11話:どんな顔をして会えば……。
「お断りは金輪際ずっと、です!」
「金輪際ずっと!?」
跡継ぎ作りのため、営みをすると約束をしていた日。
寝室に来たアトラスは「それではいいか」といつも通りで私に声をかけた。その彼に対し、私は「お断りします」と答えたのだ。しかもこの先ずっとお断りだと宣言した。
私の宣言を聞いたアトラスは、かなりショックを……受けていたのだと思う。
感情の変化を表に出さない彼は、この時も無表情に見えた。
だが顔色がサーッと青ざめたように思えたのだ。
しかも無言で回れ右をして、そのまま寝室を出て行く。
「あっ……」
離婚しないと、近い未来で私は、アトラスに刺殺される。
しかも何度も刺されると、あの占い師に言われたのだ。
だからあの宣言は、離婚のため、必要なものだった。
そう分かっているが、木漏れ日のようなアトラスの心を傷つけたのではと思うと……。
胸が苦しくなる。
「若奥様、大丈夫ですか!?」
リサは何が起きたのかという表情で、私を見ている。
お酒を用意し、部屋に戻ったリサは、私達の姿がないことで、すぐ理解したはずだ。お酒を待たず、寝室に向かったのだと。ところがその寝室から、アトラスが一人で出て来た。しかも顔色が悪く、そこにリサがいるのに、眼中にない状態。
そこで心配したリサが、寝室にいる私に声を掛けてくれたのだ。
「リサ、聞いて頂戴」
悪妻になるための作戦=悪妻化計画の第五弾として、夫婦の営みを拒絶したことを、リサに打ち明けた。しかも金輪際ずっと拒絶すると宣言した――そこまで話したのだ。
「そうなのですね! それは絶対に離婚ですよ。跡継ぎを作ることを拒否したのなら、もう悪妻確定です! 良かったです、若奥様。これで刺殺されないで済みますね!」
「そ、そうよね。これは作戦成功であり、私がしたことは、間違っていないわよね?」
「生存のためにとられた行動です。間違いなどではありません!」
リサはそう励ましてくれる。
励ましてくれるものの、私の心は晴れない。
でも、もう後戻りはできない。
私の言葉はアトラスに届き、彼は今……。
アトラスは今、何をしているの……?
ともかくその日はリサに「気にせずお休みになってください」と言われ、ベッドで横になることになった。だが本当に横になっていただけ。まったく眠ることができなかった。
◇
翌朝、どんな顔をして朝食の席へ向かえばいいのか。
ひとまず落ち着きのあるディープグリーンのドレスに着替え、深呼吸。
跡継ぎを作るつもりはないと、宣言したのだ。
アトラスと私の問題だと、簡単に片づけるわけにはいかない。
きっとスカイ伯爵夫妻からも、何か言われるだろう。
そう思うと、まるで裁判のために出廷するような心持ちになる。
一体、何を言われるのかと、戦々恐々しながらダイニングルームへ行くと……。
「おはようございます、セレナ。アトラスと伯爵は、先日言っていた通りよ。橋の修繕と教会の鐘問題の調査のため、朝一番で現地へ向かったわ。少し離れた領地の村でしょう。もしかすると夕食も、私と二人かもしれないわね」
スカイ伯爵夫人の言葉に「なるほど!」と返事をすることになる。
確かにそういう予定だった。
昨晩の今日で、アトラスと顔を合わせるのはきつい。
よって現地視察が入り、アトラスと伯爵がいないのは……ラッキーだった。
だがしかし。
例え今日、顔をあわせなくても、明日の朝食の席で会うことになる。
そこで考えてしまう。
もうこのまま今日だけと言わず、明日以降も顔を合わせないで済むといいのだけど……。
なんならもう、離婚成立でもいいのでは……!?
そんなことを思いながら、朝食を終えた。
◇
結局、夕食の席にアトラスと義父であるスカイ伯爵が現れることはなかった。
しかも途中立ち寄った別の町で、時計塔に不具合があることが判明する。
時計塔は、懐中時計など持たない町の人々にとって、生活を送る上で不可欠な存在だった。元は修道士に時刻を知らせる役目をおっていた。だが時計塔が見える場所に住む人々に、公共の時間の概念を生み出し、いつしか人々はその時間を中心に生活を営むようになった。ゆえに時計塔に不具合があれば、迅速に対処する必要がある。
「アトラスは現地に数日残り、そのまま時計塔の対処に当たってもらうことになった」
スカイ伯爵の言葉に、驚くしかない。
奇しくも私の願いが叶い、アトラスが不在となったのだから。
その一方で、跡継ぎを作る気はありません!宣言を、スカイ伯爵夫妻はアトラスから聞いていないようだ。つまり私に何か問うことはない。
さらに。
時計塔の対処で数日屋敷を空け、アトラスは戻って来ることになったのだけど……。
まさかの年越しとニューイヤーを、アトラスが家族と過ごさないなんて。
驚きだったが、仕方ない。
時計塔はそれだけ、重要だからだ。
いや、年越しとニューイヤーという時期だからこそ、なおのことだったのかもしれない。
新年が訪れた瞬間に時計塔の鐘が鳴り、皆、お祝いの乾杯をするのだから。
ともかく多くの人々が、家族と一緒が当たり前のホリデーシーズン。アトラスは時計塔の対処のため、領地の町で過ごした。そしてようやく帰館したと思ったら……。
ニューイヤーを挟み、商会の仕事が忙しくなった。夜は残業、もしくは新年の挨拶も兼ねた会食や接待で飛び回ることになる。アトラスは夕食の席に姿を見せない。でもこれはスカイ伯爵も同じ。
そして夜が遅くなるので、アトラスは朝食を食べない、もしくは執務室で簡潔に済ませることになった。これまたダイニングルームへ来ることがない。
さらに昼食もランチミーティングがあったり、忙しかったりで、これまた姿を見せなかった。
結果として、あの日から年も明け、間もなく二週間が経とうしていたが、アトラスと私が顔を合わせることが……なかったのだ。
ただ、これまでの結婚生活三年間の中で、アトラスと数週間顔をあわせないということが、なかったわけではない。商会の取引先は国外にもある。よって商談のため、海外へ赴くこともあったのだ。ゆえにスカイ伯爵夫妻も気にしていない。アトラスが二週間程度不在でも。
だが私としては、商会がただ忙しいだけではない気がしていた。
「もしかして避けられているのかしら?」
「それは……そうかもしれません。金輪際ずっとないは、男としてプライドがズタズタです。今は心の傷を修復中かもしれません。気持ちが落ち着いたら、離婚に向け、動き出すかもしれませんね」
私の護衛騎士を務めるダビーの言葉に、いよいよその時が来ると思っていたら……。