Chapter2-7 輪郭
調査ポッドの船底から複数の金属製のアームが伸びる。その内のいくつかが小惑星の表面を掴み、支柱となって船体を固定していた。残るアームの先に取り付けられていた反射装置がゆっくりと小惑星に向かって下ろされ、深く突き刺さる。装置が小惑星上に固定されたことを確認すると、アームの操縦者であるクエリは安堵の溜息をついた。
反射装置の設置任務の中でも最も神経質になる場面を乗り越えると、クエリは少しだけ表情を和らげた。彼は続けてポッドのコンソールに取り付けられたパネルを叩く。目の前にあるスクリーンには今しがた設置作業を終えたばかりの反射装置の様子が映し出され、反射装置と調査ポッドが無線通信により接続された状態にあることを示す文字列が浮かび上がった。
ここまでは、練習の通り。
クエリは気を持ち直すように口元を結んだ。
彼はポッドの中から反射装置の遠隔操作を開始し、装置内の各機能、各機構を順番に起動するよう指示を出す。
小惑星に突き刺さった、円筒状をした銀色の反射装置に赤い光が灯る。点滅し、それから一拍ほどの間を置いて装置の上部が開き、内部に収められていた機構が押し出されるように姿を見せた。種子が発芽をするように、筒状の殻の直径を優に超す長さのアンテナが展開していく。伸びていく過程にはいくつかの節があり、そこからアンテナを支える支柱が枝のように生えた。その様子を見ながらクエリは反射装置内部の様々な機構が動作しているかを確認していく。
周辺探査を行うレーダーのための電波送信機と受信機、その切替のためのスイッチ処理と、どれも問題なく動作しているようであった。
反射装置内部で作られた送信パルスがアンテナにより整形され、周辺一帯に放出される。同時に、クエリの正面に見えるスクリーンの中では光るラインが円形に広がっていった。
スクリーンに現れたのは、反射装置に組み込まれた指示器の内容。アンテナが放った電波により検知した周辺の様子がそこに中継表示されていた。
肉眼では目視できぬ波が反射装置を中心とした円形に広がっていく様子が、クエリの正面に見えるスクリーンに繰り返し映し出されていく。信号を可視化した光が一定の間隔で瞬いた。その様子の確認をもって一連の起動テストが完了するのを認めると、クエリは満足そうに頷いた。
クエリの視界に映らぬ、どこか見えない場所にある機械が低い唸り声をあげている。
予定していた任務が全て完了し、後は探査船へ帰還するだけというところであったが、反射装置の設置からしばらくの間、クエリは狭いポッドの中で静かにモニターを見続けていた。
視線の先では反射装置のレーダーが検知した内容が映し出されている。
同じ情報は探査船にも届けられているはずで、今頃探査船の司令部では各所の反射装置から届けられたデータを集合して宇宙空間上に残る人工物の探索が本格的に始まった頃合いであろう。
クエリの仕事は終わった。
後は次の指示が出されるまで探査船の中で待機していればよい。
「いやいや、そんなのは退屈過ぎる」
クエリは探査船に戻った後のことを考えた結果、それがせっかく手に入れた自由を自ら手放すことに等しいと感じ、苦笑いをした。
故に彼は気紛れに帰還までの時間を少し伸ばすことにした。
もしもレーダーがウィータン人のルーツにまつわる重要な手がかりを検知した場合、誰かがすぐにでもそれを調査しにいくべきだと。クエリはその誰かに自分が選ばれることを期待したのである。
クエリはほんのわずかな変化も見逃すまいと、モニターに映るレーダーの検知結果を食い入るように睨み続けた。
腕を組み、眉が目にだいぶ寄った表情をしたクエリは、時折焦れたように手元のパネルを打った。彼がパネルを叩くと、モニターに映るレーダーにフィルターがかかり、その表示内容に変化が起こる。
彼らウィータン人の使うレーダー指示器は、電波が検知した物体の大きさや種類など確認したい情報によって表示する内容を絞ることができ、映す内容を一定以上の大きさのものだけにすることも、微細な塵の分布に至るまで把握することさえ可能であった。
反射装置のアンテナから放たれる電波は様々なものとぶつかりながら、調査ポッドのモニター上に周囲の輪郭を露わにしていく。それは周辺一帯における小惑星の分布を明らかにしていったが、しかし、それだけであった。
