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フットボール、フットボール、フットボール  作者: 遊佐東吾
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陽の射す方へ 2

 地元住民に愛される店であれ、と〈サニーサイド〉オープン時に願った気持ちは今でも同じだ。ホセにとってずっと変わらぬ目標であり、その自負もある。

 なのに今日はまだ来客がない。平日の午前中であっても珍しいことだ。


「早起きした意味がまるでねえな」


 パイプ椅子にもたれながらついぼやきたくもなってしまう。

 クレープといえばまず甘いものだと連想されがちだが、それだけではすぐに飽きられてしまうだろうと考えたホセは食事としてのラインナップを充実させていた。中の具はソーセージであったり照り焼きチキンであったりといろいろ揃えており、ヘルシー志向の客にはサラダをそのまま巻いたタイプの評判がいい。


 おまけに今朝は気分がよかったものだからいつもより多めに仕込んでしまっている。やっちまったな、というのが正直なところだ。

 閑古鳥が鳴く〈サニーサイド〉に、本日最初の客が訪れたのはもう正午になろうとする時間だった。

 しかしホセはその客の姿を一目見るなり顔をしかめた。


「おいおいケンイチロウ、学校はどうした。さすがにサボりは感心せんぞ」


「ちげーよ、期末テストだっての」


 さもどうでもいいような調子で、やってきたブレザー姿の久我健一朗が言う。

 だったら勉強せんか、などとはホセも口にしない。人には向き不向きがあり、久我に対してその手の勤勉さを求めるつもりはなかった。

 そしてもうひとつ。この姫ヶ瀬市の中学生たちが期末テストのプレッシャーから解放される週末に、久我にはとても大きなチャレンジが待っていたからだ。


「まずはおめでとう。だがここからだぞ、厳しい戦いになっていくのは」


「わかってる」


 ホセからの激励に、にこりともせず久我が頷いた。

 トレーニングセンター、通称トレセン。個人能力に優れた選手同士が切磋琢磨しあってさらなる刺激を受けられるようにと用意された場のことである。市や区などの小さな規模で行われる地区トレセン、その上のブロックとなる都道府県トレセン、さらに北海道・東北・関東……といった地域トレセンへとステージが上がっていく。


 最も上のカテゴリーはナショナルトレセンと呼ばれ、国を背負って代表として戦うことを現実的な目標として捉えている少年たちが火花を散らすのだ。

 年に二度開催されるそのナショナルトレセンU―14に、今回久我が選出された。驚くべきことではあるが、夏のクラブユースサッカー選手権における得点王獲得の実績を考えると、誰にも文句をつけられない順当な選考と言えるだろう。


「あのさ」


 そう口に出したあと、久我はそっぽを向いて数秒間黙ったままだった。

 どこか切りだしにくそうな雰囲気を漂わている目の前の少年の姿に、ある程度だがホセは彼が話そうとしている内容を察した。家族のことか、かつての仲間たちのことか。

 辛抱強く言葉の続きを待つホセであったが、ようやく久我の口から出てきた「今日は豆腐バーグのやつにしてみるわ」というセリフに思いきり肩透かしを食らってしまった。


「おいっ、何か言いたいことがあるんじゃなかったのか」


「ん? 何かって?」


 当の久我は難航していたのであろうメニュー選びを終えて、いつになくすっきりとした表情をしている。


「ああ、頑張ってきますとかそういうやつ? 特にないけど」


「そういうのでもなかったんだが……ないのかよ」


「別に。相手が誰であろうと蹴散らすだけだし」


「おまえのそういうところはほんとフォワード向きだわ」


「あんまり褒められてる気がしねえ」


 受け取り台へともたれかかって苦笑いをみせる久我だったが、その横顔が不意に緊張感をはらんだものへと変わる。

 理由はすぐにわかった。


「クガっち」


 よく通る聞き慣れた声がした。矢野政信、かつて久我とチームメイトだった少年だ。もちろんホセにとっては鬼島少年少女蹴球団で指導した間柄でもある。

 片手を上げて政信が近づいてきた。彼の制服は昔ながらの黒い詰襟だ。


「おまえ、たしか甘いものは苦手じゃなかったっけ」


「この店の売りがスイーツ的クレープだけと思ってるならまだまだだぜ。ホセの作る創作クレープは日本代表クラスだからな。世界に通用する」


「えらい褒めっぷりじゃないか。そこまで言われるとクガっちのおすすめを食べてみたくなるよ」


 何という素晴らしい教え子たちだろう、と腕組みをしたホセは何度も力強く頷く。


「おまえら、そのやりとりをできればいろんな場所で繰り返しやってくれないか。今日のクレープはただにしてやるから」


「ははっ、宣伝料安すぎ」


 同年代の中では飛び抜けて落ち着きを感じさせる政信には珍しくくだけた物言いだった。試合以外の場で彼らが会うのはかなり久しぶりなことも関係しているかもしれない。

 対照的に、久我の方は軽口を叩きながらもまだ表情に強張りがあった。

 彼が鬼島中学サッカー部を退部した経緯を考えればそれもやむを得ないことなのだろうが、もう充分に時間は経ったはずだ。

 いつもなら甘いクレープ専門の政信が「じゃあおれもクガっちと同じやつで」と注文してきた。


「ところで、その、マサだけか」


 奥歯に物が挟まったような言い方をする久我に対し、政信はあっさりと先回りして答える。


「キョウならテスト勉強しに真っ直ぐ帰ったぞ。全然勉強なんてしてなかったもんだから、さすがに今回はちょっとやばいらしい」


 榛名暁平の名を出しながら、政信は「よっこらせ」と店の前に並べてある背もたれのないパイプ椅子に腰を下ろした。

 そして立ったままの久我に声をかける。


「まあ、ゆっくり出来あがりを待とう。話でもしながら」

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