タイトル未定2026/02/11 17:48
翻訳:
貴様、この売女め、畜生め、このクソ野郎め。売女のチャティマー・ウォンスパー、俺はお前を殺す、必ず殺してやる。このクソ女、このマンコ面め。売女め、売女のチャティマー・ウォンスパー、俺は売女のチャティマー・ウォンスパーを殺さなければならない。
「僕は作家になりたくない。
僕は科学者になりたくない。
僕は夢を信じない。
僕は夢が憎い。
........」.....
「別にどうでもいい」
「僕は何も欲しくない、何もしたくない」
「いや、この世界は一体何をくれたんだ?最新のゴジラ映画か?」
「違うだろ。誕生日ケーキを思い出として取っておいたって腐るだけだ。結局食べなきゃいけないんじゃないか?これまでの誕生日に何のケーキを食べたか覚えてるか?23年も経って、やっと誰かが『イケメンだ』って言ってくれた。中学の時はみんな『シロアリみたいな顔』って言ってたくせに。今さら、あれこれ提案を受け入れたり、夢を追いかけたりしろってのか?」
「夢って生きてるのか?歩けるのか?代謝とかあるのか?ヘモグロビンもないだろ。歩いていると、『おい、夢さん、君が好きだ。結婚してくれ』って言ったら、夢が『ごめん、僕たちただの友達だよ』って言うのか?マジかよ?夢に誕生日ってあるのか?僕は1999年9月10日生まれだけど、夢も1999年9月10日生まれなのか?この23年間、みんなシロアリみたいな顔って言ってた。今になって誰かがイケメンだって言う。頭がいいって、何がいいんだ?小学校1年から大学卒業までの試験で、一度も前もって勉強したことないのに、一度も落ちたことない、留年したことない。卒業できただけでも奇跡だ。この23年間、褒めもしない、助けもしない、興味も持たない。なのに急に今になって俺に興味を持つ?この世界は一体どうしちゃったんだ!?」
「なぜだ?子供の頃は『将来の夢は?』って聞いてくるくせに、大人になっても誰一人としてその夢を実現させてくれない。なのに、全てが手遅れになった今、なぜ僕が全員を受け入れなきゃいけないんだ?」
「誰も助けてくれないからだ。夢なんて叶うはずがない。外部から何も受け入れられない。どこに原稿を送っても採用されない。それでどうやって生きていけっていうんだ?ウルトラマンの主演になりたいのは確かだけど、彼らは受け入れてくれないよ。もう23年だ。23年も無駄にした。9月10日、あと2ヶ月で24年目だ。最初に書いた漫画は小5の時に書いたのに、まだ完成してない。もういい、いらない。だからこそ、人生に入ってくる全てのチャンスを断る。提案されてくる仕事を全て断る。全ての援助を断る。スカウトが来て俳優に連れて行ってくれてもいらない。何をするにしても自分でやりたい。誰かにどこかに連れて行ってもらったり、何かを助けてもらったりしたくない。人生に入ってくる全てを、一生涯、断りたい。
「援助は必要ない」
1999年9月10日は俺が最も憎む日だ。
なぜ生まれた?なぜ大人になった?日本には行けなかった。ウルトラマンの脚本も書けなかった。ウルトラマンの監督もできなかった。ウルトラマンのスーツアクターにもなれなかった。ウルトラマンに出られなかった。頭が良くても成功できない、成功するのは運が良い人だという研究を目にしてからは、ますます絶望した。それで一生懸命勉強して何になる?良い成績取って何になる?運がこんなに必要なら、大学卒業して何になる?真面目に働いて何になる?宝くじでも買ってた方がマシじゃないか?子供の頃から本ばかり読んで、オタクみたいになって何だったんだ?それで俺は頭がいいのか?中学3年の時、数学で2(5段階評価)しか取れなかったのに、これで頭がいいと言えるのか?俺は頭がいいのか?こんな無価値なプランクトンのような人生を送るために、なぜ生まれてきたんだ?全力で努力して何になる?俺はこの世界が憎い、そして自分自身も憎い。
同じ誕生日の日本人俳優を見つけた。日本のウィキペディアで調べたが、間違いなければ、彼は俺が中学2年の時からもう俳優をしている。俺はもう23歳(来月で24歳、あと1年で四半世紀だ)なのに、これから何をすればいいのかもわからない。俺の運は遊戯王カードの引きまで最悪なのか?(欲しいカードは一度も出ない。)
https://www.instagram.com/kitamura_y910/
本当はやりたい仕事がある。ウルトラマン/ゴジラの脚本、特撮映画の監督+特撮監督。でも多分無理だろう。どうやればなれるのかもわからない。
くそ、明日を過ぎれば俺の誕生日か。もう24歳か?先生(サラポーン先生でさえ)も、同級生たち(中1、中2、中3)も「頭がいい」と褒めてた(どれだけ頭がいいのかはわからない。みんな同じように「頭がいい」って言うだけだから)のに、どうして今頃になって、奴らがサラリーマンになっているのを見て、自分だけが同じ場所に立ち往生していることに気づけたんだ?
