タイトル未定2026/02/13 17:30
以下はご依頼の全文の自然で正確な日本語訳です。
原文の構造・段落・注釈部分もそのまま保持しています。
---
私は聞くところによると、太平の世において、才能を考察し、適材を選抜することは極めて重要である。もし卓越した知恵の持ち主でなければ、誰が百の徳をすべて備え、すべての道理を理解できるだろうか。だからこそ、舜帝は能力に応じて臣下に官位を授け、漢の皇帝も功績ある臣を称え、三人の人物をそれぞれの善の点で優れた者とした。それなのに、この水準に達していない人物が、どうしてその重責を担うことができるだろうか。
(続き)
果断で勇敢な者は、しばしば細事を処理できない。だから大局を考えるときには偉大で高遠な視野を持つが、細やかな問題に直面すると迷い、しばしば見落としてしまう。
剛直な者は、適応しにくい。法律を論じるときは正義と正しさを固く守るが、変化に遭遇すると受け入れないことが多い。
慈悲深く寛容な者は、迅速に応じられない。徳と正義については細やかで優雅であるが、緊急の状況では遅れて間に合わない。
新奇を愛する者は、自由奔放で違いを求める性質がある。戦略を立てるときは大胆で壮大であるが、穏やかな道で用いると、異端となり迷う。
(説明部分)
次の言葉がある。「一統の政策は大事に用いるべきで、小事に用いれば煩雑すぎる。戦略の政策は難事に用いるべきで、易事に用いれば効果がない。厳格の政策は奢侈を正すのに用いるべきで、害を正すのに用いれば破壊となる。厳密な政策は不正を正すのに用いるべきで、辺境に用いれば民の支持を失う。強力で果断な政策は乱を鎮めるのに用いるべきで、善人を治めるのに用いれば残酷となる。機略と技能の政策は富裕に用いるべきで、貧困に用いれば民を疲弊させる」。これらはすべて一面的な才能である。
すべて
昔、伊尹が国土を建設したとき、力強い者に土を運ばせ、片目失明者に荷物を押させ、せむし者に漆喰を塗らせ、すべて能力に適した使い方をした。だから人々の性質の違いが調和して一つとなった。
管仲が言った。
「立居進退の礼儀、辞令の優雅さでは、私は四朋に及ばない。彼を大行に任命せよ。
土地を広げ、穀物を蓄え、土地資源を利用することでは、私は寧戚に及ばない。彼を大司田に任命せよ。
平原を牧場に割り当て、車馬の渋滞をなくし、三軍の士気を奮い立たせ命を捧げさせることでは、私は王子成父に及ばない。彼を大司馬に任命せよ。
訴訟を公正に裁き、無実の者を殺さず、無罪を罪としないことでは、私は賓須無に及ばない。彼を大司理に任命せよ。
君主を忠実に諫め、死や地位を恐れず諫言することでは、私は東郭牙に及ばない。彼を大諫に任命せよ。
もし君主が国を平和に治め、軍を強くしたいなら、この五人をその地位に留めよ。しかし、もし王として天下を支配したいなら、私・夷吾がここにいる。」
黄石公が言った。
「知恵を用い、勇気を用い、貪欲を用い、愚かさを用いよ。知恵ある者は功績を立てることを喜び、勇気ある者は志に従うことを好み、貪欲な者は利益を求めることを躊躇せず、愚かな者は自らの命を惜しまない。人々の本性に従って用いる、これが軍を統べる深遠な戦略である。」
淮南子に言う。
「世の物の中で、附子の根の毒より強いものはないが、良医は薬袋に保管する。なぜなら、ある場合には有用だからである。
山の高みにいる鹿は、優れた狩人でも届かないが、山から降りると普通の牛飼いの子でも追える。状況の適合性が異なるからである。
胡の民は馬に乗るのが得意、越の民は舟を操るのが得意。もし彼らに得意を不得意に変えさせれば、混乱と失敗を生む。」
魏武帝の命令に言う。
