第42話 「歪んだ愉しみ」01
新事実発覚と、姉弟とあれこれ。
クラウディオが外泊から帰宅した日のこと。
「ただいま」
「おかえりなさい、クラウディオ」
クラウディオを迎えた月乃は、何やら分厚いレポートの束を片手に、神妙な顔をしていた。
「どうかしたのか?」
手洗いとうがいを済ませ廊下で尋ねると、月乃は少し悩みながらそっとレポートを差し出した。
「これ、先日届いた研究部門からの『陰陽の書』についてのレポートなんです」
月乃は付箋をつけたところを開き、クラウディオに渡す。
「ここなんですけど……」
「『陰陽の書』魔術師・アンリ基礎データ?」
そこに書かれているのは身体的データを始めとした、アンリ自身のデータだった。事細かに書かれており、足のサイズから腕の長さ、股の太さなどまで書かれている。
その中にあった情報に、クラウディオは目を動かすのを止めた。
「肉体・両性……?」
月乃の方を見れば、彼女はこっくり肯定する。もう一度レポートを見てみれば、「問題なく機能する様子」と書かれていた。
クラウディオは思わず頭を抱える。
査問会のあった日、アンリが研究部門を嫌がり逃走したのはこれか、と。正直なところここまで調べられるなど、あのアンリであれば屈辱であったに違いない。
自分も一歩間違えればそういう扱いをされていたかと思うと頭痛がした。
そして名前に関しても納得だ。あの見目で「アンリ」というから少しばかり疑問に思っていたのだ。
見ればまだ月乃はいいにくそうな表情をしている。しばらくうんうん唸って腕を組み、ぐねりと左右に傾けていたかと思うと、ちら、とクラウディオを見る。
「なんだ?」
「あの、クラウディオ。アンリをクラウディオに降ろしたら、もしかしたら発動時は両性になる可能性があるんですけど……」
クラウディオの脳内で、乳房が膨らんだ自分の姿が浮かぶ。そして女物の下着を着用させられているシーンが出てきて思わず首を振った。
月乃は「可ですか? 不可ですか?」とクラウディオを見つめる。しばし考えてからクラウディオが出した答えは、
「保留にしてくれ」
先延ばしだった。
クラウディオとしては胸が筋肉ではなく脂肪で膨らんだ場合、痛みでまともに戦えない気がしたからだ。
以前軍にいた時のこと、女性兵士は胸の大きさにかかわらず、その胸の脂肪が振り回される痛みを嫌っていた。胸の上部を押さえるバンドまであったのだからよほどだろう。
そう思うと正直なところ遠慮したい……が、言わずもがな「アンリ」は強力だ。戦力として自身のものにできることを考えると悩ましいところである。
今判断しなくてもいいだろう、とレポートを一旦返却し、そろってリビングへ向かう。
そこにはアンリがどっかりとソファでくつろいでいた。
「戻ったか白紙」
「ああ」
くるくるとグラスを回し、赤いワインをその中で泳がせる。ワインを舌の上で転がす仕草はなんとも様になっている。
テーブルに置かれているのは、ちょっとしたハプニングで割ってしまった例のワインと同じもののようだ。
クラウディオはつい、後ろめたさから視線をずらす。
「早速だが肉を焼け。月乃が貴様の調理の方が美味いと言っていたからな」
アンリの居丈高な態度に月乃を見ると、彼女は冷蔵庫へ向かう。取り出したる脂肪の少ない赤身の牛肉塊は、ずいぶんと質が良さそうだ。
「これを焼いてあげてくださいな」
「了解した。常温に戻してから焼くから、少しかかるぞ」
「かまいませんよね、アンリ?」
月乃の言葉にアンリはワインをあおる。ワインを注ぐと、グラスに三分の一も入らなかった。それを一息に飲む。
もったいない。
空になったワインを掲げアンリはクラウディオの方を見る。
「次のワインを飲みきる前にな」
「レアになるぞ」
「かまわん」
クラウディオは再び月乃を見る。
月乃はクラウディオの視線に気づき、目をパチパチとさせる。
「いいのか、あれは」
「かまいませんよ。あれはエネルギー補給ではなく娯楽ですし。たまにストレス発散させてあげないと」
そういうことか、とクラウディオはアンリを見る。
