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第七話 セレーネ=ヒストレイリアの旅日記


 血迷いました。

 反省も後悔もしています。


 目が覚めた時には、自分のテントで寝ていました。


 あの後、カシスさんに聞いたところによると、ユタカ様に頼まれてカシスさんが連れて行ってくれたそうです。


 その時には思わず土下座をしてしまいました。お姉ちゃん直伝です。深く反省する際や、心からお願いする際のニホンの伝統だそうです。


 カシスさんは呆れたように溜息をついて、でも何も言ってくれませんでした。


 どうせなら、冗談として話題にしてくれた方が楽だったかもしれません。

 翌朝のユタカ様の、全く変わらない普段通りの様子を見ながら、そう思っていました。


 しばらくユタカ様の目を見れていません。


「お頭ぁ、そろそろ着きますぜ」

「ユタカなら寝てるわよ」

「相変わらず自由だな、おい」

「そうねぇ……落書きでもしてやろうかしら。

 セレーネがやる? いつもの仕返しに」

「後が怖いからやめとくよ」

「兄ちゃんなら百倍返しじゃ済まないよね」

「ついにシャルマーニでのあのネタを流されるわね」

「その話は本当にやめてっ!」


 あれは一生の不覚でした。

 兄の件はまだしも、お酒に飲まれてしまうなんて……。


 実は以前、こっそり果実酒を飲んだ事があるのです。

 厳密にはハルカ様に飲まされました。

 ニホンでは二十歳から成人で、ハルカ様も飲んだ事はなかったから、試しに……とカルターニャで購入したものでした。あの方はすぐ寝てしまいましたけど。


 その時は、私はなんともなかったのに……なぜでしょう。

 飲酒量の問題でしょうか?

 今度、カシスさんかガンラートさんに聞いてみるとします。


「んん……」


 ユタカ様が何かを呟いてみんなが注目しますが、どうやら寝言のようです。

 なんとなくホッとした空気が流れました。

 聞かれたなくない会話でしたから。


 最近のユタカ様は隙だらけですね。

 以前なら、馬車で眠る事なんて絶対になかったでしょう。

 私たちに心を許してくれているのかもしれません。


 でも、ユタカ様はそれを良しとはしていないみたいです。


 彼の行動原理は、全てがハルカ様に直結しています。

 あの方を取り戻すためなら、たとえ自分自身がどれだけ外道に身を落とす事になっても構わないと思っているのでしょう。

 それほどまでに想われるお姉ちゃんが……少し、羨ましいです。


 いえ、自分に嘘をつくのはいけませんね。

 少しではありません。

 とても羨ましいです。


 ユタカ様の事は、カルターニャで出会うずっと以前から存じ上げていました。

 お姉ちゃんが毎日のように話題にしていましたから。


 最初は微笑ましいと思いました。

 次は憧れを感じました。

 いつからか……それは恋へと変わっていきました。


 『勇者様』が語った『ひーろー』に、焦がれてしまったのです。


 恋。

 きっとこれは恋です。


 カシスさんは、恋に恋焦がれているとか、『勇者』という存在に惹かれているんであって、ユタカ様自身を見ているわけではないんじゃないかと仰いますが、違います。多分。


 恋なんて初めてですからよくわかりません。

 でも、戦う姿が、時折見せる笑顔が、ハルカ様を想う真剣な表情が、その一挙手一投足が、私にとっては目が離せないのです。

 これが恋じゃなければ、では恋とは何なのでしょう。


 だいたい、カシスさんだって恋をした事はないと仰っています。

 でしたら、私にとやかく言えるものではないと思いますっ!