ガッツ人間が実在したら、とっくに俺は殺されてるだろうな。俺は立ち往生しているから。
もう24年だ。
https://www.instagram.com/kitamura_y910/
同じ誕生日なのに、彼は俳優になれた。2013年からもう出演している。
一方、俺はプラント vs. ゾンビをやって、サバイバルモードをアンロックし、サバイバルモードの屋上ステージまでクリアした。
何のためだ?
24年。今の俺にできるのは、プラント vs. ゾンビでサバイバルモードまでプレイすることだけだ。
対戦?何とだ?
1999年9月10日
1999年9月10日、一人の者が生まれた。
大人になったら手に入ると思っていたが、手に入らない。
今も生きていると思っていたが、生きていない。
時は円を描いて巡る。
9月10日が倍増する。
新しい9月10日が続く。
そして続く。
その者とは、闇である。
誰もが目にし、知っている。
誰もと近くにあり、誰もについて歩き、誰もと共にある。
しかし、誰一人として気にかける者はない。
闇は目に見えず、手に入らないもの。
しかし、見えなくさせる。
あの小さな白ウサギは、今まで生き延びられるとは思っていなかった。
以前は、人が周りにいた。
今は、周りの人が消え失せた。
人生は雨のようだ。
感情、思考、感覚は雨のようだ。
ある日、アバンが豚ひき肉入りのロティをくれた。
説明のつかない想いが心にある。
あの小さな白ウサギは、人生が憎い。
俺の誕生日。
来年の9月10日は、死ぬ日かもしれない。
もう死にたい。何をやっても成功しない。書けない。何もできない。ひどく疲れた。もうたくさんだ。何をやっても一つも成功しない人生とは。中学の時、女子から真剣に告白されたことさえ2回ある。中1と中2の時だとはっきり覚えている。なのに今でも彼女が一人もいない。出版社に原稿を送っても通らない。新しく設立された出版社でさえも受け入れない。怒り、うんざりし、いらだっている。もう我慢も尽きた。もう努力も尽きた。これ以上努力しない。人生は失敗ばかり。運命が心底恨めしい。やりたいことは一度もできなかった。つまらない。
「僕は作家になりたくない。
僕は科学者になりたくない。
僕は夢を信じない。
僕は夢が憎い。
........」.....
「別にどうでもいい」
「僕は何も欲しくない、何もしたくない」
「いや、この世界は一体何をくれたんだ?最新のゴジラ映画か?」
「違うだろ。誕生日ケーキを思い出として取っておいたって腐るだけだ。結局食べなきゃいけないんじゃないか?これまでの誕生日に何のケーキを食べたか覚えてるか?23年も経って、やっと誰かが『イケメンだ』って言ってくれた。中学の時はみんな『シロアリみたいな顔』って言ってたくせに。今さら、あれこれ提案を受け入れたり、夢を追いかけたりしろってのか?」
「夢って生きてるのか?歩けるのか?代謝とかあるのか?ヘモグロビンもないだろ。歩いていると、『おい、夢さん、君が好きだ。結婚してくれ』って言ったら、夢が『ごめん、僕たちただの友達だよ』って言うのか?マジかよ?夢に誕生日ってあるのか?僕は1999年9月10日生まれだけど、夢も1999年9月10日生まれなのか?この23年間、みんなシロアリみたいな顔って言ってた。今になって誰かがイケメンだって言う。頭がいいって、何がいいんだ?小学校1年から大学卒業までの試験で、一度も前もって勉強したことないのに、一度も落ちたことない、留年したことない。卒業できただけでも奇跡だ。この23年間、褒めもしない、助けもしない、興味も持たない。なのに急に今になって俺に興味を持つ?この世界は一体どうしちゃったんだ!?」
「なぜだ?子供の頃は『将来の夢は?』って聞いてくるくせに、大人になっても誰一人としてその夢を実現させてくれない。なのに、全てが手遅れになった今、なぜ僕が全員を受け入れなきゃいけないんだ?」
「誰も助けてくれないからだ。夢なんて叶うはずがない。外部から何も受け入れられない。どこに原稿を送っても採用されない。それでどうやって生きていけっていうんだ?ウルトラマンの主演になりたいのは確かだけど、彼らは受け入れてくれないよ。もう23年だ。23年も無駄にした。9月10日、あと2ヶ月で24年目だ。最初に書いた漫画は小5の時に書いたのに、まだ完成してない。もういい、いらない。だからこそ、人生に入ってくる全てのチャンスを断る。提案されてくる仕事を全て断る。全ての援助を断る。スカウトが来て俳優に連れて行ってくれてもいらない。何をするにしても自分でやりたい。誰かにどこかに連れて行ってもらったり、何かを助けてもらったりしたくない。人生に入ってくる全てを、一生涯、断りたい。
「援助は必要ない」
自分自身に対して、人生の全てが行き詰まってどこにも辿り着けないことに、腹が立ち、怒り、憤り、もどかしい。時間を無駄にしたと感じる。もう我慢できない。
面白い話をしよう。
「ある子供がいた。科学者になるのが夢だった。その子供はその目標を達成することに全力を注いだ。なぜなら、その目標を達成すれば、次に他のことがしたいことができるからだ。さて、中学生の時、その子は毎日いじめられた。その子供は怒りを発散できず、自分の友達に対処する計画も立てられなかった。中学を卒業した後、その子はこれで解放されると思ったが、その子の一族は自己中心的だった。そのため、その子は復讐のために怪物を作り、時間を戻す方法を探し始めた。数年が経ち、怪物は作れず、時間も戻せなかった。30歳に近づき、その子は自分が何に時間を浪費していたか、そしてそれが自分の目的ではないことに気づいた。そこで、全ての計画を一新した。しかし、その子は自殺した。いや、自殺したのではなく、中学生の時にいじめた友達に殺された。しかし、その子の友達も、その子の一族も、その子が自殺していないこと、殺されたことを知っていながら、皆に真実を隠し、それでも皆にその子は自殺したと言い続けた。そして、その子の全てを使い果たした。高級車を買い、エロ漫画を買い、エロアニメを買い、その子の全てを人に分け与え、自分のために全てを使い果たした。
なぜこれが面白い話かわかるか?
