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第43話 「歪んだ愉しみ」02

「お待ちしておりました、月乃司書、定家司書、そしてクラウディオ補佐。モーリスと言います」


 海辺の街で三人を迎えたのは、日焼けをした体格のいい職員だった。海の男、といっていいタイプの人物で声も張りのある白いひげを蓄えた筋肉質な腹を持つ人物である。


「月乃です。今回は後方支援よろしくお願いいたしますわ」


 月乃のやわらかな日焼けしていない手を、モーリスの皮の分厚い手ががっちりと掴む。

 にっかりと笑って白い歯を見せるモーリスに、月乃はいつもの笑みを浮かべている。

 彼に案内されて連れられて着いたのは港近くの建物だった。

 そこでタブレット端末を渡され、今回の任務内容について説明をされる。


「まず任務内容としては『対象の討伐、もしくは無力化』。対象はイェルカ調査部門長からも連絡があったと思いますが、仮称『ダゴン』。海の怪物です」


 いくつかピンボケではあるものの画像が添付されている。一番姿がはっきりしているのは半人半魚、いわゆるマーマンという姿のようだ。


「『ダゴン』の出現はおおよそ一ヶ月ほど前から。幸いなことに今現在行方不明者などは確認されていません。目撃情報と、撮影できたものをその日の状況なども含めて記載しています。ご確認を」


 画面をスライドさせていくとぼやけこそするが、マーマンとは明らかに異なる姿をしているものが出てくる。どういうことだと月乃にクラウディオが尋ねようとする前に、定家が口を開いた。


「モーリス地区長、姿が複数あるようだが、変身能力があるということでいいのか? 複数の『ダゴン』が存在するわけではなく?」


 クラウディオは目を見開く。

 あの軽薄そうな表情は一切なく、今の定家はまるで腕のいいエージェントのような雰囲気を漂わせている。

 間抜けに口を開きはしなかったが、その落差にいつもは引き締めた一文字のクラウディオの口が、かすかに開いた。

 クラウディオの別の動揺にかかわらず、話は進んでいく。


「『ダゴン』は一体のみ、そこは研究部門から送られた最新の魔道探知の魔道具から判明しているます。姿は多少違うものの、すべて半人半魚で目撃されていて、それを変身能力と呼ぶにはあまりにも稚拙です」

「魔道探知? 『魔道書』探知ではなく?」

「ええ、先日『魔道書』探知の魔道具は欠陥があったそうで、魔道探知に改良されたと聞きました」


 クラウディオは先日起きた早とちりな新人図書館魔術師と少々ツイていない花屋の娘のことを思い出す。

 しかし研究部門も短期間でよく改良したものだ、とクラウディオが感心していると、月乃と定家が似たような表情で考え込んでいた。


「今回の怪異は『魔道書』ではない可能性があるということですわね」

「そうなります。『第八図書館』に所属しないフリーの魔術師による仕業の可能性も十分にありえますね」


 その言葉に月乃はあからさまに表にこそ出していないががっかりしている様子である。横顔からそれが察せられた。

 モーリスはそんな『魔道書』フリークスな月乃の胸中など知らず、話を進める。


「今までの出現ポイントは地図に記入してあります。そして次の予想ポイントもこのあたりかと」


 地図を見ればそこは海上である。水の上での戦いになるということだ。

 船舶の運転はできるが、船で行くつもりなのだろうか?

 クラウディオはどのような戦いになるのか、想像を巡らせ、新たに降ろされた『魔道書』の力でシミュレーションをしていた。

 月乃と定家は相変わらず、似た表情で考え込んでいるようだった。




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 モーリスの説明が終わり、荷物をバンから宿泊施設へ移しているとき、月乃が尋ねた。


「定家、あれどう思いまして?」

「『ダゴン』の姿が複数あるってこと?」


 定家の返答に月乃は頭を縦に振る。

 定家はうーん、と唸りながら顎に手をやり考えるポーズをとる。


「なんつーか、変な感じがビンビンするよねぇ。魔術師がそういうモン生み出す場合は形がちゃんと定まってるモンだし、稚拙な能力って魔術師が嫌うところだしな」

「やっぱり?」

「うん。てーか月乃、『魔道書』じゃないかもって聞いた途端やる気なくすなってーの」

「モチベーションはあまり上がらないのは仕方ないでしょう」

「月乃ってそーいうとこあるよねー」


 定家は大きめのアタッシュケースをベッドにドン、と置く。ベタベタとステッカーが張ってある。ストリートの壁にらくがきするタイプのチンピラの雰囲気があるそれはある意味定家らしい。

 定家がアタッシュケースの中央に手を置くと、手の周りが光った。手を退けるとアタッシュケースは開き、その中身を公開させた。


「篭手と、脛当?」

「そー。俺様のお得意武器」


 ニヒ、と口角を上げ笑う定家は楽しげにそれを装着する。

 厳つく、何かの怪物を模ったような模様が彫り込まれており、ずっしりとした重量を持っているように見える。

 見方によっては禍々しくも見えるその模様は、不思議なことに神がかり的な雰囲気も持ち合わせていた。

 加えて定家は月乃同様、腰に帯びた『魔道書』を帯びている。察するに、これが触媒なのだろう。そして篭手と脛当という特性上、格闘術を使うとクラウディオは推測した。


「足癖の悪さはこれのせいか」

「えー、そういう言い方ってなくない?」


 唇をとがらせてふくれっ面をするこの道化の対応が未だにわからない。

 クラウディオは小さくため息をついた。


「クラウディオ。今回戦闘になった場合、わたくしは定家と動きますから、あなたは自分の判断で力を選択して戦っていただきます」

「了解した。方針としてはどうすればいい」

「基本的には倒す方向で行きます。指示がない限り、身を守りつつ攻撃を。状況に応じて指示しますわ」


 月乃の命令に「アイ・マム」と返事をする。クラウディオは初めて――正確に言えば二度目――の「白紙の魔道書」単体としての戦いとなる。

 いくつも降ろした「魔道書」を上手く使いこなして動ける自信はある。

 各々が準備を整え、「ダゴン」の出現ポイントへ向かうまでそう時間はかからなかった。

明日昼頃に一話上げる予定です。

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