪役令嬢です。
「スカーレット! 君との婚約は破棄させてもらう!」
私の家で開かれた晩餐会。
そこで私は婚約者のホレスから、婚約破棄を言い渡されていた。
「それは冗談ではなくて?」
「冗談な訳があるか! 知っているんだぞ。貴様がマスグレイヴ家のレイラに対して、日頃から酷い仕打ちをしている事など!」
そう言ってホレスが隣に立つレイラの手を取る。
レイラ・マスグレイブ。
子爵家であるマスグレイブ家の長女。
そして伯爵家である私の家に、長年仕える従家に当たる。
正確には先々代からずっと続く関係なのだけれど、私が当代になった今も変わりはない。だからこそ、他の子爵家であるベイツ家とロウ家も、従家として私の事を当主として扱ってくれている。
そんな私達四家の間に、婿入りの婚約者でしかないホレスが口を挟むとは思いもしなかった。
従家だけでなく他の貴族の方も居る場で、私を陥れるつもりなのかしら。
実にくだらない。
「いったい私が、何をしたと言うのですか?」
「そんなの決まっている。先代のレヴィンズ様がお亡くなりになり、傷心している貴様にレイラは寄り添って励まそうとしていたのに、貴様は無下に扱うだけでなく、呼びつけては叩いたりしていると言うではないか!」
まるで身に覚えのない事を言われ、私は頭を抱えそうになってしまう。
そしてベイツ家とロウ家の当主様が動き出しそうだった。
私はその年上である二人の当主様と目を合わせ、止まってもらう。
「言いがかりではありませんの?」
「これを見ても、まだそう言うかッ!」
ホレスがレイラの袖部分をめくりあげる。
目に入る前腕。その橈側手根屈筋から二の腕辺りにかけて、紫色のあざが出来ていた。
「私がやったという証拠はあるのですか? 寧ろ、婚約者となった貴方が、従家であるレイラに対して暴力を振るった。と私は考えるのですが?」
「貴様、この期に及んで罪を認めないばかりか――この私に、罪をなすりつけようとするのかッ! この悪女がッ! 皆さん聞きましたか! これが今のレヴィンズ家当主がする事なのです!」
何人かの貴族がこそこそと話し始める。
実に面倒だ。
調子に乗る貴族が居ないとも限らない。
この場には、関わりのある侯爵家の方だけでなく、王族すらも居る。
その方々であれば、何も問題ない。
寧ろ、立場の低い連中の方が厄介だ。
けれどホレスは、更に話し続けてしまう。
止めておけば良いものを。
「そんな人間にレヴィンズ家を任せていては、先代様が築き上げたものが無駄になってしまう。だからこそ、これからは私がレイラとも協力して、レヴィンズ家の地位を更に上へ導くと今ここで皆様に宣言させていただきます!」
お前が語るな。
それに婚約破棄をした上で関わろうとは、随分と舐められたものだ。
実に不愉快でしかない。
こんな気持になったのは、この世界に来て初めてかもしれない。
――私スカーレットは、元々は日本人だった。
それも非合法の活動を行う、言わば殺し屋だった人間だ。
大企業や政治家から依頼を受ければ、邪魔な人間を消していた。
それが世間の為、日本の為になると本気で信じていた。
恋人や夫も作らずに、ずっと仕事だけをする生活。
けれど、そんな私も知り過ぎてしまった。いくら必要な情報だけで殺しを行うにしても、知ってしまうものは知ってしまう。
その数が一つ。
また一つと増えていく内に、私はいつ爆発するか分からない爆弾へとなっていた。
それが爆発する前に処理する。
何も間違っていない。
だから私は、人気のない山奥で殺された。
そして生まれた変わったこの世界。
最初は平和に生きようとしていた。
けれど、レヴィンズ家に生まれてしまった以上は不可能だ。
そもそもレヴィンズ家は伯爵家ではあるものの、そこらの侯爵家よりも権力を持っている。その理由が非合法の活動を代々行って来たからだ。
――転生させた奴が居るなら、私は殴ってやりたい。
適材適所ではあったが、もっと別の家が良かった。
だから私は、なるべく平穏に……平和に……。
過ごそうと……していた。
「そうですか。ホレス様のお考えは分かりました。大変素晴らしいと思います」
笑みを作り、私は熱弁したホレスに拍手を送る。
それに合わせて一人、また一人と貴族の方々が拍手をしていた。
「それでは、今後について改めてお話した方がよろしいかと思います」
事実上、乗っ取りを宣言したようなものだ。
放って置くつもりはない。
「お集まりいただいた皆様には申し訳ありませんが、本日はここでお開きとさせていただきます。また日を改めて、私の方からお呼びさせていただきますので、その時にごゆっくりと」
少々困惑する方々もおられるが、ベイツ家とロウ家の両家が声を出してくれる。
「そうですな。今宵はここまで」
「次は商談したい話などをお持ちいたしますぞ」
