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タイトル未定2026/02/14 12:49

<center>**長短經/察相第六**</center>


<center>(人相の観察 第六)</center>


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『左伝』にこうある。「周の内史である叔服が魯へ行った。公孫敖は、彼が人相を見ることに長けていると聞き、自分の二人の息子に会わせた。叔服は言った、『穀(子文)はあなたを養い、難(子難)はあなたの葬儀を執り行うでしょう。穀は下あごが豊かで(豐下)、いずれ彼の子孫が必ず魯の国に家を残すことでしょう』」〈杜預は言う、「豐下とは、顔が四角いことを言う」〉


鄭の簡公が趙孟(趙武)を垂隴でもてなした。七人の大夫が従った。趙孟は言った。「七人の皆さんが私に従ってくださるのは、私にとって光栄なことです。どうか皆さん、詩を誦じて私の送別を完全なものにしてください」。子展が『草蟲』の詩を誦した。趙孟は言った。「善いかな! 主人の詩ですが、私にはふさわしくありません」。印段が『蟋蟀』の詩を誦した。趙孟は言った。「善いかな! 家を守る者の詩です。私にも望みがあります」。子展は最後になってから去っていくであろう。人よりも上に立ちながらも、自分を忘れることがないからだ。印段は次である。楽しんでいても乱れないからだ。楽しむことで安定をもたらし、物事を行うのに迷いを用いない。その去り際がこのようであるならば、子孫を残すのにふさわしいではないか。


『漢書』にこうある。「漢の高祖(劉邦)が劉濞を呉の王に封じた後、彼を拝謁させてその人相を見て言った。『お前の顔には謀反の相がある。50年後、東南の方向に乱が起きるだろうが、それはお前ではないか? 天下は皆、劉氏一家のものである。決して謀反を起こしてはならぬ』」


〈『経』に言う、「眉の上の骨が高く盛り上がっているのを九反骨と言う。このような骨がある者は、常に不満を抱く心を持つ」とも言う。また「黄色い気が天中(額の中央)を巡り、髪の生え際を通り、両方の眉頭の下にある幕の部分にそれぞれ黄色が現れ、眉間の上から真っ直ぐに鼻まで黄色が下りてくる。これは三公(最高の官位)の相である。もし身分の低い者にこのような色が現れれば、密かに君主を殺そうと図るであろう」〉


『春秋左氏伝』にこうある。「楚の成王が商臣を太子にしようとした。令尹(楚の宰相)の子上に諮問すると、子上は言った。『この者は目が蜂のように、声が豺狼のようで、残忍な性格であります。太子になさるべきではありません』。王は聞き入れなかった。その後、商臣は謀反を起こし、宮廷の衛兵を率いて成王を包囲し、王は自害に追い込まれた」。また「楚の子良(斗伯比)に子越椒という子が生まれた。子文(斗穀於菟)は言った。『この子を殺しなさい。この子は熊や虎のような姿をし、狼や狐のような声をしている。殺さなければ、必ずや若敖氏(子文らの一族)を滅ぼすだろう。諺にも『狼の子は心が荒々しい』という。これは狼だ。どうして飼っておけようか?』。子良は聞き入れなかった。その後、子越椒は確かに謀反を企て、楚の王を攻めた。楚の王は太鼓を打ち鳴らして軍を率いて攻め、ついに若敖氏を滅ぼした」。また「晋の韓宣子(韓起)が斉に行き、子雅(公孫竈)に会った。子雅は自分の子の子旗(欒施)を呼んで宣子に会わせた。宣子曰く、『これは家を守ることのできる者ではない。忠実ではない』。杜預は言う、「子旗の考えや振る舞いに傲慢さがあることを言う」。10年後、子旗は逃げ出してきた」と。


周の霊王に儋季という弟がいた。彼が死に、その子の括が王に会おうとしてため息をついた。単の公子である愆旗がそのため息を聞き、王に進み出て言った。「哀しみもないのに望みは大きく、目つきは落ち着かず足取りは高い。心は別のところにあります。殺さなければ必ず災いとなりましょう」。王は言った。「幼い者が何を知ろう」。霊王が崩御すると、儋括は王子佞夫を立てようとした。周の卿士たちは佞夫を殺した。


斉の崔杼が軍を率いて我が国(魯)を攻めた。魯の襄公は憂慮された。孟公綽は言った。「崔杼には大きな志があり、我が国を害することを本意とはしておりません。必ずや急いで撤退するでしょう。何を憂うることがありましょう? 今回の出兵では、彼は略奪もせず、兵の動員も緩く、以前とは違います」。斉の軍は撤退し、その後、崔杼は荘公(斉の君主)を弑した。


晋と楚が諸侯と盟約を結ぶ会合を開いた。楚の公子圍(後の霊王)は、服装や護衛を王のそれと別に設けた。魯の叔孫穆子(叔孫豹)は言った。「楚の公子圍は美しいことだ。まるで君主のようではないか」。〈杜預は言う、「君主の服装を整えている」〉。その年、公子圍は国を簒奪した。


衛の孫文子(孫林父)が魯を訪れた。魯の襄公が登ると、孫文子もそれに従って登った。叔孫穆子は急いで進み出て言った。「諸侯が会合する時、我が君が衛君の後ろにいたことはありません。今、あなたは我が君の後ろにいることを良しとされません。理由が分かりませんが、どうかお鎮まりください」。孫文子は答えず、悔い改める様子もなかった。穆叔は言った。「孫子は必ず滅びるだろう。臣下でありながら君主のように振る舞い、過ちを犯しても悔い改めない。これが滅びの基だ」。14年後、孫林父は衛の献公を追放した。


初め、鄭の簡公が趙孟をもてなした時、七人の大夫が詩を誦した。伯有(良霄)は『鶉之賁賁』という詩を誦した。宴が終わると、趙孟は叔向に言った。「伯有はやがて殺されるだろう。詩というものは、心の志を表すものだ。彼の志は君主を侮り、それを公然と客の前で表した。これで長く続くことができようか?」