「敵を攻めることを志す戦士は、必ずしも道徳的に優れているとは限らず、道徳的な者は敵を攻める能力があるとは限らない。
陳平は道徳的に優れていたか。蘇秦は忠実だったか。しかし陳平は漢王朝を安定させ、蘇秦は弱い燕を助けた。なぜなら彼らの得意な面で用いられたからである。」
この文章からまとめると、もし韓信を幕営に座らせ、董仲舒を将軍に、虞公を弁士に、陸賈を裁判官にすれば、過去の功績も現在の名声も得られない。だから、各人の得意に応じて任務を委ねることは、決して軽んじてはならない。
(追加の見解)
魏の桓範が言った。
「皇帝や王は時代に応じて人を用いるべきである。権力争奪の時代は策略と計画を重視し、天下が平定されたら忠誠と徳が重要になる。
だから晋文公は過ちを犯すリスクのある計画を用いたが、雍季の意見を聞き、漢の高祖は陳平の知恵を用いたが、周勃に王朝の未来を託した。」
古語に言う。
「天下が平らかな時代は高徳の者が高位を得、危機の時は功績多き者が多く報われる。」
諸葛亮が言った。
老子は精神を養うのに長けているが、困難に対処できない。
商鞅は法律に長けているが、徳を促進できない。
蘇秦と張儀は説得に長けているが、永続的な同盟には不適である。
白起は戦いに長けているが、人を集めることはできない。
伍子胥は敵対計画に長けているが、自らを守れない。
尾生は約束を守るのに長けているが、変化に対処できない。
王嘉は公正な統治者に仕えるのに長けているが、悪しき指導者には不適である。
徐子将は善悪を区別するのに長けているが、他者の発展を促進できない。
これらは「才能に応じて任務を委ねる芸術」の例である。
天下は極めて重要で、王座は統治者の大きな絆である。これらを管理するには、慎重さと知恵で適材を選ぶ必要がある。適切に委ねれば、平和と成功をもたらす。
だから孔子は言った。
「人は五種類ある。
1. 凡人(庸人)
2. 士人(士人)
3. 君子(君子)
4. 聖(聖)
5. 賢(賢)
もしこの五種類を明確に考察し区別できれば、完全な統治の道を達成できる。」
いわゆる凡人(庸人)とは、
心が究極の規範を考えない、
言葉に計画や適切な規範がない。
凡人とは、
徳ある者を頼って自らを守ることを知らない、
真剣に善を行い自らを安定させることを努力しない、
小事を見て大事に盲目で、すべきことを知らない、
周囲の流れに流され、何かに固執しない。
これが凡人である。
士人(士人)とは、
心が何かに安定している、
常に守る原則がある。
徳の道の核心をすべて理解できないが、必ず守る道筋がある。
(「率」はここでは「道筋」「固執」の意味)
百徳をすべて網羅できないが、必ず得意や突出したものがある。
だから、
知恵は多く知る必要はなく、知ることに集中すべき、
言葉は多く必要はなく、重要なことに集中すべき、
行動は多く必要はなく、原因と道筋を慎重に考慮すべき。
知恵がそれを理解し、言葉がそれを正しく伝え(核心を捉える)、
行動が考慮した道筋に従えば、生命と身体のように変わらないほど安定する。
富と地位は彼の価値を増さない、
貧困と卑下は彼の価値を減らさない。
これが士人である。
君子(君子)とは、
言葉は誠実で真実、
心に嫉妬や害意がない。
(「忌」は嫉妬や害意)
君子とは、
徳と正義を内に持ち、傲慢に示さない、
深い明確な考えを持ち、言葉が自己中心でない、
善い行動に固執し、徳の道を信じる、
自らを絶え間なく発展させる。
これらの君子は優雅に輝き、追い越されそうに見えるが、結局誰も並ぶ者がない。
(「油然」は穏やかで急がない態度、「越」は超える)