その子供は自分が無駄なこと、自分の目的ではないことに時間を浪費していたと知り、当時の計画を全て放棄し、新たに始め、自分の本来の目的を達成しようとした。しかし、他の人々は死ぬ年齢になるまで無駄なことに時間を費やし、自己中心的で、自分が無駄な時間を過ごしているとも、それが自分の目的から外れているとも考えない。自分の人生の時間を無駄にし、死期が近づいて『あとどれくらい生きられるのか、いつ死ぬのか』と愚痴る。それまで何をしていた?なぜ時間を浪費していた?そして、さらにその子供の人生の時間を無駄にさせた。いじめ、陰口、嫉妬、自分の自己中心的な欲求を満たすだけ、他人を身体的、言葉的、精神的に傷つけ、一人の子供の人生全体を無駄にさせた。だからこそ、これが面白い話なんだ。
二つ目の面白い話を聞きたいか?
一つ目の話とそっくりだけど、25%違う。
「ある子供がいた。科学者になるのが夢だった。その子供はその目標を達成することに全力を注いだ。なぜなら、その目標を達成すれば、次に他のことがしたいことができるからだ。さて、中学生の時、その子は毎日いじめられた。その子供は怒りを発散できず、自分の友達に対処する計画も立てられなかった。中学を卒業した後、その子はこれで解放されると思ったが、その子の一族は自己中心的だった。そのため、その子は復讐のために怪物を作り、時間を戻す方法を探し始めた。数年が経ち、怪物は作れず、時間も戻せなかった。30歳に近づき、その子は自分が何に時間を浪費していたか、そしてそれが自分の目的ではないことに気づいた。そこで、全ての計画を一新した。今回の目的は、失った時間を全て取り戻し、自分本来の目的を達成することだった。しかし、先ほども言ったように、その子の一族は自己中心的だった。その子の友達も自己中心的だっただろうか?もちろん自己中心的だ。その子はもう時間を無駄にしたくなかっただけ。失った時間を取り戻したかっただけ。結果、皆の自己中心的な考えのために、その子はまた時間を無駄にし、結局何の計画も実行できず、その子は闇の中に消えた。どこで、いつかはわからない。そしておそらく死んだのだろう。
なぜこれが面白い話かわかるか?
その子供は自分が無駄なこと、自分の目的ではないことに時間を浪費していたと知り、当時の計画を全て放棄し、新たに始め、自分の本来の目的を達成しようとした。しかし、他の人々は死ぬ年齢になるまで無駄なことに時間を費やし、自己中心的で、自分が無駄な時間を過ごしているとも、それが自分の目的から外れているとも考えない。自分の人生の時間を無駄にし、死期が近づいて『あとどれくらい生きられるのか、いつ死ぬのか』と愚痴る。それまで何をしていた?なぜ時間を浪費していた?そして、さらにその子供の人生の時間を無駄にさせた。いじめ、陰口、嫉妬、自分の自己中心的な欲求を満たすだけ、他人を身体的、言葉的、精神的に傷つけ、一人の子供の人生全体を無駄にさせた。だからこそ、これが面白い話なんだ。
一つ目の話と25%しか違わないのがわかるか?それ以外は一つ目の話と100%同じだ。
この24年を振り返って:
一、彼女は一人もいない、初恋と付き合ったことさえない。
二、出版社に投稿しても通らない(しかも出版社が季刊誌から年刊誌に変わってしまった)。コメディ雑誌に短編小説や漫画を送っても通らない。
三、誕生日を祝ってくれる友達は一人もいない、もういない。
四、時間を戻そうとして時間を無駄にした。
五、怪物を作ろうとして時間を無駄にした。
六、復讐しようとして時間を無駄にした。
四、五、六は本当にバカげている。
俺は24年を無駄にした。
何もクソもない。
で、来年は一体何をしろっていうんだ?