何人かの貴族を引き連れて、二人が会場から出て行ってくれた。
直ぐに人が居なくなり、賑やかだった会場に私とホレス。
そしてレイラだけが残される。
「ようやく観念したらしいな。君は僕に、レヴィンズ家の実権を渡せば良いんだ。そしたら、使用人としてこの屋敷には置いてやる」
人目がなくなるや、レイラがホレスに抱きついていた。
この二人……そういう関係なのね。
大方、今のレヴィンズ家なら乗っ取れると、どちらかが言い出したのでしょう。
何も知らない子達とは実に愚かね。
「レイラ、貴方も本気で言っているの? レヴィンズ家が代々、どういう事を行って来たかは、従家であるマスグレイヴ家の人間ならホレスよりも知っている筈なのだけれど」
「えぇ知っていますわ。スカーレット姉さまが、子犬も殺せない駄目駄目の当主様という事はね」
「子犬?」
「それだけではなくてよ。お姉さまはずっと、生き物も人も殺そうとしない情けないレヴィンズ家の人間というのは、私の家では良く聞くお話ですもの」
人間はともかく。
犬や猫は殺さないでしょ普通。
もしかしてこの人達、私よりも頭がおかしいのかしら。
だとしたら、それそれで使い道があるのだけれど。
……流石に、駒としては使うのは……無理そうね。
「僕も聞いた時は、まさかと思ったけど。まさか噂に名高いレヴィンズ家の現当主様が、そんなか弱いご令嬢だとは思いもしなかったよ。だから僕は、僕が引き継いだ方がマシだと思ったのさ」
そのタイミングで会場の扉が開き、ベイツ家とロウ家の当主のお二人がお戻りになる。
「お二人からも不満があるなら、言ってあげてください。このおん――」
近づいたベイツ家の当主が、ホレスの顔を殴った。
手加減はしたのか近くの机を押し飛ばすだけで、まだ首の骨は折れていない。
「ホレス様!? ちょっと何をしているのですか! ウォルト様ッ!」
ウォルト・ベイツ。
ベイツ家の現当主に向かって、レイラが叫んでいた。
けれど、近くでそれを見ていたロウ家の当主も黙ってはいない。
「それを言うなら、たかがマスグレイヴ家の。それも小娘が、我ら当主になんて口の聞き方だ。ハロルドの奴は知っているのか?」
クラーク・ロウ。
ウォルトよりは細身ではあったが、有無を言わせない眼力でレイラを見下ろしていた。その瞳を受けて、そばで立っていたレイラは身体を震わせてしまう。
「答えよ」
再び強く問われ、レイラが必死に答えた。
「いえ……その……お父様は何も――」
「そうか。まぁ関係ない話じゃが」
「関係ないとは……クラーク様? どういう……」
「それは我らが決める事ではない」
倒れたホレスを除いて全員が私を見て来る。
「そうね。後の事は、上手く処理しましょう。此処で殺したら、面倒だわ」
「承知いたしました」
「待って、嫌っ! 止めて。誰かッ!」
レイラが必死に叫ぶ。
すると、一人の青年が入って来た。
「クライド王子、どうされましたか?」
会場にいた王族の一人クライド・レイランド。
黒い髪とは対照的な白い服を着て、真っすぐ私達の方に近づいて来る。
そんな第三王子であるお方を目にして、レイラが目を輝かせる。
「クライド殿下! お助け下さい! スカーレット様が」
「話は聞かせて貰ったよ。というか見ていたからね」
「そうなんです! スカーレット様が――」
「ちょっとうるさいよ。君」
優しい表情からは想像も出来ない冷たい声だった。
「元々、今回のこの件に関しては――明らかに君たちが悪いよね。そこに居るホレス・スタンフィールと君だよ。レヴィンズ家は何も悪くない」
「クライド様、後の事はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「良いよ。その代わり、頼んでいた件だけど大丈夫そうかな?」
「えぇ順調でございます」
「だったら、そうだな。二週間後に王都に持って来てもらって良いかな?」
「承知いたしました」
私が承諾すると、クライド王子の合図で外から兵士が入って来る。
「彼らを」
倒れているホレスと立ち尽くしているレイラを、兵士の人達が連れて行く。
「これで少しは、静かになったかな」
「クライド様、お手数お掛けします」
「気にしないで、それこそちゃんと作ってよね?」
「はい。お任せ下さい」
王家から頼まれている仕事。
それは――この世界における銃の開発だった。
この世界で使われている銃は、まだ威力が乏しく、魔法の方が使い勝手が良い。
けれど、魔法が使えない者も戦えるようにと第一歩が行われてようとしている。
その任が私達、レヴィンズ家に託された。
正確にはお父様の時に受け継いだものだけれど、私の方が銃の構造に関しては詳しい。
この世界ではありえない数と種類の銃を、過去に見て触って。そして扱って来たのだから。
「それじゃ僕は、彼らの処遇を決めて。適当に発表させてもらうよ」
