RUIN After04
「幽霊なんていないんだからそういうことをスッキリさせる専門家に案内する」
マミの顔のアザには触れるべきかもしれないが、躊躇した。
自分たちの部屋に客をいれることは危険なのは承知している。
意気消沈、残っていた元気を絞り尽くしたようなマミをつれたまま、私は重い足取りで自宅のマンションの一階のキーロックをタッチパネルで認証しようとすると、可愛らしい学生服姿の少年のSDキャラのアイコンが画面に写り、簡単なアニメであっかんべーをする。
ウミのハックだ。あたりまえのように、このマンションのシステムは表はそのままだけど中身の管理システムはハック済み。管理会社も認知していない。表は通常通りの管理システムが動くがメインは裏の独自のシステムが基盤になっている。
私は携帯端末でウミに通話する。
「ふざけている時間ないから無視するよ」
私はマミの手を引っ張ってエレベーターに乗り込んで自室に向かう。
どうせ電子キーや個人認証はオフにされているだろうからアナログのキーで問答無用で開ける。
私の部屋の玄関を開けた先に、暗闇にぼうっと時代がかった黒い外套を羽織り、古い学帽を被った学生服を着た少年が立っている。
半透明で足元はない。
「幽霊探偵?」
マミが力なく呟く。
都市伝説となった幽霊探偵はエリだけではなく、マミも知っていたようだ。気だるげに彼女はカメラに手をかけようとして、それを幽霊探偵の外套の隙間から何かが出て奪う。
「あー私のカメラ、なんしよーと」
「僕を、撮るな」
青白い骸骨じみた顔が学帽の下から覗く。
その顔は化粧っ気のない整った人形のような顔立ち。
わずかに動いた唇が幻のような顔。
普段の彼女と違い、機械のような抑揚のない声で舞台劇のように室内に響いた。
鋭い瞳。整った顔立ちから見える中性的にも見える演出から見えるウミの不機嫌な鋭いジト目だ。
一瞬気圧されつつ、格好いいな、とかいう思考を放りだして、
「はい、あかりつけるねー」
ぱちっと明かりをつけるとプロジェクターの明かりは室内灯で消える。
ウミの細身の黒い体を強烈な照明で照らし出した。
そこにはジト目のまま、朝着ていたゴスロリ服のままのウミ。
まるで大正時代の美少年が現代のゴスロリ美少女に変身したように見えた。
「え、ナニコレ手品」
「現実、ただのプロジェクションマッピングのお遊び」
ウミの肩口から生えている自家製の黒いサイバネマジックハンドの手にカメラが握られている。その拡張された腕に小型のプロジェクターが取り付けられており、ウミの姿を変えていたが観念したのかスイッチを切った。
「あ、カメラ返してー」
どこか間抜けな声。
靴を脱いでウミに近づこうとするが肩口から接続されている軽量なマジックハンドはウミの第三の手として半自律的にマミから離れて天井近くまで重力がないように無音で伸びた。
構わずマミはウミに抱きつくようにカメラを求め、袖口を掴もうとして猫のようにウミは受けようとしたがタイツがスリップして二人とも倒れた。カメラは安定したまま天井近くまで伸びつつ反対側の隠れていたもう一つの第四の手はウミの体を支えつつ受け身を取っていた。
「おい、どけ、僕を撮影してもいいという許可も、勝手に触っていいと許可した覚えはないぞ」
元気な拡張された腕とは真逆に、ウミは抵抗もせずぐったりとしている。
「はいはい、いまどかしますからね」
私はマミをウミから引き剥がした。
「どうしてこんなやつ連れ込んできたんだよ、野良猫とか犬じゃないんだぞ、はわかしとけ」
普段の貴婦人を思わせるような態度と違い、少年のような声と態度で粗雑な態度でウミは喋る。
拡張された腕はつけたまま、黒いシルクの布がついた限りなく人に近いメカニズムの機械は現実のウミの肉体の腕の代わりに口調とは逆に生身の腕のように丁寧な所作でコーヒーを口元に運んでいた。不自然な所作なら蜘蛛を思わせるが自然な所作過ぎて不気味さより美しさが際立つ。それはまるで動く阿修羅像を思わせる。体が華奢すぎて拡張された腕が普通の腕に見えること自体は病的かもしれない。
