24話 夏休み②
別荘に到着して二日目の朝。
湖畔には爽やかな風が吹き、鳥のさえずりが響いていた。
そんな中――
「本日は周辺探索を行う」
朝食後、クラウスが地図を広げながら淡々と言った。
「この辺りの森には魔力濃度が高い区域がある。結界管理も兼ねて定期的な確認が必要だ」
レオニードが肩をすくめる。
「せっかくの休暇なのに真面目だねぇ」
「王族が遊んでばかりいると思うな」
「はいはい」
アンリは少し緊張した様子で地図を覗き込んでいた。
「森って……危険なんでしょうか」
ノアが穏やかに答える。
「深部に行かなければ問題ないよ。今回は軽い探索程度だから安心して」
(……来ましたわね)
ミレイユは内心で顔を覆った。
原作夏イベントその一。
“湖畔の森探索イベント”
攻略対象とペア行動になり、吊り橋効果やら遭難未遂やらが発生する危険イベントである。
(しかも確か途中で特殊魔物が……)
嫌な予感しかしない。
◆
誰かとペアになるはずだった。しかし、実際には皆で行動している。
私とペアに慣れなかったことを令嬢とは思えない歎願をしたセシリアのおかげだ。
「全く....セシリアには困ったものですね」
ノアが苦笑する。
「ミレイユ様の隣は私です!これは譲れません!」
(ノアは一応私の婚約者なんですけれども......婚約者の前でこれだけ言い切れるのは流石セシリアですわね....今回は助かりましたけど)
森の中は涼しく、木漏れ日が地面を照らしていた。
ルインは楽しそうに花を見ている。
「綺麗です!」
セシリアは優雅に日傘を差している。
「空気が本当に澄んでおりますわね」
アンリは周囲を警戒しながら歩いている。
「魔力の流れが学園付近とは全然違います……」
(流石アンリ、感覚が鋭いですわね)
ミレイユも周囲に違和感を覚えていた。
森全体に薄く魔力が漂っている。
それ自体は珍しくない。
だが――
(少し濃すぎる気がします……)
◆
しばらく進んでいると、ルインがふと立ち止まる。
「……あれ?」
「どうしましたの?」
「あそこ、光ってませんか?」
指差した先、森の奥。
淡い青白い光が揺れていた。
クラウスが目を細める。
「魔力反応……?」
レオニードが笑う。
「イベントっぽいねぇ」
(イベントですわ!?)
ミレイユの脳内警報が鳴る。
ノアは静かに周囲を確認した。
「念のため見に行こう」
「えぇ……」
断る間もなく全員で向かうことになった。
◆
森を抜けた先には、小さな遺跡があった。
湖近くの岩場に半ば埋もれるように存在している。
古代文字の刻まれた石柱。中央には青白い魔法陣。
アンリが息を呑む。
「すごい……」
クラウスが険しい顔になる。
「……古い封印術式だ」
ノアも表情を引き締めた。
「王家の記録にあったものかもしれない」
(完全にイベントですわぁ!!)
ミレイユは内心で叫んだ。
原作でも存在した隠しイベント。
“湖畔の封印遺跡”
確か――
(魔力を流し込むと何か起きますのよね!?)
◆
そして、乙女ゲームのイベントが起きないはずがなく、それは突然だった。
ルインが遺跡の光を覗き込み、
「綺麗ですね」
と近づいた瞬間、魔法陣が強く発光した。
「っ!?」
地面が揺れ、風が吹き荒れる。
アンリが叫ぶ。
「魔力暴走!?」
クラウスが即座に前へ出る。
「全員下がれ!」
青白い光が弾けた、次の瞬間――
空中に巨大な魔力の塊が現れる。
半透明の狼のような姿。
低く唸り声を上げていた。
セシリアが青ざめる。
「ま、魔物ですの!?」
「いや……精霊に近い」
クラウスが即答した。
ノアはすぐに判断を下す。
「迎撃する」
(やっぱり戦闘イベントですわーー!!)
◆
狼型の魔力存在が一気に飛び出す。
速い、だが――
「遅いよっと!」
レオニードが前に出て、魔法をかけ、身体能力を一気に引き上げる。
剣が閃き、魔力の爪を弾く。
同時にアンリが炎を展開。
「火炎収束!」
轟、と炎が走る...が、相手もただの魔物ではない。
霧散し、再び形を作る。
「物理耐性があります!」
アンリが叫ぶ。
クラウスが術式を構築。
「核を狙え」
冷静な指示。
ノアが風魔法で動きを制限する。
(流石攻略対象とメインヒロイン……!連携ばっちりですわ!)
ミレイユは感心しながらも炎を展開する。
(さて、私も働きませんと)
筆記は苦手でも実技は別。
魔力の流れを読み、炎を圧縮。
そして――
「そこですわ!」
炎を一点へ撃ち込む。
核が揺らいだことを見逃さず、アンリが即座に反応した。
「ミレイユ様!」
追加の炎が重なり、二人の火炎が核を貫いた。
◆
ぱきん、と音がした。狼型の存在が砕け散る。
静寂、森に風だけが吹き抜けた。
セシリアがほっと息を吐く。
「お、終わりましたの……?」
クラウスが頷く。
「ああ」
ルインは少ししょんぼりしていた。
「ごめんなさい……私が近づいたから……」
ノアが優しく言う。
「気にしなくていいさ。誰も怪我していない」
アンリも笑った。
「はい!大丈夫でした!」
(皆強すぎません……?)
私は改めて原作主要キャラたちの戦闘能力の高さを実感する。
(追放されたら.....私逃げ切れますの......捕まってボコボコにされる未来しか見えませんわ....)
特にアンリ。彼女はまだ一年生とは思えない完成度だった。
◆
遺跡を後にし、別荘へ戻る道中。
レオニードが笑う。
「いやー、夏っぽいイベントだったね」
「イベントでは済みませんわよ……」
私は疲れ切っていた。
ノアが隣へ並ぶ。
「でも、君も見事だったよ」
「……そうでしょうか?」
「アンリとの連携、綺麗だったよ」
不意に褒められ、少しだけ目を瞬かせる。
「……ありがとうございます」
ノアは小さく笑う。
「流石は僕の婚約者だ」
婚約者という言葉に私は困惑する。
(まだ婚約者という立場ですのね……)
その少し前を歩くアンリは、二人の会話を聞きながら静かに考えていた。
(やっぱり……お似合いだなぁ)
そんなことを本人たちだけが気づかないまま、夏休みはまだまだ続くのだった。




