Chapter1-26 故郷を知る者
背の高い樹木がいくつも敷き詰められた広大な森林、その上空を輸送機が唸り声をあげて駆けていく。
機内に取り付けられた窓からは、ものすごい速さで後方へと流されていく濃い緑色達を見ることができた。
やがて輸送機の進行方向上に森を切り拓いたスペースが見えてくると、パイロットはそこに向けて徐々に高度を下げていき、空白地帯の上空に差し掛かる頃になると輸送機は速度を落とし、自身の機体を変形させながらゆるやかにポジションを取った。
速度は限りなくゼロに近づき、機体はしばらくホバリングした後、垂直に降下を始めた。
着陸地点には輸送機の到着を待ち構えるようにして何名かのウィータン人が立っていた。
ほとんどは無骨なツナギ服を着た者達であったが、一部にはそれらとはっきりデザインの異なる、スーツのような作業服を着こんだ者達もわずかながらに見受けられる。
地上のウィータン人達に見守られながら輸送機が重たい音と一緒に完全に着陸を完了させると、すぐに機体側面に取り付けられていた扉が開いた。
扉の奥からは乗船していた者達と思われる人影が姿を覗かせる。
慌ただしくを降りていく彼らはツナギ服を着た者達に迎えられ、輸送機後方へと駆け足で向かった。
一方でスーツを着た者達はそちらには合流せず、そのまま輸送機の出口を見つめ、何かを待つようにその場にじっと立ち尽くしていた。
やがて彼らの視線の先に姿を現したのは、トレヴァースとエイジャックスの二人であった。
エイジャックスは凝った体を伸ばすようにしながらタラップを降り、そのすぐ後ろには辺りを興味深げに見回すトレヴァースが続いた。
作業服を着込んだ男たちが二人の方へ駆け寄ると、それに気づいたエイジャックスが「よう」と手を上げた。
「思ったより早かったですね。散歩はどうでした?」
「ああ、立派に喪主の手伝いをしてきたさ」
作業服を着こんだ男の言葉にエイジャックスが返した。
喪主? と呟きながら相手は首を傾げている。
それから作業服の男達はトレヴァースとエイジャックスを案内するように歩き始めた。
着陸地点からほど近い場所に簡易設営された建物が並んでいる。それらは全てこの近辺で活動する調査隊の基地であり、二人はまずそこへ案内されるとのことであった。
「しかし、なにも食糧輸送機で来ることも無いでしょうに」
先導して歩くウィータン人が鼻を鳴らしながら言った。
「一番早くに出発する船を探した結果さ。
急ぎで来いと言ったのはお前たちだろう?」
「いや、まあそうなんですがね。
それにしたって、まるで厨房が足を生やして歩き回ってるみたいですよ」
そんな風に話していると、すぐに基地へとたどり着いてしまった。
発掘現場は基地内部を抜けてさらにしばらく歩いた場所にあるそうで、トレヴァースとエイジャックスは休憩などを挟むことなくそのまま歩き続けることになった。
そうして森の深いところへ辿り着いた一行を迎えたのは、大規模の遺跡群、古ぼけた平たい建物の数々であった。
それらは今でこそあちこちに植物が侵食し、壁や入り口と言った部分はとっくに崩壊してしまっているが、そこに見え隠れする内部構造からは往時の堅牢な基地としての様子がありありと浮かび上がってくるようである。
周囲にはまずウィータン人の数百人を十分に収容できそうなほど大きな広さを持つ建物が一つあり、それを取り囲むようにして比較的小さな建物が建てられている。
建物全てを含んだそれら全体としての敷地は、かなりの広範囲にわたって確保されているものだということが先の調査からすでに分かっていた。
また、敷地内のあちこちには植物の浸食以外にも何らかの要因で傷つけられたと思われる痕跡が見受けられた。
抉れた表面やその断面の様子、さらにそこから採取された物質等々からそれらはかつてこの場所で大規模な戦闘行為が行われたということを示している。
トレヴァースとエイジャックスは作業服の男達からまず遺跡の周辺や外観についての調査結果を受け取り、それから一番大きな遺跡の内部へと向かっていった。
遺跡の内部はひんやりとした空気で満ちていた。
内部には簡易的な照明が調査他によって一定の間隔で設置され、薄暗い内部構造を程よく照らしている。
入り口から敷かれた電源用ケーブルを辿るようにトレヴァースとエイジャックスは奥へと進んでいった。
やや下の方に向かって傾斜した長い回廊が続き、それから段々と先の方からがやがやとした調査隊たちの声が聞こえ始めてくる。
そうして長い回廊を抜けて広い空間に出るとエイジャックスは驚いたような溜息を洩らした。
彼の視線の先には遥か上方を覆うような天井があり、それはこの遺跡の内部が外からの見た目以上に広い空間を持っていることを見せつけていた。
長い回廊は訪れた者達を遥か地下へと誘っていたのだとわかる。
「おい、あれを」
あちこちに視線を走らせていたエイジャックスが隣にいたトレヴァースに声をかけた。
彼は空間内の一角を指さしている。その先には巨大な図が描かれた壁があった。
「あれに見覚えはあるか?」
エイジャックスが言う。
彼が指さしている方向をトレヴァースは振り返り、少し間を置いてから頷いた。
「惑星か? ふむ、大陸の構成に見覚えがあるな」
トレヴァースはそう言って、図の入った壁の方へと歩み寄っていった。
それを追いかけるようにエイジャックスが続く。
近くで見る壁画はかなりの大きさであった。
壁に近づきすぎるとその全体像が把握できないほどであり、トレヴァースは壁から数メートル離れた場所に足を止めた。
一際目を引くのは壁の大部分を使って描かれた巨大な青い球体である。
よく見てみると、線が微妙にぶれていたり、塗料にムラがあることからそれは何か印刷したようなものではなく、何者かによる手描きによってなされたものだということがわかった。
深い青色の中に、茶色と緑の混ぜ合わせたような色で模様が入っている。
球体を惑星と見立て、青色を海とするならばそれはきっと大陸であろう。
トレヴァースはそんなことを思いながら静かにそれを見つめた。
一番広い部分を占める模様の形状、そして少し飛び地のように小さな模様が続き、球体の下部にやや大きな模様、そのすぐ下には横に向かって広がる模様がある。
トレヴァースはそれらを一目見て、模様がユーラシア大陸やオーストラリア大陸、南極大陸といったものの形状や分布と酷似していると理解した。
他の部分をも観察していくにつれ、それが地球の様子を描いた壁画であることを疑うために必要な材料や懸念は悉く打ち砕かれた。
この図は地球を描いたもので間違いない。
そう確信すると、トレヴァースの中にあらゆる可能性の検証が始められた。
今彼が立つこの遺跡の持ち主、それは報告によれば古のウィータン人達らしい。
とすれば、彼らは地球のことを知っていたのだろうか?
この星を支配していたコスモリアンと地球を訪れたコスモリアンの間に連続性ないし関連があったとするならば、彼らが地球に着いての情報を得ていたとして、それをウィータン人が知ったのだろうか?
だとすれば、なぜそれを自らの手で壁画という形で遺したのか。いったい何のためにそんなことをしたのだろうか。
一瞬のうちに思索にふけったトレヴァースは、そこではっと我に返った。
まだまだ情報は足りないのだから、検証を進めるには早いだろう。
今の段階で確信をもって言えることは何か。
トレヴァースは壁画から視線を外して、エイジャックスの方を振り返った。
「──間違いないよ。これを描いたのは、地球のことを知っている存在だ」
トレヴァースはエイジャックスに一言そう言った。
次回更新は3月20日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