荀子が言った。
「君子は称賛に値することを為すが、他者に自分を称賛させることはできない。
信頼できることを為すが、他者に自分を信頼させることはできない。
他者に役立つ価値あることを為すが、他者に自分を用いさせることはできない。
だから君子は自らが発展しないことを恥じ、他者に軽蔑されることを恥じない。
自らが信頼できないことを恥じ、信頼されないことを恥じない。
自らが能力がないことを恥じ、用いられないことを恥じない。
君子は称賛に惑わされず、批判に怒らない。
徳の道に固執し、正直に振る舞い自らを正す。
これが君子である。」
賢者(賢者)とは、
徳が規範を超えない(閑は規範)、
行動が標準と正しい道筋に適合、
言葉が天下の模範となり自らに害を与えない(有益だが間違いなし)、
民に広めた原則が利益をもたらすが自らの基盤に影響しない(本は自分)、
富めば天下の財を過度に蓄えず、
分け与えれば誰も貧困に苦しまない。
これが賢者である。
聖者(聖者)とは、
徳が天地と適合、
状況に制限なく適応、
すべての始まりと終わりを理解、
万物の性質と調和、
偉大な原則を広め人々の性質と融合、
太陽と月のように明晰、
変化が奇跡のよう、
人々は利益を得るが彼の善を知らない、
見る者も彼の偉大さを認識できない(鄰は境界、理解しにくい)。
これが聖者である。
荘子が言った。
志に固執し世界と慣習から異なり、高尚を語り批判に満ちる者は、傲慢な態度を示すだけ、山林の思想家、世界と無関係。
徳・忠・礼・倹・謙を語る者は、秩序を示すだけ、平和な時代の教師。
大成功・大名声・王と臣の関係・社会秩序を語る者は、統治だけ、朝廷の管理者。
森や沼に住み、静かに暮らし、釣りで楽しむ者は、川海の隠者。
呼吸を練り、古い気を吐き新しい気を入れ、熊や鳥のように動く者は、体を養う者。
しかし聖者にとっては、
自らを高めようとせず、自然に高まる、
徳と正義を持たず、自然に善を示す、
名声と権力を求めず、すべてを適切に管理、
川海に逃げず、静かに幸せ、
体を養わず、長寿。
彼は何も持たず、何も欠かさない。
無限に静かで、すべての美が彼に流れ込む。
これが天地の道、聖人の徳である。
『千経』に言う。
徳が遠方の民を引きつけるのに十分、
誠実さが違いを一つにするのに十分、
知恵が過去から学ぶのに十分、
能力が時代を超えて優れるのに十分。
これが英(優れた者)である。
法律が教育の模範を作るのに十分、
行動が徳を促進するのに十分、
慈悲が民の心を勝ち取るのに十分、
聡明さが他者を導くのに十分。
これが俊(卓越した者)である。
自らが良い模範であるのに十分、
知恵が疑いと躊躇を判断するのに十分、
堅固さが貪欲と卑劣に抵抗するのに十分、
誠実さが異文化を尊重させるのに十分。
これが豪(偉大な者)である。
正直を揺るがず守る、
正義を退かず立つ、
誤解されても簡単に避けない、
利益を見ても不当に奪わない。
これが傑(傑出した者)である。
高徳で模範となる振る舞い
→ 清節之家(清廉な節操の家) 例:厳陵、晏嬰
法律と秩序を作り、国を強く民を富ます
→ 法家 例:管仲、商鞅
自然の道に深い考え、巧妙な策略
→ 術家 例:范蠡、張良
徳が社会の価値を変え、法律が天下を平和に、策略が戦争で勝つ
→ 国体 例:伊尹、呂望
徳が天下を導き、法律が共同体を管理、策略が様々な状況で役立つ
→ 器能 例:子産、西門豹
清廉だが寛大さに欠け、批判好き、厳しく善悪を分ける
→ 臧否 例:子夏の弟子
法律家だが新しさを創造せず未来を見通せず、特定分野で熟練
→ 伎倆 例:張敞、趙広漢
