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第四話 魔王を継ぐ者


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「…………あの」

「なに?」

「は、離して」

「いやだ」

「離して! 離してってば!

 何か恥ずかしくなってきたから!」


 何を言っているんだ。

 恥ずかしさなら俺のほうが数段上だ。

 もはや比べるまでもない。


 耳がすごく熱い。

 顔もすごく熱い。


 遥からは見えていないだろうし、俺からも勿論見えないわけだが、多分、俺の耳も顔も首も真っ赤なのだろう。


 今離したら、それがバレてしまう。

 俺のなけなしのプライドが、それだけはダメだと警報を鳴らしている。

 だから離さない。


「だって離したらまた逃げるじゃん」

「逃げないから! っていうか出来ないし!

 まだコルニュートの結界の中にいるんだからね!」


 おぉ、そういえばそうだった。


 急に真冬になった公園。

 その冷気が火照った身体を冷ましてくれる。

 ……冷ましすぎて死ぬほど寒いんだが。


 いやぁ、しかし、遥にこんな必殺技があるとはな。

 氷結耐性的なものがないと即死もいいところだ。

 ミドルドーナの時に使われたら、そのままこの物語が終わっていたような気がする。


 むしろ何で内部から破壊できたのかよくわからん。

 きっと俺の愛とかそんなんが奇跡を起こしたのだろう。

 うん、多分、少年漫画的にはそんな感じだ。


 ……とりあえず、疲れたから考えるのは追々にするとして。


「本当に逃げない?」

「逃げない! もう逃げないよ!

 だからお願い、離してってばああああああああああああああああああ!!!!!」


 耳元で絶叫されると衝撃が酷い。

 俺の右耳の鼓膜が完全に死んでしまったので、仕方なく、名残惜しいが、それはもう恨みがましい視線をぶつけながら俺は遥を離す。


 二秒ぐらい目がかち合って。

 そしてさっと逸らす。

 さて、逸らしたのは俺だったのか、遥だったのか。


「……えっと、えっとね?」

「俺が勝ったんだから俺の言うことを聞け」

「負けてないし……」

「これからは俺と一緒にいること」

「負けてないんだけど!」


 ごちゃごちゃうるせぇ。


 あのまま続けてれば確実に俺が勝ってたんだから、もういいだろ。

 戦闘続行したところで百害あって一利なし。

 つーか疲れたって言ってんだろ! 身体中ボロボロのヘトヘトで正直立ってるのも辛いんだから! ちょっと休ませて!


 何だかんだ言って遥も疲れたのか、結局は文句を飲み込んで折れた。

 クルクルと指先で髪をいじるその仕草が最高にかわいい。


「じゃあ結界を解くけど、逃げたら地の果てまで追いかけるから。

 たとえ別の異世界に行っても追いかけるから」

「ストーカーじゃん!」

「自殺志願者に言われたくねぇ!」

「違うし! 私は豊に殺されたかっただけだし!!!」

「病み過ぎだ! 女子高生かよ!

 かまってちゃんも大概にしろ!!!」

「心はまだ女子高生だもん!」


 あぁ言えばこう言う。


 三分ぐらい何か面倒くさい押し問答があった後。

 荒く白い息を吐きながら、俺はポケットから宝珠を取り出し、結界を解除した。


 また、朽ち果てた旧魔王陣跡地が俺たちを迎え入れる。


 ふと気付くと、しげしげと遥が宝珠を見つめていた。

 かつての仲間の一部である。

 とは言え、遥がコルニュートを仲間に加えた頃には、既に角は折れていたはずだ。

 ってことは、一緒にいた頃に使った事があったんだろうな。


 そもそもこれはイーリアスが麒麟から奪ったものだったか。

 また戦って奪い返したのか、それとも返却してもらったのか。

 答えはまさに神のみぞ知るところだが、もうどっちも死んでるんだよなぁ。


「本当にコルニュートに会ったんだね」

「そう言ったじゃん」

「うん……そうだけど……。

 どうして、私には会いに来てくれなかったのかなぁ……。

 私のこと、嫌いだったのかなぁ……」


 またちょっと沈んだ感じになる遥。


 戦ってる最中も思ったが、何となく話が噛み合わない。

 もしかしたら色々と記憶の混濁があるのかもしれない。


 俺も呪力を使った事があるからわかるが、あれは人間にとってはドラッグみたいなもので、人知を超えた力を得られる代わりに、まともに相手をしたら気が狂いそうになる諸刃の剣だ。


