13話 焦燥と誕生日の約束
王城の庭園。
午後の陽光が差し込むテラスで、ミレイユは優雅にカップを持っていた。
向かいに座るのは、第二王子ノア。
穏やかな微笑みを浮かべながら紅茶を口に運んでいる。
(ここ最近、ノアとお茶会をする機会が増えたせいか、流石に慣れてきましたわね)
「最近、訓練を再開したそうだね」
「ええ。ようやく許可が下りましたの」
にこり、と微笑む。(乙女の涙、三日間連続使用)
ノアは知らない。きっと一生知らない方がいい。
「クラウスが講師だとか」
さらりと言われ、ミレイユは頷く。
「ええ、お父様が頼んだようです。流石魔法の天才。教え方がとても上手ですわ」
ノアの指先が、ほんのわずかにカップの縁で止まる。
「……そうですか」
笑顔は崩れないが反応が一拍遅れたように見えた。
「随分と熱心に取り組んでいると聞きましたよ」
「当然です。火の安定は文明の基盤ですもの」
「文明の……?」
「はい。安定した火力は生活の要ですから」
(貴方に追放された時のためのね!!)
堂々と言い切る。
ノアは数秒沈黙し、それから小さく笑った。
「君らしい理由ですね」
だがその瞳の奥には、僅かな影。
「クラウスとは....二人きりで訓練を?」
「いえ。リヴィアもおりますし、基本は複数ですわ」
言葉が途切れ、静寂が庭園を支配する。
「基本は?」
「...え?」
質問の意味が分からず聞き返してしまう。
「基本はということは2人きりで訓練するときもあるのですか?」
「...ええ、そうですわね。リヴィア別件で来れない時は2人で訓練をすることもありますわ」
「そうですか」
そう呟くと、ノアの笑みがほんの少しだけ薄くなる。
「随分と信頼しているようですね」
「それは、クラウス様はとても優秀ですから」
ミレイユは即答する。そこに悪気はない。
ノアは静かに紅茶を飲む。
(優秀、か)
理論、才能、努力。
確かにクラウスは優れている。
「ミレイユ。君は怪我をしたばかりです。無理をしてはいけませんよ」
「もちろん。今は安定重視ですわ」
「そうですか、それならば大丈夫そうですね」
安心したように微笑む。だが心の奥は、少しだけざわついている。
◆
そういえば、とノアが話を切り出す。
「ミレイユ。来月は君の誕生日ですね」
「ええ、そうですわね。これでまた一歩淑女に...近づきますわ.....」
言葉尻がどんどん萎んでいき、ため息を付いている。
とても自分の誕生日が来る人の態度とは思えなかった。
「何か欲しいものはありますか?ドレスだったりアクセサリーとか」
「そうですね....う~ん......」
ミレイユは頭を捻り、真剣に考えている。
正直どんなものを欲しがるのか全く分からなかった。ドレスやアクセサリーと言ってみたが、恐らくこの令嬢は興味も示さないだろう。
今目の前にいる自分の婚約者は、はっきり言って普通ではない。
暇さえあれば魔法の鍛錬や料理を行う。お茶をしていれば勝手に自分の世界に入り込み、訳の分からない独り言をブツブツ呟くこともある。本当に変わった婚約者だ。
ただ――
いつからと言われるとあまり思い出せない。明確に見る目が変わったのは、自分が誘ったお茶会だ。
令嬢自らが身体を張って、自分より小さな子供を守るなんて見たことがなかった。
極めつけは、レオニードの誘拐事件。自分の身体に傷をつけてまで他人を助けるということが自分には全く理解できない。しかし、彼女は違う。見舞いに行った時も、自分の身体の事よりもレオニードのことを心配していた。そんなどうしようもなく、お人よしで、無鉄砲で、優しい彼女に――
僕は惹かれている。
◆
自分の思いを確認していると、ミレイユの声が耳に届く。
「実用的なものであればなんでも」
「実用的なもの...ですか」
「ええ、実用的なものがいいです。ドレスやアクセサリーも素敵ですが、やはり日常的に使えるものでないと」
ミレイユは自信に満ち溢ちた顔で答える。
「日常的に使えるということは、言い換えればとっても便利な物ということになりますからね!」
斜め上の発想。やはり彼女はいつも僕を楽しませてくれる。
「分かりました。期待して待っていて下さい」
「はい、楽しみにしております」
その無邪気な笑顔にノアは思う。
(君は本当に、気付いていない)
クラウス、レオニードの視線に。
(いや、セシリア嬢もか.....)
そして自分の焦燥にも。
「せっかくの誕生日です。盛大に祝わせて下さい」
「盛大だなんて...お忙しいのに大丈夫ですの?」
「君のためなら」
ノアは穏やかに笑う。だが胸の奥には、はっきりとした感情がある。
クラウスと並ぶ姿。レオニードのミレイユを見る視線。
静かな嫉妬は、まだ形にならない。
だが確かに、そこにあった。