「そげんこといわんと」
いつもの朝食のテーブルに三人で座っている。
コーヒーも出してあるし、私の自家製プリンもおいてある。
マミは所在なさげに唇を尖らせながらもぐもぐとプリンを食べている。
「……口が痛いけど、おいしい」
意外と精神が頑丈そうだ。
「事件のヒントかもしれないからだよ。マミのいう幽霊ってのがさ」
「だって、幽霊がえすいし」
おずおずとマミが答える。
「おまえ馬鹿か、幽霊なんて存在するわけ無いだろ」
説得力のない元幽霊のウミが発言をする。
「迷える子羊を助けてくれる幽霊探偵かと思ったら、こんな性格の悪いゴスロリ着た人とは思わなかった。しかもカワイイし」
「たしかに僕はそう呼ばれることもあるが、幻想で人をリアルと比較して勝手に失望されるなんてことは評価される側としては最悪だよ」
「え、嘘、本当に幽霊探偵」
ぱっと明るくなるマミと、げっと珍しくバツの悪い顔のウミ。
「ウミ、ウソを付くのが本当に下手だね」
「しょうがないだろ、僕の思考システム上、ハルネーションを基本は禁止されているから事実に基づいた演算が基礎になっているんだから思考階層の表層部処理の感情エラーで都合上こうなっちゃうから」
「なにいっているの、このウミって人」
「気にしないで、そういう仕組だから」
「僕はちょっと変わった発言をする程度だと認識してくれればいいよ。質疑応答と推論用の独立回路をバックで走らせるからマミは最近の事件を話してくれればいいよ。探偵用の思考はもう発動しているから。朱美、プリンのおかわりとチョコレートおねがい」
「ところで、その変な腕何?」
「僕の拡張身体。皮膚の表面から電気信号を読み取って動かしている。体が弱いからつけている装具だよ」
「……それが、一年前の幽霊の話。返事が帰ってきてからずっとおかしいの。こっちに来て、私がいいと思った写真を取った場所が全部燃えちゃった。私が写真を撮るとその場所が全部燃えるの」
「じゃあ写真なんて撮るのやめればいいんだよ」
流し目で、呆れた顔でウミはいう。
「できないよ、そんなこと」
マミは、声を絞り出して叫んだ。
「誰も、誰も私をわかってくれない」
「あたりまえだろ、僕のことも誰も理解してくれないことと一緒さ」
ぎゅっと胸が痛くなった。
私はまだ、ウミの心から遠い。
「でも、おまえ、理解してほしいから写真撮って公開しているんだろ」
「⋯⋯うん」
「それに、おまえ、火をつけていないんなら別に偶然だから病む必要もないだろ。考えすぎなんだよ」
「このまえ、私がなんども目撃されるから警察からも職務質問されたし、お父さんのライターも取られちゃった」
「申請出しても返してもらいにくそうだな。マミは星野村から来たんだろ」
「どうしてわかったの」
「ヤマオラビの伝説が残っている地域はそこくらいだしね。マミの公開したアルバムは故郷の写真なんてぜんぜんないけど消去法で考えただけさ。そのうえで放火は妖怪のせいじゃないよ」
「どういうこと」
私は妖怪は学校の怪談程度しかしらない。
「さて、ヤマオラビ、あるいはオラビソウテ、オラビソウケとも記されるが詳細がイマイチ不明な妖怪だな。表記揺れなのか当時のフィールドワークが不完全なのか記録記載が昭和七年。それから百年以上たった現在、僕は正しく把握できない。そして伝承が同じとされる山彦や呼子、呼子鳥といったものもあるが俗にいう山に木霊する声を模倣する化け物とされた自然現象ではあるが本州とここでは系統が違う。山彦は山の神やその眷属の性格を持つ。犬や鳥、あるいは樹木の精霊とされている。だがオラビ系統はここらの方言の「おらぶる」からの変化だ。
もともとは泣き叫ぶ概念……なんだけど、どこにも火の属性はないんだ。だから、本当にヤマオラビが実在して儀式的なやり取りが失敗したマミを炎で脅して回るとなると、やはり全然化け物のルールから逸脱した「らしくない」行動なんだよ。だから僕はヤマオラビがマミを脅かすために火をつけて回っているということ自体がおかしいと思っている。もし該当する妖怪がいるとすればそこまでの攻撃性はないが釣瓶火か不知火かといったところだがルールがあまりにも違いすぎるから割愛する。強い攻撃性は少し離れてヒザマとかだけど別に鹿児島に知り合いはいないだろう」
