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第二話 三度目の異世界デート


 あいつらに見送られて、ほんの一時間ばかり歩いた頃だった。

 どうか死なないでいてくれたら嬉しい。

 とは言え、あいつらより強い奴らなんてそうそういないだろうから、あまり心配はしていない。俺はユーストフィアの広さなんて知らないけど。


 していないが、万が一ってことがある。

 せっかくカシスの件が解決したのに、またバラバラになったらかなわん。

 どうかあっさりとシャルマーニを救って、勝手に株を上げていればいい。


 足元に転がる石ころを蹴っ飛ばし、道を塞ぐ枯れ木を薙ぎ倒し、俺は歩く。


 ガンラートの指示はよくよく考えると、このまま真っすぐ行けってことじゃね? って思いながら、元々道っぽかった何かに沿って歩き続けた。歩き辛いってレベルじゃないぐらい荒廃していたが、とにかく進んだ。


 心なしか、ついさっきまで晴れていた空が黒く暗く堕ちてくるように思える。

 空気に呑まれている俺の気のせいか、それとも自然現象か。


 いや、わかっているんだ。


 一歩進むごとに、呪力の気配が強くなってくる。

 エンとかガンラートとか、連れて来たら酷いことになってた気がする。

 逆にセレーネは大活躍したことだろう。


 ここは、地獄だ。

 抗い難い闇への誘いに、油断していたらすぐに取り込まれてしまいそうだ。


 呪力はこの世界で死んだ生物の負の感情。


 つまり、この場で幾千もの生物が死に絶えたということだ。

 それはきっと、先代魔王との戦いにおいて先代勇者一行が起こした、ある意味では奇跡なのだろう。


 魔物にだって感情ぐらいある。

 そんな事はわかっている。

 だって、神獣であるレヴィアタンもコルニュートも感情剥き出しだった。

 あいつらだって、言ってしまえば魔物なんだろ?


 だから魔物にも、嬉しいとか悲しいとか楽しいとか辛いとかあって。

 それを知りながら、俺も遥も、害敵として奴らを排除してきたんだ。


 ――なぁ、そうだろ?

















「待ってたよ、豊」


「迎えに来たよ、遥」



















 そして俺は彼女と対峙する。


 愛する幼馴染として。

 勇者と魔王として。

 殺したくない者と、殺されたい者として。


 俺たちは、今やっと、二人っきりで対峙する。


「俺が来るのがわかってたのか?」

「うん。だって、豊は勇者なんだから。

 来る。必ず来る。世界を救うために、来る。

 わかってたよ」


 遥はトンッと、宙返りをしながら瓦礫から飛び降りて、黒い宝石をはめ込んだ杖を片手に持ち、顔を隠していたフードを取る。


 幼い頃からずっと見続けた顔が、そこにはあった。


 ――会いたかった。


 よもや、二十年来の恋愛がこれほど面倒な決着になろうとは思いもしない。

 デートをするのも命がけとか何処のサスペンスだよ。

 日本という平和な国に生まれて、これほど会う度に修羅場になる奴らもいないだろう。


 髪が少し伸びて、肩にかかるぐらいになっていた。

 鈍色の瞳は、最後の記憶よりさらに濁っていた。

 身に纏う魔力が、呪力が、見て取れるほど昏い色を持っていた。


「豊、強くなったでしょ」

「お互い様だろ」

「うん……そうだね。今度は、そう簡単に負けないよ」


 スッと彼女が掲げた杖が、黒板を引っかいたような不愉快な音を発し、空気が波打つ。

 結局あれはどんな武器なのだろう。

 カシスやスクリ、グラシアナが持っている杖とは随分違う気がするが。


 ……なんて、考えてる余裕はないか。


「じゃあ」

「……」


「――私を殺してみせてよ! ユウシャサマ!」



---



 それは水のリングだった。


「『終焉・水円』」


 ドーナツみたいな無数の水のリングは、高速回転しながら俺の手足を拘束にかかる。

 ようするに手錠みたいなもんだな。

 遥だってもちろん世界有数の魔法の使い手で、これをまともに受ければ、多分俺は身動きが取れなくなるんだろう。


 まともに受ければな。


「――遅い!

 『抜刀・風刃』!」


 もはや十八番となった風の刃が線上に飛んでいき、リングは空気中に分解される。


「さすがだね! じゃあ次!

 『終焉・水泡』!」

「その技はもう見切った!」


 俺を包み込もうとする黒い水の塊は、真っ二つに切り捨てられた。

 水泡とやらは以前戦った時に散々見たからな。

 魔力のうねり、発生のタイムラグ、発動の仕方まですべて手に取るようにわかる。


 もう効かない。


「……『転移』」


 少し悩みながら、遥は何かボソッと呟いたかと思うと、忽然とその姿を消す。

 あぁやべ、宝珠使うの忘れてた。


 とは言え逃げたわけじゃないだろう。

 以前も少しやった、瞬間移動を併用した攻撃方法だ。

 つまり遥はすぐにどこかに現れる。

 恐らく、俺の死角をつく形で。


 ――お前の考えなんてお見通しなんだよ!


