5話:情夫がいる妻なんてダメでしょう?
ベッドに横たわる、白シャツに黒のズボン姿の美青年。
そのベッドに腰をおろした、ルビー色のドレス姿の私。
「フェルナン! いいのよ。私のこと、欲しいでしょう?」
「奥方様、無理です! 領主様に怒られます!」
「ちょっと、フェルナン!」
ガバッと起き上がった、町でNO.1人気の高級男娼であるフェルナン。
彼は絨毯の上に落ちている黒のジャケットを拾うと、寝室から飛び出してしまう。
「ダビー! これで三人目よ! みんなスカイ伯爵を恐れて、逃げちゃうじゃない!」
隣室に控えていたダビーとリサが、寝室に駆け付ける。
そしてダビーは平謝りだ。
「申し訳ございません、若奥様! 三度も作戦に失敗するなんて……!」
「もう、ダビーのバカ、バカ! 若奥様に恥をかかせて!」
リサが、ダビーをぽかぽかと叩く。
悪妻になるための作戦=悪妻化計画第二弾。
それは「情夫がいる妻なんてダメでしょう?」作戦だ。
第一弾の「昼間から酒を飲む女はお嫌いでしょう?」は思いがけず、大失敗だった。失敗……世間的に見たら大成功だ。なぜなら悪妻どころか賢妻と言われたのだから。しかも私の評価は急上昇。だが私が求めるのは、その逆なのだ。おかげで離婚から、大いに遠のいてしまったと思う。
これではダメだ。もっと離婚に直結するような作戦を決行するしかない。
そこでダビーがリベンジで提案したのが「情夫がいる妻なんてダメでしょう?」作戦だった。
つまり昼間から屋敷に情夫を連れ込み、よろしくやっていることにして、「悪妻」であることをアピールするという作戦だ。
情夫役は、リサの提案で、一人目は隣の領地の不倫大好き男爵に持ち掛けた。勿論、本当に情夫になって欲しいわけではない。寝室でそれっぽい会話をしてくれればいいと、相談したのだが……。
「秘密は厳守します。墓場まで持っていきましょう。ですから即刻、そんな計画諦めてください。もし協力したとバレたら、わたしは爵位剥奪です。それにお世話になっているスカイ伯爵とその令息に、顔向けできません!」
あっさり断られてしまった。ならばと二人目は、町でナンパをしていた男に、ダビーが声を掛け、屋敷まで連れて来たが……。
「ここはスカイ伯爵の屋敷ではないですか!? え、無理です。スカイ伯爵には感謝しかないんですよ。この前も病気の弟に食料を届けてくださいましたし。そんな恩を仇で返すようなことは、できません。失礼します!」
逃げ帰ってしまった。ならばとダビーは、町の娼館に足を運び、私の身分を明かさず「とあるマダムの情夫のフリをして欲しい」と頼み込んだ。そして人気NO.1の高級男娼であるフェルナンに目隠しをして、寝室まで連れて来てくれたが……。
私の声を聞くと、フェルナンはすぐに気づく。
つまり私がアトラスの妻であると分かってしまったのだ。
どうやら先日の領民を招いた昼間からの宴会に、フェルナンも参加していたらしい。
というわけで、ことごとく失敗してしまったのだ。
「これはもう、騎士の誰かに頼むしかないでしょう」
ダビーが無念そうにそう言うと、リサがキレた。
「まさか、ダビー、あなたそんなことを言って、若奥様に手を出すつもりですか!? これまで仲間のフリをして、実は若奥様に横恋慕だったのですか!?」
「な、なんて誤解を! そんなわけないですよ!」
なんだか悪妻化計画をやることで、リサとダビーが犬猿の仲になってしまっているようだけど、大丈夫かしら!?
そんな風に思ったまさにその時。
寝室の扉がノックされる。
どうしたのかと思ったら。
領民の苦情や不満の書簡をいつも届けている、アトラスの補佐官クルースだ!
ダークブラウンの長髪を、後ろで一本にまとめ、眼鏡をかけている。
知的な雰囲気を漂わせた補佐官だ。
「若奥様。人気NO.1の高級男娼であるフェルナンが、屋敷から飛び出していくのを目撃しました。もしやなかなか子供ができないことに悩み、相談をされていたのですか!?」
どうしてそこで「情夫を連れ込んだのですか!?」にならないのかしら?
率直にそのことを聞くと……。
「若奥様。自分はもう三年、あの書簡を受け取っているんです。あの流麗な文字を見れば、若奥様だとすぐに分かりました」
これには「え!」と驚くことになる。
絶対バレていないと思ったのに!
「若旦那様のために。スカイ伯爵家のために、若奥様が尽力くださっていることは、よーく分かっています。そんな聡明な若奥様が、情夫など作るなんて、あり得ません」
なるほど。
悪妻になるには、普段から悪事をしていないとダメなのね……。
ちなみに私が書いた書簡であることを、クルースはアトラスには話していないという。
そこだけは安心できた。
「それにこの領内において、若奥様の情夫になる男など『いない』と断言できます。なぜなら若奥様が裏で動いてくださるおかげで、若旦那様もスカイ伯爵様も、痒い所に手が届くような采配ができています。その結果、領民は領主とその令息である若旦那様を、尊敬しているのです。誰もお二人に刃向かうようなことに、協力はしません。よってこの地にいて情夫など作るのは、まず無理でしょう」
つまりダビーの作戦は、最初から成立しなかったわけだ。
「跡継ぎがなかなかできなくて悩んでいる件は、よく分かります。自分としても何とか跡継ぎに恵まれるよう、協力しますから」
いや、クルース、そうではないのよ……と口にすることもできないくらい、脱力状態。
早く離婚しないと、刺殺されてしまうのに……!