こくり、とマミは頷く。
「そもそも妖怪や伝説なんかは時代ごとの現象に対する解釈にしか過ぎず、やがては違う言葉に入れ替わっていって廃れていくものだ。未だに言語化できないものは妖怪や神仏や現象として残っている。ヤマオラビを山彦と同一視するなら単なる自然現象で山に木霊する人の声が反響して戻ってきたエコーでしかない。その反響する音は普段自分が発している声だと一緒だとしても人が普段発して自分の声だと思っているものも頭蓋骨や身体の中で反響して耳に届く別の声で他人が聞いた声とは随分違うものだ。いまのようにお手軽に録音できない世界で自分の声が戻ってきても他人の声にしか聞こえない。自分の物真似をする他者の声が帰ってきたのなら、それは妖怪という現象の一つになったのがオラビや山彦の系列だ」
生身の手であごを支え、余った拡張された腕を組んだウミは呆れた調子で淡々と続けていく。
「それでだ、シンプルに考えるなら犯人はそういう妖怪じゃない場合はマミのオープンにしているアルバムを燃やす拠点として何故か選んでいるってことだろう。犯人の動機や行動原理は全く理解できないがそいつが原則として火をつけて回る場所に君の作品がたまたま選ばれただけだよ」
「たま…たま…選ばれた」
「3回以上連続して写真で撮影した場所が選ばれているってことは理由があるんだろう。例えばいつから君のアルバムと火事が一致するようになったのか。その時期を探れば犯人の目星がつくかもしれないぞ」
「どうしてあなた達はそこまでこの火事を調べるの」
「そりゃ僕の財産が燃やされたら損害賠償を訴えたいだけだよ。正義感なんてないよ」
マミはじっとウミの顔を見る。
「なんだよ、ジロジロ見るな、気持ち悪い」
「いや、前に会いませんでしたか、私達」
「いや全く。そもそも僕は基本は引きこもりだ。滅多に家から出ない」
「また何かあったらすぐに連絡してね」
私はマミに自分が遊びで作った名刺を渡す。電話番号も書かれている。
「警察に言っても状況証拠だけだから信用されないな、これじゃ、もうちょっと資料まとめたら一応報告は送っておくよ」
ピラピラと知り合いの刑事の名刺をウミは弄んでいる。
「妖怪じゃないってわかったことだけどヤバイ奴がいるかもしれないから送っていくよ。近くの学生用のアパートでしょ」
私は少しだけ釈然としないながらもスッキリした顔のマミを見て送ることにした。
マンションを出て二人、すっかり外食の居酒屋の大半が営業終了した夜の街を歩く。
「ウミさんの顔、どこかで見たことあるんだよね」
「きっと幽霊探偵の写真じゃないかな」
「違うと思うけど私、ウミさんの写真、昔撮ったと思う」
推定、あのときより前の写真なら撮っているかもしれない。
学生用のアパートの前につく。
「今日はありがとうございました」
「火事はあなたのせいじゃないんだから、安心して寝なさいよ」
「はい。でも変な人がついてきたら連絡します。それと……ウミさんの前で話せなかったことがあるので今度またあってください。できるだけ早いうちに」
「ん、いいよ」
また安請け合いしてしまった。ウミに怒られるな。
「あ、私の写真、いまは公開アルバムから削除してよ。私まで燃やされたらたまんないからね」
「はい、アルバムからは削除しますね」
眼の前の端末から削除する画面を見せてもらう。「ところで朱美さん、いま高2ですか」
「そうだよ。それがどうかしたの」
「じゃあ先輩ですね」
「いまいちはがいたらしいね、なんの先輩なのやら」
「いいじゃないですか、先輩って呼ぶことにはなんか憧れがあったですよ」
顔が痛むのか、少し不器用にマミは笑う。
「じゃあまた今度。写真はしばらくオンラインにあげません。またよろしくお願いします」
「変なやつから連絡とかあったらすぐに連絡するように」
「わかりました、おやすみなさい」