Review.9:追憶は錆に消えて。
急いで奴の元へと駆ける。
――が、武器も持っていないオレが到底太刀打ち出来る筈も無く。
またもや複数の拳で無様にも弾き飛ばされた。
周りの荷を蹴散らしながら、地に倒れこむ。
「くっ…そっ……」
節々の痛みを堪えながらも、オレは――立ち上がる。
刀を、取り返すために。
――が。
無情にも親父の刀は奴の手の中でボロボロに分解されて、元の形状を留めてはいないようだった。
奴が、刀だった物を投げ捨てる。
もう、オレが奴に立ち向かえる術は、無くなった。
根源的な恐怖が、身体を駆け巡る。
奴の虚ろな眼の一睨みに体が弛緩し、またもや床に倒れこむ。
恥ずかしながら、腰が抜けたらしい。
ギギ―ギギギ――イヒヒヒ――イヒャヒャ――
奴はオレがつけた傷口から黒い血を滴らせ、八本の腕をうぞうぞわしゃわしゃと動かし、狂気を迸らせながらこちらに近付いて来る。
その痩せ細った顔には、下卑た笑みが浮かんでいた。
それは、その表情は――殺人衝動と悦楽に浸っている醜いそれだった。
――死ぬ――。
死の恐怖、生への絶望が、オレの心を蝕み始めた――――――
その時の事だ。
後退りしていたオレの手に何かが当たったのは。
思わずそちらを見る。
そこには、塵芥に埋もれた一本の古刀があった。
慌てて拾い掴む。
死に物狂い。
埃にまみれた柄を握りしめ、一気に、引き抜く。
刀身が錆びついて抜けないかと思ったが、案外なめらかに抜く事が出来た。
だがしかし。
その刀身はギザギザと刃こぼれを起こし、所々錆が浮いているほど草臥れていた。
「こ、こんなので……」
立ち向かえるのだろうか?
そもそも、コイツで奴の体に触れる事が出来るのだろうか?
奴の目は血走り、息は段々と荒くなってきている。
危険だ。殺らねば、殺られる。
「……えぇい!もうヤケだ」
緩んだ筋肉を鼓舞し、全身に力を流し込む。
気張るんだオレ。
オレの為にも、そして奴の為にも。
今一度、地を踏みしめ、痛みを耐えながらオレは立ち上がった。
すると、どうだろう。
驚く事にオレが持つ草臥れ刀の刀身が、俄に光を帯び始めたのだ。
淡く儚かった光は、徐々に濃く、力強い碧へと変化してゆく。
――あ〜、まさかこいつが、仲ジィの言ってた〈導具〉?
てか、コレが本物とか言うオチ?
「ば、万事結果オーライ、だよな…。い、いい行くぜ、幽霊さんよ!」
奴が悲鳴とも雄叫びともつかない叫びを上げる。
その八本の腕がゴキゴキと歪な音を立てて、こちらに向かって雲霞の如く押し寄せて来た。
「でりゃぁあぁぁっ!」
一閃。
斬れた。
恐ろしいほどまでにスッパリと。
一閃、一閃、一閃、一閃、一閃、一閃、一閃…!
向かってくる腕を一本ずつ確実に斬り落としながら、奴へと駆ける。
この腕は欲深き奴の心の産物。
心をこめて奴の罪の塊を、洗い流していく。
オォォォォオヲォォォオォォォ―――――――!!
「成仏…しとけぇぇぇっ!」
オレの渾身の一刀が、奴を――両断した。
おそらく奴は、己の所有物を取られたくない余りに、化けて出たのであろう。
いつからこの世に留まっているかは知らないが、流石にもう、疲れているはずだ。
「……ゆっくり、休めよ――――」
碧の光が楼内を満たす。
奴が光に飲まれて、少し幸せそうな表情をして消えた後、オレは気を失った―――――
「それが、コイツとの出逢い―――」
朽ちた刀身を愛しげに撫でながら、黙雷は言った。
「あん時以来、アイツはもう出なくなったから――」
おそらく、成仏したはずだ。
あれが黙雷の最初の除霊で、最も例の事を考えきれていなかった一件でもある。
あれ以降、黙雷はなるだけ霊の思考を、現象の原因を理解して斬るようになったのだ。
「親父の部屋で目を覚ました時は、かなりカッコつけたな…あ〜、消し去りたい思い出の一つだ」
目を覚ました黙雷を自分の刀の事でコッテリしぼった黙鳴は、少し静かになった後、急に頭を下げてこう言ったのだ。
「逝かせてくれたのだな―――――有り難う」
その言葉に対し、黙雷は黙って手を振りながら、キザさ百パーセントで寺を後にしたのだった(まだ本調子ではない彼が帰路の途中で何度も転んだり、気を失いかけたのは言うまでも無い)。
「本当に、今までアリガトな相棒」
もう一度ゆっくりと刀身を撫でると、黙雷は馬鹿丁寧に刀を黒鞘へと収めた。
「おっと……そろそろ時間だ」
時計に目をやり、黙雷はそう言った。
時刻は午前零時過ぎ。
〈現象研究会〉がまた何かを行なうのだろうか。
「宜しくな、獅子正…」
彼の武士霊の命、麗閃刀〈日輪〉を携え、黙雷は部屋を後にした―――――――
こちらこそ。
こんなふるいわたしをつかってくれてありがとう。
あなたとすごしたひびは、ほんとうにたのしかった。
これからも、きをつけて。
――そんな声が部屋に響いたのを、黙雷は知る由も無かった。
過去物語は、ひとまず終わりですね。
良いインターバルになったかな、と思います。
次回は、「回顧録第二話」をと思っています。
「玖刻七不思議」のひとつを書く予定です。
お楽しみに!
これからも、昼行灯をお願いします。




