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フットボール、フットボール、フットボール  作者: 遊佐東吾
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陽の射す方へ 3

 作りたてのクレープを渡すとなると、わずかな時間であってもどうしたって客を待たせることとなる。そのため〈サニーサイド〉の前には左右それぞれ三脚ずつの簡素な椅子が置いてあった。

 久我健一朗と矢野政信、二人の少年はカウンターを挟んで分かれて座っていた。およそ2メートルの距離が今の彼らの関係を如実に表しているようにホセには思えた。


「そういやクガっち」


「なんだよ」


「お祝いの言葉がまだだったな。ナショナルトレセンへの選出、おめでとう」


 おまえはおれたちみんなの誇りだよ、と政信がさも当たり前のことを口にしただけといった調子で淡々と告げる。

 ホセの目から見た久我の後ろ姿が大きく息を飲んだ。そのすぐ後に出てきた彼の声はわずかに震えていた。


「──今でもそう言ってくれるのか」


「今も、これからも変わりはないさ」


 静かな、そして揺るぎない意志を纏う政信の言葉に、思わずホセにもこみあげてくるものがあった。こんな少年たちの進んでいく道を間近で見守ることができる、それだけで自分が正しい場所に立っているのを強く実感するのだ。


「キョウがぽつりと呟いてたよ。『おれも上を目指してみるか』ってな。あいつほどの才能があればきっとどこまでだって行ける。キョウの背中を押したのはおまえだよ、クガっち」


「そうかよ」


 短い返事をしただけの久我だったが、榛名暁平のスタンスが変わってきたことへの隠し切れない喜びがにじんでいる。

 いつもよりもゆっくりとクレープを焼いているホセが口を挟んだ。


「おいおい、キョウヘイだけじゃなく他のやつにだってさらに上へ行ける可能性は充分あるとおれは思っているんだぞ。マサノブ、おまえなんかはその筆頭だろうに」


 ありがとうございます、と政信が振り返って頭を下げる。


「でも、まだまだおれには足りないところだらけです。このままじゃ高校でだって通用するかどうか。ですがそんなおれに『うちへ来ないか』と誘ってくださった方がいて」


「動きが早いな。で、その目利きはどこの誰だよ」


「バレ学の十文字監督です」


 中高一貫の新鋭校、バレンタイン学院中等部サッカー部を率いる十文字。一見すると仙人のような風貌でありながら、いまだ衰えを知らない情熱と鋭い眼とを持ったユース年代の名将である。

 政信が続けた。


「私学やクラブでサッカーを続けるとなるとどうしてもお世話になっている榛名家に迷惑がかかってしまいます。十文字監督はそこの事情を斟酌してくださった上で、バレ学の高等部へ来ないかと」


「あの爺さん、中等部の監督なのに高等部へのスカウト活動までやってんのかよ……」


 古希を過ぎてるにしてはバイタリティありすぎだろ、とホセは苦笑いする。


「いいんじゃねえの、それ」


 膝の上で片肘をついた久我が前を向いたままで言う。


「ユーリさんの両親はそんなことを迷惑だなんて感じる人たちじゃねえよ、絶対。でも、マサが納得できるかどうかはまた別の話だしな」


 普段はどちらかといえば問題児扱いされがちな久我だが、意外にも視野の広い物の考え方をする一面があるのをホセは知っている。

 これまでホセの元から多くの少年たちが巣立っていった。大人になっていくのはただ年をとるといった単純な話ではない。残念ながら誰もが望み通りの人生を手に入れられるわけではないし、下手をすれば道を踏み外してしまうことだってある。特に十四歳という年齢には独特の危うさがあった。


 だが、久我や政信たちならばもはや心配はいらないだろう。同世代の子たちの何倍もの荒波にさらされてきたのだ、彼らのそれぞれがもう一人立ちできる時期に近づいているようにホセには思えた。

 そんな彼の内心など知る由もなく、久我が今度は握り拳を作ってもう一方の手の平へと打ちつけた。


「それに県内同士ならまたゴリゴリやりあえるぜ。うちの友近くんから聞いた話じゃアツの野郎は何をトチ狂ったか、県外の強豪校の門を叩くつもりらしいじゃねえか」


「ああ……あいつらしいというか何というか。尋常じゃなく部員数の多いところでのし上がってやるって息巻いてるよ。あの根性はさすがに真似できん」


「友近くんは『あいつならやるだろう』ってさ。あの人、アツのことをめちゃくちゃ高く買ってるからなあ」


「こっちからすれば同じポジションの選手を評価できる、友近さんのその冷静さが怖いよ。ひとつしか年が違わないのが不思議なくらいだ」


「あのなマサ、おまえも周りからそう思われてるから」


「おれなんてまだまだ子供だよ」


「そういう言い方をガキっぽい連中はしねえ。おれとかアツとかキョウとかな」


 久我と政信の会話が続いている。途中からホセはあえて加わらないようにして、目の前の鉄板で調理することに集中していた。

 彼らはきっとこの先もサッカーを続けていくことだろう。誰もがその圧倒的な才能を認める榛名暁平や久我健一朗だけでなく、転校先ですでに中心選手となっている筧拓真、いつだって闘志の塊のような弓立敦宏、後ろから常に仲間たちを支え続けてきた矢野政信、そして再びサッカーへと戻ってきた片倉凜奈。


 人生に「もしも」はない。十年前、日本に戻らず異国の地でビアンカとともに生きることを選んでいたならばどうなっていたのだろうか、と思ったことはもちろんある。けれどもそれはすでに可能性の彼方へと消え去ったものだ。

 温かな光に満ちた場所であれ、と願い名づけた〈サニーサイド〉前でかつてのような繋がりを取り戻しつつある少年たちに目を細めながら、ホセは注文の品を丁寧に完成させていく。

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