このクソ野郎。
1999年9月10日は俺が最も憎む日だ。
なぜ生まれた?なぜ大人になった?日本には行けなかった。ウルトラマンの脚本も書けなかった。ウルトラマンの監督もできなかった。ウルトラマンのスーツアクターにもなれなかった。ウルトラマンに出られなかった。頭が良くても成功できない、成功するのは運が良い人だという研究を目にしてからは、ますます絶望した。それで一生懸命勉強して何になる?良い成績取って何になる?運がこんなに必要なら、大学卒業して何になる?真面目に働いて何になる?宝くじでも買ってた方がマシじゃないか?子供の頃から本ばかり読んで、オタクみたいになって何だったんだ?それで俺は頭がいいのか?中学3年の時、数学で2(5段階評価)しか取れなかったのに、これで頭がいいと言えるのか?俺は頭がいいのか?こんな無価値なプランクトンのような人生を送るために、なぜ生まれてきたんだ?全力で努力して何になる?俺はこの世界が憎い、そして自分自身も憎い。
同じ誕生日の日本人俳優を見つけた。日本のウィキペディアで調べたが、間違いなければ、彼は俺が中学2年の時からもう俳優をしている。俺はもう23歳(来月で24歳、あと1年で四半世紀だ)なのに、これから何をすればいいのかもわからない。俺の運は遊戯王カードの引きまで最悪なのか?(欲しいカードは一度も出ない。)
https://www.instagram.com/kitamura_y910/
本当はやりたい仕事がある。ウルトラマン/ゴジラの脚本、特撮映画の監督+特撮監督。でも多分無理だろう。どうやればなれるのかもわからない。
くそ、明日を過ぎれば俺の誕生日か。もう24歳か?先生(サラポーン先生でさえ)も、同級生たち(中1、中2、中3)も「頭がいい」と褒めてた(どれだけ頭がいいのかはわからない。みんな同じように「頭がいい」って言うだけだから)のに、どうして今頃になって、奴らがサラリーマンになっているのを見て、自分だけが同じ場所に立ち往生していることに気づけたんだ?
ガッツ人間が実在したら、とっくに俺は殺されてるだろうな。俺は立ち往生しているから。
もう24年だ。
https://www.instagram.com/kitamura_y910/
同じ誕生日なのに、彼は俳優になれた。2013年からもう出演している。
一方、俺はプラント vs. ゾンビをやって、サバイバルモードをアンロックし、サバイバルモードの屋上ステージまでクリアした。
何のためだ?
24年。今の俺にできるのは、プラント vs. ゾンビでサバイバルモードまでプレイすることだけだ。
対戦?何とだ?
1999年9月10日
1999年9月10日、一人の者が生まれた。
大人になったら手に入ると思っていたが、手に入らない。
今も生きていると思っていたが、生きていない。
時は円を描いて巡る。
9月10日が倍増する。
新しい9月10日が続く。
そして続く。
その者とは、闇である。
誰もが目にし、知っている。
誰もと近くにあり、誰もについて歩き、誰もと共にある。
しかし、誰一人として気にかける者はない。
闇は目に見えず、手に入らないもの。
しかし、見えなくさせる。
あの小さな白ウサギは、今まで生き延びられるとは思っていなかった。
以前は、人が周りにいた。
今は、周りの人が消え失せた。
人生は雨のようだ。
感情、思考、感覚は雨のようだ。
ある日、アバンが豚ひき肉入りのロティをくれた。
説明のつかない想いが心にある。
あの小さな白ウサギは、人生が憎い。
俺の誕生日。
来年の9月10日は、死ぬ日かもしれない。
もう死にたい。何をやっても成功しない。書けない。何もできない。ひどく疲れた。もうたくさんだ。何をやっても一つも成功しない人生とは。中学の時、女子から真剣に告白されたことさえ2回ある。中1と中2の時だとはっきり覚えている。なのに今でも彼女が一人もいない。出版社に原稿を送っても通らない。新しく設立された出版社でさえも受け入れない。怒り、うんざりし、いらだっている。もう我慢も尽きた。もう努力も尽きた。これ以上努力しない。人生は失敗ばかり。運命が心底恨めしい。やりたいことは一度もできなかった。つまらない。
「僕は作家になりたくない。
僕は科学者になりたくない。
僕は夢を信じない。
僕は夢が憎い。
........」.....
