Chapter1-14 爆弾解除
「おい、トレヴァース。この辺りの温度が下がっているぞ!」
エイジャックスが言った。
彼はヘルメットの内側に表示させていた数値の推移に目を向けながら、その内容から読み取れる目には見えにくい周囲の様子の変化を探ろうとしていた。
「あなた、まさか」
エイジャックスの傍にいたクロラはトレヴァースの方を向き直り尋ねた。
トレヴァースは土壁に手を這わせたまま一度だけ頷く。
「爆発までの活動を止めさせたんだ」
「……なんですって?」
クロラは訝しむ声で言った。
その声は、ヘルメットの奥に存在するであろう眉を顰めた彼女の表情をトレヴァースの脳裏に浮かべさせた。
トレヴァースから見たクロラの様子はこちらのことを疑うのではなく、むしろ発言を文字通りの事実と受け止めているようであった。
「おっと! まだ近づくのはよした方がいい。
活動を止めはしたが、これはまだ依然として本来の機能を備えたままだ。
――この爆弾は検知できないのもそうだが、きっちり消費することでしか処理できないというやっかいさも持ち合わせているらしい」
トレヴァースが言う。
彼の言葉を聞いたエイジャックスは、今まさに土壁に埋まった物体に顔を近づけようとしていたのを、自らの体をこわばらせて無理矢理に引き止めた。
そのために彼は不自然な体勢で固まってしまい、「う」と苦しそうなうめき声を漏らした。
エイジャックスのその様子をクロラは一瞥し、彼女は何も語らず無視した。
「処理できないって……それじゃあこいつはどうするんだ?
まさかこのままここに放置しておくしかないのか?」
ゆっくりと体を引きながらエイジャックスが尋ねる。
「まさか。 正しい手順で処理するよ」
トレヴァースがそう言うと、彼の手の周囲に何やら薄い光の膜が現れた。
「……被害が出ないようにすれば、どれだけ熱や爆風を放っても問題は無い。
要はそういうことさ」
彼の手のひらから広がった光はさらに大きくなっていき、手をかざしていた銀色の物体を巻き込み、やがて土壁一面を包み込むほどのものとなった。
光が十分に広がったことを確認すると、トレヴァースは手の指を空中で躍らせた。すると光の内部にすっぽりと収まってしまった土壁がわずかに振動を始める。
落ち着きを取り戻していたはずの銀色の物体の表面が赤みを帯びていき、その色は菌糸状に伸びている部分にも伝わっていった。
「気を付けて。少しだけ揺れるよ」
トレヴァースがそう言った直後。
土壁の中で熱を放っていた物体がその姿を何倍にも膨れ上がらせる。
それを確認できたのはほんの一瞬、たった一度の瞬きよりも短い時間であった。
凝縮された高密度の閃光が光の膜の内側いっぱいに満ちる。
同時にトレヴァースは膜を外側から押さえつけるように両腕に力を込めた。
辺りに強い衝撃が走るとともに、その場にいた三人の耳に低く響く音が届いた。
大地の揺れはしばらく続き、徐々に弱まって元の状態へと戻っていった。
衝撃音と振動が完全に消え去った後も、光の膜の内側は閃光で満ちていた。
トレヴァースはそれが薄れて完全に消えるまで膜から手を離そうとしなかった。
エイジャックスとクロラの二人はただその景色を見ていることしかできなかった。
一人は信じられないようなものを見る目で、もう一方はそこで何が起きているのかを瞬きもせずに見つめ読み解くようにして視線を向けていた。
膜の中に満ちていた強い光は薄れていき、淡い光の残滓が残り、やがてそれも消えた。
そこにあったはずの土壁が存在しないことはだれの目にも明らかであった。
膜よりも内側にあったものはすべて蒸発し消え去っていたのだ。
トレヴァースがゆっくりと腕を下ろすと、それに合わせるように光の膜も静かに消えていった。
「さて……どうだ、これで落ち着けそうじゃないか」
閉口していたウィータン人達に代わり、トレヴァースが口を開いた。
爆弾による危機的状況が完全に終息したことを彼は土壁が合った方に背を向けて振り返ることで示した。
エイジャックスとクロラは満足げなトレヴァースの様子をきょとんと見ていた。
それからクロラは半球状にえぐれた地形――先ほどまで土壁があった場所に駆け寄ってそこを改めて調べてまわった。
未だ解析しきれていなかった部分までが跡形も無く消えてしまっていたが、彼女がそれを嘆く必要は無かった。
というのも、トレヴァースは“処理”に先んじて爆弾の情報を抜き出した完全な複製データを用意しており、クロラはそれをそのまま受け取ることができたからである。
爆発の危険も無くなり、クロラが求めていた情報も得ることができた。
不意に目的の全てが達成されてしまったことで彼女はどこか座りの悪そうな様子であったが、結局はすぐにそれを受け入れたのだった。
「はあ……避難した連中に、もう大丈夫だという報告をしなくちゃね。
二人ともついてきて」
しばらくしてからクロラが言う。
この頃になると辺りに漂う毒素さえもトレヴァースによって除去されており、普段通りの活動を行っても差し支えないところにまで環境は復元していた。
クロラが歩き始め、その後ろをエイジャックスが追った。
トレヴァースもすぐに歩き始めたが、彼はわずかに考え事をしていたためエイジャックスよりも少し遅れることになってしまった。というのも、彼は自身が処理した爆弾についてを振り返っていたのである。
彼よりも先に爆弾を調べていたクロラがその解析をすぐに終えることができなかったのは、爆弾自体が非常に独特なものであったことがその主な要因だと考えられた。
実際に解析を行ったトレヴァースから言わせれば、両者の違いは数百年単位での歴史の隔たり以上に、文字通り全く異なる惑星に住む生物による製作物という違いがあったのだ。
生き物としてのルーツも異なれば、その精神性さえも異なる相手が作った機構などあの状況で一目見ただけで全てを読み解くことができるはずはない。
トレヴァースはクロラに代わる形で爆弾の処理を済ませた。
事実、彼の身に備わる機能をもってすれば無理やりにでも爆弾を無力化することは容易いことであった。
しかし今回のようにスムーズに事を進められた背景には、能力という面の他にトレヴァースがクロラよりも先に経験していたことが少なからず関わっていたはずである。
トレヴァースにはこの時、クロラやエイジャックスに打ち明けそびれたことがあったのだ。
まず一つは、今回の爆弾と非常によく似た姿、似た思想を持つものを彼は過去に見たことがあるということ。
そしてもう一つは、解析した結果見えた爆弾を構成する技術について、彼がそのルーツを明確に確信できていたということである。
トレヴァースはいくつかの考えをまとめながら、少し前を歩くクロラとエイジャックスの後を追う。
さて、これはいったいどういうわけだろうか。トレヴァースは一人胸中で呟いた。
ウィータンの地層に数百年間も眠っていた爆弾は、
コスモリアンによってもたらされたものだったのである。
次回更新は2月27日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