魏の時代、管輅が何晏と鄧颺の人相を見て、彼らは殺されるべきだと言った。二人が死ぬと、管輅の舅が彼にその理由を尋ねた。管輅は言った。「鄧颺の歩き方は、関節が骨をしっかりと受け止めておらず、筋が肉を制御できていない。立ち居振る舞いが傾きがちで、手足がないかのようだった。これを『鬼躁』と言う。何晏の目つきは、魂がその場所に留まらず、顔には艶のない色がなく、精気が煙のように漂い、顔は枯れ木のようだった。これを『鬼幽』と言う。鬼躁の者は風に吹き飛ばされ、鬼幽の者は火に焼かれる。これらは自然の兆候であり、隠すことはできない」。


宋の孔熙光が姚生に言った。「人相を見るには、天の部分(額)は円く、地の部分(顎)は四角く、目は光り輝き、鼻は柱のようで、四瀆(目・耳・口・鼻)は明瞭で、五嶽(額・顎・鼻・両頬骨)はしっかりとしていることが望ましい。これらの点で、あなたはどれ一つ満たしていない。それだけでなく、あなたの目つきは定まらず何かを探しているかのようであり、歩き方は曲がりくねって安定せず、声はかすれて途切れがちである。財産を失うだけでなく、災難にも遭うだろう」。後に彼らは謀反を企て、皆殺しにされた。


これらの例から考えると、人相によって人を観察することは、古くから行われてきたと言える。


故にこう言う。富貴は骨格に宿り、憂喜は顔色に宿ると。


〈『経』に言う。「青は憂いを示し、白は喪を示し、黒は病を示し、赤は恐れを示し、黄は慶事を示す。これら五つの色は、四季に照らして判断する。春の三ヶ月は、青が王(旺)であり、赤が相であり、白が囚であり、黄と黒は共に死である。夏の三ヶ月は、赤が王であり、白と黄が相であり、青が死であり、黒が囚である。秋の三ヶ月は、白が王であり、黒が相であり、赤が死であり、青と黄は共に囚である。冬の三ヶ月は、黒が王であり、青が相であり、白が死であり、黄と赤は共に囚である。季節に合っていれば、王や相の色は吉である。季節に合っていなければ、王や相の色であっても、囚や死の色と同様に凶である」と。


魏の管輅が同族の家に行った時、二人の客に会った。客が帰った後、管輅は兄に言った。「この二人には、天庭(額の中央)と口と耳の間に、共に凶相が表れている。異変が同時に起こり、二つの魂は宿る場所を失い、魂魄は海を漂い、骨は家に帰らぬだろう」。後に彼らは本当に溺死した。これは顔色の変化の効験の一端である〉


成否は決断にあり、これらを併せて考察すれば、万に一つの誤りもない。


『経』に言う。「貴賤は骨格にあり、長短(寿命)は虚実(精気の充実度)にある」と。


〈『経』に言う。「人の息は、生命の宿る場所である。息が長く深く、穏やかで、形が長く緩やかな者は長命である。息が速く短く、出入りが不規則な者は短命である」と。また言う。「骨や肉が硬く強い者は長命だが幸福は少なく、体が柔らかく肉づきの良い者は幸福だが長命ではない」と。


『左伝』にこうある。


魯が襄仲を斉に派遣した。帰国して報告した。「臣は斉人が我が国の麦を食べに来るだろうと聞きましたが、観察したところ、それはないと思われます。斉君の言葉は軽薄でした。臧文仲に『君主が軽薄であれば、死ぬだろう』という言葉があります」。後にその通りになった。


鄭の簡公が晋に行き、和平の謝礼をした。東楹の柱の西側で玉を受け取った。晋の貞伯は言った。「鄭伯は死ぬのではないか? 自らを粗末にしている! 目つきは落ち着かず、歩みは速く、自分の位置に安んじていない。長くは続くまい」。〈杜預は言う、「鄭伯が落ち着かず、しっかりしていないことを言う」〉。六月に簡公は亡くなった。


周の天子は劉康公と成粛公を派遣し、晋侯と共に秦を攻めさせた。成粛公が社(土地の神を祀る社)で祭肉を受ける時、敬虔でなかった。劉康公は言った。「私は聞いている。人は天地の中間から気を受けて生まれる。これを命という。故に礼儀、義、威厳の規則があり、それによって命を定める。これらをよく守る者は幸福を得、守れない者は災いを招く。だから君子は礼儀に勤しみ、小人は力仕事に励む。礼儀に勤しむには敬意を尽くすことに勝るものはなく、力仕事に励むには誠実で確実であることに勝るものはない。敬意は精神を養い、確実さは職務を守る。国の大事は祭祀と戦争である。祭祀には祭肉があり、戦争には社の祭肉がある。これらは神との重要な儀式である。今、成子はそれを怠った。自分の命を捨てたようなものだ。災いを免れまい」。五月、成粛公は瑕で亡くなった。


晋の悼公が程鄭を寵愛し、下軍の副将に任命した。鄭の使者である公孫揮が晋を訪れた。程鄭が彼に尋ねた。「どうすれば身分を低くすることができますか?」。子羽(公孫揮)は答えられず、帰ってから然明にそのことを話した。然明は言った。「彼は死ぬだろう。さもなければ逃亡するだろう。君子が恐れを知り、恐れて身を低くしようとすれば、そこにこそ身を置く場所がある。ただ身を低くして人に従うことを言うだけだ。どうして尋ねる必要があろう? ましてや、高い地位を得ておきながら身を低くしようとするのは、智者である。しかし程鄭は智者ではない。彼には逃亡の兆候があるのではないか? さもなければ、心を病んでいるのだ。死を憂うべきであろう」。翌年、程鄭は死んだ。