 ……だから、ハルカ様が羨ましい。

 私はきっと、お姉ちゃんのようになりたかった。


 ……はぁ。


「どうしたの?」

「え?」

「ボーっとしてたよ、姉ちゃん」

「もうすぐだから、今から寝るのは勘弁しろよー」

「大丈夫だよ。

 うん……ユタカ様って、本当に全然周りが見えてないよねって思ってただけ」


 そんな私の誤魔化しの言葉に、みんながいっせいに溜息をつきました。


「未だに部下の盗賊達の顔と名前一致してないわよね」

「そもそもお頭の盗賊団だってのによぉ……」

「盗賊だったの?」

「少なくとも、お前とメイを拾った時は、まだ盗賊だったぜ」

「半分冗談だと思ってた」

「今やほとんどが冗談だわ。傍から見れば勇者一行。

 今回の勇者は随分仲間多いなって言われてるの、知らないんでしょう」

「ユタカ様はそういうのに興味なさそうだからね」


 まだ何となく盗賊団という事にしておきたいようですが、世間的には勇者一行。

 せいぜい、勇者お抱えの傭兵集団ってところでしょうか。


 魔物が現れた傍から颯爽と現れ、あっという間に退治していく。

 まさに勇者の所業だと、巷ではそう言われていますね。

 鬼神の如き強さだとか、初代勇者イーリアス様の再来だとか。


「お頭にとっては、『勇者』なんてのはついでなんだろうぜ。

 この人がいなかったら、俺たちなんて未だにクズみたいな盗賊団やってるんだろうに」

「そうなの?」

「あぁ、最初はビビッて従ってただけだがな。

 お頭は何だかんだで身内には甘いし、面倒見もいいからなぁ。

 勇者に選ばれる理由はわかるぜ。ヘタレだけど」


 きっと、本人は欠片も気付いていないのでしょうけど。

 会話の内容さえ覚えてないかもしれません。

 当初は、会話をしながらも全然視線を向けない方でしたから。


 ハルカ様の事で頭がいっぱいだったのでしょう。

 ……明るいハルカ様が魔王になってしまったのは、全て私たちのせいです。

 教会の不毛な争いが悲劇を生んでしまいました。


 本来なら、英雄として迎えなければならない方。

 亡くなってしまったスクリさんや賢者、騎士と言われるお仲間の方々も。


 なぜ彼らが……。


 私はイーリアス様の血を引く者ながら、教会の情報は殆ど得ておりません。

 ユタカ様は私さえいれば何とかなるとお考えのようですが、それは間違いです。

 兄カリウスや前教皇派の残党も生存していると思われる現在、私やヨハンの部下だけで勢力をひっくり返す事は難しいでしょう。


 ここ最近はヨハンのおかげで、それなりの立場となっていますが。

 前教皇派が牛耳っていた頃は、兄カリウスが絶対的な地位におり、私はお飾りの籠の鳥。


 お仲間の皆さんがなぜ亡くなられたのか、なぜハルカ様が魔王となってしまったのか、表面的な部分の情報は入手できたとしても、真なる実情、兄たちの思惑の最も深くまでは、やはり把握できていないのです。


 魔王。

 ……魔王とは何なのでしょう。

 人に仇を成す存在。

 世界の破滅を願う者。


 経典にも詳しい事は書いていません。


 魔王たる条件は、呪力を自由に扱える事。

 そして、魔族を従えている事。

 私が知っているのはその程度でしかありません。


 ですから、過去の魔王も、あくまで状況証拠から判断したまででした。

 今回も……呪力を扱っていた事、スクリさんという魔族を従えていた事や、例の少年の目撃情報がある事。

 そんな判断材料からお姉ちゃんを魔王と呼んでいる。


 私は何をやっているのでしょうか……。

 どうしてお姉ちゃんと敵対しなければならないのでしょう。

 どうしてお姉ちゃんを傷付けた教会に、いつまでも縋り付いているのでしょう。


 わかりません。

 私は、これ以外の生き方を知らないのですから。


 だけど、ユタカ様と一緒にいれば。

 きっと何かが見えてくる。

 そう思えるのです。


 彼の視野の狭さを嘆くような事を言っていますが、私だって教会の視点しか知りません。

 とても視野が狭いという自覚があります。


 あんな兄のようにならないために。

 私は、もっと人を見て、町を見て、世界を見る必要があるのです。

 それがひいては教会の変革へと繋がり、世界の平和へと繋がるのですから。


 ……そう考えると、私はユタカ様を利用しているのかもしれません。


 彼に伝えたら何と仰るでしょうか。

 お互い様だよ、と。何でも無い事のように言う気がします。


「――おら、見えてきたぞ。

 あれが首都ポルタだ。

 お頭ー! 起きて下さい!」

「……んぁ?」

「いくらなんでも気を抜きすぎでしょう……」


 遠く、異色の空気感が漂っています。

 建物にも統一性がありません。

 煉瓦や石造りの、シャルマーニのような建築物と。

 確か瓦屋根というのでしたか、不思議な形の屋根に、木材をベースに建てられたものと。


 混在するそれらは、確かにここが元々別の国だった事を示しています。


 なんとなく緊張感に欠ける旅路でした。

 それはそうでしょう。

 現れる魔物も盗賊も、すぐにみなさんが倒してしまうのですから。


 本来、行商が旅をするのは命がけと聞きます。


 傭兵などから護衛を見繕わなければ、とても生きて目的地には辿り着けないと。

 実際に、エンさんとメイさんの旅路はそうだったと聞いています。

 彼らはご両親を失っているのですから。

 ユーストフィアの治安はとても悪く……悲しく、嘆かわしい事です。


 そんなこの世界の常識など知らないとばかりに。

 平穏無事に、私たちの旅路は終わりを告げ。


 ポルタニア領に辿り着いたのでした。


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