Chapter2-5 スピーカー越しの同胞
音の無い世界をクエリを乗せた調査ポッドはひたすらに真っすぐ進んでいた。探査船を飛び出して以来、彼の操るポッドは予定通りの軌道に乗り、任務のために割り当てられた座標へ向けて安定した航行を続けている。
全体的に丸みを帯びた流線形のフォルムの前面には操縦席が設けられており、その内部の様子は船の外からも覗くことができた。分厚いフレームに囲まれた窓の内側でクエリはもぞもぞと身をよじり計器のチェックに勤しんでいる。操縦席はパイロット一人乗り込むのがやっとといったスペースしかなく、クエリは時たま頭をぶつけそうになっては窮屈そうに眉をしかめていた。
操縦席から続くポッドの後方には調査用の機材や宇宙空間での生命維持のために必要な物資が詰め込まれており、実に船体の三分の二ほどのスペースは格納庫であり倉庫となっている。そのため見た目に比べて実際に身動きのとれるエリアは非常に限られており、任務を開始してからというもの、クエリは自身の置かれた劣悪な労働環境を憂い始めていた。
「早く慣れるといいけど」
閉塞感からため息をつきつつ彼は呟いた。
調査ポッドの航行状況はというと、定期的に探査船や目的地との位置関係の確認や調整といった作業が入るものの、ひとまずは落ち着いたという頃であった。パイロット自身による複雑な操作を必要とするシークエンスが過ぎたことを確認すると、クエリはパネルを叩いて操縦を自動制御システムに任せ、自分はここでいったんの休憩をとることにした。
周囲からせり出していたパネルが操縦室の壁の中に格納され、クエリを悩ませていた圧迫感が少しだけ和らぐ。
調査ポッドは、その中を立って歩くことができない分、座席に着いたままあらゆる行動がとれるように設計されているようで、ボタンの操作一つで彼の目の前に飲み物が届けられるようになっていた。
クエリは銀色のパックに詰められた飲み物を手に取ると、座席をやや後ろに倒してくつろぐ姿勢を取った。彼は窓の外を眺めながらパックにチューブを刺して中の飲み物を体の内に取り込む。ほんのりと甘い香りが口の中に広がり、飲料が体内に染みていく感覚を彼はゆっくりと味わっていた。
調査ポッドが一つの信号を受け取ったのは、そうやってクエリが窓から見える星々について考えを巡らせてからしばらく経つ頃であった。
クエリが身を起こして確認すると、それは無線通信による呼び出しであった。探査船からの連絡かとも思ったが、送信相手のコードを見る限りではどうも違うようである。送り主として表示されているのは調査ポッドに割り当てられたコードだった。
『よう。 今、大丈夫か?』
回線を開くと、操縦室の中に相手方の者と思われれる声が響く。
「なんだ君か」
声を聞いたクエリは拍子抜けした様子で返事をした。相手はあの顔なじみの男性士官であった。何かあったのだろうかと思いクエリが言葉をかけるが、何のことはなく、ただの雑談の誘いのようであった。
どうやら男の方もクエリと同じように休憩をとっていたところらしく、その声からは退屈そうな色が窺えた。その気持ちについてクエリは大きく頷くところであった。というのも、一度操縦を安定させてしまえば目的地に着くまでの間はもうほとんどパイロットの出番は無いのだが、狭い操縦室の中では特にやることもなく、当初の想定よりもずっと時間を持て余すことになってしまっていたのである。
二人はくだらない話をただ投げ合った。
しばらくしてクエリは耳元のスピーカーから時折何かの音楽が聴こえてくることに気付いた。どうやら相手は操縦席の中で好きな曲をかけて時間を潰しているようである。自分も何か持ち込めばよかった、とクエリは少しだけ後悔した。
聴こえてくる音楽は惑星ウィータンにおける何年か前の流行歌ばかりで、クエリはその懐かしさから故郷を思い出しつつ、また少し世間の流れから周回遅れしたような相手のセンスを面白く感じて一人笑みをこぼしていた。
「音量を上げてくれないか? 僕も聴きたい」
『お安い御用さ』
クエリが言うと、しばらくしてからスピーカー越しの音楽がより鮮明に聴き取れるようになった。クエリは目を閉じ、耳障りの良いメロディを静かに楽しんだ。
今この時において調査ポッドの周りにクエリと出自を同じくする者は一人としておらず、どこまでも続く広大な空間をたった一人で泳いでいるような状況である。にもかかわらずこうして彼方にいる相手と会話をし、さらには故郷の流行歌に耳を澄ませるとは、なんとも不思議な体験ではないか。クエリはそんなことを思った。
話をしている内に二人には様々な共通点があることが新たにわかっていった。物事に対する好き嫌いや思考についてなど、船外任務という孤独の共有は、彼ら二人がお互いを深い友人として認め合うに足る出来事のように思えたのである。
「──本当かい? そこ、僕の実家のすぐそばだよ」
『嘘だろ! じゃあ俺達は同じ町に住んでいたってのか?」
話せば話すほど興味深い話題が発掘されるようであった。二人が交流を持つようになったのは探査船に乗り込んでからのことであった。しかし幼少期を同じ町で過ごし、既にどこかですれ違っていたかもしれないといった事実が明るみに出ると、二人の無線通信会話はにわかに盛り上がりを見せていった。
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