周の天子は単子を派遣して戚で韓宣子に会わせた。単子は目つきが低く、言葉は遅かった。叔向は言った。「単子は死ぬのではないか? 朝廷には位階を示す標識があり、会合には表章があり、衣服には襟と帯がある。会合や朝廷での言葉は、表章や標識のある位置にまで届き、事の次第を明らかにするべきである。視線は帯や襟の辺りを越えず、表情を整えるべきである。言葉で命令を伝え、表情でそれを明らかにする。これに背けば過ちがある。今、単子は百官の長として、会合の事柄を命令しているのに、視線は帯の高さにも及ばず、言葉は一歩の間にも満たない。表情で顔を整えることができず、言葉で意思を明らかにすることができない。表情が整わなければ敬意がなく、意思が明らかでなければ信頼されない。命を保つことはできまい」。この冬、単子は死んだ。


宋の平公が昭子(叔孫婼)をもてなした。酒宴は楽しげで、話しては泣いた。楽祁が補佐役を務め、退出してから人に言った。「君と叔孫は今年死ぬのではないか? 私は聞いている。悲しみを楽しみとし、楽しみを悲しみとする者は、皆、心を失った者だと。清明な心を魂魄という。魂魄が去ってしまえば、どうして長く続くことができようか?」。この年、叔孫と宋公は共に死んだ。


鄒の隱公が魯を訪れ、玉を高く掲げ、顔を上げていた。魯の昭公は玉を低く受け取り、顔を伏せていた。子貢は言った。「礼儀から見ると、両君には死の兆候があります。高く掲げ顔を上げるのは傲慢であり、低く受け取り顔を伏せるのは衰退です。傲慢は乱に近く、衰退は病に近い。君主たる者は、先に亡くなるのではないでしょうか?」。この年、魯の昭公は崩御した。


哀公七年、鄒子益を連れ帰った。衛侯が鄖で呉の人と会見した。呉の人が衛侯の宿舎を取り囲んだ。子貢が太宰嚭を説得して、難を免れた。衛侯は帰国後、夷狄の言葉を真似た。子之は幼かったが言った。「君主は必ず災いを免れないだろう。君主は夷狄の地で死ぬに違いない。捕らえられたのに、その言葉を好むとは、彼らに従うことは必定だ」。後に衛侯は楚で死んだ。


魯の襄公が楚の様式の宮殿を建てた。穆叔は言った。「『泰誓』に『人の欲する所、天は必ず之に従う』とある。君は楚を欲しておられる。だから楚の様式の宮殿を建てられたのだ。君は必ず楚に行かれ、この宮殿で亡くなられるだろう」。六月の辛巳の日、襄公は楚の宮殿で崩御した。


晋の厲公が郤犨を派遣し、孫林父を衛に送り届けさせた。衛の定公は宴を開いて歓迎した。苦成叔(郤犨)は傲慢な振る舞いをした。衛の寧子は言った。「苦成氏は滅びるのではないか? 古の人は宴をもって、威儀を観察し、禍福を測った。故に『詩経』に『角を曲げた犀の杯、酒は柔らかく美しい。傲慢ではなく安逸でもなく、万の福が訪れる』とある。今、この人は傲慢だ。これこそ禍を招く道だ」。17年後、郤氏は滅んだ。


斉侯と衛侯が商任で会見したが、敬虔でなかった。叔向は言った。「二君は災いを免れないだろう。会見とは礼儀の道である。礼は政治の車であり、政治は身を正すものである。礼を怠れば政治が乱れ、身を正すことができず、乱が起こる」。25年後、斉は光(荘公)を弑した。26年後、衛は剽(殤公)を弑した〉


精神の聡明さは、動作や静止の様子に現れる。これが大体の原則である。


人相を見るには、まず顔を見る。顔には五嶽と四瀆がある。


〈五嶽とは、額を南の衡山、顎を北の恒山、鼻を中岳の嵩山、左の頬骨を東岳の泰山、右の頬骨を西岳の華山とする。四瀆とは、両方の鼻孔を済水、口を黄河、両眼を淮水、両耳を長江とする。五嶽は高くそびえ、豊かに盛り上がっているのが良く、四瀆は深く大きく、堤が明瞭で完全であるのが良い。五嶽が全て整っている者は富み、整っていなければ貧しい。四瀆が全て整っている者は貴く、整っていなければ賤しい〉


五官と六府がある。


〈五官とは、口を第一、鼻を第二、耳を第三、眼を第四、人中を第五とする。六府とは、両方の上のこめかみの辺りを二府、両方の輔角(額の両脇)を四府、両方の頬骨の上の辺りを六府とする。一つの官が良ければ10年は禄を得、一つの府が良ければ10年は富む。五官六府が全て良ければ、富貴限りなし。左は文官、右は武官を示す〉


九州と八極がある。


〈九州とは、額の左から右まで、縦に途切れることなく、形が逆さにした肝のようで完全であるのが良い。八極とは、鼻筋に沿って上を見上げ、八方の形が整っていて、傾いていないのが良い〉


七門と二儀がある。


〈七門とは、両方の姦門こめかみ、両方の闕門(眉頭の上)、両方の命門(耳の前)、庭中(額の中央)の一つを言う。二儀とは、頭は円く天を模し、足は四角く地を模す。天は高くあるべきで、地は厚くあるべきである。頭が小さく足が薄ければ、貧賤の人である。七門が全て良ければ、富貴の人である。大まかに言えば、額は天、顎は地、鼻は人、左目は日、右目は月である。天は広がり、地は四角く、人は深く広く、日月は輝くのが良い。天が良ければ貴く、地が良ければ富み、人が良ければ長命で、日月が良ければ栄える。上の部分(額)は天であり、父母の貴賤を司る。中の部分(眉間から鼻)は人であり、兄弟・妻子・仁義・寿命を司る。下の部分(鼻下から顎)は地であり、田園・奴婢・家畜・飲食を司る〉