「どうせ後ろだろ!」

「上でしたー! 『水刃』!」

「え、ちょっ」


 空から降ってくるウォーターカッターが左腕を切り落とした。

 俺の裏をかくとか、遥のくせに生意気だ。


 なんてくだらない事を考えながら、地に落ちて消滅していくかつて俺の一部だって腕と、グジュグジュと生え変わるように治っていく左腕の生え際を見ていると、遥がグロ画像でも見たかのように目をそらした。


 おい。


「気持ち悪い」

「お前がやったんだろ……」

「そうだけど! ええい、『凍土』!」


 苦い顔をしながら発せられたその魔法は、地平を急速に凍てつかせる。

 え、なにこれ。

 お前水魔法専門じゃなかったのかよ。


 つーか寒い。

 まだ冬には早いだろうに。


 パキパキと音を立てながら広がっていく氷は、それはもう逃げる間もなく俺の足を凍り付かせ、移動を制限する。


 なるほど、そういう魔法か。

 これで拘束すれば、あとは甚振イタブるだけ。

 ドS御用達の素晴らしい魔法だな。


 まぁ、俺には関係ないけど。


「――ッ」

「え? は!? ちょ、ちょっと!

 何してんの! バカなの!」


 俺は下唇を噛みながら聖剣を逆手に持ち、自分の足首から下をぶった切った。

 痛い。凄く痛い。もう痛いっつーか熱い。

 膝から上部分が、凍り付いた地面に落ちる。冷たい。


 何秒かかけて再生した足で大地を踏みしめて、再度立ち上がると。

 遥がドン引きの表情でこっちを見ていた。


 おいやめろ。


「これでも勇者だよ? わかってんの?」

「わかってるから! 誰よりもわかってるから!

 だけど豊は頭おかしいと思う!」

「脳みそが2ミリぐらいしかない女には言われたくない」

「もっとあるし! 5センチはあるし!」


 それは直径なのか半径なのか面積なのか体積なのか。

 知らんけど、どれだったとしても多分3センチもないと思う。


「ちょっと見ない間に豊が不良になっちゃった……」

「母親気取り? そのキャラで? ……はっ」

「鼻で笑うな! くらえ、直伝! 『終焉・水臨』!」


 俺の四方八方、360度を水の槍が覆い尽くした。

 これは――スクリが最後に使った水魔法だ。


 遥に教えていたのか。

 そういや、スクリはこいつの先生だったんだもんな。

 だからこそ遥は水魔法を得意としているのだろう。


 なんていうか、いいな、こういうの。

 かつての仲間が使っていた魔法を、こういうクライマックス的な展開で放つ。


 ちょっとカッコいい。


「『抜刀・無双乱舞』」

「え!? 嘘!!!」


 カッコいいから俺も真似しよう。

 見様見真似・ガンラートの必殺技だ。


 無数の飛ぶ斬撃が、今まさに俺の全身を貫こうとしていた水の槍をすべて撃ち落とす。

 拡散し、まるで雨が降っているかのような視界に、思わず目を細める。


 霧の向こうで、遥の小さな声が聞こえた。


「…………どうして?」

「ガンラートなら、あぁ、違う。

 ガラリアなら、今はシャルマーニにいるよ」


「…………………………、……………………ガラリアは死んだよ…………」


 ――ピリピリと、痛いほどの緊張感が伝わってきて。


 降り注ぐ水しぶきの中で、世界の温度が下がっていく。

 背筋がゾッとするような異常な圧迫感が充満する。

 やべぇ、地雷踏んだかも。


「『転移』」

「――『多次元結界サンクチュアリ』」


 遥が飛ぼうとしたのに併せて、俺は宝珠を握りしめた。


 舞台が移り変わる。

 見慣れた、懐かしい世界に、俺たちは捕らわれる。


 遠い遠い、しかしすぐ傍にあるはずの世界。

 もう三年近く前に、俺たちがすれ違った空間。

 やり直せるならやり直したい過去、第一位。


 いつかの公園に、俺たちは舞い降りる。


「コルニュート……?」

「遥によろしくって言い残して、あいつは世界を去った」

「私には何にもなかったのに」

「お前には拒否られたって言ってたぞ」


「――そんなはずない! そんなはずあるわけない!

 私だって、私だってコルニュートに会いたかった!

 助けて欲しかった! 守って、欲しかった!!!」


 涙声が。

 聞き慣れた、喚き叫ぶ子供のようなそれじゃない。


 戻らない過去を思い、胸を引き裂くほどの絶望を抱いた。

 それはこいつと過ごした十八年という歳月の中で、一度も聞いたことのない声だった。


 俺の知らない過去を想う、遥の悲哀。


「……『水鏡の剣』」


 何もない空間から湧き出る泉が、遥の杖に纏わりついていく。

 それは形を成し、どこかで見たような姿を繕っていく。


 まるで、俺が手に持つこれ。


 聖剣デュランダルのように思えた。


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