術家だが規則を作れず、状況に知恵で対応、聡明で先読みするが正義に欠ける
→ 智意 例:陳平、韓安国
本を書き編纂するのに優れる
→ 文章 例:司馬遷、班固
儒者の教えを継ぐが、仕事や行政を管理できない
→ 儒学 例:毛公、貫公
弁論はあるが自然の道に達せず、機知で応答
→ 口弁 例:楽毅、曹丘生
勇気と能力が人を超える
→ 驍雄 例:白起、韓信
『家語』に言う。
「昔、賢明な王は天下の優れた才能ある者の名を知り、名を知ったらその真の能力を知り、天下の地位と栄誉で称え、これにより天下は平和で秩序正しい。」
これがこの言葉の意味である。
人々は能力が異なり、高低不同、器の大きさが異なるようなもの。小さな器に大きな器の物を入れれば溢れ損傷、適さない者に任務を与えれば、危険が生じないわけがない。
『符子』に言う。
「人の才能は一般に九種類ある。
1. 徳 道を保つ基盤
2. 分析能力 原因を考察
3. 統治能力 管理
4. 学問能力 知識と文献を集める
5. 軍事能力 敵を防ぐ
6. 農業能力 栽培を促進
7. 工芸能力 物を作る
8. 商業能力 国に利益を生む
9. 弁論能力 議論と異なる意見を促進」
これが各人の能力に応じて適合性を考察する方法である。
だから伊尹が言った。
「大いなる道とつながる知恵は、変化に無限に応じ、万物の性質を理解し、言葉が陰陽を調整し、季節を正し、風雨を制御する。もしこのような人物がいれば、三公の位に推挙すべき。」
だから三公の任務は常に道に基づく。
漢の文帝が陳平に問うた。
「卿は何を担当するか?」
陳平答えた。
「陛下は臣の拙い才能を嫌わず、丞相の位を授けられた。丞相の職は、陛下を助け陰陽を調整し、万物が適切に進むよう、外部の異民族を抑え、内部の民と関係を結び、臣下と官吏が適切に職務を果たすよう。」
帝が言った。
「善い!」
『漢魏の丞相の位の書』に言う。
「私は易経で聞く、天地は均衡で動くゆえ日月は狂わず、四季は正しく進む、賢者が均衡に従えば、刑罰は明らかで民は従う。
天地の変化は陰陽の働きに依り、陰陽の分離は日月で定められ、両者は特定の職務を持ち互いに干渉しない。
賢明な統治者は天を敬い民を養うことを慎む。だから四季を監督する司和の位を設け、人事を敬って管理、統治者が自然に従い陰陽の均衡を支えれば、日月は輝き、風雨は季節通り、寒暖は均衡。
これら三つが順調なら、災いは起きず、民は病まず、長寿で衣食豊か。」
これが陰陽調整の重要原則、詳細は洪範(大計画)にある。
「四季を狂わせず、地理を理解し、つながらないものを繋げ、益とならないものを益にできる者、このような資質があれば九卿の位に推挙、だから九卿の任務は常に徳に基づく。
人事 を理解し、物事を緊張した紐のように正しく行い、道と橋のつながりを理解し、国庫を安定させる者、このような資質があれば丞相の位に推挙、だから丞相の任務は常に慈悲に基づく。
楊融(諸葛亮の下の蜀の吏部)が言った。
『計画を立て道を議論するのは三公、計画を実行するのは臣と丞相』
忠実で正直、諫言を恐れず、策略なく、自己を捨て正しさに固執、原則ある言葉を言う者、このような資質があれば下級官(郎吏)の位に推挙、だから郎吏の任務は常に正義に基づく。
だから道・徳・慈・義が安定すれば、世界は平和で秩序正しい。
誠実清廉の徳は礼儀の管理者(司祀)の職、
法律の能力は法の守護者(司寇)の職、
戦略の能力は三顧(参謀)の職、
善悪の判断は礼儀助手の職、
建設の能力は工事監督(司空)の職、
学問と教育の能力は教育管理者(保師)の職、
文学の能力は国家歴史家(国史)の職、
戦闘と勇気の能力は将軍(将帥)の職。」
