10話 守るもの
「お~い、ミレイユ。今日はまた何か面白いことをやってないの?」
先日のお茶会で使い切ってしまったお菓子の材料を買い足しに行こうと準備していた時、レオニードは供もつけず、ふらりと家を訪ねてきた。
「……レオニード様?」
あまりの唐突な訪問に目を丸くする。
(昨日のノアといい.....王族の方は何故突然来るんですの.....そちらは気まぐれかもしれませんが、攻略対象が急に来るのは心臓に悪いんですのよ?)
先日のクッキー事件(ミレイユが勝手にそう呼んでいる)を境に、ノアを始めとした攻略対象がやたら我が家に来る頻度が増えた。
(何故アポイントとらないのよ....セシリアやルインを見習ってほしいですわ...)
「なんだその顔は。俺が来ちゃ悪いのか」
(いけない、思っていたことが顔に出てしまったわ)
「いえ、悪くはありませんが……今日はこれから町へ行くところで」
リヴィアが籠を持っている。中には買い物用の布袋。
「町?何しに行くの?」
「料理をするための材料を買いに行くんです」
「料理?前回作った菓子をまた作るの?」
「まあ、そうですね。ただ、今回はお菓子ではなく、自分の夕食を作ろうと思ってますの」
(追放された時のために家事能力は上げておかないと.....)
レオニードは笑いながら疑問交じりに聞いてくる。
「侯爵令嬢の娘が料理をするなんて聞いたことがないよ」
ふう、と一息吐いてレオニードの目を見て答える。
「全く、レオニード様は分かっておりませんね。料理は淑女の嗜みですわ」
◆
馬車に揺られ、その隣にはレオニードがいる。
「そっか。そしたら俺が護衛してあげる」
買い物があるからてっきり帰ってくれるかと思ったが、護衛をするとのことで付いてくることになった。
(護衛も何も...この方、第三王子ですわよね。貴方の方こそ護衛される側の人間なんですが.......王子って思ったより暇なのかしら.....ノアも頻繁に家に来るようになりましたし.....こっちはいつ破滅フラグが立つのかと気が気じゃないんですのよ...)
「町に降りるのも久々だなぁ」
「あら、そうなんですか?レオニード様のことですから、頻繁に町には出かけられてるものだと」
今までの突撃訪問や噂を聞く限り、かなりの自由人だと思っていたから正直意外だ。
「俺のことを旅人か何かと勘違いしてない?これでも王子。色々やることはあるんだよ」
「そうですか。では、是非そのやることの中に、訪問前のアポイントを取るということを入れておいてください」
◆
市場は賑やかだった。香辛料の匂い、焼きたてのパンの香り、威勢のいい声。
ミレイユは店を回りながら、真剣な顔で材料を選んでいる。
「レオニード様、これはどう思います?」
「分かんないよ。そもそも俺に食材の善し悪しを聞くのが間違ってる」
(このガ......んんっ.....セシリアのためにも女性との買い物がいかに大切なことか、教えてやりたいとこですわね)
「さっきから偉そうなことばかり言ってないで、荷物くらい持って少しは役に立ってくださいませ」
◆
ミレイユがどの食材にするかで頭を悩ませている。
(本当に面白い令嬢だ。食材一つにこんな頭を捻やつがいるとは。兄上もこれが婚約者とは。想像以上にいい目をしている。セシリアが懐く理由もなんとなく分かるな)
そんなことを考えていると、不意に背後に気配を感じた。嫌な予感がし、その場を離れようとしたが、その時にはもう遅い。背後から布を被せられ、腕をねじ上げられる。視界が暗転し体が浮く。
「っ……!ミレっ......」
反射的にミレイユの名を出しそうになったが、彼女もまた侯爵家の人間、言葉を腹の中へ押し戻す。
人を攫うことに慣れている連中。
自分が狙われる立場だということを、どこか遠くに置いていた。
自分は強い、剣だって人一倍扱える。何かあっても問題ない、そう思っていた。
しかし現実はそう簡単なものではない。大人の力の前では子どもの力なんてものは無力に等しい。
足が地面を擦り、路地裏へ引きずられる。剣に手を伸ばすが、届かない。
くそ。このままでは―――
その瞬間、閃光が走った。
「離しなさい!!」
聞き慣れた声。
次の瞬間、拘束が緩み、地面に転がり視界が戻る。ミレイユが、両手を前に突き出していた。
魔法陣が淡く輝き炎が攫い手を包んでいく。悲鳴を上げ、後退する。
「逃げてください!レオニード様!」
立ち上がろうとするが、足がもつれる。
情けない。その間にも、彼女は魔法を放ち続ける。
「さっさと離れなさい!!」
炎がより激しくなり、焦げた匂いが広まっていく。
「なんか、焦げ臭くないか?」「おい!路地で火が出てるぞ!」
周囲に異常な状況が伝わっていく。それを悟ったのか男たちは足早に逃げ去っていった。
ミレイユは安堵したのか、その場に座り込んでしまう。
息は荒くなり、時間が経っても整わない。そんな自分を叱責し、立ち上がり、ミレイユを見る。
「........無事かい」
「....ええ、なんとか。レオニード様も....お怪我がないようで良かったですわ」
彼女はほっとしたように笑った。
「ミレイユ様!!ご無事ですか!?」
騒ぎを嗅ぎ付け、ミレイユの侍女が駆け寄ってくる。
「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい、リヴィア。いきなり走り出してしまって」
「お嬢様!危険なことはお辞めください....お嬢様に何かあったら...」
ミレイユが侍女の手を借り、立ち上がった時、視線が止まる。
ミレイユの右手の甲。赤く爛れてしまっている。じんわりと火傷の跡。
「ミレイユ.....その手……」
「...手?ああ、どうやら少し炎が強すぎたみたいです。やはり魔法の制御はまだまだのようですわ」
これもまた笑顔で、何事もなかったかのように言う。
胸がざわつく。自分は守る側のつもりだった。
王族であり、剣技の天才。自分は強いはずだ。
なのに、守られたてしまった。悔しさが込み上げる。
けれどそれ以上に――
あの瞬間、迷いなく自分に向かってきた姿が、頭から離れない。
不安だったはずだ。怖かったはずだ。それでも助けに来てくれた。
自分を守るために。
「……馬鹿だ」
小さく呟く。
「え?」
「なんでもない」
彼女の手を思わず掴む。火傷のある方ではない手を。
「次は」
言葉が詰まる。
次は、守られない。次は、自分が。
「次は必ず....俺が守る」
悔しさでも怒りでもない。彼女が傷つくのは嫌だと思った。
自分のせいで赤くなったあの手を、もう見たくないと思った。
守りたい。ただそれだけが、はっきりと胸に残る。
ミレイユはきょとんとしたあと、ふわりと笑った。
「それは...とても頼もしいお言葉ですわ。レオニード様」
その笑顔に、胸がどくりと鳴る。さっきとは違う音。
正体の分からない胸の音を抑えるために、レオニードはそっと視線を逸らした。