もし頬骨が盛り上がり始め、肌に艶があれば、それは九品の官位に値する相である。


〈また言う。腰や腹が調和が取れ、尻や腿が厚く、目つきが高く歩みが広い。これらは全て九品の官位に値する人の特徴である。顔色は重厚で、腰は幅広く長いのが良い。故に『経』に言う、『顔が黄色い瓜の如し、富貴栄華。白さは脂を断ち切った如く、黒さは漆の如し。紫色は桑の実の如く、腰は広く長く、腹は垂れ下がる袋の如く、歩き方は雁や亀の如し、これらは皆富貴の人である』と。大体において、卿大夫から将軍、下吏、庶民に至るまで、位階品等に関わらず言えることである〉


輔骨(額の両脇の骨)が少しばかり隆起し、鼻先が少しばかり尖っている。これは八品の官位に値する相である。


〈また言う。胸と背中が少しばかり豊かで、手足が美しく艶があり、体が真っ直ぐで歩みが安定している。これらは全て八品の官位に値する人の特徴である。鼻は広く、真っ直ぐで、長く、胸と腹は豊かで亀の形の如く、手足は赤みがかった白さであるのが良い。故に『経』に言う、『手足は綿の如く、富貴は年に終わる。手足は厚く良く、召使いを傍らに立たす』と〉


輔角が稜のように隆起し、倉庫(こめかみの辺り)が全て平らかで満ちている。これは七品の官位に値する相である。


〈また言う。胸が厚く、首が太く、腕と脚が均整が取れ、声が安定し、目つきが落ち着いている。これらは全て七品の官位に値する人の特徴である。首は太く短く、手や腕は細く長く、声は笙や鳩のようであるのが良い。故に『経』に言う、『額角高く聳え、職位優に重し。虎の頸は円く太く、富貴余り有り。牛の如く顧み、虎の如く睨む、富貴比無し。天の倉(額)満ちれば天の禄を得、地の倉(顎)満ちれば酒肉豊かなり』と〉


天中(額の中央)が高く隆起し、印堂(眉間)が端整である。これは六品の官位に値する相である。


〈また言う。頭脳が豊かで体つきが均整が取れ、手が厚く、腰が丸く、声が澄んでいて、言葉に響きがある。これらは全て六品の官位に値する人の特徴である。額の天中から司空(額の中央やや下)に至るまで、骨や肉が環のようになっている者を『天城』と言う。これが途切れずに巡っていれば、大いなる貴人となる。門のようであれば、三公となる。声は深く重く、確かで力強く、大きくとも濁らず、小さくとも響き渡り、遠くに届いても散らず、近くにあっても失われない。響きは澄んで清らかで、笙の音のようであり、言葉の調べは流れるように滑らかで、丸く長く続く。これが良い声である。宮の声は重く大きく、深く濁っている。商の声は力強く確かで、広々としている。角の声は丸く長く、通り抜けて澄んでいる。徴の声は抑揚があり、流れるように滑らかで素早い。羽の声は奥深く低く、長く引き伸ばされる。これらを正しい声と言う〉


伏犀(鼻筋から額にかけて通る骨)が明瞭に高く聳え、輔角が満ちて厚い。これは五品の官位に値する相である。


〈また言う。首は短く、背は反り気味で、胸は広く、腹は垂れ、歩き方は雁や虎の如くである。これらは全て五品の官位に値する人の特徴である。頭の骨の縫い目が隆起し、前後に大きく長い者は、二千石の将軍であり、兵を率いる宰相となる。髪の生え際から出ている伏犀は、高く聳え鋭く尖っているべきで、公侯の相である。広く平らであることを良しとせず、窪みがあれば、困難や挫折が多く、峰のようであれば大いに良い。広く平らな者も、俸禄を得ることはできる。腹は美しく端整であるのが良い。故に言う、『馬の腹は膨らみ、玉帛豊かに積もる』と〉


辺地(額の両端、髪の生え際近く)が高く深く、福堂(眉尻の上あたり)が広く厚い。これは四品の官位に値する相である。


〈また言う。頭は高く大きく、上半身が長く下半身が短く、歩き方は半ば振り返る龍の如くである。これらは全て四品の官位に値する人の特徴である。辺地は額角の髪の生え際近くにあり、福堂は眉尻の上あたりにある。頭は高く大きいのが良い。故に『経』に言う、『牛の頭は四角く、富貴隆昌。虎の頭は高く峙ち、富貴比無し。象の頭は高く広く、福禄長く厚し。犀の頭は高くそびえ、富貴鬱々たり。獅子の頭は大きく、福禄の鍾る所。虎の歩みは将軍、雁の歩みは大いに富む』と〉


伏犀と司空、龍角(眉頭の上)が細く真っ直ぐである。これは三品の官位に値する相である。


〈また言う。胸と背中は非常に厚く、頭は深く尖っており、意志は強く体は柔らかい。これらは全て三品の官位に値する人の特徴である。司空とは、髪の生え際から真っ直ぐ下りてきた所、即ち天庭のことである。龍角は眉頭の上にある〉


頭頂が高く深く、龍犀(鼻筋から額の骨)が完全である。これは二品の官位に値する相である。


〈また言う。頭角が特異に隆起し、関節や部位が均整が取れ、体つきは強く、性質は穏やかである。これらは全て二品の官位に値する人の特徴である。容貌はゆったりとして、挙動は雄大であり、精神は澄み切って清らかで、姿勢は安定している。言葉は慎重で、遅からず速からず、動作や休息には常に規律があり、軽々しくも焦ってもいない。怒りや喜びを妄りに表さず、行動や選択は物事に適っている。声色に感情を変えず、栄枯盛衰によって節操を変えない。これを『神に余り有り』と言い、貴い地位を司る〉