太公が言った。
「多く話し悪口を言い、粗野な言葉を一日中、寝ても止まない、人に嫌われる者は、門や路地を守り行動を検査し乱れを監視させる。
機知があり挑戦好き、朝早く起き、重労働にも屈しない者は、家族の長に適す。
事件を説明し検査し、助言を与え食を分け、言葉を節約し財を平等に分ける者は、十人の長に適す。
真剣で努力、慎重で諫言を聞かず、罰を厳しく躊躇せず、親族にも、百人の長に適す。
議論と勝ちを好み、不正を憎み、罰を厳しく、集団を秩序正しくしたい者は、千人の長に適す。
外見穏やかで状況に応じ話し、飢えや苦しみを理解し人々の行動を知る者は、万人の長に適す。
毎日慎重、周到、賢者に親しみ助言を支え、他者を秩序正しくし、言葉穏やか、心忠実な者は、十万人の長に適す。」
「経」に言う。
『将軍は、慎重さを重要視するが、優柔不断であってはならず、多方面から情報を求めるのを能力とするが、多様な情報で混乱させてはならない』これは将軍の優位性の議論である。
柔和で誠実、堅固で揺るがず、才能ある者を見れば推薦し、法律を偏りなく執行するのは、百万の軍を指揮できる将軍。
功績が隣国にまで知れ、名誉ある出入りで民に尊敬され、忠実で寛大、世界の性質を理解、成功させ失敗を解決し、天文と地理に精通、民を家族のように養う、これは英雄の指導者、天下の支配者である。
英雄の特性の説明
「英」は知恵が鋭い者
「雄」は勇気が人を超える者
二つの違いは、
鋭い知恵は「英」の特性、しかし「雄」の勇気がなければ、言葉や考えは実行されない。
勇気は「雄」の特性、しかし「英」の知恵がなければ、行動は無駄。
異なる特性の例
計画の知恵はあるが機会を見る鋭さがない → 議論に適すが問題解決に不適。
計画と機会を見る知恵はあるが実行の勇気がない → 規則に従うのに適すが複雑な問題解決に不適。
力は人を超えるが勇気がない → 重労働の助手だが指導者になれない。
力と勇気はあるが知恵がない → 先駆者だが将軍の位に不十分。
真の指導者の特性
計画の知恵、機会を見る、決断の勇気がある → 例えば張良は「英」の代表。
力、勇気、管理の知恵がある → 例えば韓信は「雄」の代表。
「英」と「雄」の両方を一人で持つ者は大業を成す → 例えば劉邦、項羽。
「経」に言う。
「知恵が泉のようで行動が尊敬すべき模範は、人間の師。
知恵が他者を鍛え行動が良い助けは、人間の友。
法律を守り職務を果たし悪を恐れないは、人間の官吏。
命令に従うだけ考えないは、人間の使用人。
だから
高位の指導者は師を顧問に、
中位は友を顧問に、
低位は官吏を顧問に、
危険や崩壊寸前の指導者は使用人を顧問に。
国家の崩壊を考察するには、部下を見る。なぜなら理解が合う者は見え合い、同じものを聞く者は通じ合い、心が合う者は従う。
悪人は善人を用いられない。だから、指導者の側近は存亡と成敗の要因である。」
孫武が言った。
「どの統治者が正しい道を持つか?」
昔、漢の王(劉邦)が滎陽で包囲されたとき、陳平に問うた。
「天下が乱れている、このような時いつ平定できるか?」
陳平答えた。
「項羽は礼儀正しく謙虚で人を愛し、徳と忠実な者が多く彼に従ったが、賞・位・土地を与えるとき、惜しんで柔軟性に欠け、戦士と従者が彼に固執しない。
逆に陛下は人を軽視し謙虚さに欠けるが、貪欲で利益を望み道徳を顧みない者が多く帰順した。
もし陛下が両者の欠点を捨て、利点を合わせれば、天下を指一本で支配できる。」
魏の太祖(曹操)が郭嘉に言った。
「袁本初(袁紹)は広大な土地と強大な軍を持つ。我々は彼を討ちたいが、我々の力では及ばないようだ。君はどう思う?」