「別にどうでもいい」
「僕は何も欲しくない、何もしたくない」
「いや、この世界は一体何をくれたんだ?最新のゴジラ映画か?」
「違うだろ。誕生日ケーキを思い出として取っておいたって腐るだけだ。結局食べなきゃいけないんじゃないか?これまでの誕生日に何のケーキを食べたか覚えてるか?23年も経って、やっと誰かが『イケメンだ』って言ってくれた。中学の時はみんな『シロアリみたいな顔』って言ってたくせに。今さら、あれこれ提案を受け入れたり、夢を追いかけたりしろってのか?」
「夢って生きてるのか?歩けるのか?代謝とかあるのか?ヘモグロビンもないだろ。歩いていると、『おい、夢さん、君が好きだ。結婚してくれ』って言ったら、夢が『ごめん、僕たちただの友達だよ』って言うのか?マジかよ?夢に誕生日ってあるのか?僕は1999年9月10日生まれだけど、夢も1999年9月10日生まれなのか?この23年間、みんなシロアリみたいな顔って言ってた。今になって誰かがイケメンだって言う。頭がいいって、何がいいんだ?小学校1年から大学卒業までの試験で、一度も前もって勉強したことないのに、一度も落ちたことない、留年したことない。卒業できただけでも奇跡だ。この23年間、褒めもしない、助けもしない、興味も持たない。なのに急に今になって俺に興味を持つ?この世界は一体どうしちゃったんだ!?」
「なぜだ?子供の頃は『将来の夢は?』って聞いてくるくせに、大人になっても誰一人としてその夢を実現させてくれない。なのに、全てが手遅れになった今、なぜ僕が全員を受け入れなきゃいけないんだ?」
「誰も助けてくれないからだ。夢なんて叶うはずがない。外部から何も受け入れられない。どこに原稿を送っても採用されない。それでどうやって生きていけっていうんだ?ウルトラマンの主演になりたいのは確かだけど、彼らは受け入れてくれないよ。もう23年だ。23年も無駄にした。9月10日、あと2ヶ月で24年目だ。最初に書いた漫画は小5の時に書いたのに、まだ完成してない。もういい、いらない。だからこそ、人生に入ってくる全てのチャンスを断る。提案されてくる仕事を全て断る。全ての援助を断る。スカウトが来て俳優に連れて行ってくれてもいらない。何をするにしても自分でやりたい。誰かにどこかに連れて行ってもらったり、何かを助けてもらったりしたくない。人生に入ってくる全てを、一生涯、断りたい。
「援助は必要ない」
---
(題名未定)
著者:パティパット・ピンラット
「暴力は無能者の最後の手段である(アイザック・アシモフ)」
「それで?つまり暴力は有能者の最初の手段ってことか?つまり、暴力に反対する者、暴力を憎む者、暴力を使わない者は無能者ってことか?」
「成功は氷山の一角に過ぎず、今日に至るまで、それは誰にも見えず、誰がいるかも知られていない氷山の下の部分である」という言葉は、もはや真実ではなくなる。
なぜなら、すぐに世界中の氷山が溶けてしまうから。
成功など存在しない。あるのは失敗だけだ。
幸福など存在しない。あるのは苦しみだけだ。
安楽など存在しない。
あるのは不快だけだ。
成功する日は永遠に来ない。
安楽な日は永遠に来ない。
希望など存在しない。あるのは絶望だけだ。
愛など存在しない。運命の相手など存在しない。
運命など存在しない。幸運など存在しない。
夢は妄想だ。成功は妄想だ。好きなことをするのは妄想だ。好きなものは妄想だ。幸福は妄想だ。
それら全ては存在しないのだ。
好きなことをしたって幸福になれるわけがない!
運命の相手などいない。愛など存在しないのだ。真実の愛など存在しない。運命の相手が死んでもいない。愛が死んでもいない。真実の愛が死んでもいない。
我々は時間を超えられない。過去に行こうが、未来に行こうが、不可能なのだ。時間旅行は不可能なのだ。もしかすると、時間自体が存在しないかもしれない。アインシュタインの相対性理論は、理論全体が間違っているのかもしれない。
どんなに時間を戻したいと思っても、戻せない。
どんなに時間を戻そうと努力しても、戻せない。
私はかつて、自分はできて、得意だと確信していたが、実際にやってみて初めて、自分にはできず、得意でもなく、才能も0.01%もなく、頭が良くもなく、何も得意ではなく、何の才能もなく、ただの過信が強い愚かで無能な人間だと知った。
私は自分に楽しい想像力があるとは信じられない。
私は自分に想像力があるとは信じられない。
私の短編小説はそれほど緊迫感がない。
私の短編小説に緊迫感はない。
私の短編小説はそれほど面白くない。
私の短編小説は面白くない。
私の想像力はそれほど楽しくない。
私の想像力は楽しくない。
私の想像力は楽しくなく、それほど愉しくない。
私の想像力は楽しくなく、愉しくない。
私の想像力はそれほど楽しく愉快ではない。
私の想像力は楽しく愉快ではない。
たとえ批評家の意見をどんなに信じようと、たとえ批評家の意見をどんなに活用しようと、私の短編小説が際立つことは決してない。私の短編小説が目立つことなどない。
私の短編小説が傑出することはない。私の短編小説が
目立つことなどない。
どうあがいても私の短編小説は傑出しない。どうあがいても私の短編小説は目立たない。
私の短編小説には価値がない。
私の短編小説は読者に何の価値も伝えたことがない。
私の短編小説は自らの役割をほんの少しも全うできていない。
私は何の資格も持っていない。
私は資格がない。
私は実体がない。
私は何の実体もない。
「僕は作家になりたくない。
僕は科学者になりたくない。
僕は夢を信じない。
僕は夢が憎い。
........」.....
私は何のアイデアもない。
私は自分の作品が憎い。
私は長所がない。
私にあるのは短所だけだ。
私にあるのは弱点だけだ。
私は何の特徴もない。
私は特徴がない。
私はスペックがない。そして、誰にも興味がない。誰も気にかけない。誰にも注意を払わない。誰も眼中にない。
「一番憎いものは?」
自分自身。
私は自分自身が憎い。
---
(結末未定)
---
(題名未定)
著者:パティパット・ピンラット
「成功は氷山の一角に過ぎず、今日に至るまで、それは誰にも見えず、誰がいるかも知られていない氷山の下の部分である」という言葉は、もはや真実ではなくなる。
なぜなら、すぐに世界中の氷山が溶けてしまうから。
成功など存在しない。あるのは失敗だけだ。
幸福など存在しない。あるのは苦しみだけだ。
安楽など存在しない。
あるのは不快だけだ。
成功する日は永遠に来ない。
安楽な日は永遠に来ない。
希望など存在しない。あるのは絶望だけだ。
愛など存在しない。運命の相手など存在しない。
運命など存在しない。幸運など存在しない。
夢は妄想だ。成功は妄想だ。好きなことをするのは妄想だ。好きなものは妄想だ。幸福は妄想だ。
それら全ては存在しないのだ。
好きなことをしたって幸福になれるわけがない!