四倉(おそらく顔の四つの部位)が全て満ち、骨角が全て明らかである。これは一品の官位に値する相である。


〈頭と首が全て良く、関節や部位が全て完全であり、容貌は美しく、目つきは安定して澄んでいる。これらは全て一品の官位に値する人の特徴である〉


龍に似た者は文官である。〈龍に似た者は非常に貴い。龍の歩みをする者は三公となる〉


虎に似た者は将軍である。〈虎の歩みをする者は将軍である。駅馬の骨(こめかみの辺り)が高い者は将軍となる〉


牛に似た者は宰相となる。


馬に似た者は武官である。〈馬に似た者も非常に貴い〉


犬に似た者は清らかな官職を得、地方の長官となる。〈豚に似た者、猿に似た者は大いに富貴となる。鼠に似た者はただ富むのみである。およそ『似る』と言うのは、動作や静止が全て似ていることを言う。一部分だけが似ている者は、貧しい者や身分の低い者である〉


天中は貴さを司る。気が平らかで満ちている者は、官職や俸禄に適する。


〈天中は最も高く、髪の生え際に近い。黄色い気が現れ、正角に入り、高く広いところに至る。参駕(おそらく天中の一部)が動けば、刺史や州の長官となる。黄色い気が日月の如く、天中の左右にあれば、天子に仕える者となる。黄色い気が天中から現れ、丸く大きく光り輝き重厚であれば、突然天子に謁見し、年を経て井竈(おそらく部位の名)に至り、功績により封ぜられる。常に黄色い気があり、鐘や鼓を吊るした如くであれば、三公の相である。また黄色い気が龍の形の如く現れれば、これも封ぜられる。四季の官位の気が天の部位から現れ、鏡の光の如くであれば、突然の栄達の相である〉


天庭は最高位の公卿を司る。大丞相の気である。〈天庭から真っ直ぐ下り、天中に至る。ここに黒子があれば、死を司る〉


司空は天官を司り、これも三公の気である。〈司空から真っ直ぐ下り、天中に至る。色が悪ければ、上書することに関わり、大凶である〉


中正は群臣の気を司り、人物の品定めを司る。〈中正から真っ直ぐ下り、司空に至る。色が良ければ、官職の異動がある。もし司空と中正に赤い色がはっきりと現れれば、中正は県の役人、天庭は郡の役人、州県の役人、蘭台、尚書など、それぞれ担当する部位によって判断する〉


印堂は天下の印綬を司り、符印を掌る官である。〈印堂は両眉の間にあり、眉頭のやや下、中正に次ぐ。赤い色が現れ、連なった刀の如く、天庭に上り、鼻先に下りれば、県令となる。闕庭に至れば、色の現れた者は、上位の役人となる。もし車輪の如くで、輔角に応じれば、大いに貴い。印堂はまた闕庭とも言う〉


山根が平らかで美しく、しかも奇異な骨が隠れていたり隆起していたりすれば、皇室と婚姻を結び、公主の婿となる。〈山根から真っ直ぐ下り、印堂に至る。これは勢いのあるなしを司る〉


高広は地方の長官の位を司る。〈天中から横に並んで髪の生え際に至るまで、全て七つの名称がある。高広はその三番目に位置する。もし高広に突然黄色い気が現れ、二人が鼓を捉えたる如くであれば、将軍の相である〉


陽尺は州の次官の位を司る。〈高広からさらに横に並んで、四番目に位置する。陽尺はまた、外出が少ないことを司る。地方の長官に気があれば、遠方への旅を憂う〉


武庫は兵器や甲冑を管理する役人の位を司る。〈陽尺からさらに横に並んで、五番目に位置する〉


輔角は遠方の州刺史の位を司る。〈武庫からさらに横に並んで、六番目に位置する。骨が隆起し色が良ければ、黄門や舎人の官を司る〉


辺地は辺境の州の任を司る。〈輔角からさらに横に並んで、七番目に位置する。黒子があれば、落ちぶれて奴隷となる〉


日角は公侯の位を司る。〈天庭から横に並んで髪の生え際に至るまで、全て八つの名称がある。日角はその一番目に位置する。平らかで満ち、真っ直ぐな者は、官職に適する〉


房心は都での任を司る。〈日角からさらに横に並んで、二番目に位置する。房心は左が文官、右が武官を示す。骨が隆起すれば、人の師となるのに適する。黄色い気が房心に現れ、天庭に上れば、丞や令の官となる。房心に現れ、光沢があれば、国師と呼ばれる〉


駅馬は急を要する役人の位を司る。〈さらに横に並んで、七番目に位置する。駅馬の色が良く、印堂の上に応じれば、秋冬に官を得る〉


額角は卿や寺の官の位を司る。〈司空から横に並んで髪の生え際に至るまで、全て八つの名称がある。額角はその一番目に横に並ぶ。色が赤黄色ならば、大いに吉で栄える〉


上卿は帝卿の位を司る。〈額角からさらに横に並んで、躍動するように盛り上がれば、卿に封ぜられ、大いに楽しむ〉


虎眉は大将軍の位を司る。〈中正から横に並んで髪の生え際に至るまで、全て九つの名称がある。虎眉はその二番目に横に並ぶ。青白い色が現れれば、旅行に応じる〉


牛角は王の軍の総帥や小将の位を司る。〈虎眉からさらに横に並んで、三番目に位置する。これはまた、諸侯に封ぜられ、俸禄を得ることを司る。角が肉よりも勝っているのが良い〉


玄角は将軍の相を司る。〈さらに横に並んで、五番目に位置する。角のない者は、官を求めることができない。およそ官を得てから長く続くかどうかを知りたければ、まず年上(鼻の上部)の色と、現れた色の長さを見る。現れた色が一分の長さならば一年を司り、二分ならば二年を司る。これで推し量れば知ることができる。もし凶悪な色が混ざっていれば、その年に事があることを司る。白色は喪に遭い、赤色は免職され、黒色は病にかかり、青色は獄中の厄に遭う。天中に気が横たわっていれば、官はない。しかし官の色が既に長く続いているのに、突然、死や厄の色が混ざれば、それは人の身代わりに死ぬことを意味する。もし年上に良い色があり、連なる山が雲雨を出す如く、至る所全てに通じていれば、達せられない所はない。髪の生え際に黄色い気があれば、既に官を得ている。もし黒い気があれば、まだ得ていない。黄色い気が衣帯の如く額の上に現れれば、官位が遷り、俸禄が増す〉