郭嘉答えた。
「劉邦と項羽の力が及ばなかったことはご存知。しかし漢の高祖(劉邦)は知恵で勝ち、項羽は力が多くても敗れ捕らえられた。
私は袁紹に十の欠点、陛下に十の優位があると見る。彼は強くても陛下に勝てない。」
十の優位
1. 道 袁紹は儀式が多いが、陛下は簡素で自然に適合
2. 正義 袁紹は道に反するが、陛下は正統で天下を統一
3. 統治 袁紹は過度に優しく効果なし、陛下は適切に厳しく規則を尊重
4. 柔軟 袁紹は親族を信じ他を疑う、陛下は能力で用い出身を問わず
5. 策略 袁紹は計画多いが決定遅い、陛下は計画後即実行
6. 徳 袁紹は外見を気にする、陛下は誠実と倹約で徳と才能ある者が集まる
7. 慈 袁紹は見える者だけ、陛下は見える見えない両方を考慮し広く助ける
8. 明確 袁紹は部下が争う、陛下は道で統治し陰謀なし
9. 規律 袁紹は善悪不明瞭、陛下は善悪明確
10. 軍事 袁紹は見せかけで戦争の芸術を知らず、陛下は少力で多力を勝ち、兵が信じる
曹操が言った。
「わかった。袁紹は野心大だが知恵少なく、見せかけ強く勇気なく、疑い深く威厳なく、軍は大きく無秩序、将軍傲慢で命令統一せず、土地広く糧豊かでも、結局すべて我々のものになる。」
楊阜が言った。
「袁紹は優しいが決断なく、計画上手だが決定遅く、決断ないゆえ威厳なし、躊躇ゆえ機会を逃す。強く見えても結局捕らえられ、曹操は能力高く先見、決定迅速、法律統一、軍秩序正しい。大成功を収める。」
「どの将軍が才能あるか?」
例:
袁紹が大軍で徐州を攻めたとき(漢献帝の朝廷)、孔融が孫宇に言った。
「袁紹は広大な土地強大な軍、田豊・許攸のような賢い参謀、審配・逢紀のような忠実な官吏、顔良・文醜のような無双の勇敢な将軍。勝つのは難しいようだ。」
孫宇答えた。
「袁紹は力多いが規律厳しくない。
田豊は頑固で主君を批判。
許攸は貪欲で無規律。
審配は自慢で計画なし。
逢紀は頑固で独断。
私は思う、許攸は法を犯し許されず、許されなければ我々に寝返る。
顔良と文醜は強く見えるが普通の勇敢者、一度の戦いで勝てる。」
後、予想通り:
許攸は審配に家族を捕らえられ怒り曹操に寝返る。
顔良は戦場で殺される。
田豊は袁紹を諫めて処刑される。
曹操が言った。
「だから私は戦争の勝敗を最初から知っていた。」
これが「彼を知り己を知る」計画と結果予測である。
「私は聞く、将帥の重要な規則は英雄の心を理解しようと努力すること。しかし人を知るのは簡単でなく、人を理解するのはさらに難しい。漢の光武帝は聡明でも龐萌を誤り、曹操は人を知る達人でも張繡を誤った。
なぜか? 世界に似たものは人を誤解させる。
だから言う:猿は賢そうだが賢くない、愚者は善そうだが善くない、粗暴は勇敢そうだが勇敢でない。
失国の帝は賢そう、亡国の臣は忠そう、雑草は稲そう、黒牛は虎そう、白骨は象疑われ、ある石は玉そう。これらは本物のように見えるが違う。
『人物志』に言う。
簡単に約束するのは勇敢そうだが忠実でない。
頻繁に変心するのは能力そうだが結果なし。
急ぐ行動は深いそうだが継続なし。
叱責は慎重そうだが混乱させる。
偽善は慈悲そうだが持続なし。
忠実を装うが心で矛盾。
これらは似ているが実際違う。
また似ていないが実際:
大権力者は悪そうだが功績あり。
聡明は愚そうだが内面明確。
広い愛は空そうだが真の心あり。
直言は粗野そうだが忠実。
もし世界最高の才能者でなければ、誰がこれらの真実を理解できるか?」
---
これで全文の翻訳が完了しました。
必要であれば、さらに洗練した文語調や現代語調への調整も可能です。