「筋書きはどうなさるのですか?」
「それは、二週間後のお楽しみって事で」
そう言って、人の悪い笑みを浮かべたクライド王子が帰って行った。
***
約束の二週間後。
私は、王都に訪れていた。
明るく活気あるお踊りには多くの人が行き交い、沢山の馬車が走っている。道沿いに並んだレンガ造りの建物の一階にはお店もあって、この場所を見ているだけでも栄えていると人目で分かった。
そんな王都の街中にある屋敷。
クライド王子が事実上扱っているが、登記上は屋敷などの建物を売買する業者が未だ所有している事になっている。そんな屋敷で私は、護衛もつけていないクライド王子と二人っきりで会っていた。
「お久しぶりです、クライド様」
「久しぶりって感じはしないけどね。君と半月に、二回も会うだなんて、余り嬉しい気がしないよ」
「まぁお酷い。私とは会っていただけないのですか?」
「僕はまだ、殺されたくないからね」
「我がレヴィンズ家こそ、今後もクライド様とは大変仲良くさせていただければと考えております」
「言ってくれる」
言い捨てたクライド王子が、本題とばかりに机を指で小突いた。
「それで、頼んでいた物は出来たんだろうな?」
「勿論でございます」
手に持っていた鉄扇を机に置いてから、私はカバンから持ってきた物を取り出した。
マッチロック式と言われる小さめの火縄銃にあたる。
けれど、その中身は――人が保持する微量の魔力で動作する拳銃だ。
発射れる弾丸が加速し鎧を着ている者であっても、対抗処置を施していない者ならば殺せる。
これなら魔法を使えずとも、魔力を必ず持つ人であれば扱える。
依頼された内容には何ら問題ない。
「今までの物と、そこまで違いがないように思えるけど」
「撃って見ればお分かりになります」
「それもそうだね」
一通り手に取った銃を眺めたクライド王子が、一つの手紙を取り出した。
「約束通り、指定の場所に報酬は用意したよ」
「良いのですか? お確かめになる前に」
「構わないよ。それとあの二人だけど」
「先程、存じ上げました」
王都に来て直ぐに、付き添いの者に頼んで新聞を手にしていた。
そこに書かれていたのは――マスグレイヴ家のレイラと、ホレス・スタンフィールの両名が企てた、レヴィンズ家の略奪結婚と大々的に報じられていた。
「まさか私が、結婚被害に遭った事になっているとは、思いませんでしたわ」
「その方が良いだろ? 父親と母親を亡くし、一人悲しんでいる伯爵令嬢。婚約者に騙され、爵位を奪われかけてしまう」
楽しそうに話すクライド王子に、私も合わせて返していた。
「まぁ、私が悲しんでいないみたいではありませんか」
「悲しんだのかい?」
「それは勿論。枕を濡らして、三日三晩泣いておりました」
「なるほど、だったら後でその情報も付け加えてもらうとしよう」
「えぇ構いませんでしてよ。それで、そのお二人は?」
「立場の低い身でありながら、爵位を乗っ取ろうとしたんだ。もちろん牢に入れたよ。けど、実に残念だったよ。まさか二人とも、牢で自殺してしまうだなんて」
「そうですか……」
私がそう答えると、クライド王子が銃を手にして立ち上がる。
「さて、長いは無用だよ。そろそろ」
「承知いたしております、クライド様」
席を立ち、私は頭を下げていた。
そして動き出そうとしていると、クライド王子から話しかけられてしまう。
「また会えるかな?」
以外だった。
そんな事を口にしてくれるとは。
先程、半月に二度は会いたくないと言った者のセリフとは思えない。
「構いませんよ。私はもうお相手の居ない、レヴィンズ家の当主ですから」
「君に婚約を申し込むのは、もう少し君を知ってからにさせてもらうよ」
「光栄でございます」
「本気だよ?」
「えぇ、私も冗談では言っておりませんでしてよ?」
少し間が流れ、私達は小さく笑った。
「それでは失礼させていただきます、クライド様」
私はゆっくりと歩き出し、屋敷の出入り口へ向かう。
同じく歩き出したクライド王子は、銃を手にしたまま別の方向へ進んで行く。
そして私が、出入り口する大きな扉を少し開けたときだった。
――屋敷の中から銃声が聞こえる。
一発。
直ぐにもう一発。
二発もの銃声が、屋敷の中で響いていた。
「思ってたより、良い音ですね」
自身が手掛けた銃が機能している事を知れ、私は安堵する。
その銃声と共に、誰が撃たれたのかは考えるまでもなかった。
「悪女とは、言い得て妙ですね」
ホレスに言われた事を思い出してしまい私は、頬が動くのを開いた鉄扇で隠す。
「ですが死人に、話す口はありませんでしてよ」
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何卒よろしくお願いいたします。
――海月花夜――