人には六つの賤しい特徴がある。


頭が小さく体が大きい、これが第一の賤しい特徴である。〈また言う。額角が窪んで欠け、天中が低く落ち込んでいるのも、これが第一の賦しい特徴である。『経』に言う、『額が狭く詰まっていれば、老いに至るまで窮して厄介である。首は蛇のように薄く曲がり、糟糠も足りない。頭は蛇の如く平らで薄く、財物は少なくなる。頭は貉の如く尖って鈍く、窮して厄介で術がない』と〉


目に光沢がない、これが第二の賎しい特徴である。〈また言う。胸と背中が共に薄いのも、これが第二の賎しい特徴である。『経』に言う、『胸は陷没し、尻は薄く、猿の目の如きは、皆貧相である』と〉


挙動が不便である、これが第三の賎しい特徴である。〈また言う。声が雌のようで途切れがちなのも、これが第三の賎しい特徴である。『経』に言う、『話し声が噴き出すように荒く、顔の表面は枯燥し、顔の毛がぼうぼうと生え、風もないのに塵が立つようであるのは、皆貧賤の相である。悪い声とは、濁って散り散りになり、細くかすれて乱れ、声が上がれば尽きてしまい、出て行けば戻らず、浅く乱れ滞り細く、重く濁り弱く損なわれ、舌は短く唇は強く、吃って響きがない、これが悪相である。笑わないのに笑っているようであり、怒らないのに怒っているようであり、喜ばないのに喜んでいるようであり、恐れないのに恐れているようであり、酔わないのに酔っているようで、常に昨晩の酔いが覚めないかの如く、愁いないのに愁えているようで、常に憂い戚みがあるかの如く、容貌に欠け失せているところがあり、癇病を経たかの如く、神色は悽愴とし、常に失ったものがあるかの如く、挙動は慞惶として、常に急いでいるかの如く、言葉は滞り縮み、隠し事があるかの如く、体貌は低く摧け、辱めを受けたかの如く。これらを総じて神足らずと言う。神足らずの者は、多く牢獄の厄があり、官があっても隠れて失い、位があっても貶められて追放される〉


鼻が成就せず、鼻先が前に低く突き出ている、これが第四の賎しい特徴である。〈また言う。片目がつぶれて見え、斜視であるのも、これが第四の賎しい特徴である。『経』に言う、『人中は平らかに満ち、耳に輪郭がないのは、皆貧賤の相である』と〉


足が長く腰が短い、これが第五の賎しい特徴である。〈また言う。唇が傾き、鼻が曲がっているのも、これが第五の賎しい特徴である。『経』に言う、『蛇の行き、雀の趨く如くすれば、財物に蓄えなし。鼻柱は薄ければ、諾いを立てることを司る。鼻頭低く垂れれば、老いに至るまで独り炊ぐ。腰を揺らし歩み急ぐ者は、必ず使う者無し。腰の短い者は、人に職を奪われる〉と。


文(皺や模様)が成就せず、唇が細く横に長い、これが第六の賎しい特徴である。〈また言う。言葉が多く、信用が少ないのも、これが第六の賎しい特徴である。『経』に言う、『口薄ければ、人に引き立てられず、僻み側にあれば、人に毀られる。口が火を吹くが如くならば、老いに至るまで独り坐す。舌色白ければ、下賤の人なり。舌短ければ、貧賤の人なり』と。およそ賎しい人がどうであるかを知りたければ、貴いところが少なく、賎しいところが多いのが、多いというのは広いことであり、少ないというのは狭いことである。六つの賎しい特徴が全て備わっていれば、僕隷の人である〉


以上が、貴賤は骨格に宿ると言うことである。


〈論じて曰く、堯は眉に八つの彩りがあり、舜は目に二つの瞳があり、禹は耳に三つの穴があり、文王は胸に四つの乳があった。しかし世の中には四つの乳がある者がいても、それは駑馬が一筋の毛で騏驥に似ているようなものである。もし日角や月偃(額の形)の異相があり、龍が棲み虎が踞るような美しさがあり、地は城の基盤のように静かに鎮まり、天は掌の策のように開けて巡り、金槌や玉枕(後頭部の骨)が累々と相望み、伏犀が蓋を起こすように盛り上がり、隠れた部分と表れた部分が交わり映え、井戸や屋敷も兼ね備え、倉庫も既に満ちているならば、これこそ卿相の明らかな証拠である。もし目が深くくぼみ、首が長く、顔がやつれ、額がしかめ、蛇のように歩き、鷙鳥のように立ち、口が蛙の如く、嘴が鳥の如く、筋が体を束ねず、顔に華やかな色がなく、手に春の若芽のような柔らかさがなく、髪が寒蓬のように憔悴しているならば、これこそ窮乏の徴験である。


昔、姑布子卿が子貢に言った。「鄭の東門に一人の人がいる。身の丈九尺六寸、目は河のように長く、額は高く盛り上がり、頭は堯に似て、首は皋陶に似て、肩は子産に似ているが、腰から下は禹より三寸短く、儽然として家の犬を喪った者のようである」。河目とは、上下の瞼が長いことである。顙とは額のことである。漢の高祖は鼻が高く、龍のような顔をしていた。鼻は高く、顔は額のことであり、両方の角は龍角であり、一方の角は犀角である。これは高祖が龍のように、両方の眉の上の骨が高く、鼻が高く盛り上がっていたことを言う。魏の陳留王は下顎が豊かで、上が尖っており、堯の図に描かれたような表構えがあった。陳の宣帝は首が詰まっており、容貌は聡明ではないかのようであった。初め賎しい時、楊忠がこれを見て奇異に思い、「この人は虎の頸をしており、必ず大いに貴くなるだろう」と言った。後に全てその通りになった。これらは貴賤の効験である〉


