タイトル未定2026/02/11 18:05
第81回 投稿コンテスト
数学的命の理論
もし数学の問題と数学的操作が一つの問題として統合されたならば、その問題の解は不明だが、それを解くための時間は確実に無限大になるだろう。
もし数を無限に加算し続ければ、解がゼロになることは決してない。もし全てを減算するならば、減算されたものは徐々に消えていく。しかし整数でのみ減算するならば、到達可能な最小の解はゼロのみであり、決してゼロを下回ることはない。もし全てを除算するならば、全てのものは均等に分割され、減少はしてもゼロになることはなく、ゼロと等しくなることも決してない。しかし解はゼロを下回ることはできても、ゼロと等しくなることはない。乗算は全てのものを倍増させる。しかし、もしゼロを乗じるならば、全てのものは消滅する。
何かを加算するシステムは、徐々に増加していく。何かを減算するシステムでは、その何かは減少するが、即座に消滅するわけではない。除算によってシステムが消滅することは決してない。システムに何かを乗算すれば、システムは倍増する。
困難に何かを乗算すれば、困難は倍増する。行き詰まりの貧困に何かを乗算すれば、行き詰まりの貧困は倍増する。貧困に何かを乗算すれば、貧困は倍増する。富に金銭獲得を乗算すれば、富は倍増する。安楽に安楽を乗算すれば、安楽は倍増する。富に安楽を乗算すれば、富も安楽も倍増する。しかし、もしゼロを乗じられるならば、如何なるものであれ全て消滅する。もしシステムがゼロを乗じられるならば、システムは破壊され(消滅し)うる。
生まれた時はゼロである。生きている間、多くの数学的操作が適用される。除算は遅いかもしれないが、減算されるかゼロを乗じられれば、ゼロと等しくなりうる(死)。死ねば、演算子を必要とせずに自動的に減少を続け、最終的にゼロと等しくなる。
多くの人々は「正しい道」という原理を固守し、他人にもその正しい道を歩むよう教える。しかし「道」とは目的地があることを意味する。では、もし目的地が定められていないのであれば、目的地は初めから存在していたということなのか? 目的地と道は、正しい道を歩むために「書かれ」なければならない。しかし、もし目的地と正しい道を「書か」ねばならないのであれば、それはすなわち、初めから目的地も正しい道も存在していなかったことを意味する。もし目的地と正しい道を書かねばならないのであれば、それは目的地と正しい道が「必要ない」ことを意味する。そして、正しい道は、私たちを誤った方向へ導くこともありうるのだ。
もし目的地と正しい道が初めから存在しておらず、もし目的地と正しい道に必要性がないのであれば、なぜそれを固守するのか? なぜ他人に自分の道を歩むよう教えるのか? なぜ正しい目的地を書くのか? なぜ正しい道を書くのか? なぜ他人が異なる道を歩めば、それが誤った道であり、その者は目的地に到達できないのか? そうであるならば、原理を固守することに何の意味があるのか?
そして何より、全ての人間が決して問うことのない問いがある。
「我々は、道を誤ってしまったのではないだろうか?」