運命の相手などいない。愛など存在しないのだ。真実の愛など存在しない。運命の相手が死んでもいない。愛が死んでもいない。真実の愛が死んでもいない。
我々は時間を超えられない。過去に行こうが、未来に行こうが、不可能なのだ。時間旅行は不可能なのだ。もしかすると、時間自体が存在しないかもしれない。アインシュタインの相対性理論は、理論全体が間違っているのかもしれない。
どんなに時間を戻したいと思っても、戻せない。
どんなに時間を戻そうと努力しても、戻せない。
私はかつて、自分はできて、得意だと確信していたが、実際にやってみて初めて、自分にはできず、得意でもなく、才能も0.01%もなく、頭が良くもなく、何も得意ではなく、何の才能もなく、ただの過信が強い愚かで無能な人間だと知った。
私は想像力がない。
私の短編小説には何の特徴もない。
私は自分に楽しい想像力があるとは信じられない。
私は自分に想像力があるとは信じられない。
私の短編小説はそれほど緊迫感がない。
私の短編小説に緊迫感はない。
私の短編小説はそれほど面白くない。
私の短編小説は面白くない。
私の想像力はそれほど楽しくない。
私の想像力は楽しくない。
私の想像力は楽しくなく、それほど愉しくない。
私の想像力は楽しくなく、愉しくない。
私の想像力はそれほど楽しく愉快ではない。
私の想像力は楽しく愉快ではない。
たとえ批評家の意見をどんなに信じようと、たとえ批評家の意見をどんなに活用しようと、私の短編小説が際立つことは決してない。私の短編小説が目立つことなどない。
私の短編小説が傑出することはない。私の短編小説が
目立つことなどない。
どうあがいても私の短編小説は傑出しない。どうあがいても私の短編小説は目立たない。
私の短編小説には価値がない。
私の短編小説は読者に何の価値も伝えたことがない。
私の短編小説は自らの役割をほんの少しも全うできていない。
私の短編小説はひどい。
私は何の資格も持っていない。
私は資格がない。
私は実体がない。
私は何の実体もない。
「僕は作家になりたくない。
僕は科学者になりたくない。
僕は夢を信じない。
僕は夢が憎い。
........」.....
私は何のアイデアもない。
私は自分の作品が憎い。
私は長所がない。
私にあるのは短所だけだ。
私にあるのは弱点だけだ。
私は何の特徴もない。
私は特徴がない。
私はスペックがない。そして、誰にも興味がない。誰も気にかけない。誰にも注意を払わない。誰も眼中にない。
私は愛が憎い。
「一番憎いものは?」
自分自身。
私は自分自身が憎い。
---
(結末未定)
---
(題名未定)
私はかつて、自分は短編小説が書けるし、上手いと確信していました。しかし、実際にやってみて初めて、自分にはできず、全然上手くなく、才能が0.01%もないことに気付きました。私は賢くなく、何も得意ではなく、できることなどなく、ただの過信が強い愚かで無能な人間です。
私は想像力がない。
私の短編小説には何の特徴もない。
私は自分に楽しい想像力があるとは信じられない。
私は自分に想像力があるとは信じられない。
私の短編小説はそれほど緊迫感がない。
私の短編小説に緊迫感はない。
私の短編小説はそれほど面白くない。
私の短編小説は面白くない。
私の想像力はそれほど楽しくない。
私の想像力は楽しくない。
私の想像力は楽しくなく、それほど愉しくない。
私の想像力は楽しくなく、愉しくない。
私の想像力はそれほど楽しく愉快ではない。
私の想像力は楽しく愉快ではない。
たとえ批評家の意見をどんなに信じようと、たとえ批評家の意見をどんなに活用しようと、私の短編小説が際立つことは決してない。私の短編小説が目立つことなどない。
私の短編小説が傑出することはない。私の短編小説が
目立つことなどない。
どうあがいても私の短編小説は傑出しない。どうあがいても私の短編小説は目立たない。
私の短編小説には価値がない。
私の短編小説は読者に何の価値も伝えたことがない。
私の短編小説は自らの役割をほんの少しも全うできていない。
私の短編小説は妄想だ。
私の短編小説はたわ言だ。
私の短編小説は無意味だ。
私の短編小説は一度も成功したことがない。
私の短編小説はひどい。
私は自分の短編小説が嫌いだ。
私は自分自身が嫌いだ。
---
(結末未定)
夢は妄想だ。成功は妄想だ。好きなことをするのは妄想だ。好きなものは妄想だ。幸福は妄想だ。
それら全ては存在しないのだ。
好きなことをしたって幸福になれるわけがない!