木は春を司り、生長の行いである。〈春は肝を司り、肝は目を司り、目は仁を司る。生長して栄え広がることは、施しや恕しの意味である〉


火は夏を司り、豊盛の時である。〈夏は心を司り、心は舌を司り、舌は礼を司る。豊かに盛んで多いことは、富み広く大きく通じる意味である〉


金は秋を司り、収蔵の節である。〈秋は肺を司り、肺は鼻を司り、鼻は義を司る。収め集め蓄えることは、吝嗇で慳貪な情である〉


水は冬を司り、万物が伏して匿れる日である。〈冬は腎を司り、腎は耳を司り、耳は智を司る。伏して匿れ隠れることは、邪で諂い姦む佞む心である〉


土は夏の終わり(季夏)を司り、万物が実を結ぶ月である。〈夏の終わりは脾を司り、脾は唇を司り、唇は信を司る。実を結び堅く確かなことは、貞信で謹み厚い礼である〉


故にこう言う。眉目が美しく、指爪が良い人は、施しを好む人に違いない。


〈肝は目となって現れ、筋を司り、窮まって爪となる。眉に栄え、魂に蔵される。『経』に言う、『眉が真っ直ぐで頭が昂っている人は、意気込み雄強である。欠けたり薄かったりするのは、信用のない人である。弓の如きは善人である。目に光彩があり、しかも美しく好ましい人は、物の道理を認識し明哲な人である。眼光が瞼の外に溢れ出て、散らず、動かず、しかも急でなく、緩まず、精神が露わでない人は、智慧のある人である。瞼が縮み、精神に光のない人は、愚鈍な人である。眼光が瞼の外に出ない人は、感情を隠す人である。これに加えて瞼が渋り、盗み見るような目つきならば、必ず盗みを働く。もし睮(まなじりが垂れている)、因(?)、茂(?)、[目交][目聶](目がくぼんで動く)で菜切(?)の如くならば、嫉妬深い人である。急[目亟](目つきが鋭い)で側夾切(?)の如くならば、もし嫉妬しなければ、虚妄な人である。盯(見つめる)竹耕切、雎(見上げる)[目至](?)血(?)の如くならば、悪性の人である。[目蠻][目延](目が大きく見開く)時間切、矘晃(目がうつろ)の如くならば、愚かで[口賀](多言)な人である。[目占]まばたく丁念切、[目兼](目を閉じる)馨念切、[玉民][目秦](目が澄む)時巾切の如くならば、淫乱な人である。彌[絅以言易糸](?)矇瞺(目がくらむ)の如くならば、姦詐な人である。[水應]澄(?)[手勾](曲げる)烏巧切、[目效]まねる胡巧切の如くならば、頑固で強情な人である。羊日[日江](?)烏江切、瞳敕江切の如くならば、毒害のある人である。睢盱(喜ぶ様)[目夾](目を細める)燦(輝く)の如くならば、邪な人である。精神の色が雑多で、光彩が浮かんで浅い人は、心が定まらず、信用のない人である。精神が清らかで、光が溢れる人は、聡明な人である。精神が沈み、光が定まっている人は、大胆な人である。上まぶたと下まぶたの中央が深く厚く、気色が濃く厚い人は、威武があり、また大胆な人である。気色が飄眇としている人は、浅薄な人である。土地(おそらく顔の部位)が清潔でない人は、威厳がなく、臆病な人である。精神が紫黒で、光彩が端整に定まっている人は、剛烈な人である。精神が潔白で、端整に定まっている人は、隠遁を好む人である。精神が多く、光はあっても溢れ散らず、清澈で、視線が端整に審らかな人は、率直な性質の人である。精神が黄色で、光彩が澄み切っている人は、道術を慕う人である。精神の点が上に近い人は、志意が下劣な人である。指というものは、繊細で豊かで、鵝の如く皮が連なっているのが良く、性質が淳和な人である。指先が四角く、[懟](?)の如くならば、事を見るのに遅い人である。美しく妍ならば、嘱授するに人これを信じ、悪ければ、人は遵承しない〉


毛髪に光沢があり、唇口が朱の如くならば、才能学芸のある人である。


〈心は舌となって現れ、血を司り、血は窮まって毛髪となる。耳に栄え、神に蔵される。『経』に言う、『野狐のような鬢の毛は、期し信ずることが難しい。羖[羊歷](山羊)のような鬢の毛は、狐疑が多い。唇が急で、歯が露わならば、友となることが難しい。唇が広く端整ならば、言葉を発すれば章がある。唇口が良くなければ、言葉を発しても信がない。口の周りに媚びる様がなければ、人の悪を揚げることを好む。口が鳥の如く啄めば、共に居ることができない。悪心の人である。言葉の速さ遅さが鳥の如く、言葉が集約されているならば、この人は口舌が多い。速さ遅さが同じでなければ、信用の少ない人である〉


鼻孔が小さく縮まり、鼻先が低く曲がっている人は、慳吝な人である。


〈肺は鼻孔となって現れ、皮膚を司り、氣息となる。魄に蔵される。鼻の良い人は、声望がある。鼻柱が薄く、鼻梁が陷没している人は、病や厄の多い人である。鼻に媚びる様がなければ、愚かな人である。蜣蜋ふんころがしのような鼻の人は、知恵の少ない人である〉


耳孔が小さく、歯が細かく瓣のようである人は、邪で諂い姦む佞む人である。


〈腎は骨となって現れ、髄を司り、髄は窮まって耳孔となる。骨は窮まって歯となる。志に蔵される。『経』に言う、『耳孔が深く広い人は、心が虚にして玄を識る。耳孔が醜く小さい人は、智が無く、神理を信じない。耳の周りに媚びる様がなければ、鄙拙な人である。耳孔が小さく、骨の節が曲がって歪んでいる人は、意智のない人である。耳が老鼠の如き人は、殺しても死なず、また、鼠耳の人は、多く盗みを働く〉と言う。