自分が月乃の介護をしていた一ヶ月ほど、アンリは研究部門の連中にもみくちゃにされていたのだ。よほどストレスがたまっていたのだろう。
意外と人らしいアンリをねぎらってやるか、とエプロンを身につけ、こだわりの岩塩を肉に振りかけた。
月乃は新しいワインをアンリの元へ持って行き、オープナーで開封する。コルクがあいた途端、豊かでふくよかな香りが広がった。
アンリはそれを受け取り、再びグラスに注ぐ。
――こうやって見ると「魔道書」もただの人に見えるな……
クラウディオは肉を焼くためのフライパンの準備に取りかかった。
それから肉を焼き始めた頃、水晶通信が鳴る。月乃が出るてしばらく話すと、ちら、とクラウディオに視線を向けてきた。
「クラウディオ、明日イェルカ調査部門長からの例の依頼に行くことになります。何日か宿泊を想定した準備をしておいてくださいな」
「ああ、了解した」
「ちなみに定家も行きますから」
クラウディオはほんの少し、眉を上げる。酒をしこたま飲ませられて、色々吐かされたのだ。あの調子のいい笑顔は裏庭の花壇をほじくり返すモグラを見たときのような、リンゴに虫食いを見つけたような気分にさせる。
今思うと初対面の時、顎を蹴り上げられて胸を踏みつけられたのも、どこからどこまでが本気かわからない。
月乃の弟だと聞いても親しみのようなものは感じにくかった。
「……ああ、わかった」
ちょうどいい具合に肉の焼ける匂いが広がり、実に美味そうな焼き色がついてくる。
クラウディオは胡椒をミルで挽きながら振りかけた。
「あ、傷みそうな食材は今日全部食べてしまいましょう」
「なら私も手伝ってやるぞ」
月乃の言葉にアンリも乗っかってくる。
その日はちょっとしたパーティーのようになったのは言うまでもなかった。
定家の運転するバンの中は、お世辞にも静かとは言いがたかった。クラウディオは後ろの座席からちら、と定家を伺う。
トランス系の音楽を流しながら、ノリノリで体を揺すっている。任務に向かっているというのに軽薄な雰囲気を漂わせる定家に、クラウディオはほんの少し眉間に力が入った。
月乃はというと、定家が届けた研究部門からの新たな魔道具を熱心に弄っていた。
はじめは細長いカードかと思ったそれは、ペラペラとしている。クラウディオの読めない、文字とも記号とも絵ともいえないものが描かれていた。
月乃の話では「御札」というものらしい。
「後でクラウディオにも使い方を教えますから」
ぶつぶつとああでもない、こうでもないと言っているので、クラウディオは特にすることもないく外の景色を眺めた。
「天気がいいから気持ちがいいなぁー」
定家が音楽に合わせて唐突にサングラスをかける。途端チンピラ臭が漂ってきたが、そこは黙っておく。
窓の外は快晴で、風に乗って潮の匂いが鼻腔に届く。
そう、今回の目的地は海辺の街だった。
魚がよく捕れるのであろう栄養のある磯の匂い、そして溶岩が砕けてできたろう砂浜。
「こーんな気持ちがいいところにでるんだ、海の怪物」
定家が大分脳天気な口調でかつ、少し調子のずれた口笛など吹いているものだから締まりがない。
クラウディオは海にいるであろう怪物に対して身を引き締めた。
「ねー、任務終わったら一泳ぎしてくー? 水着くらいあっちで用意してくれると思うぜー?」
観光と勘違いしているのだろうか、と思うような言動をする定家にクラウディオはあきれたまなざしを向ける。
月乃にいたっては慣れているのか特に咎めるでもなく、視線も向けない。
「残念ですが今回の任務が終わったらすぐ次の任務が入ると思うのでわたくしたちは無理ですね」
「えー?」
月乃の言葉に不服そうに頬を膨らませる定家は「いいもーん、終わったら正人と泳ぎに来るもーん」とすねていた。しかし当の正人が現在進行形の別件で叶わないことを、定家はまだ知らない。
そんな調子で目的地にたどり着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
明日も投稿します。予定は21時。
最近『魔道司書の愛読書』のノクターンかムーンライト版書きたくて仕方ない。
自分と協力の方には需要ある。