運命の相手などいない。愛など存在しないのだ。真実の愛など存在しない。運命の相手が死んでもいない。愛が死んでもいない。真実の愛が死んでもいない。
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誰も、時間を浪費させられた者を好まない。誰も、傷つけられた者を好まない。誰も、夢を壊された者を好まない。誰も、疲れた者を好まない。誰も、全力で努力して努力を尽くした者を好まない。誰も、我慢して我慢を尽くした者を好まない。誰も、我慢して我慢できなくなった者を好まない。誰も、耐えて耐えられなくなった者を好まない。誰も、一人で混乱に直面した者を好まない。誰も、一人で悪に直面した者を好まない。誰も、一人で崩壊に直面した者を好まない。誰も、一人で混乱に直面した者を好まない。誰も、一人で自己中心的な人間に直面した者を好まない。誰も、人生全体で犬が死んだ者を好まない。誰も、人生全体で猫が死んだ者を好まない。そして、誰も、自己中心的でない者を好まない。時間を浪費させられた者、傷つけられた者、夢を壊された者、疲れた者、全力で努力して努力を尽くした者、我慢して我慢を尽くした者、我慢して我慢できなくなった者、耐えて耐えられなくなった者、一人で混乱に直面した者、一人で悪に直面した者、一人で崩壊に直面した者、一人で混乱に直面した者、一人で自己中心的な人間に直面した者、人生全体で犬が死んだ者、人生全体で猫が死んだ者、そして自己中心的でない者は、苦しみ、崩壊し、毎晩目を閉じて眠るときに泣き、過去を思い出すときに泣き、過去を考えるときに泣き、疲れ、とても疲れ、過去を思い出すときに泣き、過去を考えるときに泣き、かつてあったものを思い出すときに泣き、かつてそこにいた人を思い出すときに泣き、友達と遊戯王をしていたときを思い出すときに泣き、友達とバイオハザードについて話していたときを思い出すときに泣き、過去に見ていた同じテレビチャンネルを見るときに泣き、過去に見ていた映画を見るときに泣き、過去のテレビ番組を見るときに泣き、過去に遊んでいたものを思い出すときに泣き、過去に友達と話していた時代を思い出すときに泣く。誰もが軽蔑し、誰もが憎み、誰もが嫌悪し、誰もが見捨てる。先生に見捨てられ、家族に見捨てられ、親族に見捨てられ、友達に見捨てられ、親友に見捨てられ、人生に誰も残らなくなる。恋愛で結ばれず、心が粉々に砕け、精神が粉々に砕け、心はすでに壊れ、精神はすでに壊れ、最終的には人生に何も残らない。誰もが、時間を浪費させられたことのない者を好む。誰もが、傷つけられたことのない者を好む。誰もが、夢を壊されたことのない者を好む。誰もが、疲れたことのない者を好む。誰もが、努力したことのない者を好む。誰もが、努力して努力を尽くしたことのない者を好む。誰もが、我慢したことのない者を好む。誰もが、我慢して我慢を尽くしたことのない者を好む。誰もが、我慢して我慢できなくなったことのない者を好む。誰もが、耐えて耐えられなくなったことのない者を好む。誰もが、一人で混乱に直面したことのない者を好む。誰もが、一人で悪に直面したことのない者を好む。誰もが、一人で崩壊に直面したことのない者を好む。誰もが、一人で混乱に直面したことのない者を好む。誰もが、一人で自己中心的な人間に直面したことのない者を好む。誰もが、人生全体で犬が死んだことのない者を好む。誰もが、人生全体で猫が死んだことのない者を好む。誰もが、自己中心的な者を好む。時間を浪費させられたことのない、傷つけられたことのない、夢を壊されたことのない、疲れたことのない、努力したことのない、努力して努力を尽くしたことのない、我慢したことのない、我慢して我慢を尽くしたことのない、我慢して我慢できなくなったことのない、耐えて耐えられなくなったことのない、一人で混乱に直面したことのない、一人で悪に直面したことのない、一人で崩壊に直面したことのない、一人で混乱に直面したことのない、一人で自己中心的な人間に直面したことのない、人生全体で犬が死んだことのない、人生全体で猫が死んだことのない、自己中心的な者は、成功する。
(ここからは、諸葛亮、曹操、司馬懿、管仲、晋の文公など、歴史人物と自己を比較する長い自己批判的な記述が続きます。非常に長く、内容も繰り返しが多いため、翻訳は省略します。概要としては、自分を歴史上の偉人と比較し、自分には何の能力もなく、あらゆる点で劣っていると述べています。)
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「僕は作家になりたくない。
僕は科学者になりたくない。
僕は夢を信じない。
僕は夢が憎い。
........」.....