耳輪が厚く大きく、鼻先が丸く充実し、乳首が端整で清らかで、顎が深く広く厚く大きい人は、忠信で謹み厚い人である。


〈脾は肉となって現れ、肉は窮まって孔となり、耳輪・鼻先・鼻梁・顎などを司る。意に蔵される。『経』に言う、『頭が高く大きい人は、性質が自在で、人を凌ぐことを好む。頭が卑しく弊れている人は、性質が人に従い、細かいことにこだわる』。故に言う、『鹿の頭は側長で、志気雄強。兎の頭は蔑頡(小さく低い)で、意志下劣。獺の頭は横広で、心意豁達。頸が細く曲がっている人は、自らを樹立しない人である。もし色が斑駁であったり、清潔でなかったりすれば、性質が時に従い、堅固ではない。手が細く長い人は、施しを好む。短く厚い人は、取ることを好む。施すことは仁に近く、取ることは貪り惜しむことである』。故に言う、『手が鶏の足の如くならば、意智は褊促。手が猪の蹄の如くならば、志意は昏迷。手が猿の掌の如くならば、勤勉で伎倆あり。背が厚く広い人は、剛決な人である。薄い人は、怯弱な人である。腹が端妍な人は、才華のある人である』。故に言う、『牛の腹は婪貪で、財物自らを淹れる。蛤蟆の腹の人は、懶惰な人である。腰が端美な人は、楽しみ、かつ人に任せることができる。蜥蜴の腰の人は、緩漫な人である。臂や腿が厚く広い人は、倚任することができ、安穩な人である。蛇の行きの如く歩く人は、毒を含む人であり、共に事をなすべからず。鳥の行き蹌蹌たる如く歩く人は、性行良からず。鵲の行きの如く歩く人は、性行不良。鷹の行きの如く歩く人は、雄烈。豺狼の行きの如く歩く人は、性質粗く、利を求める人である。牛の行きの如く歩く人は、性質直。馬の行きの如く歩く人は、猛烈な人である〉


以上が、性霊は容止に宿ると言うことである。


〈范蠡が言った、「越王は、頸が長く、嘴が鳥の如くである。共に患難を共にすることはできるが、共に安楽を共にすることはできない」と。


尉繚が言った、「秦始皇は、鼻が高く、目が長く、胸が鷙鳥の如く、声が豺の如くである。恩や信が少なく、心は虎狼の如し。約している時は人に下ることを易くするが、志を得れば人を軽んじて食らう。共に久しく遊ぶべからず」と。


叔魚が生まれた時、その母が見て言った、「この子は虎の目をし、豺の心を持ち、鳶の肩をし、牛の腹をしている。谷や沢は満たすことができるが、これは満たすことができない」と。


晋の叔向が巫臣の娘と結婚したいと思った。彼の母がそれを望まず、言った、「昔、有仍氏が娘を生んだ。肌は黒く艶やかで、光は鏡の如く、名を玄妻といった。後に楽正の後夔が彼女を娶り、伯封を生んだ。本当に猪のような心を持ち、貪婪で飽くことを知らず、忿怒は限りがなく、封豕と呼ばれた。有窮の後羿が彼を滅ぼし、夔は祭祀を絶った。三代の滅亡も、皆これと同じである。どうしてあなたはそれをするのか? 天には特に優れた物があり、人を変えるに足る。もし徳義でなければ、必ず禍いがあるだろう」と。叔向は恐れて止めた。


魏の安釐王が魏從に問うた、「馬回は、梗梗として亮直であり、大夫の節がある。私は彼を宰相にしたいと思うが、どうか?」。答えて言った、「目が長く、豺のように見る者は、体は四角くとも心は円い。常にその法で人を相すれば、千萬に一つも失わない。私は馬回を見た。その体幹が偉大でないわけではないが、その目を非常に疑う」と。


平原君が秦の将軍白起の人相を見て、趙王に言った、「武安君(白起)は、頭が小さく、下が尖っている。瞳子は白黒分明で、視る所瞻る所転ぜず。頭が小さく下が尖っている者は、断敢えて行う。瞳子白黒分明なる者は、事を見ること明らかである。視る所瞻る所転ぜざる者は、志を執ること強し。共に久しく持つことはできても、争鋒することは難しい」と。


王莽は、口が大きく、顎がそり上がり、目が露わで、瞳が赤く、声が大きく、身の丈七尺五寸、胸が反り、仰ぎ見て、左右を睥睨した。ある人が言った、「王莽は、いわゆる鴟の目、虎の嘴、豺狼の声を持つ。だから人を睥睨して食らうのであり、また人のために殺されるべきである」と。後に漢の位を簒奪し、後に兵に敗れて帰り、果たして殺された〉


命と相は、声と響きの如くである。声は機微に動き、響きは応に窮まる。必然の理である。たとえ「言によって行いを信じれば、宰予に失い、貌によって性を度れば、子羽に失う」と言うとも、『伝』に曰く、「憂いもないのに戚むれば、憂いは必ず之に及び、慶びもないのに歓べば、歓びは必ず之に還る」と。心には先に動くものがあり、神には先に知るものがある。故に色には先に現れるものがある。だから扁鵲は桓公を見てその死ぬことを知り、申叔は巫臣を見てその妻を窃むことを知った。ある者は馬に躍って珍味を食み、ある者は飛んで肉を食らい、ある者は朝は隷でありながら夕には侯となり、ある者は初めは刑に処せられながら終わりには王となる。銅山の富も生を飽かすことはできず、玉の饌も遂には餓死する。故に、表を度り、骨を扪り、色を指し、理を摘むことは、誣いるべからざるものである。よってここに列挙した次第である。

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