 今の遥はそこそこ落ち着いているが、様子がおかしい事は多々あった。

 そもそもこの世界で初めて会った時からおかしかった。


 多分、呪力を日常的に纏っていたせいで、遥は色々と狂っている。

 今は戦いやら何やらの興奮で色々と振り切れているような気がするが、多分、こいつはシャルマーニ王家を中心に大量虐殺した件もあって、時間が経つにつれて情緒不安定になっていくと思う。


 俺はこれから、それと向き合っていかなければならないんだな。

 正直そういう精神状態の奴をどうやって癒せばいいのかさっぱりわからん。

 当然だが日本でもそんな経験はないし、ユーストフィアに来てからも勿論ない。


 というか、俺だって人を殺しているんだ。

 だったらそれを参考に何かを言えばいいのかもしれないが、残念ながら反省も後悔もしていないので何も言えない。

 その辺、人としてどうなんだろうか……何で俺は、何も感じていないんだろうか。


 わからん。

 もしもこれが日本なら、きっと死ぬまで殺人者の十字架を背負って生きていったはずだ。

 でも、今はそんな殊勝な気持ち微塵も湧かない。


 どこで歯車が狂った?

 俺は何を間違えたんだ?

 やっぱり、わからん。


 ……と、無駄な事を考えている余裕はないんだった。


「その辺もじっくり話したいところなんだけど。

 あのさ、実は今、結構な危機的状況でさ」


 俺は俺の仲間たちが陥っている状況について簡潔明瞭に説明する。


 シャルマーニがヤバい状況になっているので、ここに来る直前にあいつらと別れた。

 今はあいつらが俺抜きで世界を守るために戦っているはず。

 多分大丈夫だと思うけど、やっぱり心配だから早くシャルマーニに行きたい。


 って感じで伝えたら、遥の真っ赤だった顔はみるみるうちに真っ青になった。

 百面相だな。面白い奴。


「行かなきゃ! こんなところで何してんの!」

「とても魔王が言うセリフとは思えないな」

「……?」

「なんだよ?」


 何気なく言った俺の皮肉に、遥はキョトンとしながら、

























「私、魔王じゃない」

























 …………………………。

 …………………………。

 …………………………?


 ――――――――――――――――――何。


 ……今、こいつは何て言った。


「もう一回……言ってくれ」

「だから、私は魔王じゃないよ。

 多分。

 何が魔王なのかよくわかんないけど、私が魔王だったら、この世界にもう一人豊がいるはずだよ」


「………………………………は?」


 何言ってんだこいつは。

 理解が追い付かない。


 魔王じゃ、ない?

 おかしいだろ、そんな展開。


 だって、どいつもこいつも遥が魔王だって言って、遥だって、魔王に相応しく世界を滅ぼそうとしていて、かつての仲間を魔族として再誕させて……。


 遥以外、いないだろ。

 俺が勇者で、遥が魔王で。

 そういう構図だったんじゃないのかよ。


 薄ら寒いその感覚は、深淵の奥底から俺に何かを伝えようとしている。

 それは『勇者』を継いだ者に降りかかる命題なのか。

 遠く、人知の及ばない領域で、誰かが俺に語り掛けようとしている、そんな気がしていた。


「そんな事言ってる場合じゃないってば!

 早く行かなきゃ、みんな死んじゃうよ!」

「いや待って今色々とすべてを根底から覆す物凄く重大なセリフが飛び出して」

「『転移』!」


 何一つ纏まらない思考を必死に回転させながら。

 俺たちは、再度シャルマーニに足を踏み入れる。


 もう全部が全部、意味わかんねぇ。


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