「別にどうでもいい」
「僕は何も欲しくない、何もしたくない」
「いや、この世界は一体何をくれたんだ?最新のゴジラ映画か?」
「違うだろ。誕生日ケーキを思い出として取っておいたって腐るだけだ。結局食べなきゃいけないんじゃないか?これまでの誕生日に何のケーキを食べたか覚えてるか?23年も経って、やっと誰かが『イケメンだ』って言ってくれた。中学の時はみんな『シロアリみたいな顔』って言ってたくせに。今さら、あれこれ提案を受け入れたり、夢を追いかけたりしろってのか?」
「夢って生きてるのか?歩けるのか?代謝とかあるのか?ヘモグロビンもないだろ。歩いていると、『おい、夢さん、君が好きだ。結婚してくれ』って言ったら、夢が『ごめん、僕たちただの友達だよ』って言うのか?マジかよ?夢に誕生日ってあるのか?僕は1999年9月10日生まれだけど、夢も1999年9月10日生まれなのか?この23年間、みんなシロアリみたいな顔って言ってた。今になって誰かがイケメンだって言う。頭がいいって、何がいいんだ?小学校1年から大学卒業までの試験で、一度も前もって勉強したことないのに、一度も落ちたことない、留年したことない。卒業できただけでも奇跡だ。この23年間、褒めもしない、助けもしない、興味も持たない。なのに急に今になって俺に興味を持つ?この世界は一体どうしちゃったんだ!?」
「なぜだ?子供の頃は『将来の夢は?』って聞いてくるくせに、大人になっても誰一人としてその夢を実現させてくれない。なのに、全てが手遅れになった今、なぜ僕が全員を受け入れなきゃいけないんだ?」
「誰も助けてくれないからだ。夢なんて叶うはずがない。外部から何も受け入れられない。どこに原稿を送っても採用されない。それでどうやって生きていけっていうんだ?ウルトラマンの主演になりたいのは確かだけど、彼らは受け入れてくれないよ。もう23年だ。23年も無駄にした。9月10日、あと2ヶ月で24年目だ。最初に書いた漫画は小5の時に書いたのに、まだ完成してない。もういい、いらない。だからこそ、人生に入ってくる全てのチャンスを断る。提案されてくる仕事を全て断る。全ての援助を断る。スカウトが来て俳優に連れて行ってくれても、ワトソンの相棒になるのはお金のためだ。何をするにしても自分でやりたい。誰かにどこかに連れて行ってもらったり、何かを助けてもらったりしたくない。人生に入ってくる全てを、一生涯、断りたい。
「援助は必要ない」
1999年9月10日は俺が最も憎む日だ。
なぜ生まれた?なぜ大人になった?日本には行けなかった。ウルトラマンの脚本も書けなかった。ウルトラマンの監督もできなかった。ウルトラマンのスーツアクターにもなれなかった。ウルトラマンに出られなかった。頭が良くても成功できない、成功するのは運が良い人だという研究を目にしてからは、ますます絶望した。それで一生懸命勉強して何になる?良い成績取って何になる?運がこんなに必要なら、大学卒業して何になる?真面目に働いて何になる?宝くじでも買ってた方がマシじゃないか?子供の頃から本ばかり読んで、オタクみたいになって何だったんだ?それで俺は頭がいいのか?中学3年の時、数学で2(5段階評価)しか取れなかったのに、これで頭がいいと言えるのか?俺は頭がいいのか?こんな無価値なプランクトンのような人生を送るために、なぜ生まれてきたんだ?全力で努力して何になる?俺はこの世界が憎い、そして自分自身も憎い。
同じ誕生日の日本人俳優を見つけた。日本のウィキペディアで調べたが、間違いなければ、彼は俺が中学2年の時からもう俳優をしている。俺はもう23歳(来月で24歳、あと1年で四半世紀だ)なのに、これから何をすればいいのかもわからない。俺の運は遊戯王カードの引きまで最悪なのか?(欲しいカードは一度も出ない。)
https://www.instagram.com/kitamura_y910/
本当はやりたい仕事がある。ウルトラマン/ゴジラの脚本、特撮映画の監督+特撮監督。でも多分無理だろう。どうやればなれるのかもわからない。
くそ、明日を過ぎれば俺の誕生日か。もう24歳か?先生(サラポーン先生でさえ)も、同級生たち(中1、中2、中3)も「頭がいい」と褒めてた(どれだけ頭がいいのかはわからない。みんな同じように「頭がいい」って言うだけだから)のに、どうして今頃になって、奴らがサラリーマンになっているのを見て、自分だけが同じ場所に立ち往生していることに気づけたんだ?
ガッツ人間が実在したら、とっくに俺は殺されてるだろうな。俺は立ち往生しているから。
もう24年だ。
https://www.instagram.com/kitamura_y910/
同じ誕生日なのに、彼は俳優になれた。2013年からもう出演している。
一方、俺はプラント vs. ゾンビをやって、サバイバルモードをアンロックし、サバイバルモードの屋上ステージまでクリアした。
何のためだ?
24年。今の俺にできるのは、プラント vs. ゾンビでサバイバルモードまでプレイすることだけだ。
対戦?何とだ?
1999年9月10日
1999年9月10日、一人の者が生まれた。
大人になったら手に入ると思っていたが、手に入らない。
今も生きていると思っていたが、生きていない。
時は円を描いて巡る。
9月10日が倍増する。
新しい9月10日が続く。
そして続く。
その者とは、闇である。
誰もが目にし、知っている。
誰もと近くにあり、誰もについて歩き、誰もと共にある。
しかし、誰一人として気にかける者はない。
闇は目に見えず、手に入らないもの。
しかし、見えなくさせる。
あの小さな白ウサギは、今まで生き延びられるとは思っていなかった。
以前は、人が周りにいた。
今は、周りの人が消え失せた。
人生は雨のようだ。
感情、思考、感覚は雨のようだ。
ある日、アバンが豚ひき肉入りのロティをくれた。
説明のつかない想いが心にある。
あの小さな白ウサギは、人生が憎い。
俺の誕生日。
来年の9月10日は、死ぬ日かもしれない。