モニターに映し出される大きな物体は小惑星のみで、何か他の人工物といったものは見当たらない。アンテナの感度をどれだけ上昇させても、結果は変わらなかった。
自分が担当した領域は外れだったのだろうか。
それなりの時間レーダーを見つめていた分、クエリの中での落胆は小さくは無かった。
クエリは溜息をついて座席の背もたれに深く身を預けた。
モニターを見つめ続けたせいで疲労の溜まった目を労わるように、彼は目頭を指で軽く揉み解す。
それからしばらくして、また彼は体を前に起こし、モニターに食い入った。
どうにも諦めきれない彼は、見落としがあることを期待して再びレーダーで検知した信号の検証をやり直すことにした。
「何か見落としてるんじゃないのか…?」
クエリはそう呟きながら、手元のパネルを打ち込み続けた。
モニターの表示フィルターが切り替わり、それをじっと眺める。
しばらく経っても特別な反応は見られない。また彼はパネルを叩き、フィルターを切り替える。
そんなことを何度も彼は繰り返した。
「いっそもう、全部を映してみるか?」
期待する結果にいつまで経っても辿り着かないクエリは半ば縋るような気持ちで、レーダーの表示を一番細かいものへと切り替えた。
それは辺りを漂う塵さえ拾ってしまうようなもので、レーダー指示器は途端に一面が光り輝くほどであった。
これでは何もわからない。
わかってはいたことだが、とクエリは眉を顰める。
宇宙空間上に充満する塵のことごとくを表示するとなれば、これは当たり前の結果であった。
クエリは腕を組み、しばし思索にふける。
それから彼はポッドのコンソールに取り付けられたパネルを操作し、反射装置のレーダーシステムにアクセスし始めた。
反射装置のアンテナを中心に、円形に電波は放出されている。
その通過範囲を一定の間隔で区切っていき、そのそれぞれの範囲内で検知した物体の量で指示器の表示結果を制限してみてはどうか。
クエリが思いついた手法は、検知したものの全てを表示するのではなく、一定範囲ごとの物体の密度を表示するというものであった。
こうすれば少なくとも今よりも見やすくなるはずだと、クエリは思いついたままに新しいフィルター機能をその場で作成し、反射装置の中に追加してみせた。
結論から言ってこの手法はクエリの望む結果に近いアプローチであった。
検知する物体の多くは宇宙空間上の塵であったが、それの表示数に上限を設けたことで画面上に濃淡ができ、塵の濃い部分薄い部分というのが可視化された。クエリはそうやって得た情報を頼りにさらに情報の精査を続ける。
クエリは時間を忘れて周辺一帯の調査に没頭していった。
「これは…!?」
ある時、クエリはモニターに映し出されたものの中に明らかな違和感を覚えた。
円形に映し出されたデータの中では、レーダーが検知したものが淡い光によって表現されているが、その中のごく一部で何も検知されない領域が浮かび上がったのである。
何も検知されないというのはつまり、そこに塵の一つも存在しないということを示している。が、無論そんなことはありえない。
考えられるとすればその領域にレーダーが届いていないということだが、一方でレーダーの検知状況からすればそれも不自然なことであった。
広大な円の中の僅かな一部分だけ、やや歪ではあるがぽっかりと空白地帯が生まれている。しかしその領域周辺に小惑星は無く、陰に隠れるような場所では決して無かったのである。
視線の先に映る空白地帯は、クエリの興味を強く引き付けた。
まるで、そこに何かが身を隠しているようではないか。
決して見つからぬよう、存在を悟られぬようとしていた何かが、それ以外の周囲全てを拾うことで逆に浮かび上がったのだ。
クエリは何かの尻尾を掴んだような思いであった。
彼はポッドのスラスターをすぐさま起動させる。
船内に響く唸り声が大きくなり、これまでにない振動が船体をひときわ大きく揺らし始めた。
見つけたばかりの空白地帯へ。
クエリは思い切りよくレバーを引いて調査ポッドを発進させた。
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次回更新は5月29日午前2時ごろの予定です。
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