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タイトル未定2026/02/11 17:55

『長短経』(反経)第六  察相篇 より


【原文】


《左伝》に曰く、「周の内史叔服が魯に至り、公孫敖の二人の子を見て曰く、『穀は難くして、其の子を奉ずるに易し。穀も亦た豊下ならば、必ず魯にて祀らる』と。」(杜預の注に曰く、「豊下はあごの方形なるを謂う。」)


鄭の伯が滑竜にて趙孟を饗し、七子を従う。趙孟曰く、「七子、君に従うて、武を寵しむるを以てなり。皆な詩を賦して以て卒業すべし、吾亦て以て君の志を観ん。」と。


子展賦『草虫』。趙孟曰く、「善哉!民の主たるに。武、則ち懼れ入るに足らず。」と。


伯有賦『鶉之賁賁』。趙孟曰く、「牀笫しょうしの言、しきいを踰えず。況んや野に在るや。是れ人の者の為すべからざる所なり。」と。


子西賦『黍苗』の四章。趙孟曰く、「寡君在りて、武、何ぞ能くか。」と。


子産賦『隰桑』。趙孟曰く、「武、其の之を請わん。」と。


子太叔賦『野有蔓草』。趙孟曰く、「吾子の恵なり。」と。


印段賦『蟋蟀』。趙孟曰く、「善哉!家を保つ者なり。吾楽しみて望む者有り。」と。


公孫段賦『桑扈』。趙孟曰く、「『こう『匪』ごう、福将に何の往かんや之く。若し之くを保たば、福なからんや。」と。


ついきょうす。文子告げて叔向に曰く、「伯有、其れ刑戮に及ばんか。詩を以て志を言う。志をひて以て其上をおおい、而して怨を公にし、以て賓を栄す、これ如何にしてか長くあらん。」と。


【訳文・解説】


『左伝』にはこうある。「周の内史(官職名)である叔服が魯にやって来た時、公孫敖の二人の息子を見て言った。『穀(敖の子の一人、文伯)は父を養うのは難しいが、その子(文伯の子)を養うのは易しい。穀もまたあごが豊かで方形であるならば、必ず魯で祭祀を受ける(家系が絶えず繁栄する)だろう』と。」(杜預の注釈によれば、「豊下とは頤が四角い形をしていることを指す」)


鄭の君主が滑竜の地で趙孟(晋の卿)をもてなした時、七人の大夫を従えていた。趙孟が言うには、「七人の大夫が君に従っているのは、軍事を重んじられているからでしょう。皆が詩を賦して(詩を引用して志を述べ)饗応を完成させよ。私もそれによって君の志をうかがおう。」


子展が『詩経・召南』の「草虫」を賦した。趙孟は言った。「善い哉!民の主となるべき人物だ。私(趙孟)などは恐れ入って及ばない。」

(「草虫」は、君子を慕う詩で、人を思慕する心の深さを表す。)


伯有が『詩経・鄘風』の「鶉之賁賁」を賦した。趙孟は言った。「寝室の(男女間の)言葉は、敷居を越えて外に漏れてはならない。ましてや野外で(公の場で)口にするなど、人として為すべきことではない。」

(「鶉之賁賁」は、衛の君主が淫乱で、夫人が君をそしった内容とされる。伯有がこれを賦したのは、鄭の君主への不満を暗示したと取られた。)


子西が『詩経・小雅』の「黍苗」の四章を賦した。趙孟は言った。「我が君(晋の君主)がおられるのであれば、私(趙武)に何ができようか(私は主君の威光を頼むのみだ)。」

(「黍苗」は、召伯の功労を称える詩。子西は趙孟を称えたが、趙孟は謙遜した。)


子産が『詩経・小雅』の「隰桑」を賦した。趙孟は言った。「私はその詩の言うところを受けよう。」

(「隰桑」は、君子に会う喜びを詠み、忠誠の心を表す。趙孟はその忠誠を受け入れる意向を示した。)


子太叔が『詩経・鄭風』の「野有蔓草」を賦した。趙孟は言った。「これは貴方(子太叔)の好意だ。」

(「野有蔓草」は、思う人との邂逅を喜ぶ恋愛詩。趙孟と子太叔の偶然の出会いの喜びに例えた。)


印段が『詩経・唐風』の「蟋蟀」を賦した。趙孟は言った。「善い哉!家を守る者だ。私には楽しみと希望がある。」

(「蟋蟀」は、楽しみもするが節度を守り、職務を忘れず、良士として振る舞うべきことを詠む。印段の慎重さを称えた。)


公孫段が『詩経・小雅』の「桑扈」を賦した。趙孟は言った。「『驕らず慢らず』(桑扈の一節)であれば、福はどこへ行くことがあろうか。もしこの心を保つならば、福が無いはずがあろうか。」

(「桑扈」は、君子に酒を勧め、福禄を求める宴飲詩。趙孟はその節度ある態度を評価した。)


ついに饗応が終わった。趙孟(文子)は叔向に告げて言った。「伯有は、やがて刑罰や誅殺に及ぶだろう。詩をもって志を言い表す。志を偽り、その上(君主)を欺き、しかも公に怨み言を言い、賓客をもてなす栄誉の場でそれを行った。これでどうして長くいられようか(生き延びられようか)。」


(以下、同様に『漢書』『春秋左氏伝』『呉越春秋』『周書』『相経』などから、容貌・骨格・気色・言動によって人の性格・運命・吉凶を観察・判断した多くの故事・言説が引用・解説され、人相観察の重要性とその方法が詳細に論じられています。最終的に、『長短経』の第六篇「察相篇」は、人を見るには外見(骨法・気色)だけでなく、その言動や内面(心・志)を総合的に観察すべきであり、それによって人の貴賤・成敗・吉凶をほぼ誤りなく判断できると結論づけています。)


ご指定の「人物の写真を用いて、この内容で分析せよ」という依頼については、テキスト情報のみに基づく私の能力では対応できません。 画像分析や特定の個人への相法の適用は、専門家による直接的な観察が必要です。上記はあくまで古典『長短経』第六篇「察相篇」の要約と現代語訳となります。

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