Chapter2-8 空白地帯の中
反射装置のレーダーを中継表示した画面の中で、調査ポッドの位置を示す光点が点滅しながら動き続けている。クエリはその様子をモニターで眺めながらポッドをさらに先へとはしらせた。
レーダーの中で移動する調査ポッドの進行方向上には、そこにあるはずのデータが抜け落ちてしまったような、謎の空白地帯がある。クエリはレーダーの表示から視線を外すと、操縦席の正面に顔を向けた。じっと見据える先にあるのは、相変わらずどこまでも続く星々の世界。ポッドを動かしてからしばらくの時間が経つが、まだこれといっておかしな様子は見られなかった。
調査ポッドは徐々に空白地帯へと近づいていく。さて、そろそろ何か起きてもいいのではないか、とクエリが思った時であった。
彼の前方、やや離れた場所に一つの小惑星が浮かんでいるのが見えた。ごつごつとした岩肌の様子が恒星の光によって浮かび上がり、陰となっている部分は暗く、宇宙の色と同化してしまってたが、それはかなりの大きさをもっているようであった。
眺めながら、クエリは思わず眉を顰めてしまう。目の前に現れた小惑星に彼が違和感を覚えたのは、それがレーダー上にまるっきり映し出されていないものだったからだ。
レーダーが物体を検知をする仕組みといえば、アンテナから放出された電波が目標にぶつかり、そこから返って来た反射波を受信機が検出するというものである。周囲には電波を遮るようなものは何もなく、これだけ大きな小惑星に電波がかすりもしないなどということはクエリにはとても考えられなかった。また、この小惑星よりも遠い場所にある物体の検知ができていることから、アンテナの出力が足りず電波が届いていないということでもなさそうだ。
「もう少し近づいてみない事には、なにもわからないな」
クエリが呟く。彼は操縦席に取り付けられたレバーを引いて、より速度を上げて調査ポッドを進ませた。
彼はウィータンの歴史を紐解くための発見が迫っていることを内心で期待していた。
レーダーの表示に目を向けると、もう少しで空白地帯の内部へポッドが進入しようかというところ。
彼はふとその時、この空白の内に入ったらどうなってしまうのだろうかと考えた。
もちろんそれを調べるために今まで向かってきていたわけでもあるのだが、この今の彼の思考は、彼の胸中に漠然とした不安や嫌な予感というものを抱かせるものでもあった。
ポッドの操縦をしながら、思わずクエリは視線を手元のコンソールに向ける。そこにあるのは無線通信用のスイッチ。彼はあの馴染みの同僚と会話をしていた時のことを思い出していた。
反射装置に組み込まれたアンテナを使えば会話ができるだろうとあの男は言っていた。あれからだいぶ時間が経っていて、きっと向こうの作業も済んでいる頃だろう。クエリは誰かと話をしたい気分になり、無線通信機能を起動するためのスイッチを入れた。
「あれ……、おかしいな」
かちり、と小気味よい音が数度操縦室に響く。クエリはスイッチのオンとオフの切り替えを何度も繰り返した。それは装置の電源がいつまで経っても入らなかったためである。
クエリが首を傾げたその時、操縦席に取り付けられた機械群の一角がまとまって暗転した。装置の正常な稼働を意味していたライトが一斉に落ちたのである。一か所、また一か所と次々に調査ポッド内の各機器が停止していく。
「なっ、なんだ!?」
クエリが思わず声を上げる。
頭をぶつけそうになりながら彼が焦ってきょろきょろと辺りを見回す間も周囲の異常は続き、操縦室の中を照らすライトまでもが消えてしまった。
クエリは視界が真っ暗になる直前、あるものを見た。
それはレーダーに映る調査ポッドの先端があの空白地帯にちょうど食い込もうとしていた様子である。次の瞬間にはレーダー表示も消えていたが、クエリは今この異常事態の原因が何に由来するものかを確信した。
クエリは暗闇の中で調査ポッドの操縦を試みるも、その操作は全て徒労に終わってしまった。調査ポッドは既に何の入力も受け付けようとはしなかったのだ。
失敗した、とそんな風にクエリは舌打ちをした。
「…ああ、そうかい」
彼は自分の浅はかな行動がこの事態を引き起こしてしまったことを認めながらも、冷静さを保とうと、窓の外に映る小惑星を睨みつけて呟いた。
この領域に何かがあることは間違いない。自分はそれを証明しかけているのだ。
そう自分に言い聞かせながら、クエリは深く息を吐いた。
目を閉じて、何も考えずただ数字を数える。声を出さずに取った六つの拍の後でゆっくりと目を開くと、クエリはなんとか落ち着きを取り戻すことができた。
それからクエリはすぐさま状況の把握を始めた。
調査ポッド各機能の停止。それは探査船へ帰還が難しくなったことを示している。しかし全くすべての機能が使い物にならなくなったわけではないようだ。クエリはあちこちの機器を目視しながら生きている装置を整理していく。
「よし! 暖房は生きているのか」
クエリは暗闇の中に浮かぶ小さな灯りを見つけて喜んだ。
しかし次のチェックに向かおうとした時、彼の目の前でその灯りはゆっくりとフェードアウトしてしまった。
「お、おい!ちょっと!?
そりゃあないだろう!? さっきまで動いてたじゃないか!?」
クエリの悲痛な抗議もむなしく、暖房機能は完全に停止してしまっているようであった。
悔しそうに肩を落としながら、クエリは窓の外を見た。
気が付けば小惑星は先ほどよりも大きく映っている。
近づけば近づくほど調査ポッド内の機械が使えなくなっていくのだとクエリは見当をつけた。
「待てよ、まさか」
クエリはそう呟きながら振り返る。
調査ポッド内の機械をチェックする際に、暖房よりも先に、最優先で確認を済ませた設備がそこにあった。
「ああ、くそっ!」
クエリは壁を思わず殴りつけた。
調査ポッド内の生命維持装置までもが、いつの間にか活動を停止していたのである。
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次回更新は6月4日午前2時ごろの予定です。
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